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第197話。光をもたらす者…7…文明。

名前…アザゼル

種族…【擬似神格者…オーガ】

性別…男性

年齢…なし

職種…【魔法異能戦士(マジック・ベルセルク)

魔法…多数

特性…飛行、【超位回復】、【自己再生能力】など。

レベル…99

 森から、集落に戻って来た。


 ルキフゲ・ロフォカレとルキフゲ・フォカロルたちが【理力魔法(サイコキネシス)】で運ぶ獲物に村人が集まって来た。


「余分を置いて行くよ」

 ルシフェルは村人たちに言った。


「ルシフェル様、ありがとうございます。今日は特別豪勢だな」

 村人たちはみな笑って言う。


「猟期ではないですが、よろしいので?」


「うん。事情があって仕方がなかったんだ。無駄にしたくないから、みんなで食べてくれ」


「なら、ルシフェル様も一緒に食べて行ってください。もうすぐ、外に出た者たちも帰って来るころだ」


 働きに出ていた者たちが帰って来ると村人の数は想像よりはるかに多い。

 農閑期に村の外の仕事とは、せいぜい炭焼き、川での漁、日中に見たような村の設備を修繕する力仕事くらいと思っていたが、それだけではないらしい。

 集落から、10kmほど離れたところには、()と呼ばれる、もっと大きな集落があり、そこで、()()()()()()、などということをするらしい。

 彼らは、そこでの働きに応じて()()と呼ばれるものを手にしたり、知識を得たりするという。

 驚いたのは、そうした者は農繁期、農閑期に関わらず通年その仕事に従事するらしいのだ。


 ・・・


 アスタロトは、食事の支度が整うまでの間、少し村を見て回った。

 もちろん、ルキフゲ・ロフォカレとルキフゲ・フォカロルが彼女の後をついて歩く。

 そこで、アスタロトは、この村の豊さの真髄を知った。

 病人、怪我人、老衰した者たちや、生れつき身体や知能に障害を持つ者たち、そういう者たちが尊厳を持って扱われ、養われ、不自由なく暮らしていたのである。


 アスタロトの統治する土地では、労働力とならないものは肉親に世話をする余裕があれば生きてはいけるが、そうでなければ、当然のように打ち捨てられていた。

 また、生まれた赤子に、もし障害が見つかれば、森や山や湖にひっそりと返されることも珍しくない。

魔界(ネーラ)】の原始宗教の考え方では、その行為は、殺人ではない、と看做される。


 ・・・


 祭のような盛大な宴が始まった。

 宴席の中心に座るルシフェルは、村人たちに愛されこそすれ、恐れられてはいないようである。

 給仕をする女が、アスタロトの前にやって来て、何やら動物の血を薄めたような赤い水を目の前に置く。

 傷を負った体、生き血は滋養に良い。

 アスタロトは赤い水を飲む。


 アスタロトは、違和感を感じて驚いたが、赤い水を吐き出そうとは思わなかった。


「これは、美味しい」


 酸味と甘みが舌と喉を撫で、ほのかな渋みと果実の香りが鼻腔をくすぐり何とも心地よい。


「何だ?お嬢さんは、酒を飲んだことがないのですか?」


「お嬢さん、などと、これでも私は【擬似神格者】。そなたたちより、年長であるぞ」


 これは私が知る酒とは似て非なるもの。

 酒とは、アルコール発酵によって、細菌の繁殖を防ぎ飲料の安全を保つというだけのもの。

 味の良し悪しなど気にしたこともなかった。


「神さまですって?ああ、【魔界(ネーラ)】の方なら仕方がない。あそこには楽しみは何にもないからな」

 若い男が言う。


「愚弄するか?その言葉、聞き捨てならん……」


「まあまあ、怒らないで。果実酒が気に入ったのなら、こちらの鹿肉の煮込みと、猪の蒸し焼きを一緒に食べたら、とても良く合うんですよ。さあ、どうぞ、たくさん召し上がれ」

 女が料理取り分け、アスタロトに勧めた。


 鹿肉の煮込み。

 どうやったら、これほど肉を柔らかく調理できるのか?

 そして、肉に血生臭さは微塵もない。

魔界(ネーラ)】では、とても貴重な香草の味がする。

 何かの草や根の味。

 煮込まれた赤い野菜から出たと思われる酸味と深い味わい。

 キノコの香りと旨味。

 そして、辛味を与える高価な胡椒の粒。

 それらが、混然一体となり、完全に調和している。


「美味しい」


「ね、頬っぺたが落ちるでしょう?ルシフェル様は、これが大のお気に入りなんですよ」

 女は、満足そうに笑って言う。


「ルキフゲ・ロフォカレ様、ルキフゲ・フォカロル様。果実酒と言えば、醸造蔵の造りは大体あれで良いと思うんだが、街の住人の舌を満足させるような品質にはまだ足りない。どうしたものかな?」

 酒の仕込みを行なっているという男が言った。


 アスタロトは、驚いた。

 この酒の味で、まだ不完全だと言うの?


