第2話。衣装替えをしてみましょう。
【】で、示された用語は、ゲームの設定や、魔法、アイテム、地名、種族に関わるものだと、ご理解下さい。
着替えをしました。
先程の【女神官】達の反応でもわかるように、私の格好は悪目立ちします。
実際ゲームマスターの業務中にもストーキングして来るユーザーがいたので、スキン変更をしたり衣服を着替えたりして偽装していました。
ゲームにおける私の存在は、ネズミーランドの園内に突然出没するミッ〇ーマウス以上にレア・キャラですからね。
例の【ゲームマスターのローブ】を脱ぎました。
ゲームなら装備換装はワン・クリックで完了したのですが、今はコントローラーもマウスもキー・ボードも使用出来ません。
私は【ゲームマスターのローブ】を【収納】に仕舞いました。
ローブの下の服装は、何の変哲もない純白のシャツと純白のズボンです。
このインナーも、それぞれ【ゲームマスターのシャツ】と【ゲームマスターのズボン】という【不滅の装備】シリーズで……当たり判定なしで、ダメージを透過しない……という、ぶっ壊れた性能でした。
もっとも、私の存在自体が……当たり判定なし・ダメージ不透過……の無敵キャラなので装備の性能は意味を成さないのかもしれません。
このインナーも生活感が全く感じられない最高品質の生地に目の覚めるような純白ですから、まだ多少目立つ格好ですね。
私は【収納】から、ただの【ローブ】を取り出して着ます。
一応【耐久力向上】、【魔法耐性向上】、【防御力向上】などの強力な【付与効果】が施されていますが、色味はなるべく地味な深い紺色を選びました。
これなら市街地に向かっても、私が【調停者】だとバレて騒ぎになる事もないでしょう。
私の【職種】は特に設定されていません。
今は魔法職的な格好をしていますが、必要とあらば【フルプレート・メイル】を装備することもあります。
私は全ての魔法が最大効果で使用出来ますし、全ての武器を最大熟練度で使用出来るので、さしずめ【魔導騎士】でしょうか?
ですが、今は実際に身に付ける訳ですから、衣服があまりゴテゴテとするのも煩わしくて嫌です。
なので、見た目上は軽装を選択してみました。
とにかく空腹を何とかしましょう。
私は何となく晴れがましい気分で歩き出しました。
・・・
一瞬で捕まりました。
私が礼拝堂のある神殿の廊下を出口を目指して歩いていたら、【竜城】の衛兵が現れて私の行手を阻んだのです。
私を取り囲んだのは20人の【ドラゴニュート】の男達。
彼らの【職種】は、全員レア戦闘職の【竜騎士】でした。
確かアダマンタイト製のフル装備に身を包んでいる設定だった筈。
かなりの戦闘力を誇りますが、私が本気で暴れたら鎧袖一触で倒せるでしょうね。
衛兵達もそれがわかっているのか、私に害意を向けては来ずに武器は構えません。
また、【竜城】の内部は【竜騎士】が【竜】に騎乗したまま行動出来るサイズ感に設計されていますが、彼らは【竜】に騎乗していません。
どちらかと言うと、私に対して身を屈めて申し訳なさそうにさえしています。
「【調停者】様。どうか礼拝堂にお戻り下さいませ。大神官様が、どうしてもお連れするようにと……」
「拒否します。私は、お腹が減っていますので、何処か飲食店に行きます。どうしても、私の食事を妨げると言うなら、力尽くで推し通りますよ」
「どうか御容赦下さいませ。大神官様より……お食事は直ぐに御用意致します……との言伝でございます。ですので、何卒一旦礼拝堂まで、お戻り下さい」
【竜騎士】の指揮官らしき人物は跪いて言いました。
人種の中で最強クラスの【職種】である【竜騎士】達が、屈強な身体を小さく折り曲げて卑屈に振る舞う様子は、些か気の毒になって来たので、私は礼拝堂に戻る事にします。
ゴゴゴゴゴ……。
礼拝堂では、巨大な【ディバイン・ドラゴン】が強大な魔力を撒き散らしながら、礼拝堂の中央に刻印された【魔法陣】の上に佇んでいました。
