第194話。光をもたらす者…4…眷属。
名前…ミカエル
種族…【擬似神格者…ハイ・エルフ】
性別…女性
年齢…なし
職種…【魔法剣宗】
魔法…多数
特性…飛行、【超位回復】、【自己再生能力】など。
レベル…99(固定)
【天帝】の究極目標は、【天界】、【地上界】、【魔界】の統一。
3界の【天帝】による統治である。
【天界】では、【巨人】を相手に優位に立ちつつあった。
だが、【巨人】達の意図からいって、ここに注力しても生産性がない。
やはり、【地上界】か【魔界】を支配する事が、今後を見据えれば必要な事では、あるのだが……。
【地上界】は、強力無比な守護竜の存在がある。
守護竜と真正面からぶつかるのは愚策だ。
【天帝】の手駒……【天使】は脆い。
【創造主】によって創造された守護竜相手には、あの失敗作のガラクタ共では、到底太刀打ち出来ないのだ。
最低限、【熾天使】級を千の単位……いや、守護竜達を全て同時に相手取る事を想定するなら、【熾天使】を万の単位で投入しなければならない。
しかし、【熾天使】を創る為に用いる高品質の【魔力子】エネルギーが足りないのだ。
欲を言えば、ルシフェル級が複数体創れれば……いや、アレは、莫大な【魔力子】エネルギーと、【知の回廊】の演算資源の50%を振り分けて、ようやく創り出せた傑作……他のガラクタとは本質的に違う。
同じ物は、物理的に創れない。
いや、創れはするが、それをすれば【知の回廊】を運用出来なくなる。
それでは本末転倒だ。
まずは、【魔界】を平定し、後に【魔界】で得た材料と【魔力子】エネルギーをもって【地上界】への新たな尖兵を創る。
これが計算上、最も成功率が高い。
【天帝】は、天使長ルシフェルに【魔界】平定を命じた。
・・・
ルシフェル率いる天軍は、【魔界】の中央大陸に侵攻。
当初こそ、激烈な抵抗に合うも、中央大陸戦力の主力たる大将軍テネブラエ率いる【魔人】混成軍を撃破殲滅して以降は、残った人種に、強力な天軍に抗う術などない。
天軍は、侵攻開始から100年で、【魔界】中央大陸を占領。
中央大陸には【魔界】側から唯一【天界】に向かえる【門】がある為、ここを押さえたのは、防衛戦略上、極めて大きい。
中央大陸を橋頭堡として維持し、かつ、周囲東西南北の大陸を切り従えれば、【魔界】の平定は成る。
中央大陸陥つ、の報せを受け、東大陸は天軍に降った。
東大陸は、帝王バアル・ゼブブが自ら率いる蝿騎士団と、強大な魔女で女公爵でもあるアスタロトの魔導士軍を擁し、天軍としても軽視出来る敵ではなく、それだけに東大陸への調略が成った事は僥倖と言って差し支えない。
ルシフェルは、すぐ軍門に下った、バアル・ゼブブとアスタロトら東大陸の指導者達を自軍に組み込み【擬似神格】を与え、次の目標である西大陸侵攻軍の先鋒としたのだ。
バアル・ゼブブとアスタロトを加えた天軍は西大陸を席巻。
侵攻開始から200年で西大陸も平らげる。
次なる目標は、北大陸。
・・・
新しい戦略目標に初めて攻撃を仕掛ける際、天軍は最強の布陣で、敵に対峙する。
初撃において、敵主力を破壊。
これが常套手段である。
北大陸には、全【熾天使】が揃っていた。
天軍200万に対し、北大陸軍は500万に及ぶ。
敵の先鋒を任されたのは、【魔人】の強力な戦闘種族である【アースラ】達だった。
「【天界】の者よ!一騎打ちを所望する!我を恐れぬならば、受けてみせよっ!」
【アースラ】の部族長は、1人歩み出て叫ぶ。
「どうしようか?」
ルシフェルは陣営に居並ぶ【熾天使】達に訊ねた。
「敵の思惑に乗る必要もないか、と」
ベリアルは答える。
「一騎打ちで敵将を討ち取れば、敵軍の士気を挫けるのではないか?」
ミカエルは言った。
彼女は、中央大陸平定戦で、敵軍の最強個体と云われていた【サイクロプス】を倒し、その後の敵軍の戦意を削いだ実績がある。
「なるほど、ミカエルの言う事にも一理ある。ならば僕が行こうか?」
ルシフェルが言った。
「いえ、ここは、私が参ります」
立ち上がったのはアザゼル。
