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第191話。光をもたらす者…1…天使。

本日3話目の投稿です。

 ルシフェルは明瞭な改革者である。

 思想論者ではなく、現実主義者だ。

 対立する相手の論旨に、良心と理知に立脚する点を見出せば、喜んで彼らの立場と真摯に向き合う。

 いつも穏やかで丁寧な口調で率直に話し、決してあいまいな態度でごまかさない。

 こうして、いつもルシフェルの議論は成功し、対立する相手も最後には微笑んで彼を抱擁する。

 ただし、彼が、歴史上でも屈指の残虐性を持つ恐るべき暴力装置であるという事実は、常に議論の前提としてある。


「だって、僕は【天使(アンゲロス)】なんだからね」


 ・・・


 砂塵を割って軍馬や異形の獣が突進する。

 座乗するのは隆々たる肉体を月明かりに美しく光らせる【ゴルゴーン】、【ワーウルフ】、【ワーキャット】からなる混成軍の勇者たち。

 上空では【ヴァンパイア】と【インクバス】の軍団が近接航空支援にあたる。


「命を惜しむな、この一戦にて果てるとも、我らが勇猛なる戦ぶりを末代まで語り継がせよ。【天使(アンゲロス)】どもの羽をむしり尽くせ」

 先陣を任された【ワーウルフ】の将軍は、戦斧を振り上げ、ドスの効いた吠え声で味方を鼓舞した。


 対する敵陣の左翼に、天蚕糸で織られた軍旗がはためく。


「構えっ!」

 紅玉色の巻き毛をした少女が甲高い声で命じた。


 戦場には不釣り合いな幼い少女は天軍弓士長。

 名をラファエルという。

天使(アンゲロス)】兵は一斉につがえた矢を引き絞る。


「放てぇーっ!」

 ラファエルは叫んだ。


 魔法を帯びた矢は、光の雨となり夜を照らす。

 大地を疾駆する無数の魔獣と戦士たちの姿が暗闇に浮かび上がった。


「来るぞ。盾構えぇーっ!」

【ワーウルフ】の将軍が命じると、兵士たちは整然と盾を頭上に掲げた。


 矢を受け落馬する戦友を踏み越えて、なお、怒涛の進軍は加速していく。


 天軍右翼にも軍旗が立った。


「構えぇーっ!」

 瑠璃色の髪をした少女が号令する。


 こちらの少女は天軍槍士長ガブリエル。

 ガブリエルは、息を目一杯吸い込んでタイミングをうかがう。


「投擲ぃーっ!」

 ガブリエルが命じた。


 一斉に魔法槍が投げられ、熊蜂の羽音のような低い風切り音が戦場に響く。

 投槍の餌食になった者は脱落し、生き残った者は槍の突き刺さった盾を投げ棄てて進む。

 混成軍は止まらない。


 ラファエルとガブリエルは各々側近十数名を伴って飛び立ち、鬨の声をあげて急降下してくる【ヴァンパイア】と【インクバス】を迎撃する。


 地上では混成軍の前衛が、天軍正面に陣取る重装歩兵の隊列に激突する。

 グシャリと、金属や骨がひしゃげる音が鳴る。

 衝撃で重装歩兵の何人かが大楯ごと宙に弾き飛ばされた。


「押せーっ」

【ワーウルフ】の将軍が咆哮すると、混成軍は堰を切る濁流のように天軍のファランクスを真二つに割りながら、前進する。


 重装歩兵の隊列を突き崩した混成軍の先に、新手の一軍が整然と並んでいた。


「抜刀っ」

 整列した剣士たちの先頭に立つ女指揮官が号令した。


 透き通った金色の髪が夜風になびく。


「金髪の女……両手柄(りょうてつか)長諸刃(ながもろは)。あれは、ミカエル……」

 歴戦の勇将である【ワーウルフ】の将軍が初めて動揺を見せた。