「蔵も樽も、あれで大丈夫だろう。心配ない」

 ルキフゲ・ロフォカレは、肉の塊を噛みちぎり、まるで飲み込むかのようにして食べながら言った。


「あとは酵母が充分に蔵へ住みつけば、この辺りは気候も良いし、きっと高値で売れる素晴らしい酒ができるようになる」

 ルキフゲ・フォカロルも、手頃な大きさに切り分けた肉を、一つ二つと丸飲みにしながら答えた。


「そうなったら、ここはもっと豊かな村になる。ルシフェル様、いよいよ北側に土地を拡げて家を建て、子供をもっと増やせますね?」

 村の長老がルシフェルに訊ねる。


「うん。お前たちの計画通りに上手く行けば、ここは街に変わるだろう。でも……」

 ルシフェルは言った。


「自然の摂理を破ってはならない……ですね。よく、わかっていますとも」

 村人たちは、笑う。


 アスタロトは、思った。

 よく、躾けられているというわけか……。

 その後すぐに彼女は、気が咎めた。

魔界(ネーラ)】の人々に崇められた自分は何をして来たのか?


 夕刻となり、ルシフェルたちは、集落を後にした。


 ・・・


「あの村の者たちも森の生き物を殺すが、自然の回復力を超えて狩り尽くしたりしない。森も、この数百年、規模を変えていない。その間、この【白の庭園】の人種は徐々に数を増やして繁栄しているが、むやみに自然を破壊したりはしないし、限られた土地や水源や作物を奪い合って人種同士で殺しあうこともない」


「それは、天界が豊かな土地だから……それに、あなたたち【天使(アンゲロス)】の知性を頼ることもできる」

 アスタロトは反駁する。


「確かに、そういう側面はある。【魔界(ネーラ)】は、【天界(シエーロ)】に比べて気候変動が激しいところだからね。僕は、この【白の庭園】を築いた後、あの者たちの祖先に一言だけ約束させた。お前たちは自然の一部なのだから、自然を破壊すれば、お前たちも生きては行けない……と。それから後、僕は、請われれば理や知識を説くこともあるけれど、この【白の庭園】の営みに変化を及ぼすような大きな干渉は何もしていない。彼らは、学び、試し、時には失敗もしながら、このように調和した世界を、自分たちの力で保って、なお人口を増やし、繁栄すらして来た。僕は、これを……文明……として【魔界(ネーラ)】にも教えたはずなのだけれど、【魔界(ネーラ)】では恣意的に意味が歪められてしまった。とても残念だよ」

 ルシフェルは虚しそうに語った。


 アスタロトは、何も言えない。

 その、恣意的にルシフェル達の教えを歪めさせたのは、自分達、統治者であったのだろう、から。


「人種は素晴らしい。愚かで脆弱だけれど、自然の摂理の中で、あらゆる生き物と共存しながら繁栄に到達する術を身につけられる。古の神々と同じ叡智を、自らの手で学べるんだ。だから僕は彼らを愛している」