「戻ったか?数多の試練を乗り越えし者よ。我が名は【ディバイン・ドラゴン】。我を復活させし、その力を認め大いなる恩寵を授けよう」
「いや、いらないんで」
「そうか……。は?今、何と?」
「いや、クリア・ボーナスは私の持っている能力より劣るので必要ありません。強いて言えば活用の機会があるのは……莫大な通貨……くらいですかね」
「よし。ならば、莫大な通貨を授けよう」
「いえ、いりません。私はユーザーではありませんので、クリア・ボーナスは必要ありません。それに【ディバイン・ドラゴン】はクリア・ボーナスを渡したら、また休眠してしまうのでしょう?あなたは【ドラゴニーア】の守護竜ですよね?せっかく顕現したのですから、しばらく【ドラゴニーア】の民の為に働いてみたら如何ですか?」
「そう言われても、我は試練を乗り越えし者に恩寵を授けるのが【創造主】から与えられた使命なのだが……」
「神官さん?」
「は、はい。何でしょうか【調停者】様?」
「あなた達は【ディバイン・ドラゴン】に現世に留まって、守護竜として君臨して欲しいのではありませんか?」
「それは、もちろんです。【神竜】様が現世にずっと在わし下さいますれば、私達【神竜神殿】の使徒にとって、それ以上素晴らしい事はございません。ですが、【世界の理】を変えるのは如何なものかと……」
「私が許可します」
「え?宜しいのですか?」
「この際【ディバイン・ドラゴン】は、いちいち亜空間に休眠しない設定に変更してしまいましょう。今後【ディバイン・ドラゴン】が降臨と休眠を繰り返すという不合理なシステムは止めて、現世に留め置きます。【ディバイン・ドラゴン】に何か頼みがあるなら、現世にいる【ディバイン・ドラゴン】に直接頼めば面倒がありません」
本来であれば、ゲーム・フォーマットの変更は外部の管理プログラムをいじらなければ出来ませんが、新しいエフェクトを追加したりという事がないので、これは運用の変更だけで何とかなりそうな気がします。
「ノヒト・ナカよ。その願い聞き届けよう」
そう言った【ディバイン・ドラゴン】は溢れ出ていた魔力を……シュルシュル……と身体に巻き付けながら縮んで行きます。
ノヒト・ナカ?
ステータス画面を見ると確かに私の名前は……ノヒト・ナカ……と設定されていますね。
家名がナカ、個人名がノヒトですか……。
ゲームマスターの中の人という意味です。
今更ですが、もう少しキチンとした名前を付けておくべきでしたね。
そんな後悔をしている間にも【ディバイン・ドラゴン】の身体はドンドン縮んで行きました。
シュルルル……ポンッ。
そこに居たのは、艶やかな黒髪に透き通るような白い肌をした幼い容姿の女の子でした。
【ドラゴニュート】達とは違い尻尾や角や翼はなく、眼球も人間と変わりありません。
「真の姿に現身しておると魔力が垂れ流しになって周りの者達が困るであろう。現世に留まるとなれば人の姿に化身した方が何かと都合が良かろう?」
幼女の姿となった【ディバイン・ドラゴン】は言いました。
確かに【竜城】の規格は【竜騎士】が【竜都】に乗ったまま往来する事を想定して、かなり余裕を持って造られているとはいえ、概ね人種の使用を前提とされています。
しかし、【ディバイン・ドラゴン】は通常の【竜】よりも遥かに巨大。
あの巨体でウロつかれたら、周りの人達は堪ったモノではありません。
「どうじゃ、ノヒトよ。至高の叡知を持つ我は、とても賢いのじゃ」
幼女の姿に縮んだ【ディバイン・ドラゴン】は、エッヘンとばかりに平らな胸を張って言いました。
なるほど、【ディバイン・ドラゴン】の性別は女だったのか。
そして、のじゃロリ……。
「【ディバイン・ドラゴン】。人化するなら服を着なさい」
私は、【収納】から適当な服を選び【ディバイン・ドラゴン】に渡しました。
私は幼女の裸に趣味はありません。