 西砦の戦で、一騎打ちなら混成軍随一とも誉れ高かった【サイクロプス】の将軍を鎧袖一触に討ち取ったという天軍随一の剣士。


「突撃っ!おおーーっ!」

 ミカエルが命じた。


 ミカエルは先頭で斬り込み、たちまち十人の敵を切り伏せた。


 ミカエル配下の剣士たちは、剣士長の背後を守りながら続く。


 白兵戦。

 両軍入り乱れて、血しぶきが舞い、手足が落ち、臓腑が散り、首が飛ぶ。

 混成軍の縦列突撃は、ミカエル軍との戦闘で、すっかり行き脚が鈍っていた。


「そろそろ頃合だな。離脱する、合図しろ」

 ミカエルが命じた。


「はっ!」

 戦場に銅羅が打ち鳴らされる。


天使(アンゲロス)】兵は一斉に白い翼を拡げて飛び立った。


「逃すな、撃ち落とせっ!」

「我らが、あのミカエルを敗走させたぞっ!」

 混成軍の兵士たちは、【天使】たちに矢弾を射かけながら叫ぶ。


 傷を負った者たちも、自軍有利を悟って、残る力を奮い立たせた。


 敵に背を向ける行為が戦場では最も危険である。

 離陸が遅れた【天使(アンゲロス)】の何人かが攻撃が届かない高度に達するまで無防備となった。

 射落とされた【天使(アンゲロス)】たちは、たちまち群がる敵兵のリンチにかけられる。


「陣形を整え、捕虜を捕らえよ。間も無く本隊が敵側面を叩く」

【ワーウルフ】の将軍は、矢継ぎ早に檄を飛ばす。


「狼煙を上げよ。我らに勝機あり」

 混成軍は勝鬨(かちどき)を上げた。


 ・・・


 同時刻。


 丘に陣取る混成軍本陣。


「敵が撤退して行きます」

【ワーキャット】の物見が指揮官である【ヴァンパイア】の大将軍に伝えた。


「よし。総攻撃用意」

【ヴァンパイア】の大将軍は、静かに言った。


 混成軍随一の智将として知られるの大将軍テネブラエである。


「ウォフのやつ、流石だな」

 テネブラエは、盟友の活躍を喜んだ。


「光弾多数。東より飛来します」

【ワーキャット】の物見が伝える。


 数百の光が、糸を引きながら黎明の空を走る。


「味方前衛に着弾。被害軽微。次が来ます」

【ワーキャット】の物見が伝える。


「敵の本営は東だ。戦列を回頭せよ」

 テネブラエが命じた。


「光弾、後衛に着弾、被害、小程度……あっ!狼煙です。狼煙が見えました」

【ワーキャット】の物見が言う。


「よし、合図だ。直ちに押し出せ。突撃せよ」

 テネブラエが命じた。


「はっ!全軍、突撃いーっ!」


 混成軍は、一糸乱れぬ統率で進撃を始める。

 その勢いは、正に地滑り。

 デネブラエが戦場の恍惚を感じる瞬間だった。


「地形の有利は我が方にあり」

 テネブラエは疾走する8本脚の馬【ヒポカンパス】の騎上から叫んだ。


「両翼の敵、離脱して行きます。本営の援護に向かうもよう。【サキュバス】隊を追撃に出しますか?」

 副官が言う。


「捨て置け。本営を破れば、我らの勝ち。ルシフェルの首級を挙げれば、全て終わる」


 尾根筋を、混成軍の隊列が鋼鉄の雪崩となって駆け下る。

【ヴァンパイア】は、彼方を飛ぶ羽虫の雌雄すら見分けることができる。

 テネブラエの目は、確かに今、敵の陣中に佇む、六対の白い翼を持った一人の【天使(アンゲロス)】を見定めていた。


「我らの勝ちだ。我が軍が誇る【トロール】兵団の突進は破城の勢い。走り出したら誰にも止められぬわーーっ!」


 刹那。


 テネブラエの視界は真っ白になった。

 網膜の破壊。