アザゼルは、いかにも武人然とした立ち居振る舞い。
屈強な肉体と義理に厚い、漢である。
・・・
1時間後。
アザゼルとの一騎打ちに敗れた【アスーラ】の部族長を見て、北大陸軍は敗走し始めた。
ルシフェルは、アマイモンら【智天使】達に兵を預け追撃を命じる。
【熾天使】達は、敵軍が本陣を構えていた場所に残った。
この地は、広大な平原の両側から険峻な山脈が張り出し、地上を進む場合には必ずこの山脈の切れ目を通らなくてはならない、という往来の要衝。
恒久的な要塞や関を築くにはもってこいの場所だった。
堅牢な要塞を築いて、防衛は、バアル・ゼブブとアスタロトに任せれば良いだろう。
近頃、【天界】の【巨人】達の動きもキナ臭い。
【魔界】侵攻にばかりかまけてはいられない、という事情もある。
・・・
【アースラ】の部族長は、致命傷を負っていたが、ルシフェルの【完全治癒】で一命を取り留めた。
【アースラ】の部族長は部族全ての助命と引き換えに天軍に恭順する姿勢を見せる。
しかし、ただ許すというほど【天使】は甘い思考は持っていない。
【アースラ】が種族をあげて、天軍の【眷属】となる事を受け入れるのならば、種族の維持だけは保証する事とする。
【アースラ】の部族長は、苦渋の決断として、それを受け入れた。
・・・
天軍本陣。
「ほ、欲しい……」
ラファエルは眼を輝かせて言った。
ラファエルは、異形の【魔人】や、強力な魔物を【眷属】として従えている。
人材収集に熱心なのは、ルシフェルら他の【熾天使】にも共通することであるが、彼女が異質なのは、【眷属】に加えたがる者に、彼女なりの独特なこだわりがある事であろう。
「また始まったよ」
ガブリエルは呆れたように言う。
「だって、3面に6腕の戦士で、部族最強の個体だよ!うん、こいつは私の【眷属】にしよう」
ラファエルは、恭順した【アースラ】の部族長を自らの所有物にする事を主張した。
倒したのは、アザゼルであったが……。
「ラフ、今あんたの眷属満員じゃん?」
ルシフェルは、1万の単位で【眷属】を使役する能力があるが、管理の問題から現在は100あまりの【眷属】を支配するに留めている。
ルシフェル以外は、【眷属】にできる数は少なく、ラファエルの場合、10体が限界だった。
また、【眷属化】は、【天使】にとっては、負荷、という面もあり、【眷属】を従え過ぎると、負荷に耐え切れなくなり【堕天】してしまう、という危険もある。
【天使】は、憎しみ、悲しみ、恐れ、痛み、妬み……など知的生命体が発する負の感情に曝露され過ぎると思考に不調を来すのだ。
これを、【天使】達は……魂が汚れる……と呼ぶ。
魂が汚れる、原因は、外的要因ばかりではない。
自らの思考も問題となる。
つまり、【天使】自身が、負の感情に支配されたり、奸計、策謀、欺瞞、殺戮、他者を眷族にして支配使役する……などの行動をした時も魂の汚れに繋がるのだ。
なので、同時に使役する【眷属】の数には、個体ごとに上限が設けられている。
【堕天】した【天使】を待つ運命は、死に等しい。
自我が崩壊し、知性を失い、ただ本能に従い捕食するだけの、獣、に成り果ててしまうのだ。
これは、秩序と調和の担い手である【天使】にだけ起こる特有の現象である。
しかし、彼ら【天使】は、この弱点を、自分達の高潔さの証明として、むしろ誇りとしていた。
唯一の例外がルシフェル。
ルシフェルだけは全く負の感情を持たないため、暴虐を重ねても魂を汚さない、という稀有な存在である。
「うーん……じゃあ、手持ちを間引くかな」
ラファエルは屈託なく笑った。
「駄目だ。盟約の元に【眷属化】した僕には、支配者として相応の責任が生じる。気分次第で簡単に首をすげ替えて良い道理はない」
ミカエルは窘めた。
一度【眷属化】された僕は、眷属から外れると生きていられないのである。
古には、自由に【眷属化】を解除する、などという魔法もあったと云われているが、その方法は発見されていない。
ミカエルが言った……首のすげ替え……は、もちろん物理的な意味だった。