適当に見繕ったとはいえ、相手はこの世界の霊長たる【竜】種にあって、最上位に君臨する【神竜】です。
それに相応しい服となると、私の【収納】にある衣服では選択が限られました。
私が選んだのは【女王の礼服】。
天蚕糸で織った純白のローブモンタントに、オリハルコンの鉱糸で刺繍が施され、大粒の宝石が散りばめられた、贅を極めた至高の逸品。
ついでに、【女王のティアラ】、【女王の靴】、【最高級の下着】……などなども【収納】からポイポイと取り出して手渡します。
「【神竜】様。お着せして差し上げます。こちらへお越し下さいませ」
「うむ。頼むぞ」
【ディバイン・ドラゴン】は【女神官】達に手を引かれて別室に連れて行かれました。
「さてと、食事はまだですか?私は……食事を用意してくれる……という約束で、ここに戻って来たのです」
「はい。ただいま準備しておりますので、今しばらくお待ち下さいませ」
恭しい仕草で【女神官】の一人が言いました。
ん?
彼女だけ何だか神官服の意匠が他の【女神官】達と少し違うような……。
「もしかして、あなたが大神官ですか?」
「はい。申し遅れました。【神竜】様より大神官の職責を拝命しております、アルフォンシーナと申します」
なるほど。
聞いた事がない名前ですが、彼女は名前持ちNPCだったのですね。
ゲーム時代から大神官には名前がありました。
つまり他の【女神官】達はノー・ネームのモブNPCの筈。
いや、モブ【女神官】達にも全員に個体名があるようです。
まぁ、それはそうか。
個体識別が出来なければ不便でしょうからね。
「因みに、【ディバイン・ドラゴン】には名前があるのですか?」
「いいえ。【神竜】様は、この世界に只1柱の御方ですので、ただ【神竜】様とだけお呼び致しております」
種族名がそのまま個体名だと紛らわしいですよね。
「ふ〜ん……」
礼拝堂の入り口の方から、大神官のアルフォンシーナさんに合図する人が見えます。
「【調停者】様。お食事の支度が整ったようでございます。こちらへどうぞ」
・・・
私は広間に設えられた食卓に並んだ豪勢な食事を胃袋に収めていました。
何料理かは良くわかりませんが、味は中々です。
ようやく人心地つきましたね。
しばらくして、【ディバイン・ドラゴン】がドレスを着て現れました。
「ノヒトよ。この服は素晴らしいの。袖を通すと我の身体にピタリと合った。それに、何じゃこの凄まじい【効果付与】は?まるで【神の遺物】ではないか?」
ゲームの中の装備品は、基本的にどんなサイズのユーザーにも合うように設定されています。
この世界では違うのでしょうか?
アルフォンシーナさんに確認すると、【神の遺物】の場合、持ち主の身体に合わせて伸縮する機能があるらしいですが、巷で売買されている衣服や装備品はオーダーメイドでもない限り購入後に身丈を調節し直したりする必要があるのだとか。
まぁ、普通はそうですよね。
「それは貴重な素材で作られてはいますが、普通の服に、ただ耐久力、防御力、魔法耐性などを最大限向上させる【永続バフ】を【効果付与】しただけです」
「そんなデタラメな【効果付与】は、我にも掛けられん。ノヒト、其方は神じゃな?」
「ゲームマスターです」
「ふむ。【調停者】とは、不老不死で不死身の上に、あらゆる魔法を習得し、尚且つ【古代魔法】や【神位魔法】すら行使すると聞く。ならば我と同じく【神格】を持つのであろう。つまりは神じゃ」
「う〜ん、それは如何でしょうか?魔法は、ほぼ全て使えますし不死身ではありますが、不老不死ではない可能性があります」
現在私が置かれている、この訳のわからない状況が、もしもゲームの世界に自我と意識だけが飛ばされているのだとしたら、私自身の本来の肉体は世界の外にいる生身の人間ですので、やがて死ぬでしょう。
「そうか。まぁ、わからぬ事を考えても仕方がない。ところでだが、アルフォンシーナから聞いたのじゃが。ノヒトは我の名を考えてくれているとか?どんな名じゃ?」
ん?