 全ては、一瞬の出来事だった。


 ルシフェルが7発同時に放った【光子砲(フォトニック・カノン)】は、彼の配下部隊が放った光弾と同じ【光魔法】であった。

 しかし威力は比較にならないほど強力で、指向直線上にある遮蔽物を跡形もなく滅却せしむる。

 デネブラエ配下十万の将兵ことごとくが、生きたまま焼失、または炭化した。

 瞬きの後に、衝撃波が大気を圧縮する。

 遅れて、轟音と激震がテネブラエたちの骸を灰塵と化して風の中に消し飛ばした。


「お見事でした、ルシフェル様」

 ローブのフードを押さえ爆風が収まるのをやり過ごした天軍参謀のベリアルが言った。


「ミカエルは平気だったかな?」

 天軍指揮官、天使長ルシフェルは訊ねた。


「ご心配なく、ご無事でしょう」

 ベリアルは答えた。


「あとの始末は任せるよ」

 ルシフェルは、踵を返して歩き出す。


「かしこまりました」


 ベリアルは立ち上がり、バサリと空気を切る音を響かせ衣を払う。

 居並ぶ幕僚の視線が集まった。


「これより、掃討戦に移ります。さあ、皆殺しです」

 ベリアルは穏やかな微笑みをたたえている。


 ・・・


 ルシフェルは野営地から離れ、岩場の上に腰掛けている。

 彼は、末妹のラファエルを膝枕に寝かしつけながら、どこか遠くを眺めていた。

 死体の匂いを嗅ぎつけた肉食の鳥たちが、上空を旋回している。

 笑っているのか、泣いているのか、ルシフェルは、ただ静かに佇むのみだった。


 ・・・


 天軍陣幕。


「ルシ兄が、みんな焼いてしまった。死体も残りやしない」

 ガブリエルは溜息をついた。


「挟撃して両翼包囲の後、自陣深く誘い込み、魔法で殱滅。ルシフェルの火力を最大限生かすための必勝の計略だろう」

 重装歩兵を率いたウリエルが言う。


「各個撃破だって、あたしたちは負けないよ」

 ガブリエルは、口をとがらせた。


「効率の問題です。【()()】より預かった兵を、いたずらに損耗させてはいけませんよ」

 ベリアルがたしなめた。


「もっと捕虜が欲しいんだもん」

 ガブリエルは、さもつまらなそうに呟く。


「ガブは、【魔人(ディアボロス)】の肝が欲しいだけだろう?」

 垂れ布を押して、ミカエルが陣幕に入って来た。


「ミッキ姉、治療はもう大丈夫なの?」

 ガブリエルは、ミカエルに気づいたとたん幼子のような声色に変わった。


「ああ、背中と羽が少し焦げただけだよ。甲冑はダメになったけれどね」

 ミカエルは笑顔で言いながら、ガブリエルの隣に腰を下ろす。


「お気をつけください。ルシフェル様の【光魔法】から逃げ遅れたら、我ら【熾天使(セラフィム)】の肉体再生能力でも助からないのですから」

 ベリアルは忠告する。


「わかっているとも、軍師殿」

 ミカエルは、片目を閉じて頷いて見せた。


「ミッキ姉、【魔人(ディアボロス)】の肝は、とっても滋養があるんだよ」

 ガブリエルは、ミカエルの肩に寄りかかり、猫なで声を出す。


「まだ拍動している心臓もうまいぜ。口のまわりを血でグシャグシャにしながら、貪り喰うんだ」

 ウリエルは布椅子に体を投げ出して言った。


「私は、脳が好みです。心臓はいささか硬いですから」

 ベリアルが生唾を飲んで言う。


「ベリアルまで、そんなことを。あまり【魔人(ディアボロス)】を食べ過ぎると、血に酔って堕天してしまうぞ。何事も調和をとって食べること。戦士は、やはり健康が第一だ」