「【魔界(ネーラ)】の人種も、ここと同じことができるというの?」


「それは、僕が、お前にたずねたい。もしも、それができなければ、【天帝】は、彼らを滅ぼすだろう」


 あらゆる感情が噴き出して、アスタロトは認めざるを得なかった。

 どうやらルシフェルが正しかったらしい。

 私も、バアル・ゼブブも、間違っていた。

 込み上げて来るものに抗えず、アスタロトは泣いた、子供のように。


「ルシフェル、私をあなたの【眷族】として。私に、利用価値があるというのなら、私は喜んで、この身の全てを捧げます」


「わかった」


 ・・・


【眷族化】の儀式魔法は、強大な魔力を用いる。

魔人(ディアボロス)】の中には種族特性として【眷属化】を行える者もいるが、ごく少数だ。

 盟約の主人(あるじ)と、【眷属】とは、痛みと血肉を触媒として盟約を結ぶ。

 具体的には、ルシフェルの血に含まれる肉体組織の一部を、【眷族】となることを承服した者に植え込むのである。


「僕に全てを捧げよ」

 ルシフェルは、自分の人差し指を食いちぎった。


「はい。捧げます…」


「僕が滅ぶとき、お前も滅びる」

 ルシフェルは、アスタロトの額に鮮血を噴き出す指を突き立てた。


 ルシフェルの指は、アスタロトの頭蓋を穿ち、根元まで埋まる。


「僕の眷族となるか?」

 ルシフェルはアスタロトの脳髄をかき回しながらたずねた。


【擬似神格者】と言えども、これは想像を絶する痛みを伴う。

 もちろん、儀式の途中で死ぬ者もいた。


「はい……。喜んで……」

 アスタロトは、途切れそうになる意識をかろうじて保ちながら答えた。


「血の盟約に従い、お前を【眷族】とする」


 ・・・


 アスタロトは、【眷族】となる儀式を済ませ、ルシフェルの居所に連れてこられた。

 執務室に通されると、一人の男が跪き、ルシフェルを迎えていた。

 見知った顔、バアル・ゼブブ。


「アスタロト、君もあれを見て来たのだな?」

 バアル・ゼブブは言った。


「ええ」


 二人は、それだけ言って、全てを理解する。


「我は、これから地上界に(くだ)って、もう一度、一から新しい国を造ることにした。ルシフェル様の幕僚団から【賢老(グレイ・ベアード)】アガレス殿をお貸しいただく」


「私は、もう何百年か、ここに残り、ルシフェルの下で学ばせてもらうつもりよ」


「そうか。では、いつかまた会おう」


「ええ、それまで元気で」


 アスタロトとバアル・ゼブブは、挨拶を交わして別れた。


 ・・・


 300年が過ぎる。


 アスタロトは、ルシフェルの私的な幕僚団として働く傍ら、師であるルシフェルから多くを学び、多くを経験した。

 ありとあらゆる学識……そして魔法。


 ルシフェルの配下には、アスタロトと同じような境遇にある【天使(アンゲロス)】ではない者達も多い。

 彼らも、アスタロト同様に【魔界(ネーラ)】で天軍に敗れ去ってルシフェルの【眷属】となった者の他、、【地上界(テッラ)】から来た者、または、【白の庭園】で生まれ育った者、あるいは、ルシフェルの()()によって作り出された者もいる。


 主だった者達だけでも、【ルシフェルの怪物】、リリス、アモン、ダンタリオン、アガリアレプト、アガレス、マルバス、シトリー、フルーレティ……。


 アスタロトにも配下が出来た。

 アスタロト直属の配下で右腕と呼べるのは、サルガタナス。

 そして、左腕は【死霊術(ネクロマンシー・)(マスター)】のネビロス。

 2人とも有能な指揮官で、かつてルシフェルに立ち向かった当時のアスタロトと同等の戦闘力を誇る。


 では、アスタロトの現在の力は?


 バアル・ゼブブとアスタロトは、数百年前と比べて、隔絶した力を手に入れている。

 バアル・ゼブブは、【超位】の魔物を容易く(ほふ)るし、アスタロトは多数の【古代(エンシェント)(・ドラゴン)】を従魔としているほどだ。


 それらも全て、ルシフェルの導きによるモノ。


 この間、【魔界(ネーラ)】は、凄まじい戦争が何度も繰り広げられていた。

 天軍と【魔界(ネーラ)】の勢力との戦いは徐々に減って行き、逆に【魔界(ネーラ)】の勢力同士による無益な戦いが増えている。


 ルシフェル率いる天軍は、【魔界(ネーラ)】を、ほぼ手中に収めつつあった。

 アスタロトも戦場で多くの武功を挙げている。

 ルシフェルの配下にアスタロトあり、として威名が轟いていた。

 アスタロトは【天使(アンゲロス)】でこそないが、ルシフェルの配下ではアスタロトを軽んじる者は、1人もいない。


 ルキフゲ・ロフォカレ、ルキフゲ・フォカロル、アマイモン、サタナキア、アスモデウス、ベルフェゴールら【智天使(ケルビム)】達と並んで、アスタロトとバアル・ゼブブとリリスは、ルシフェルの重臣と看做されている。

 アスタロトとバアル・ゼブブが、元は敵で、裏切りまでした、外様の出身という事を加味すれば、この重用ぶりが、いかにルシフェルからの信頼が厚いか、という事の証明とも言えるだろう。

 アスタロトは、それを誇りとしていた。


 バアル・ゼブブは、東大陸の中央国家で改めて【魔人(ディアボロス)】や人種を率いている。

 伝え聞くところによると、彼は、人々から慈雨の神と呼ばれているそうだ。


 ・・・


 アスタロトも再び地上界に降り立った。

 彼女は、そこで人種を導き始める。

 治水を行い、農耕牧畜を指導した。

 輪作や水耕を試み、多くの実りを得た。

 自然と共に生きることを教え、人身御供や生贄をやめさせた。

 社会を整備し、文字や貨幣制度を教えた。

 天変地異や戦争も経験し……【魔界(ネーラ)】文明のほとんどを破壊した、あの【大災厄】も何とか生き延びた。


【大災厄】は、【天帝】の命によりルシフェルが引き起こしたのであるが……。

 その事について、特段の感慨はない。

 ルシフェルが人種を滅ぼすなら、それは正しい事なのだから。


 もはやルシフェルの【眷属】であるアスタロトには、ルシフェルの行為は全て天啓であった。


 本当に色々なことが起きた。


 そして、何世代も経過し、アスタロトは人々から、こう呼ばれることとなる。


 美と豊穣の女神アスタロト。


 しかし、アスタロト自身は、こう呼ばれるのを好んだ。


 ルシフェルの忠実なる【眷属】アスタロト……と。

お読み頂き、ありがとうございます。


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