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第193話。光をもたらす者…3…怪物。

名前…ルシフェル

種族…【擬似神格者…ハイ・ヒューマン】

性別…男性

年齢…なし

職種…【(グランド)魔導(・ウィザード・)(マスター)

魔法…多数

特性…飛行、【超位回復】、【自己再生能力】など。

レベル…99(固定)


熾天使(セラフィム)】、天使長、天軍最高司令官。

【白の庭園】に造られた、ルシフェルの研究室。


 ルシフェルの頭の中で行われる様々な考察を実験によって確かめるために造られた建物である。

 危険を伴うために厳重に管理され、外部と隔絶されていた。

防御(プロテクション)】と【魔法障壁(マジック・シールド)】を幾層にも重ね、間に【亜空間層】を挟むことで理論値では、至近距離の恒星フレアにも耐え得る構造になっている。


 ルシフェルは今、2つの研究主題にとりつかれ、好奇心と情熱を注いでいた。

 一つは、未知の魔法の開発と運用であり、もう一つは、生物と遺伝子の研究。

 身も蓋もない言い方をすれば、兵器開発と生物実験である。

 ミカエルは、これを……醜悪で残酷な遊び……と呼んだ。

 ではあるが、この研究室の成果が、天軍の戦力向上や、【天使(アンゲロス)】自体の能力向上に寄与していることも確かである。

【天帝】も、事故の類を心配こそすれ、微笑ましく見守るだけで、ルシフェルの遊びを放任していた。


 研究室の地下深くには、ルシフェルの実験生物たちが培養されている。

 その中でルシフェルが、今もっとも愛情を注ぐ一体の怪物がいた。

 ルシフェルによって造られた多くの実験生物の中でも、もっともおぞましい存在。

巨人(ジャイアント)】を思わせる巨大な体躯。

 皮膜状の黒い翼。

 口角が裂けたような口と無数の鋭利な牙。

 ねじれた二本の角と漆黒の爪。

 赤黒い肌を盛り上げる、凶悪なまでに発達した筋肉。

 ルシフェルの最高傑作。


 怪物は、【保育器】の中から外を眺め笑っているように見える。


「こいつ、気味が悪いね」

熾天使(セラフィム)】のガブリエルが言った。


 ガブリエルの()の種族は【ハイ・ヒューマン】で、10代後半の年齢に見える。

 もちろん、寿命は停止していた。

 ガブリエルもルシフェルや他の【天使(アンゲロス)】と同様に【擬似神格者】なのである。

 彼女は多少幼くも見えるが、容姿端麗で瑠璃色の髪を背中で緩く束ねていた。


 ガブリエルは、母胎に妊娠した状態から、【培養器】に移され創り直される、という珍しい経緯で生まれている。

 現在、生きている【天使(アンゲロス)】の中で唯一、母親の温もりを知り、同時に、老衰で死んだ母親との離別も経験していた。


「可愛いよ。たくさん失敗したからね」

 ルシフェルは、言った。


 通常の異種結合には、生体移植である【キマイラ技術】を用いる。

 しかし、ルシフェルは結合ではなく、不可能といわれる異種族間の完全交配を目指し、【培養器】を自分で改造した。

 装置に組み込まれた基幹部品の一部は、ルシフェルをしても再現が困難で、無断で【天帝】が【天使(アンゲロス)】を創り出すために用いるオリジナルの【培養器】から拝借している。

