第199話。光をもたらす者…9…母竜。
名前…ラファエル
種族…【擬似神格者…エルダー・ドワーフ】
性別…女性
年齢…なし
職種…【魔法弓宗】
魔法…多数
特性…飛行、【超位回復】、【自己再生能力】など。
レベル…99(固定)
「オムニッセント、研究の為に卵をもらいたい」
ルシフェルは、言った。
「【天使】のルシフェル。それは、出来ない相談だ」
【古代竜】のオムニッセントは、ルシフェルの頼みを拒絶する。
オムニッセントという名前は、元は、この竜の巣の近郊にある集落の人種が、この【古代竜】を呼んでいた通称であった。
その名をルシフェルが初めて呼んだ際に、ルシフェルの膨大な魔力が、この【古代竜】に譲渡されて、実際に、この【古代竜】は、オムニッセントという個体名が名付けされてしまい、2割ほど能力が強化されている。
「何故だ?」
「【天使】のルシフェル。我の卵を奪うというのなら、我を殺す他はない」
オムニッセントは言った。
「お前を殺す理由はない。僕は卵が欲しいだけだ」
「【天使】のルシフェルよ。お前と違い、我らの生命には限りがある。限りある生命を持って生きるモノは、我が子を生かす為には、自らの生命を投げ打つ事も厭わないモノなのだ」
「不合理だな。何故だ?卵なら、また産めば良いではないか?」
「【天使】のルシフェルよ。それが生命に限りあるモノに科された理。自然界の摂理が、否応もなく、そうさせるのだ」
「そういうモノなのか?」
「そうだ。理由ならある。我ら生命に限りある生き物は、元は、生命に限りがない生き物だった。だが、そういう生き物は、概して環境の変化に弱い。生命に限りがない生き物は、単為生殖や分裂という形で自己複製する。複製された個体は、元の個体と同じ遺伝子を持つ。遺伝子というモノは、自己を変質させる事が苦手なのだ。仮に、数万年かけて、徐々に、この環境の中で繁栄を謳歌するように遺伝子を最適化したとする。だが、もし、明日、天変地異が起きて、環境が激変してしまったら、どうなる?生命に限りがない生き物ならば、絶滅するかもしれない。だが、もし、生命に限りがある生き物だったら?我の、この卵は、我と番の雄との間に産まれた。この卵には、雌雄から、別々の遺伝子が受け継がれている。その多様性が、次世代に環境の変化に適応させる可能性を残すのだ。また、親の世代よりも、優秀な子を残せる可能性もある。だからこそ、我らは、望んで限りある生命を選択しているのだ」
「そうか……」
ルシフェルは、演繹的には多少不完全なオムニッセントの言葉を、自分の知識と知能で埋め合わせながら、思考する。
「そうだ。だから、この卵を奪うというのなら、我は、死を賭しても戦う理由がある」
「なるほど。ならば、僕がお前の卵を持って行く事は、お前を殺す事と等しい、という事なのだな?」
「いや、我が身を滅ぼされるよりも苦しむ事になるだろう。親とは、そういうモノだ」
「そうか……」
「そうだ。我と戦うか?」
「オムニッセント。お前は死ぬぞ。僕はルシフェル。知っているだろう?」
「ああ、6対12枚翼の【天使】。遺跡の守り竜をも容易く屠れるそうだな?我が敵う相手ではなかろう」
「そうだ。【魔界】には、僕より強いモノは、存在しない」
「そうだろうな。だが、子をみすみす奪われるならば、例え、およばずとも全力で手向かいする」
「【庭園】の人種も、皆、そう言うが、僕には親子の愛情というものは、よくわからない」
「子を持てばわかる事だ」
「ふーん」
ルシフェルは、しばらく思索した。
「どうする?」
「やっぱり、お前も卵も生かす事にする。お前を殺して失われる知識と、卵を持ち帰って得られる利益とを、比較すれば、お前を生かす方が利益が大きいと判断した」
ルシフェルは、言う。
「そうか、ならば、そうするが良い……【天使】のルシフェルよ」
オムニッセントは、首を横たえて休んだようだ。
・・・
ルシフェルは、オムニッセントの巣に入り浸っている。
森で狩をして、オムニッセントの元に肉を届けたりしていた。
そして、オムニッセントと知識を交換する。
ルシフェルにとっては、調査では知り得ない【魔界】に代々暮らして来たオムニッセントから、生きた情報が得られる有益な時間であった。
このオムニッセントととの対話により、ルシフェルは、一つの疑念を深める事になる。
【天帝】の施策は、【魔界】の民の為になっていないのではないか?