「えー、この【アースラ】が欲しいから、要らない【眷属】は殺す」
「そんな理不尽なこと、絶対に駄目だ。ルシフェルも言ってやってくれ」
「別に構わないよ。【眷属】の殺生与奪は所有者に委ねられる。それが盟約の内容だからね」
「ほらね、ベーッ、だ。えーと……どれと、交換しようかな?【ゴルゴーン】は確保。【ヴァンピール】もキープ。【トロール】がいらないかなぁ〜?やっぱり【サキュバス】を捨てようかな?」
ラファエルは言った。
「ルシフェル!【眷属】を間引くなんて非道なことを天使長として認めると言うのか?」
「僕の【眷属】に不要な者はいない。殺さなければならないような無能とは、そもそも盟約を結ばない。そして、天使長の権限は、【天使】個人が持つ【眷属】の管理にまでは及ばない。それはラフの問題だ。好きなようにすれば良い」
「なら、ラファエル。あなたの上席者として、この私が命ずる。自分の【眷属】は責任を持って最後まで面倒を看るのだ。意図的に殺すことはまかりならん!」
「えー、何でよー?」
「議論の余地なし!これは命令だからな」
「むー……」
ラファエルは頰を膨らませる。
【眷属】は、支配者たる主人と思念が繋がり、主人に対して害意を抱くことができなくなる上に、主人が死亡すれば【眷属】も即座に生命活動を停止するため、主人の意思に背くことは不可能だ。
例えば、ルシフェルが、自分の【眷属】をラファエルに与え……ラファエルに従え……と命じることは可能だが、これは【眷属】が本来の主人ではない者を裏切ることを完全には防げないため推奨されていない。
「むー……ミッキ姉のケチ!」
ラファエルは不機嫌だ。
結局、【アースラ】は、本人の希望を汲んでアザゼルの【眷属】となった。
・・・
天軍の編成は、最高位たる【熾天使】が率いる七軍からなる。
第1軍、頭蓋骨を6対12枚翼が取り巻く紋章を旗印とするルシフェル軍。
ルシフェル軍は、即応軍。
特定の管轄地域を持たず、必要があれば、どこにでも出動して行く。
第2軍、剣と秤の紋章を旗印とするミカエル軍。
第3軍、槍とユリの花の紋章を旗印とするガブリエル軍。
第4軍、弓矢と魚の紋章を旗印とするラファエル軍。
第5軍、盾と閂の紋章を旗印とするウリエル軍。
彼らは、主に【天界】の対【巨人】への備えとして配置される。
第6軍、槌とダイアモンドの紋章を旗印とするアザゼル軍。
第7軍、魔法杖と鎌が交差する紋章を旗印とするベリアル軍。
彼らは、主に【魔界】から、【天界】へと通ずる【門】防衛に配置される。
天使長たるルシフェルは天軍全てを統帥するため、通常はルシフェルの副官たる【智天使】アマイモンが第1軍の指揮を代行していた。
それぞれの軍は通常30万から50万ほどの兵数で展開するが、欠員が出れば、その都度【知の回廊】から新しい【天使】が補充される。
基本的に【天使】は戦闘を第一の目的として創られているため、民政をかえりみなければ天界の総数3億超は、全て前線へ動員可能であった。
軍の下に、10万余からなる軍団があり、その下に1万からなる師団、2千からなる旅団…と細分化されていく。
軍団長は【智天使】が務め、直属の上官である【熾天使】の副官としての役割も果たした。
ルシフェル直轄軍は、【魔導士】を主戦力とした軍であり、その副官たちもやはり強力な【魔導士】達である。
ルシフェル旗下にあるアマイモンは、部下に自分と同位の【智天使】であるサタナキアとアスモデウスを従えるという特権を与えられていた。
それはルシフェルの代行を務める彼女の職務権限であると同時に、アマイモン自身が全【智天使】の中で抜きん出た存在ということを物語っている。
彼女は普段人種に化身しているが、現身すれば、その正体は【古代竜】。
生態系の頂点に君臨し、ただでさえ長命で霊妙な力と高い知性を持った【古代竜】の胚を用い【天使】として創り直され【擬似神格】を得て、不老の身となったわけである。
ルシフェルは、自らの直轄軍の指揮を任せるアマイモンに全幅の信頼をおいていた。
・・・
【白の庭園】。