 精緻な調整を繰り返し、何万回も失敗を重ねた末、【魔法(マジック・)公式(フォーミュラ)】を胚に組込むという、独創的な方法を編み出した。

 そして種を超えた生物間から交配によってできた生物を生み出すことに成功したのである。

 これは、【天帝】にしか不可能だ、と云われている技術。

 ルシフェルの知性は、【天帝】のそれに迫りつつある。


「暴れ出したりしないよね?」

 ガブリエルは不安げにたずねた。


 過去数度、ルシフェルの実験生物が逃げ出して、【白の庭園】に甚大な被害を与える事案が発生している。

 今も庭園で飼われている【人工ベヒモス】や【人工ジズー】がその最たる例で、これらの【擬似神格】の魔物の馴致に、ルシフェルはとても苦労をした。


「この子は、高度な知性があるから平気だよ」


「また大騒ぎになっても、あたしは知らないから」


【人工ベヒモス】を外に出した時には、完全武装の【天使(アンゲロス)】が2000人以上食べられた。


「【眷属化】してあるから、僕の意思に反する行動はできない」


 魔法や能力(スキル)を用いて他者を完全に恭順させ意のままに支配することを【眷属化】といい、その状態にある者を【眷属】と呼ぶ。

 一度【眷属】となった者は、主たる存在に決して抗うことはできず、また主たる存在が死ねば自らも死ぬ。

 古の魔法には、【眷属化】を解除する技術もあると云うが、ルシフェルはそれを知らない。

【眷属】とするには、対象に知性があることが条件で、知性を持たない獣を従わせるには、家畜に行うような原始的な方法……つまり調教や馴致が必要となる。


「【古代(エンシェント)(・ドラゴン)】と【巨人(ジャイアント)】の混血児だなんて、強そうだよね」

 ガブリエルは、身震いする。


「うん。近接格闘戦でなら、僕を簡単に殺せる」

 ルシフェルは、嬉しそうに言った。


 ガブリエルは、思わず、【防御(プロテクション)】の出力を上げる。


「魔法も使えるの?」


「もちろん。【古代(エンシェント)(・ドラゴン)】の遺伝子を持つんだから、魔法は得意だよ」

 ルシフェルは、さも当然と言わんばかりの表情をしてみせた。


 ガブリエルは、怪物に魔力検知を行い、驚愕した。


「ルシ兄、この怪物とんでもない魔力量だよ」

 怪物と視線があったように感じたガブリエルは、すくみ上った。


「わかるかい、強大な魔力を備えているだろう?魔法で、この僕と互角に撃ち合える。魔力量を無理やり増幅したせいで、多少、情緒が不安定な面はあるけれど、まあ、些細な問題だよ」

 ルシフェルは愉快そうに言った。


「うん。ルシ兄の頭がおかしいのは、よくわかったよ」

 ガブリエルは呆れて言う。


「ありがとう」


「もし、ルシ兄が、あれと本気で戦ったら、どうなる?」


「お互いに全力なら、僕が一方的に圧倒するだろうね」

 ルシフェルは言った。


「え?互角に撃ち合えるんでしょう?」


「【器】が違うんだ」


「うつわ?」


「魔力を水に例えるなら、【魔導士(ウィザード)】は泉と言える。泉から水は湧く。【魔導士(ウィザード)】が死に泉が枯れれば魔力も失われる。【魔法探知(ディテクション)】が見せるモノは、これで言えば湧水量にあたる」

 ルシフェルは、紙に絵を描いて説明する。


「うん」


「湧水量を上回って汲めば泉は枯れる。時が経てば水位は回復し再び泉を満たす。魔力が尽きた【魔導士(ウィザード)】は、食事や休息、又は時間経過によって魔力が回復するということ」


「なるほど」


「泉を深く掘る、つまり【魔導士(ウィザード)】が知識を得たり修練を積めば、場合によっては魔力も増える余地がある」


「うん」


「もう一つ、【魔導士(ウィザード)】の力を左右する物が【器】。【器】は、知能、情報処理、演算、勘、才能、閃きと言い換えても良いと思う。知識を増やすことは容易でも、生まれ持った知能を後から高めることは困難だよね?」

 ルシフェルは言った。


「実際、寿命を持った生物の場合、一世代で生まれ持った知能を、更に高めることは生物学的に不可能だしね」

 ガブリエルが同意する。


「魔法は出力の増減より、制御の方が複雑で難しい。これは、【器】を使いこなす能力に関係している。魔法という茫漠とした抽象を、【魔法(マジック・)公式(フォーミュラ)】に具現化する思考力そのもが【器】なんじゃないかな?」

 ルシフェルは、穏やかではあるが、少し気圧されるような口調で饒舌に話した。


「んー……」


「だから僕と、あの怪物は、同出力の魔法をお互いの魔力が尽きるまで互角に撃ち合うことはできるけれど、実際の魔法戦となれば初弾で怪物の最大魔法を、僕が上回って終わり。まるで勝負にはならない」


