第195話。光をもたらす者…5…叛乱。
名前…ガブリエル
種族…【擬似神格者…ハイ・ヒューマン】
性別…女性
年齢…なし
職種…【魔法槍宗】
魔法…多数
特性…飛行、【超位回復】、【自己再生能力】など。
レベル…99(固定)
壮絶な戦いだった。
東方面。
バアル・ベリトの軍をアマイモンは多大な犠牲を払いながら撃破した。
人種などは雑兵に過ぎないが、【魔人】達は、一騎当千の強力な個体揃い。
下位階の【天使】や【大天使】では歯が立たなかった。
最低でも【権天使】以上でなければ、路傍の石扱いで踏みにじられる。
特に指揮官クラスの【高位】の【魔人】は、上級【天使】の【座天使】と互角。
バアル・ゼブブ、バアル・ベリト、アスタロトに至っては、【智天使】に匹敵する。
だが、下級【天使】であれば、やられても、やられても、補充が効くのだ。
【天界】で後方支援と兵站管理に当たる、ルキフゲ・ロフォカレと、ルキフゲ・フェカロルの差配により、前線には常に新鮮な兵力が供給される。
最後は、補給力と消耗率の差が開き、数の暴力で揉み潰した。
退却するバアル・ベリト軍をアマイモン、サタナキア、アスモデウスは追撃する。
・・・
北方面。
アスタロト軍と、ベリアル軍との間で開戦。
北方面に備えていたベリアルの兵力は、ルシフェル直営第1軍が北方面に着陣した段階で、南方面に統合出来た。
バアル・ゼブブ本隊の動きが読みきれないが、まずはアスタロトを止めなければならない。
ルシフェルは、アスタロトとの戦場会談を終えると、側近数名を連れて、去った。
アスタロト軍の後方を突くつもりなのだろう。
金床戦術。
ルシフェルが巨大な金槌であるなら、ベリアルは金床。
つまりベリアル軍は、アスタロト軍の正面攻勢を受け止めなければならない。
「さあ、天軍に逆らった事を後悔させてあげましょう」
ベリアルは、【魔法杖】を軍配代わりにして、振るうのだった。
・・・
南大陸の大王サマエルが自ら大軍を率いて上陸したのは、バアル・ベリト軍も、アスタロト軍も、既に瓦解した後である。
遅きに失した……いや、天軍が強過ぎたのだ。
しかし、そんな事は、サマエルには関係がない。
もはや、サマエルは死を覚悟しており、誇りを示す事が第一の目的だったからだ。
南大陸の将兵の強さが天軍に知れ渡れば、生き残った南大陸の民草が天軍から侮られなくなる。
そういう狙いもあった。
とはいえ、勝算が全くないとも思えない。
サマエルは、巨大な構造物を背にして陣を張った。
何やら神殿のように見える構造物である。
これは、サマエルが統治する南大陸にもあった。
だが古の昔からある物で、どういう由来の建造物であるのかはわからない。
扉などはなく、中には入れないのだ。
旧時代の遺物……遺跡……と呼ばれている。
まあ、この構造物が何であれ、そんな事には興味はない。
サマエルは歴史学者ではないのだから。
今は、この堅牢な構造物を背にして陣を張り、背後を敵に突かれないように利用出来れば、それで良かった。
天軍は噂に聞くほど強くはないのではないか?