さっきのアルフォンシーナさんとのやり取りが、そんなふうに解釈されましたか。
まぁ、名前がないと不便でしょうから名付けをする事自体は吝かではありませんが……。
「先程あなたは自分の事を……至高の叡知……などと称していたので……叡知……という名前はどうですか?」
「ソフィアか?うむ、気に入ったのじゃ」
刹那、私は【ディバイン・ドラゴン】の魔力が急激に高まるのを感じました。
「お〜、これは凄い。元より究極の生命体であった我が、名前持ちとなって更に力を増したのじゃ」
【ディバイン・ドラゴン】改めソフィアは、興奮気味に言います。
「あ、そう。それは良かったですね」
「しかしノヒトは、どれだけの魔力があるのじゃ?我に名付けなどをすれば、およそ、どんな位階の生命体であろうとも魔力を全て奪われて即座に死ぬ筈なのだが。其方は死なぬの?」
「私の魔力は無限ですので、どれだけ魔力を奪われても全く影響はありません」
「無限とは、またデタラメじゃの……」
その後ソフィアは物凄い勢いで山と盛られた食事を食べ始め、みるみる内に全て平らげてしまいました。
「ゲッフ……。うむ、久しぶりの贄は美味しかったのじゃ……」
ソフィアはそう言うと、床の上に腹ばいになって眠り始めました。
「ソフィア様。そのようなお姿でお休みになられてはいけません。至高の存在たる【神竜】様で在らせられるのに……」
アルフォンシーナさんがオロオロとしながら諫言します。
ソフィアはもう既に熟睡していました。
きっとソフィアが只の高貴な姫君ならアルフォンシーナさんは厳しく躾けるのでしょうが、相手は最強の【神竜】です。
下手に手を出して寝ぼけたソフィアに手を振り払われでもしたら大怪我では済みません。
「アルフォンシーナさん。これを使って下さい」
私は、アルフォンシーナさんに【収納】からアイテムを取り出して手渡しました。
「これは?」
「これは、【理力の杖】と言います。対象に直接触れなくても【理力魔法】で物体を持ち上げたり運んだり出来るアイテムです。これは建築資材を運ぶ用途で私が作った【神の遺物】級の効果を与えたアイテムですので、途方もない大質量の物体にも対応出来ます。これでソフィアを持ち上げて、寝室まで安全に運べますよ。ただし害意を向けると、ソフィアの衣服に組み込まれた【効果付与】により【対抗魔法】が発動しますので、ご注意を……」
「わ、わかりました。お借り致します」
「いえ、差し上げます。ソフィアを世話するとなったら今後も必要でしょう?」
ソフィアの体重は、見掛け上の身体に合わせて軽くなっている筈ですが、その腕力は元の【ディバイン・ドラゴン】形態の時と変わらない筈。
もしも寝ぼけて暴れたりする事を想定するなら、直接抱き上げたりしない方が身の為です。
「宜しいのですか?このような貴重なアイテムを……」
「はい。【杖】の素材である【世界樹の枝】はストックがたくさんありますし、私なら同じ物を魔力コストなしで幾らでも作れますので」
「では、ありがたく頂戴致します」
アルフォンシーナさんは、ソフィアを【理力魔法】で慎重に持ち上げ寝室に運んで行きました。
さてと、お腹も落ち着いた事ですし、【ドラゴニーア】の街の観光にでも向かいますかね。
お読み頂き、ありがとうございます。
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