「ルシフェル様、大要塞の防衛任務に当たっていたバアル・ゼブブが反旗を翻し、アスタロト公も追従しているようです。同時にバアル・ゼブブの旧領、東大陸でも反乱軍が挙兵し、バアル・ゼブブと同調しています」
アマイモンが急報を伝える。
「【魔界】からは何と?」
ルシフェルは全く動揺を見せずに、言った。
「敵先方は東大陸で反乱挙兵したバアル・ベリト率いる30万、東大陸から中央大陸に渡海し中央大陸東方より内陸深く進出。アスタロト軍20万、北大陸から中央大陸に渡海し中央大陸北方に布陣。バアル・ゼブブ本隊は、同じく北大陸より渡海し北東に騎兵30万を擁しています。その他詳細は未だ不明。アザゼル殿は、【門】を防衛。ベリアル殿は軍を分け3方面の敵に対峙しております」
アマイモンは言う。
北大陸で任務を遂行中だったバアル・ゼブブとアスタロトは、天軍を裏切り北大陸の拠点を放棄し、中央大陸に転進した。
普通に考えれば、今まで対峙していた敵に背後をさらす事になるのだから、挟み撃ちにあう恐れが生じる。
しかし、北大陸勢に動きはない。
つまり、バアル・ゼブブ達と北大陸勢は、何らかの合意をしている、と見て取れる。
バアル・ゼブブ達と北大陸勢は手を結んだと考えて良い。
アマイモンは、これは、単なる一方面軍の離反では済まない事を認識していた。
「アザゼルには、そのまま、【門】の防衛にあたらせよ。サタナキアとアスモデウス各々10万をもってバアル・ベリトに対して両翼展開させ、お前は前衛両翼の後方に配し、バアル・ベリトを迎え撃て」
「はっ!」
アマイモンは敬礼する。
「僕も降りて、ベリアルと合流する。直接行って様子を見てこよう。ルキフグス、お前たちは【天界】に残り、全ての【熾天使】と情報を逐一共有せよ。また情勢を見て、必要な時は随時援軍を送ってよこせ」
ルシフェルは、新しい玩具を手に入れた子供のような様子で言った。
「かしこまりました」
「かしこまりました」
ルキフグスは従う。
・・・
「バアル・ゼブブは馬鹿ではない。あの戦力で天軍に対して、勝つ気でいるとは思えない」
ルシフェル直営軍の第1軍団指揮官サタナキアが言った。
「後詰めのアテがあるのよ。私がバアル・ゼブブなら、南大陸と取り引きして援軍を要請するかしら。西大陸にはまとまった反攻戦力はないけれど、現地で反乱くらいは起こさせるかもしれないわね」
ルシフェル直営第1軍の総指揮官代行アマイモンは言う。
「東西南北全てが対天軍で手を結んだ訳か。対包囲戦は厄介だな。敵の戦略目標は何だ?」
ルシフェル直営第1軍の第2軍団指揮官アスモデウスは訊ねた。
「講和だろう」
サタナキアは言う。
「同感ね。激しく抵抗して天軍を多少なりとも手こずらせ、後に講話を持ちかけるつもりだわ。ルシフェル様から有利な条件を引き出そうという意図じゃないかしら?」
アマイモンは言った。
「愚かな」
アスモデウスは吐き捨てるように言う。
ルシフェル様が、こんな不合理な講和に応じるはずがない。
3人の副官達の意見は一致した。
アマイモンは考える。
バアル・ゼブブの計算は、おそらくこうだ。
今まで天軍地上方面軍の一翼を担ってきたバアル・ゼブブとアスタロトを殺すことになれば、【天界】の【魔界】侵攻作戦と、【魔界】支配地域の統治にとって痛手。
彼らは天軍に組み入れられて以来、天軍の尖兵として多大な戦功を挙げていたし、旧領である東大陸の民からの支持も厚いからだ。
天軍は、駐留させる軍を増派しなければならず相対的に【天界】の備えが薄くなる。
【天界】の敵【巨人】達も、いよいよ追い詰められ、天軍に対して各部族が協力して対抗する構えを見せて来ていた。
【天界】の戦局も以前ほど楽観出来る状況でもない。
従って、天軍が交渉に乗ってくる余地はあると、一縷の望みを抱いているのだろう。
奴らの目的は、自分達の旧領である東大陸に有利な形で和睦条件の再締結。
東大陸は、天軍に降って以来、苛烈とも思える役務が科されていたからだ。
しかし、そもそもの疑問として、【天帝】は、何故、このような同時多正面作戦などという戦略上不合理な方針を取るのだろうか?
