第19話。ダビンチ・メッカニカ。
種族
ヒューマン(人)
エルフ
ダーク・エルフ
ドワーフ
ホビット
ゴブリン
オーガ
セリアンスロープ(獣人)
ジャイアント(巨人)
……などなど。
異世界転移4日目。
朝食時に現れたソフィアは、今朝もミッチリお行儀習いでシゴかれた様子。
しかし、朝食の食べ方に全く進歩はなし。
アルフォンシーナさんから促されないとフォークとスプーンを使いません。
下手をすると、皿に顔を突っ込んでの犬食いならぬ竜食い……。
「はい。肘をテーブルにつかない。足はブラブラしない。一度に沢山頬張らない……」
「そんなに、いっぺんに言われても混乱するのじゃ」
「ソフィア様は至高の叡智を持つ存在。このくらいで混乱などなさいませんよね?」
「むっ……そうじゃ、我は至高の叡智を持つのじゃ」
さすがはアルフォンシーナさん。
ソフィアの扱い方を心得ています。
・・・
朝食後……私とソフィアは外出しました。
今日もソフィアは【女神官】のコスプレ。
【ドラゴニーア】を含むセントラル大陸で、この格好をしていれば、ソフィアの外見から幼児と侮って無礼や無体を働こうとする不埒な輩は現れないでしょう。
「ソフィア。今日は公務はないのですか?」
「我は存在そのものが恩寵じゃからして、忙しくする必要はないのじゃ」
確かにソフィアは、只存在するだけで【ドラゴニーア】に強力な【結界】を張っています。
守護竜の【結界】は魔物の進入や災害や疫病から国を護り、土地を肥えさせ豊穣の実りを与えるというギミックを持ちました。
また【ドラゴニーア】の軍で対処出来ない強敵が現れたら、ソフィアは世界中の何処からでも瞬時に【ドラゴニーア】の【竜城】に【転移】で帰還出来ます。
ソフィアは、ただ存在するだけで何もしなくても、十分に守護神の役目を果たしているとも言えました。
「ソフィアの復活を祝う式典や祝賀行事の準備をしなければならないのではありませんか?」
「アルフォンシーナとエズメラルダに任せておけば良い。式典や祝賀で我は、言われた通りに歩いたり止まったり飛んだりするだけじゃ」
「国内の有力者や各国要人との謁見などはないのですか?」
「む〜、謁見式は今日の午後から始まるのじゃ……。ノヒトよ、我は考えたのじゃが、我の代わりに竜騎士団の【騎竜】でも謁見の間に座らせておいて、客を適当に遇らえば良いのではないかの?面倒なのじゃ」
「大きさでバレますよ」
【高位】の魔物である【竜】の大きさは最大クラスでも10m(尻尾を含まない)、【超位】の【古代竜】でも30m(尻尾を含まない)です。
対して、【神竜】たるソフィアは50m(尻尾を含まない)の大きさである事が神話として伝承されていました。
【ドラゴニーア】の国民は、子供でもそれを知っています。
「我は復活したばかりで、まだ本来の大きさに育ちきっていない……と言えば良いのじゃ」
「外国にはソフィアの威を見せ付け、国民には労いと激励をする。それは大切な仕事でしょう?」
「我は敵を油断させておいて増長したところ噛み砕き……国民は陰ながら見守る……そういうスタイルの守護竜なのじゃ」
ああ言えば、こう言う……。
私達は【竜都】中心街の官庁や各ギルドが建ち並ぶ地区に程近い場所にあるオフィス街に向かっていました。
目的の企業の本社が、そこにあります。
【ダビンチ・メッカニカ】。
900年前から存在する世界屈指の機械製造企業です。
【ダビンチ・メッカニカ】は家具を注文に行った時に【竜都】南の工業地帯で見た造船ドックを所有している企業でした。
私も【収納】の中に900年前に購入した【ダビンチ・メッカニカ】製の便利な【魔法装置】や【魔道具】を幾つか所有しています。
900年前から存在し現在も存続する世界的大企業や研究機関は幾つかありました。
代表的なものだけでも……。
技術・工業系の【ダビンチ・メッカニカ】、【ガリレオ・テックニカ】、【ニュートン・エンジニアリング】、【ドワーフ・インダストリー】……。
科学・研究系の【アインシュタイン・インスティチュート】、【アルキメデス・ラボラトリー】……。
錬金術・化学系の【トリスメギストス・アルケミー】、【パラケルスス・ケミカル】……。
……などなど。
900年前、プライベートでゲームを遊んでいた私なアバターは、【ダビンチ・メッカニカ】ブランドのヘビー・ユーザーでした。
【ダビンチ・メッカニカ】のガジェットは、実用性の追求だけでなく遊び心がある所が私の好みです。
【ダビンチ・メッカニカ】本社のエントランスで【竜城】で書いてもらった紹介状を見せると、すぐに担当者が現れました。
エレベーターで上階に上がり豪華な応接室に通されます。
自己紹介をすると、何と担当者は営業部門の重役でした。
お忙しいところ恐縮です。
因みに私の身分は【竜城】の客分で相談役という体裁になっていました。
一応【調停者】の素性は【ドラゴニーア】の公共機関と一部のギルドにだけ公表するという事にしています。
「機械製造のご依頼とか?」
「これです」
私は昨晩描いた設計図を渡しました。
「ほう、【ゴーレム】ですね。寸法は、この通りでよろしいのですか?全高50mとなっていますが?」
「はい。図面の通りで結構です」
「失礼ですが、かなりの高額となりますよ」
「お幾らになりますか?概算で結構です」
「おそらく100万金貨は下らないかと……」
100万金貨……日本円で1千億円……。
ふぁ?