 そこまで聴いて、ガブリエルは安心したように腰を下ろした。


「ルシ兄の助手をしたいな。あたしも研究とか実は興味あるんだ」


 ガブリエルは、いつもの微笑みをたたえた無邪気で鷹揚としたルシフェルを、むしろ、どこか怖いと感じることがある。

 それに比べると、難しい顔をして研究をしていたり、知識を教えてくれるルシフェルは、近くにいて安心できるように思えた。


「手は足りているけれど、来たければ、いつでもここに来て構わないよ。それに研究なら別に、ガブ一人でもできる」

 ルシフェルは、紙に何かを書きつけながら言った。


「ミッキ姉が……危険な魔法や生物実験はダメ……っていうんだもん」


「きっと、ミッキにとって、この種の問題は、命を弄ぶような行為に思えて、嫌悪感があるんだろうね」

 ルシフェルは言った。


「ミッキ姉って、()()()()、だもんね」

 ガブリエルは、ミカエルの原則論的な性格を皮肉った。


「僕は、ミッキのそういうところが嫌いじゃない」


「あたしも。()()、だなんてことを本気で信じているミッキ姉が好き」


「ミッキみたいな子が、上位者に少なくとも一人は必要さ」


「この前教えてくれた、()()()()()()ってこと?」


 進歩や危機管理の為には、画一性は害悪だ。

 多様性を担保しなければならない。

 しかし、多様性にも種類がある。

 絶対的多様性と多元的多様性。

 絶対的多様性は、多様なモノのみの存在を許し、画一的なモノを全て排除すべきだ、という概念。

 一方で多元的多様性は、画一的なモノすら多様性の一部として受け入れる、という概念。

 ルシフェルは、多元的多様性を信奉する。

 この分類に当てはめれば、ミカエルは絶対的多様性論者という事になるのだろう。


 ルシフェルは、ミカエルとは考え方が全く違うが、考え方が違うモノを受け入れる事こそが多元的多様性である、という視点から、ミカエルの存在を認めているのか?

 ガブリエルは、ルシフェルに、そう提起したのだ。


「そういう意味もあるけれど、この場合は、もっと単純な事さ。正義や倫理や道徳という観念は、思慮の浅い者の愚かな者達の行いを抑止するために、都合が良いだろう?」

 ルシフェルは言った。


「確かに、ルシ兄以外の頭の悪い誰かが、こんな恐ろしい怪物を造ったら、なんて考えたら背筋が寒くなるもんね」


「端的に言えば、そういうこと」


 ルシフェルは夜遅くまで作業をしたが、ガブリエルに空腹を訴えられ、仕方なく研究室をあとにする。


 ・・・


 彼の名前は【ルシフェルの怪物】

天界(シエーロ)】で最も屈強な肉体を持つ破壊の権化である【巨人(ジャイアント)】の精細胞を、絶大な魔力と知性を持ち【地上界(テッラ)】と【魔界(ネーラ)】の生態系の頂点に君臨する【古代(エンシェント)(・ドラゴン)】の卵細胞にかけ合わせた、おぞましい生物。

 巨大な体に対して、かなり窮屈な【保育器】に閉じ込められてはいるが、彼は満ち足りていた。


 あの方が、やって来る時間だ。


 自我に目覚めて初めて認識した他者。

 美しく、とても小さな姿。

 こちらを覗く空色の瞳。

 透明とも思えるほど白い肌。

 柔らかで澄んだ声。

【保育器】から与えられた情報で、それが自分の生物的親でないことは理解している。

 しかし、その生き物に対して抱くのは、紛れもなく親愛と呼べる感情。

 いや、自分の脳細胞組織には、あの方の体の一部が混ざり合っている。

 血肉によって結ばれた存在は、すなわち家族と呼べるのではないか?

