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第196話。光をもたらす者…6…焼畑。

名前…ベリアル

種族…【擬似神格者…ヴァンパイア】

性別…男性

年齢…なし

職種…【(グランド)魔導(・ウィザード・)(マスター)

魔法…多数

特性…飛行、【超位回復】、【自己再生能力】など。

レベル…99(固定)

 アスタロトは、意識を取り戻した。

 十分な手当を施されている。

 どうやら、死に切れなかったらしい。


「お目覚めですか?」

 アスタロトの顔を覗き込む女の【天使(アンゲロス)】が言う。


 どうやら捕らえられたようだ。

 【天使(アンゲロス)】たちは複数でアスタロトを看守っていた。

 アスタロトの魔力は枯渇し、肉体は倦怠感に支配されている。

 腕と脚は、接合された訳ではなく、新しい肉体組織がきれいに再生されていた。


 それに、最後に受けた胸部への一撃。

 間違いなく致命傷だったはず……。


 これ程の治癒魔法は、魔法の熟達者であるアスタロトにとっても、奇跡にも思えるモノだった。

 これは治療というより、新しい生命を与えられたに等しい。


 首の辺りに違和感を感じて手で触れると、魔力を【排出(ドレーン)】する首輪がハメられていた。

 これが倦怠感の正体か……。

 首輪は、壊したり、力で外せるような物ではない。


 それにしても、あれから、いったいどのくらい時が経ったのだろうか?


 あたりに目を配ると、治療に当たる【天使(アンゲロス)】たちは何も武装をしていない。

 しかし、こんな魔力では抵抗しても簡単に組み伏せられるのがオチだろう。


 私は【魔導(ウィザード・)(ミストレス)】。

 魔力が練れなければ、牛一頭、満足に殺せはしない。


 アスタロトは虚無感に支配された。


「ルシフェル様がお待ちです。起き上がれますか?」

 治療をしてくれている【天使(アンゲロス)】が訊ねる。


 ルシフェルの名を聞いて、アスタロトは彼の言葉を思い出した。


 生き延びたら【眷属】にする、と。


 ルシフェルは、やはり私を眷族とするのだろうか?

 もはや生きる意味を見出せない無力な私を従属させ、この上何をさせたいと言うのか?

 そうだ。いっそ、あの人の手で殺してもらおう。

 それは良い考えに思える。


 ・・・


 病室を出ると、小さな2人の【天使(アンゲロス)】が待っていた。

 2対4枚翼。

智天使(ケルビム)】。


「ルシフェル様のお言いつけですから、ご案内いたしますが、おかしな振る舞いをしたら、すぐにまた四肢を切り落として豚のエサにしますよ」

 ルキフゲ・ロフォカレとルキフゲ・フォカロルと名乗った【天使(アンゲロス)】たちは不機嫌そうに告げた。


「ルシフェルに会うまでは、殺されるつもりはないわ」


「おや、元気そうでなによりです」

 ルキフゲ・ロフォカレが意外そうに言う。


「反乱軍の生き残りの指導者個体の多くが自刃する道を選びましたからね」

 ルキフゲ・フォカロルは言った。


 バアル・ゼブブ……。

 彼は戦死を遂げたのかしら?

 仮に生き残っても、誇り高い彼のこと、生き恥を晒すことを受け入れないだろう。


 ルキフゲ・ロフォカレとルキフゲ・フォカロルは、アスタロトを先導して歩いて行く。

 見慣れない場所、ここは【天界(シエーロ)】に違いない。


 ・・・


 どのくらい移動したのだろうか?

 幾つもの通路を歩き、何だかわからない箱に入って、箱から出ると、また同じ通路を歩かされた。

 いや、さっきの通路とは少し違う?

 という事は、あの箱は、おそらく建物の階層を垂直に移動する装置か……。


 アスタロトは、【天界(シエーロ)】の技術水準に舌を巻く。


 やがて建物の外に出た。

 アスタロトは、今まで自分がいた建物が恐ろしく巨大な構造物だと知る。

 大き過ぎて全容は窺い知れないが、【天界(シエーロ)】の土木・建築技術は凄まじい。


「これは……いったい何だというのだ?」


「【知の回廊】。【天界(シエーロ)】の中枢でございます」

 ルキフゲ・ロフォカレが答えた。


「ふふふ……あははは……」


「どうされました?」

 ルキフゲ・フォカロルが怪訝な顔をする。


「いや、何、気がふれたわけではないわよ。ふふふ……あははは……今ようやく、身のほどというものを思い知らされたわ」


 こんな人智を超えた建物を造る相手になど、初めから勝てるわけはないではないか?