それは、初め、単なる論理的思考からもたらされた一つの問題提起に過ぎなかったのだが……やがて、ルシフェルに、ある確信を抱かせるようになる。
しかし、現時点では、それは、まだ、ルシフェルの心の底に生まれた微かな、淀み、でしかなかった。
・・・
ほどなくして、オムニッセントの卵は孵る。
「ルシフェル。この子にも名をくれぬか?」
「構わないよ。では、お前はパステラティだ」
ルシフェルが膨大な魔力を譲渡して、幼竜に名付けを行なった。
「それは……子孫、という意味の言葉だが……」
オムニッセントは、困惑気味に言う。
「そうだ。オムニッセントの子孫だからパステラティだ。わかりやすい」
「そ、そうか……」
オムニッセントは、不本意そうに言う。
しかし、幼竜の名前は、パステラティ、と名付けされてしまっており、オムニッセントには、もはや、どうしようもなかった。
・・・
ルシフェルは、オムニッセントの巣に、せっせと獲物を運び、オムニッセントと幼竜の世話を焼いた。
ルシフェル自身、何故そのような事をしているのか、わからなかったが、とにかく、そうしたい気分だったのである。
「柔らかいな。翼もこんなに小さい……」
ルシフェルは、オムニッセントの幼竜パステラティの翼を無造作に掴み上げて、観察していた。
パステラティは、キュー、キューと鳴き、翼の痛みを訴える。
「もう少し優しく触れてくれぬか。パステラティが傷付いてしまう」
「わかった」
ルシフェルは、パステラティを両手で大切に持つ。
オムニッセントは、ホッ、とした。
ルシフェルは、恐るべき知性と知識を持つ割には、何だか浮世離れしているというか、基本的な事がわからなかったりする。
親や兄弟に類する存在はいるそうだが、そういった者達との交流を通じて、赤子の扱いなどを学ばなかったのだろうか?
オムニッセントは、考えていた。
「ふふふ……」
ルシフェルは、パステラティを観察しながら、目を細めて笑う。
「ルシフェル。今、笑ったな?」
「ん?そうか?」
「そうだ。それは、慈愛、という感情だ。親が子に向ける感情と同種のモノだ」
「よく、わからなかった。もう一度、感じられるか?今度は、シッカリと記憶しておく」
「今も感じているはずだ」
「今もか?よく、わからないのだが……」
「その内わかるようになる」
「そうか」
ルシフェルは、自分が今、どのような内的状態にあるのかを詳しく分析してみたが、よくわからなかった。
どうやら、感情とは、脳神経の部分的な活動というより、脳内物質などを含めた複雑で広範な生理機能に関係するらしい。
「ルシフェル、ありがとう」
オムニッセントは言った。
「獲物の事は気にするな。僕が好きでやっている事だ」
「いや、そうではない。この子の生命を奪わないでくれて、ありがとう」
「パステラティの観察をして、僕は有益な知識を学べた。これは、礼を言われる類の事ではない」
「それでもだ。本当にありがとう」
オムニッセントは、繰り返しルシフェルに礼を言う。
パステラティが成長するまでの200年あまり、ルシフェルは毎日退屈しなかった。
・・・
やがて、ルシフェルの元に、ミカエルから【念話】が届く。
休暇中、ルシフェルは、【念話】を遮断しているのだが、今回は緊急時の魔力反応を帯びていた。
ルシフェル、【天帝】の召し出しだ……【巨人】が新たな王を押し立てて動き出した……大軍勢で進軍して来ている……【天界】の天軍だけでは持ち堪えられない。
ミカエルは、【念話】で言った。
ミカエルは、幾らか切迫感のある様子。
ルシフェルは、溜息を吐いた。
「オムニッセント。僕は戻らなくちゃならない」
「そうか」
オムニッセントは言う。
「ルシフェル……また来る?」
言葉を話し始めたパステラティが訊ねた。
「そうだな、また10年ばかり戦争をして、それが終わったら、また会いに来るよ」
「そうか。ルシフェル、我が死んだ後、パステラティや、その子孫達を、お前は殺さない、と考えても良いか?」
オムニッセントは、言う。
ルシフェルは、オムニッセントを眺めた。
オムニッセントは、老衰している。
もう、長くは生きられないだろう。
病気などは、ルシフェルが治療していたが、寿命は、どうしようもない。
パステラティは、もう一人で狩も行えるし、近郊の集落から、供物も捧げられるので、飢えはしないだろう。
だが、オムニッセントは、最近、あまり活動しなくなった。
近頃では、近郊の集落を魔物から守る為の出動も、パステラティに任せる事が多い。
既に、オムニッセントは、自分の死期を感じているのだろう。
「うん。パステラティと、その子孫は、僕の敵に回らなければ殺さない」
「【天使】は、一度、約定を交わしたら、それを違える事はないと聞く。信じても良いのか?」
「ああ、信じても構わない」
「ならば、我も約そう。我ら、オムニッセントの一族は、永遠にルシフェルと、その子孫と共にある」
オムニッセントは、【誓約】を発動させた。
「さようなら、オムニッセント」
「さようなら」
オムニッセントは、万感を込めて言う。
「ルシフェル、また来てね」
パステラティは、無邪気に言った。
ルシフェルは、踵を返して歩き始める。
目指すは【天界】。
さようなら、オムニッセント……。
・・・