【保育器】から出られたら、あの方を抱きしめて、肺いっぱいに、その匂いを吸い込みたい。

 直接、その肌触りを感じてみたい。

 自分に与えられた力を発揮して、あの方の役に立ち、褒めてもらいたい。


 怪物は、自分を造り出した者を、こうして毎日待つのである。


 誰かが近付いて来る気配。

 大きな魔力を感じる。

 あの方が、やって来た。


 扉が開き、一条の光が差し込む。


「おはよう」

 ルシフェルは、怪物に微笑みかけた。


 途端、怪物は、喜びに包まれる。

 彼には、この喜びは、感情というより、もっと原初的本能から湧いてくるように思えた。


 ルシフェルはたくさんの計器に目を配っている。

 怪物はルシフェルの一挙手一投足を目で追う。


「口を開けてごらん」

 ルシフェルは言った。


 怪物は、大きく口を開けて見せた。

【保育器】越しにルシフェルが、彼の口の中を覗き込む。


「顎に対して歯が大きいから心配していたけれど、どうやら綺麗に生え揃ったね。痛まないかい?」


 痛くない。


 怪物は、ルシフェルの頭に直接思念を送る。


「そうか」


 ルシフェルは、再び計器に目を落とし、何かの機械を操作した。

 怪物は、静脈に異物が混入することを感じて、ルシフェルに不安を伝える。


「大丈夫、毒なんかじゃないよ。ちょっとした抗体。お前の免疫は、【天界(シエーロ)】の一部常在菌に抗体を持たないからね。と、言っても、お前の自己修復能力なら、さほど問題はないだろうけれど……」

 ルシフェルは言った。


 怪物は、体内の異物の嫌な感覚を、意識の外に追いやる。


「老婆心さ……よし、拒絶反応はないし、抗体は働き出したね」

 ルシフェルはニッコリと笑った。


 怪物は、ルシフェルを真似して笑ってみせる。

 その表情は、百人が見たら百人が恐怖を覚えるモノだった。


「お前は検査に合格した。明日から、新しい記憶を与えてやれる。【保育器】の学習装置からではなく、お前の目や耳を使ってたくさん学ぶといい。外の世界は、素晴らしいからね」


 ・・・


 怪物のお披露目に、研究室には、たくさんの客が集まった。

 怪物は、それらを【天使(アンゲロス)】と認識する。


 ルシフェルは……心配ない……と断ったのだが、ミカエルたちは……危機管理上必要な措置……として、研究所を軍隊で固めさせたのだ。


 怪物は、考えていた。

天使(アンゲロス)】たちは皆武装し、中には明らかな敵意を向ける者もいるが、攻撃を加えてくるようなら、なぎ払えばいい。

 ルシフェル以外は、矮小な魔力しかない者たちだ。

 さほど問題とはならないだろう。

 それに、ルシフェルが……【天使(アンゲロス)】たちは、全員僕の妹と弟だ……と言っていた。

 ならば、彼らも、我が家族。


「出ておいで」

 ルシフェルが命じた。


 怪物は、透明な外装に、ゆっくりと手を伸ばす。

 いつもなら硬質な【結界(バリア)】に阻まれる掌が外装を押し伸ばした。

 膜のような柔らかさ。

 やがて、膜は、弾性限界を超え、プツリとした感触を残し破砕した。

 同時に【保育器】内部の溝が、容器を満たしていた溶液を排出させていく。

 水位が下がる。

 怪物は、この時初めて、自分の身体の重さを知った。


 苦しい、窒息、混乱。


「大丈夫。呼吸してごらん」

 ルシフェルが言った。


 怪物は咳き込み、やがて彼の肺は、元来備わった機能を正常に発揮し始める。


「誕生だ」

 ルシフェルは怪物に手を伸ばして言った。


 怪物は、半身を屈めて、足を一歩前に踏み出す。

 そしてルシフェルにゆっくりと手を伸ばし、その小さな体を胸に抱き寄せた。

 夢にまで見た、瞬間。


 しばらくの抱擁の後、ミカエルが異変に気が付いた。

 彼女は、剣に手をかける。

 それを見て、ルシフェルが手を上げて……何も問題ない……というように制した。

 怪物の腕の間からルシフェルの四肢が伸び、不自然な角度で折れ曲がっている。

 そして目鼻口耳、全ての腔孔から血液が漏れ出ていた。


「あはは……凄い。内臓が破裂して、体中の骨も一瞬でバラバラだ…」

 ルシフェルは、愛息子の腕力を確かめて、ご満悦という様子。


 怪物は、まるで繊細な飴細工を触るように慎重に両手で包みながら、酷く心配そうにルシフェルを見ている。


「どうということはない。けれど、僕以外の【天使(アンゲロス)】は、もっと優しく扱わなくちゃいけないよ。彼らは、僕より、ずっと脆いんだ」


 怪物は、頷いた。

 ルシフェルは、嬉しそうに微笑んでいる。

 怪物が保育器から出て最初に学んだことは……【天使(アンゲロス)】は力一杯抱きしめると壊れる……ということだった。

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