サマエルは、そう感じていた。
何故なら、手の物の報告によると、バアル・ベリト軍との戦いでも、アスタロト軍との戦いでも、戦いが終わった後の戦場には、無数の【天使】の死体が折り重なっていたらしい。
その数、数百万。
明らかに、バアル・ベリト勢やアスタロト勢より戦死者は多いそうだ。
それだけの犠牲を出して天軍が平気な訳がない。
おそらく、サマエル軍に対峙している天軍の兵士は、実戦経験が少ない未熟な新兵。
対するサマエル軍は、歴戦の猛者揃い。
南大陸では、長い大陸統一戦争の最中にあったが、天軍の脅威によって、敵同士だった者が味方になって大同団結した。
また、侵略側の天軍に対して、自らの故郷を守る固い意志によって結束したサマエル軍は士気も高い。
勝てる……いや、勝つ。
サマエルは、そう確信したのである。
戦局は、横陣戦列を組んで遠隔攻撃を仕掛ける天軍に対して、犠牲を厭わず突撃したサマエル軍が肉薄する、という展開。
サマエル自らの先頭をきっての進撃であった。
白兵戦。
こうなれば、もはや指揮もへったくれもない。
各自の武力がモノを言う。
【天使】の末端兵は、脆弱。
強力な個体も中にはいるが、【天使】は概して魔法偏重。
強力な魔法は、味方を巻き込むので、白兵戦では使えない。
威力を加減した魔法は、一発では、屈強な身体を持つ【魔人】を殺せはしないのだ。
その間に多数で取り囲んで一斉に襲いかかれば殺せる。
味方優位な展開。
もはや、勝ち戦。
・・・
サマエルは、八面六臂の活躍で敵兵を斬り捨てて行く。
そして、乱戦の中、明らかに敵軍の首魁と思しき者を見つけた。
6対12枚翼の白色の男……。
こいつが、ルシフェル。
サマエルは、敵も味方も入り乱れるような猛烈な乱戦の最中に幸運にも敵の大将首と邂逅したのだ。
その首もらい受ける。
・・・
ルシフェルは、戦場をまるで散歩でもするかのように無造作に歩いていた。
群がる、南大陸兵を何やら得体の知れない魔法で殺しながらである。
ルシフェルに近接した兵士達は、ルシフェルが詠唱する未知の魔法で、刹那、ドロドロに融解してしまうのだ。
見た事もない魔法である。
【腐敗】?
いや、それにしては、腐敗効果が早過ぎる。
サマエルは、迷いを生じた。
ルシフェルの魔法は、明らかに【超位】級の威力があると思われた。
【超位】の魔法なら、自分であれば、一撃や二撃、耐えられる。
そうして、肉を切らせて骨を断つ。
必殺の一撃を叩き込めば殺せる。
だが、あの魔法の正体がわからない。
何か、特殊な大儀式魔法であれば、即死効果を持つかもしれない。
迂闊には飛び掛かれなかった。
ルシフェルの魔法は近接効果であるらしく、距離を置いていれば、あの魔法の射程外であるらしい。
サマエルは、慎重にルシフェルを観察する。
「数が多いな」
ルシフェルが言った。
「いかに天軍と言えども、我が軍の前では不利を悟ったようだな」
「いいや。少し飽きてきたんだ」
「ほざけ!」
サマエルは、覚悟を決めて斬り込んだ。
ルシフェルは、例の魔法を詠唱する……が。
サマエルは、ルシフェルが伸ばした手の平を斬り飛ばした。
観察していた。
あの魔法は手の平をかざした方向にしか放てない。
ならば、手を斬り飛ばしてしまえば封じれるのではないか?
目論見は当たった。
サマエルには、例の融解魔法は発動していない。
ルシフェルは、小首を傾げて自分のなくなった手首を眺めていた。
「その首もらいうける!」
サマエルは、大剣を振り下ろす。
ガッキーーンッ!
サマエルの振り下ろした大剣は、何物かに受け止められた。
痺れるような手ごたえ。
硬い。
【ゴーレム】。
ルシフェルは、自らの盾とする為に、【ゴーレム】を召喚したのだ。
【アダマンタイト・ゴーレム】!
「お前は【ゴルゴーン】か?ラフの土産にしたら喜んだろうけれど、まあ、良いか」
ルシフェルは、高速で離陸する。
「逃げるか?腰抜けめっ!」
サマエルは、叫んだ。
ルシフェルは【アダマンタイト・ゴーレム】の大軍勢を召喚し撤退する。
サマエルはゴーレムをなぎ倒し追撃した。
ルシフェルは、【サラマンダー】、【ウンディーネ】、【シルフ】、【ゲノーモス】を召喚して足止めを図る。
「四大精霊を召喚するとは、天使長ルシフェルの正体は【召喚士】か?しかし、これならまだ、やれる」
ふと、見回すと戦場には、天軍の兵士はいなくなっていた。
気が付かない内に天軍は撤退していたらしい。
サマエルの周囲には、味方と【天使】の死体だけが取り残されていた。
何だ、悪寒が走る。
私の【才能……危機察知能力】が、激しく警鐘を鳴らしていた。
何かが来る!