 ミカエルはたしなめた。


「さすが、ミッキ姉。()()()()、だね」

 ガブリエルは、ミカエルをからかった。


「褒めても何も出ないぞ」

 ミカエルは照れたように言う。


 この手の皮肉を、堅物のミカエルは、いつも言葉通りに受け止める為、ガブリエルは張り合いがないという表情をしてみせた。

 それを見て、ウリエルとベリアルは、笑いを堪えるのに苦労する。


「ラファエルの様子は、いかがでしたか?」

 ベリアルは、取り繕いながら訊ねる。


「大事はない。少し魔力を消費しすぎただけのようだ。今頃、特等席で休んでいるだろう」

 ミカエルは答えた。


「疲れたんだろう。地上の大気は、俺たちには快適とは言えないからな」

 ウリエルは、欠伸(あくび)を噛み殺して言う。


「あいつったら、また抜け駆けをしやがって」

 ガブリエルは色を成した。


「長兄に甘えるのは、末っ子の特権ですからね」

 ベリアルは言う。


「まったく、ルシ兄は子供に甘いんだから」

 ガブリエルは戦利品の【トロール】の巨大な大腿骨をクルクルと指先で弄びながら言った。


 陣幕からは笑い声が漏れ、野営地全体に弛緩した雰囲気が漂う。

 兵たちも、勝利の美酒に酔いながら焚き火を囲み、束の間の微睡みに身を任せるのだった。


 ・・・


天使(アンゲロス)】の伝承。


 広大な世界には、知的生命の暮らす領域が三つある。

 正確に言い直すと、知性を持った生命体によって文明を育める環境の整った場所が往来可能な領域に、【天使(アンゲロス)】によって三つ確認されているのだ。

 すなわち、【天使(アンゲロス)】の土地【天界(シエーロ)】、人種と魔物の土地【地上界(テッラ)】、人種と魔物と【魔人(ディアボロス)】の土地【魔界(ネーラ)】である。


 三つの世界の往来に、太古は船を用いたが、あまりにも遠く、危険で、時間がかかるために廃れ、現在は【(ゲート)】が利用されていた。

(ゲート)】は、世界を自由に往来できるように、あらゆる場所に、それこそ無数に存在している。

天界(シエーロ)】には、世界中の【(ゲート)】と繋がる【()()()】が存在していた。

 しかし、【地上界(テッラ)】同士、【魔界(ネーラ)】同士、あるいは【地上界(テッラ)】と【魔界(ネーラ)】間を行き来する事は出来ず、必ず【天界門】を経由しなければならない。


 これをして、【天界(シエーロ)】を世界の中心たらしむる事の証明だ、と。


天界(シエーロ)】には、古の大神【創造主(クリエイター)】が統治していた時代がある。

創造主(クリエイター)】達、神々の力は強大で、【天界(シエーロ)】で英雄(ユーザー)や、旧時代の【天使(アンゲロス)】を創造し支配者とし、【地上界(テッラ)】で守護竜を創造し君臨させ、天と地上、二つの世界に覇を唱えた。

 永遠と思える歳月が過ぎ、神々と英雄(ユーザー)は失われていった。


 伝承によると……ある者は、繰り返される争いで死に、ある者は永遠の命に飽き果てて、自らの生に幕を引いた……と云われている。


 たった一人の神が【天界(シエーロ)】の主として残された。

 女でも男でもなく、大人でも子供でもなく、また名前もない。

天界(シエーロ)】最後の神には、古の神々が築き上げた遺産の全てが託された。

天界(シエーロ)】最後の神は、さびしさを紛らわすためか、古の神々や英雄(ユーザー)達の移し身として、新しい時代の【天使(アンゲロス)】をつくる。

 最初の、新しい【天使(アンゲロス)】は、ルシフェル。


天界(シエーロ)】最後の神は、ルシフェルを愛し、叡智の全てと、完全なる美と、絶大な魔力を与えた。

 彼に、天使長の職務を与え、後に生まれる【天使(アンゲロス)】たちを、あえて、どこか不完全に造ることで、全ての【天使(アンゲロス)】がルシフェルに従うようにする。

 ルシフェルもまた、【天界(シエーロ)】最後の神を【天帝】と呼んで慕い、その愛に応えた。


天使(アンゲロス)】は【天帝】に絶対服従する。

 何故なら、それが【天使(アンゲロス)】の存在意義。

【天帝】の使い、であるから、【天使(アンゲロス)】という事なのだから。

お読み頂き、ありがとうございます。


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