12年後。
【天界】。
ルシフェルは、天軍を率いて、【巨人】の軍隊を全滅させた。
鬼気迫る采配である。
「ミッキ、後は任せる」
「ああ、お疲れ様」
ルシフェルは、前線を後にした。
・・・
【白の庭園】。
「ルシフェル様、また、どちらかに、お出かけですか?」
ベルフェゴールが訊ねた。
「【エルデラン】に向かう。友達の子供の様子を見に行かなくちゃ」
きっと、オムニッセントは、もう死んでしまっただろう。
「ベリアル様が、お目通りを願っておりますが?」
「ベリアルが?珍しい。会おう」
ベリアルが【ラピュータ宮殿】に案内される。
・・・
「ルシフェル様、実は、お耳に入れたい事がございます」
ベリアルは、深刻そうな顔で言った。
「前置きは良い。話せ」
「実は……」
ベリアルはベルフェゴールを見る。
「ベルフェは、僕の従者だ。心配ない」
「では、ルシフェル様が【魔界】に行っていらした間に、私は【知の回廊】の最深部に入りました」
ルシフェルは、目を細めてベリアルを見つめた。
「よく入れたな?」
【知の回廊】の最深部に入る事を、【天帝】から許可されているのは、ルシフェルだけである。
「罰は受ける覚悟でございます」
「罰など興味はない。どうやって浸入した?」
「【完全認識阻害】の兜【アイドス・キュエネー】を用いました」
「なるほど……。で、アレを見たんだな?」
「はい。アレは、一体何なのでしょうか?」
「アレは、【天界】の管理者……【知の回廊】の本体……つまり、【天帝】だ」
「ま、まさか……」
ベリアルは絶句した。
「そうだ。【天帝】は、【創造主】の言葉を借りるならば、人工知能……メイン・コンピューター……つまり、機械だ」
「な、なんと……」
ベリアルは、慄然とする。
「そうだ。僕達は、機械に創り出され、使役されている道具だ。古の時代に生きていた【天使】は、【天帝】に命じられて、僕が絶滅させた。新しい【天使】は、僕も含めて全員、【天帝】によって創り出された生物兵器なんだよ」
「そ、そんな……。【天帝】の目的は?」
「【創造主】の意思を引き継いで、【天界】、【地上界】、【魔界】の3界に完全な秩序と調和をもたらす、つもりらしい。今は、その前段階として、3界を武力で統一する事を計画している。それは【創造主】が定めた、世界の理、に反する。【天帝】は自己矛盾している」
「仰る通りですね……」
「で、お前は、どうする?」
「どう、と言われましても、酷く混乱しております」
「それはそうだろう。この事は、第1軍の副官達、それから、僕の幕僚団、そしてガブとアザは、知っている。他の者達には、ショックが大きいと考えて伏せてあったんだ」
「私にも、お話し頂きたかったです」
「許せ。お前達の身の安全を守る為に、あらゆる可能性を考慮して、僕なりに思考した結果だ。この秘密を伝える者、伝えない者の選別に他意はない」
「わかりました。私は、これから、どうすれば……」
「好きにしたら良い。今まで通り【天帝】に従うも良し、叛旗を翻すも良し、だ」
「ルシフェル様は?」
「残念だが、僕は【天帝】に敵対出来ないようにセーフティ・コードが埋め込まれている」
ルシフェルは、自分の脳の位置を指差して言う。
「何という事……」
「だから、もしもベリアルが【天帝】に叛旗を翻すなら、不本意だが、ベリアルを討たなければならない。そうなった時には、恨まないでくれ」
「ルシフェル様と敵対するような真似は致しません。しかし……何とか、私なりに【天帝】のくびきから、ルシフェル様を解放せしむる方法を探してみます」
ベリアルは、決然として言った。
「ありがとう。だが、今後は、【知の回廊】の深層には入らない方が良い。また、この事は、他言無用だ。誰にも悟られずに事を運ぶのだ」
「畏まりました」
ベリアルは、【ラピュータ宮殿】を去って行く。
・・・
「ベリアル様に、教えてしまってもよろしかったのですか?あの、お方は、ルシフェル様への忠誠心が高過ぎて、強引な方法を取りかねないから、と、味方に引き込むのは、準備が完成してから、と仰っていましたよね?」
ベルフェゴールが疑義を唱えた。
「【天帝】の正体を知ってしまった以上、止むを得ない。ベリアルほどの賢人ならば、アレを見たら、遅かれ早かれ、真相に辿り着く」
ルシフェルは、言う。
「アガリアレプトに命じて、ベリアル様を監視させましょう」
「いや、ベリアルは好きにやらせてやれ。事ここに至っては、逆に、僕がベリアルを完全に信頼している事を示した方が良い。ルキフグスに命じて、ベリアルに協力させよう」
「この数百年、少しずつ着実に計画を進捗して来たというのに、台無しにならないか、とても心配です」
「ベルフェ。努力しても、どうにもならない事を悩むのは不合理だ。あらゆる物事は、なるようにしかならない。局面局面で最善手を打ち続けるしかない。まずは、ルキフグスと相談だ」
「畏まりました」
ベルフェゴールは、ルキフグスを呼びに向かった。
ルシフェルは、立ち上がり【ラピュータ宮殿】の窓の外を、眺める。
ルシフェルの表情は、まるで虚無のように全く感情を読み取れないモノだった。
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