サマエルが味方に警告を発しようとした刹那。
ルシフェルによる極大光子魔法が、サマエル軍を飲み込んでいた。
・・・
サマエル軍本陣。
「なんてデタラメな強さなんだ。あれがルシフェル……。とても敵う相手ではない」
サマエルは、生きていた。
強力な土魔法を使えるサマエルは、咄嗟に穴を掘り、ルシフェルの魔法から身体を遮蔽。
辛うじて死を免れ、本陣を敷いた、件の構造物の前まで撤退してきたのである。
サマエルの腕はルシフェルの大魔法で消し飛ばされていた。
だが、腕など、また生える。
問題は心の傷だ。
サマエルの心は完全に折られていた。
サマエル軍の兵士達も少ないが生き残っている者達がいる。
ルシフェルの大魔法の射線から、わずかに外れて直撃を受けなかった者達だ。
彼らが生き残ったのは偶然でしかない。
サマエル軍は、全員同じ疑問を抱いていた。
「あれ程の魔法を持ちながら、なぜ一度は逃げたのか?」
兵士達の疑問を代弁するかのように、サマエルは呟く。
もちろん、自問自答であり、その答えなど期待はしていない。
しかし、それに答える者がいた。
「知りたい?」
女?
そこに立っていたのは、戦場には、不釣り合いなほど妖艶な雰囲気を漂わせた美しい女だった。
旧時代の遺物の前に立つ、妖しい雰囲気を醸し出す女。
「元より貴様たちのような虫ケラがルシフェル様に太刀打ちできるはずがないのよ。では、なぜ白兵戦が始まる前に、遠隔攻撃で、極大光子魔法を使わなかったのか?……あら、教えてあげる相手がいなくなっちゃったわね」
アマイモンは、溜息を吐いた。
サマエル軍の残党は、アマイモンの配下によって全滅。
サマエルも、アスモデウスによって、首を斬り飛ばされていた。
アマイモンが立つ遺跡……サマエル軍が当初陣を張った背後にあった遺跡の正体。
それは、【門】。
サマエル軍が偶然にも、それと知らず背後にして本陣を敷いた場所。
つまり、ルシフェルは、サマエル軍に極大魔法を撃ち込んで【門】を壊すことが勿体なかったのである。
なので、ルシフェルは、白兵戦を戦い巧みに敵軍を陽動して、サマエル軍を【門】の射線から引き離したのだ。
いや、正確に言えば、【魔界】の中央大陸の中心にあり、また【地上界】のセントラル大陸の竜城という所にある、本物の【門】は【創造主】が創った不壊・不滅のオブジェクトである為に壊れない。
本物の【門】は、3つしかない。
即ち、【天界門】、【地界門】、【魔界門】である。
その他の【門】は、全て【天帝】が創り、【天使】が設置した物だった。
【天界門】からは、全ての【門】に通ずる。
しかし、【天界】には、【地界門】か【魔界門】を通らなければ来る事は出来ない。
【転移】を使えば、【門】を通らなくても移動は出来るのだが、ルシフェルを含め、【天使】に【転移】を使える者はいなかった。
・・・
バアル・ゼブブは軍を分け半数15万を送り、アザゼル軍にぶつけたが、敵わず撤退。
アザゼルは旗下1個軍団を【魔界門】の防衛に残し、自らは2個軍団を率いてバアル・ゼブブを追撃する。
しかし、これはバアル・ゼブブの罠だった。
手薄になった【魔界門】に向けバアル・ゼブブ率いる蝿騎士団が縦列突撃を敢行。
彼の目的は、当初から【魔界門】の制圧ただ一つである。
【魔界門】は、不壊・不壊である為に、破壊は不可能。
バアル・ゼブブは、【魔界門】から【天界】に攻め込めば、状況が変わると考えていた。
天軍に勝てるなどとは、つゆほども思っていない。
バアル・ゼブブは、【魔界】の指導者の中で最も天軍の強さを知っていた。
バアル・ゼブブは、サマエルと違い、この100年あまりの間、近くで【熾天使】やルシフェルの戦闘力を見て来たのだから。
バアル・ゼブブの思惑はこうだ。
【天界】が戦場になれば、【天使】の一般市民にも犠牲が出たり、彼らの財産にも被害が出る。
【天使】の一般市民に厭戦の世論が沸き起これば、あるいは、改めて天界と交渉することだって可能かもしれない。
交渉で、人種の進歩と将来の可能性を提示して、バアル・ゼブブを頼る人種たちに【魔界】の部分的自治を認めさせること。
バアル・ゼブブが導く人種に敵対勢力を打ち払うために、天軍の支援を請うこと。
バアル・ゼブブは自らの死を賭してでも、これをルシフェルに認めさせたかったのである。