 私は【魔界(ネーラ)】では偉大な魔女、高貴な女公爵だなんて崇められていたけど、【天使(シエーロ)】の住人から見れば、虫ケラのようなものだったのかもしれない。


「もう、何もかも、どうでも良くなったわ」


 アスタロトは、少し気分が吹っ切れた。

 自分の苦悩など小っぽけなモノだったような気がする。

 少なくとも、現実としてルシフェルには、アスタロトの存在など小っぽけに違いないのだろうから……。


 ・・・


飛行(フライ)】による高速飛行。

 アスタロトは、ルキフゲ・ロフォカレとルキフゲ・フォカロルに、まるで荷物のように運ばれた。

排出(ドレーン)】の首輪で魔力が練れないからである。


 ルキフゲ・ロフォカレとルキフゲ・フォカロルという【天使(アンゲロス)】を、アスタロトは値踏みした。


 この2人、強大な【魔導師(ウィザード・マスター)】だ。

 仮に私が、万全のコンディションでも、片方にさえ勝てるかわからない。

 2人を相手取れば、間違いなく負けるだろう。


 アスタロトは……事ここに至っては、益体(やくたい)もない考えだ……と自嘲する。


天使(アンゲロス)】の本拠地である【天界(シエーロ)】に自分1人。

排出(ドレーン)】の首輪で魔力を封じられている。

 仮に抵抗したところで、何ほどの事が出来るだろうか?

 何も出来はすまい……。


 向かう先は処刑場だろうか?


 ・・・


 アスタロトと、ルキフゲ・ロフォカレとルキフゲ・フォカロルは、ほとんど半日を移動に費やして、大きな集落に差し掛かる。

 人種の村だ。


「【天界(シエーロ)】にも人種が住むの?」


「ルシフェル様の、ご趣味でございます」

 ルキフゲ・ロフォカレが忌々しそうな顔で言う。


「全く、下等な人種などを飼うなどとは、良い、ご趣味ではありません」

 ルキフゲ・フォカロルは嫌悪感を露わにした。


 ここは、【白の庭園】と呼ばれる場所らしい。

 この集落が、ではなく、見渡す限りの場所全てが【白の庭園】なのだ、とか。

 ルシフェルの私有地。


【ハイ・ヒューマン】、【ハイ・エルフ】、【エルダー・ドワーフ】と……その他あらゆる種族が混在していた。

 上位種ばかり……。

 みな健康そうで肌ツヤは良く、美しいと表現できる姿をしている。

 なるほど、この人種は、ルシフェルの奴隷たちか。


 田畑には、彼らの豊かな実りを示す、架に乾かされた多様な穀物。

 この地は、収穫を終えた農閑期らしい。

 民に悲壮な様子はない。


 石造りの水場で洗濯する女たちの近くに、(彼女たちの子供だろうか)ずぶ濡れになりながら嬉声を上げてはしゃぐ幼い子供たち。

 流れる水は清浄そのもの。

 広場では子猫が数匹じゃれ合っている。

 それを籠を編みながら見守る年寄りたち。


 水路にかかる石橋を渡ると堰を修繕している若衆の姿が見えた。

 馬車が通る。

 御者が……ご苦労さん……と声をかけると、もろ肌脱いだ男衆は……午後までに、あと6つ見て回らないといけない……のだと笑う。

 男も女も楽しげで、清潔な衣服、豊富な穀物の蓄え、立派な住居、たくさんの家畜、水車、鍛冶屋、浴場……人々はみな笑顔をしている。


「なんて豊かな集落なのかしら」


天界(シエーロ)】は楽園だと聞いていたが、ここまでとは……。


 集落を抜けて、手入れの行き届いた広大な田畑を過ぎ、美しい森との境界まで進み、そこに佇む人影を見つけた。


「さあ、約束通り見せてあげよう」

 ルシフェルは振り返り微笑んだ。


 原生林、樹齢数百年は下らないと思える巨木たちが威容をたたえている。


「お前たちのやり方では、やがて、みな滅びる」


 ルシフェルは、おもむろに炎の魔法を放った。

 燃え上がる木々、蔓草、土苔。

 虫や動物は半狂乱になって逃げ惑う。

 炎を逃れ、こちらに向かって駆け出して来た鹿に、ルシフェルは光の魔法を放った。

 眉間に【光線(レーザー)】を受け、鹿は呆気なく絶命した。


「何を?なんてむごい……」


「ルキフグス、あと10頭ばかり殺して帰ろう」

 ルシフェルは言った。


「了解致しました」


 ルシフェルに命じられた二人は散開し、恐るべき手際の良さで次々に動物を狩る。


「この森は植林されたモノなんだ。つまり森フィールドではない」

 ルシフェルは言った。


 植林?

 森フィールド?


「ああ、アスタロトは、【天界(シエーロ)】と【地上界(テッラ)】の()()の仕組みをしらないんだったね?【天界(シエーロ)】と【地上界(テッラ)】では、森は切り拓けないんだよ。木を切り倒しても、一晩で、木が生えてしまうからね。自然環境は不変を保つんだ。そして農業の実りは豊かだ。でも、【魔界(ネーラ)】は違う。【魔界(ネーラ)】の植生は、外的要因の介入で簡単に壊れる。農業も困難だ。穀物は1年で1回か、良くて2回しか、収穫出来ない」


 ルシフェルは何を言っているのだろう?