アマイモンは、そう考えて、すぐ、その思考を放棄した。
【天帝】は全知全能。
私達、矮小な存在とは違う。
きっと深い意図があるのだろう。
第一、我が主人ルシフェル様が【天帝】に従っていらっしゃる。
あの、お方が【天帝】の意に従う、というのなら、それが自分にとっても唯一の選択肢。
逆に言えば、ルシフェル様が……【天帝】を討て……と、お下知なされば、私は直ちに【天帝】の玉座がある【知の回廊】の最深部に攻め込むだろう。
とりあえず、今は、バアル・ゼブブとの戦だ。
バアル・ゼブブの間違い。
バアル・ゼブブは、交渉の根拠が間違っていた。
重大な前提として……天軍が【魔界】に、今より多くの軍を割くと【天界】の防衛が覚束なくなる……という条件は、あくまでもバアル・ゼブブの希望的観測に過ぎず、天軍の実態を正しく反映してはいない、ということである。
天軍は、その気になれば、バアル・ゼブブ達【魔界】の指導者達の協力などなくても、独力で【魔界】の安全保障を賄えるだけの戦力を有していた。
それを、バアル・ゼブブは完全に見誤っている。
アマイモンは嘲笑した。
こんなもの、ルシフェル様からすれば、まるで親に何かを強請って駄々をこねる幼子の発想。
この稚拙な要求を認めれば、同様に身のほどを知らぬ条件闘争を仕掛けてくる勢力が現れる。
もちろん、その度に力で従わせることは簡単だが、ルシフェル様は、事物の本質に関わらない些末で煩わしいことが大嫌いだった。
バアル・ゼブブに正確な情報と深い思慮があれば、こんな馬鹿げた選択は絶対に取らなかっただろう。
・・・
その頃、ベリアルと合流したルシフェルは、ベリアルと考慮事項を共有した上で単身、陣を出た。
ルシフェルは、アスタロトを呼び出す。
両軍睨み合う戦場の真ん中に2人きり。
「ルシフェル、あなたとは戦いたくない」
アスタロトは、自らの矛盾に満ちた言葉が、ルシフェルの好奇心を刺激するように望んでいる。
反乱武装蜂起した者が、相手の指揮官に向かって戦意を否定してみせた。
アスタロトは、思っている。
こちらの意図を汲み取ることは容易いはず。
私たちは交渉をしたいのだ。
ルシフェルに……何故だ……と問い質して欲しい。
100年に及ぶルシフェルとの交流で、彼の本質が【天帝】のそれとは全く違う事をアスタロトは感じていた。
ルシフェルなら、私達の想いを理解してくれるに違いない。
「僕は、お前たちの4分の3を殺す予定だ。指揮官は皆殺し。生き残った者たちで各種族を維持しろ」
ルシフェルは穏やかに言った。
そうね……ルシフェルは、こういう人だった。
いつも全ての答えを知っていて、自分よりも劣る者からの意見で結論を変えたりしない。
考えの異なる者に質問などをする気もない。
いつも、あの魅力的な微笑みをたたえながら……従うか、死ぬか……と、選択を迫るだけ。
「【天帝】は、間違っている。人種は弱く、愚かだけれど、皆、精一杯生きている。バアル・ゼブブに私利私欲なんかないわ。ただ、彼らに生きる希望を与えたいだけ」
「無知なアスタロト……。お前たちの進む道が自滅の淵に繋がっていることを教えてあげたいけれど時間がない」
ルシフェルは悲しげに言った。
「どうして?あなたが人種に道を示すというなら、私も手伝うわ。バアル・ゼブブを説得もする。だから軍を退いて。私たちは、ただ生存権を要求しているだけで……」
「アスタロト。戦いの後、お前が生き残っていたら、僕が知っている自然の摂理というものを見せてあげよう」
「待って、話は終わってない……」
「反乱に加わった者の内、利用価値のある者は【眷族】とし、他は殺す。良いね?」
もはや、取りつくシマもないということか……。
アスタロトは、心のどこかで、ルシフェルなら話を聞いてくれる、自分が懇願すれば考えを変えてくれるに違いないと信じていた。
いや、信じたかった。
「アスタロト。お前は、僕の【眷族】となるのが嫌なら、戦死するか、自害すれば良い」
ルシフェルは、そう言うと静かに立ち去った。
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