全ては、無辜の民の幸福のために。
天軍が交渉に応じる可能性が低いことは、元より承知の上。
少なくとも……戦えば多少は厄介な相手だ……という程度の認識を与えさえすれば良い。
ルシフェルに対して……話だけは聞いてやろう……という興味を引かんがための挙兵なのだ。
実際は、【天使】に一般市民などという階層はなく、全員が兵士なのだが……。
バアル・ゼブブは、挙兵に際してアスタロトに、こう言った。
「ルシフェルが交渉に乗ってくれば良し。それが叶わなくとも、せめて生きて捕らえられルシフェルに話す機会が欲しい。我は処刑されるだろうが、それでも構わない。我の私欲なき正心を悟れば、きっと処刑の前に話を聞いてくれるだろう。そのためには、この乾坤一擲……加えねばならない」
バアル・ゼブブの目的の一端が叶うか、と思われた時……。
【魔界門】から新手の大軍勢が現れた。
盾と閂の紋章旗。
「さてと、弱兵が相手でも、お仕事はきっちりとこなしますよ」
ウリエルは、兜の面甲を下ろして言う。
ルキフグスが差し向けたウリエルの軍だった。
蝿騎士団の決死の突撃を、ウリエル軍は跳ね返し、【魔界門】を完璧に防御した。
「届かなかったか……」
バアル・ゼブブは、呆然と立ち尽くす。
「バアル・ゼブブ様、お逃げください」
副官は言った。
「いや、ここまでだ。この上は、潔く戦って果てよう」
「御大将が生き残れば、また機会はあります。ここで、あなた様が恥を忍んで生きてくださらねば、死んでいった者たちが浮かばれません」
「……」
・・・
バアル・ゼブブは、再起を期して落ち延び、旧領である東大陸にたどり着くが、そこに待ち構えていたのは、ルシフェルとルシフェル直轄軍。
「バアル・ゼブブ。お前は2つ思い違いをしている。1つ、お前は天軍正規兵を7軍350万の規模と考えていたようだが、違う。【天界】の全人口は、女子供も含めた全てが予備役兵たちだ。つまり、たかだか100万余りのお前の軍は、【天界】文明の担い手全てである3億の軍隊に対峙していたんだ」
バアル・ゼブブはうな垂れた。
「つまり、お前の意図や戦術がどうであれ、僕が交渉に乗る理由は何もない」
「ルシフェル。人種の未来を奪わないでくれ。彼の者たちは、必死に生きようとしている。彼らに時間を与えてくれれば、やがて偉大な文明に到達するに違いない。ルシフェル、頼む!」
バアル・ゼブブは、思いのたけを訴えた。
「バアル・ゼブブ、2つ目の思い違いがそれだ。お前の言には何一つ説得力がない。なぜなら、お前たちは、お前たちに与する者達と、対立勢力、そして未だ原始の営みを続け社会を築くに至らない者達を区別している。それは、都合の良い欺瞞である」
ルシフェルに断じられ、バアル・ゼブブは心を打ち砕かれる。
自覚があった。
「僕は、怒りを感じることができない。けれど、こんな不合理な企みに人種を扇動して巻き込み、たくさん死なせた、お前を、僕は今、殺したくて仕方がない。投降は認めない。せめて死ぬまで抵抗して、誇りを示してみせろ」
ルシフェルは穏やかに言った。
ルシフェル軍の中から連行されて来る、緊縛された女の姿。
ベリアル軍に敗れ、捕えられたアスタロトである。
「アスタロト。お前にも最期の舞台を与えてやろう。自害か、戦死か、選ばせてあげる」
ルシフェルは、優しい口調で言った。
アスタロトの魔法禁鎖が、解かれる。
バアル・ゼブブは、覚悟を決めた。
もはや、これまで、後は後世に腑抜けと嘲笑われる事のない死に様を見せるだけ。
「バアル・ゼブブなり。我が身果てるとも、我が骸が民の灯火とならんことを。参る!」
バアル・ゼブブは、突撃する。
「ルシフェル、せめて、あなたの寝室に私の首を飾ってちょうだい。いざ!」
解放されたアスタロトも天軍に挑み掛かった。
バアル・ゼブブも、アスタロトも、ここを死に場所と決めたのである。
しかしルシフェル軍は、彼らを事務的に殺していく。
激しい戦闘だが、ルシフェル軍に損害は少ない。
バアル・ゼブブの体には無数の光矢が突き刺さり、アスタロトは両腕、両脚をもぎ取られる。
殲滅……そして戦闘は終結した。
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