 そんな事は、6歳の子供でも知っている、当たり前の事なのに……。


「どうして【創造主(クリエイター)】が【魔界(ネーラ)】をそのようにして創ったのか、は、わからないけれど、900年前に【天帝】が【魔界(ネーラ)】を発見した時から、【魔界(ネーラ)】は、そのようにして在る。何だか、不完全な場所のように思うんだよね。【天帝】は……【魔界(ネーラ)】の民が罪深いから、【創造主(クリエイター)】が罰を与えたんだ……と言うけれど、僕は、そう思わない。植物の遺伝子を調べるとね、森の木々が何百年もかけて巨木に育つ事……1年で1度の穀物の収穫……そちらの方が正しいように思えるんだよ。だから、実験した。この場所は、平地フィールドと言って、どのようにでも環境を変えられる場所なんだ。そこに、僕は木を植えた、畑を作り穀物を育てた。そうした結果、樹木は森フィールドでない場所では、巨木に育つには数百年かかるし、穀物は1年に1度の収穫だった。つまり、()()()()()から言えば、【魔界(ネーラ)】の自然環境の方が正しい事になる。つまり、【天界(シエーロ)】や【地上界(テッラ)】の自然環境が異質なんだよ」


 私は、ルシフェルの話を理解出来なかった。


「まあ、アスタロトには、時間をかけて、ゆっくり教えてあげるよ。この焼けた森……森は、この位の傷を受けても、自然には自己回復力が備わっているから、何百年かすれば元に戻る。時々、落雷なんかで発火して、こうして森が焼けることもある。お前たちなら、この跡に種を蒔くのだろう?」

 ルシフェルはアスタロトの頬に触れた。


 ガチャリ。


 ルシフェルは、アスタロトの首輪を外した。


 焼畑。

 栄養豊かな森の土壌と、燃え落ちた灰の作用が森の地面を良質な畑へと変える。

魔界(ネーラ)】の人種が経験から見つけ出した、糧を得る優れた知恵。


「このやり方は背理的すぎるんだよ、森が千年をかけて育んだ営みを、たった数年で食い尽くすんだから。もちろん、成長しきった原生林も地上に日光が差さなくなって、生物多様性を奪う、という事もあるんだけれど、【魔界(ネーラ)】の人種は、やり過ぎだ。アスタロトの故郷である東大陸を例に取れば、たった100年で大陸の3分の2を覆っていた原生林が、今では、陸地の100分の1以下だ。中央大陸では、原生林は消滅してしまっていた。僕は、農耕や牧畜を教えようとしたけれど、お前達は、あれを苦役か、強制労働か、罰か何か、だと思っているのだろう?収量は増えるけれど、焼畑より労力が数倍かかって、割に合わないって……」

 ルシフェルは焼け跡から森の外に向かって歩き始めた。


 そうだ。

 以前なら、森を焼いて種を蒔けば、後の畑の世話は、雨が少ない時に水を撒いたり、時々虫を捕るくらいで済む。

 ルシフェルが命じた農耕は、毎日、日の出から日暮れまで働き続けなければならない。

 重労働だ。

 それに、何年かすると土地が痩せてしまうから、牧畜と併用しなければならず……とにかく効率が悪い。

 あれは、東大陸に科せられた役務だと思っていた。

 人口は増えたけれど、民が幸せになったのか、と言えば疑問。

 それこそが、天軍に対して、反乱を起こした理由の一つ。

 私達は、伝統的な焼畑農業への回帰を願っていた。


 でも、ルシフェルの口振りからいって、私達の焼畑農業は間違っていたのかしら?

 つまり、あの役務は、東大陸の民の為を思ってしていたと言うの?

 以前より民が不幸せになったのに?

 意味がわからない。


「人種は、森を焼き田畑に変えて耕地を増やせば、一時の恵みを得る。だが他の生き物はどうだろう?」


「でも、それは、仕方がないこと……。あなたたち【天使(アンゲロス)】も生きるためには、他の動物を殺すではないか?生きるとは、そうした営みよ……」

 アスタロトは抗弁する。


 ルシフェルは首を振った。


「そうだ。僕は生き物を殺す。あとで、あの獲物をご馳走するよ。森羅万象には調和がある。生き物も然り。最少存続可能個体数というものがあり、数を減らし過ぎた生き物は、もはや自然の摂理の中では回復できなくなるんだ。お前達が絶滅させた種は60万以上。僕が、【白の庭園】に遺伝子を集めていなければ、永遠にそれらは失われてしまっていた」

 ルシフェルは屈託なく言う。


 アスタロトは、ルシフェルの言葉を全ては理解できなかった。


「焼畑農法により、人は個体数を増やす。そして増えた人は、ますます食料を必要とする。けれど、その時に畑は土地が痩せ収量が減り、食いぶちを賄えなくなる。だからまた新しく森を焼く。森の生物は住処を失い、いくつかの種は滅びる。それは、やがて人種に跳ね返る。あれを続けていると、【魔界(ネーラ)】の人種は滅びてしまうんだよ」

 ルシフェルは、アスタロトの手を取って言う。

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