そんなにしますか?
私の計算では材料費だけなら2千金貨……日本円で2億円で済むはずなのですが……。
900年前ならボッタクリ価格と言われます。
アルフォンシーナさんから聞いた話では、世界の資源が枯渇してしまったという事はありません。
私が巨大【ゴーレム】製造に必要だと考える各資源の埋蔵量は900年前と、ほぼ変わりませんでした。
この世界は、素材が無限湧きする【遺跡】や、鉱脈が自然回復する無限鉱山などがあるのです。
「その金額なら飛空巡航艦が買えますね」
私は多少の皮肉を込めて言いました。
「はい。如何せん、この大きさですからね……」
重役さんは申し訳なさそうに言います。
重役さんのリアクションを見る限り、法外な値段を吹っ掛けているのではないようですね。
そもそも【竜城】からの紹介状を持って来た客をカモろうとするとは思えませんが……。
くっ、お金が足りない……。
致し方ありません。
【魔道具】や【魔法装置】を作って売るか、【遺跡】に潜って費用を稼ぐか、さもなければ手持ちのアイテムを少し処分するかして資金を作らなければ……。
「わかりました。前金で50万金貨。残りは完成後に支払います。費用が余計に掛かりそうな場合は事前に連絡を下さい」
「本当に宜しいのですね?」
「支払いの心配をしておるなら、【竜城】が保証するのじゃ」
ソフィアが接客用のお菓子を食べながら言いました。
ソフィアは今日も【女神官】のコスプレです。
ソフィアの外見が幼稚園児でも【ドラゴニーア】では聖職者……それも一人前の力量を持つと見做される【女神官】は、社会的地位がとても高い為に侮られる事はありません。
実際に【竜城】には未成年でありながら、高級官僚や大企業の経営者を跪かせるような【女神官】もいるのだとか。
また、【神竜神殿】の【女神官】だと偽れば、極刑に値する重罰を科されるので、そのような身分詐称の詐欺を働く者もいません。
【女神官】の格好をした者が……支払いの保証をする……という事は【ドラゴニーア】において最も信頼のある担保なのです。
「わかりました。ご注文とあらばお造り致します。しかし、この大きさですと歩かせるくらいは可能でしょうが、【ゴーレム】として自立運用する事はおそらく不可能ですよ。動力は【魔法石】を連結すれば何とかなりますが……緻密な制御は出来ません」
なるほど。
この世界は【魔法装置】などの【工学魔法】関連技術や【魔法公式】などに関する知識が900年前より、かなり衰退してしまっているようです。
かつての【ダビンチ・メッカニカ】は【神の遺物】級の【魔法装置】をガンガン開発製造していました。
その分野は消失してしまった英雄達に依存する部分が大きかったのでしょう。
「【コア】の調達と基幹部の【魔法公式】関係の構築は、こちらで何とかします。御社には骨格と外装と駆動系と一部の回路をお願いします」
「そうですか……。【コア】の製造をしなくても良いのならば、お見積もりをやり直します。概算ですが先ほどの半額以下で出来る筈です」
「そうですか。それは有り難いです。ならば前金で全額お支払い出来ます」
「【コア】と基幹部以外の部分は……この設計図の通りにすれば宜しいのですね?」
「はい」
「何ぶん見慣れない回路図ですので、動作保証は致しかねますが……」
「その設計図通りにして下されば、それで構いません」
「畏まりました。そういう事ならば承らせて頂きます」
「お願いします。納期はいつ頃になりますか?」
「そうですね……【コア】の開発を行わなくても良いので半年あれば出来ると思います」
「そんなに掛かるのか?」
接客用のお菓子に夢中で静かだったソフィアが声を発しました。
「はい。半年は見て頂きたいですね」
「そんなには待てぬのじゃ」
ソフィアが言います。
「申し訳ございません。特注品で、これだけの大きさ。そして、相当な精度を要求されておりますので、そのくらいは、どうしても掛かります」
「む〜、どうしてもか?」
「はい。どうしても掛かってしまいます。これだけの【ゴーレム】の製造は我が社と致しましても未経験ですので既存の製造ラインは利用出来ません。ですので、全ての部材を製造するのに5か月と考えております。組み立て作業に入ったら後は2週間あれば組み上がると思います」
900年前でも50m級の【ゴーレム】は生産職系のユーザー達が結成していたサークルが趣味の範疇で建造していただけですからね。
NPC企業に経験がないのも当然です。
そもそも、一定以上の大きさとなった人型の機械は、作業効率が下がりました。
汎用【ドロイド】は人の作業を代替する目的であるからこそ、人型で造るのが合理的なのです。
しかし、50mの人なんかいません。
つまり、50mの人型機械に行わせる必要がある人の代替作業などもない訳です。
50m級の汎用【ゴーレム】を造るくらいなら、目的や用途を限定した巨大な重機などを複数造って間に合わせた方が費用対効果で優れていました。
ただし、900年前のゲーム時代には、巨大【ゴーレム】や合体ロボットなどのロマン機械を数多く建造していたユーザーのサークルがありましたけれどね。
あのユーザー・サークル……。
確かサークル名は……【ヴァルプルギスの夜】でしたか……。
浮遊要塞、巨大列車砲、飛空戦艦、巨大ロボット……とにかくデカい機械を造るのが大好物で、実用性よりロマンを重んじる天才達でした。
懐かしいです。
実は【ドラゴニーア】艦隊旗艦【グレート・ディバイン・ドラゴン】も【ヴァルプルギスの夜】によって建造されたモノですし、私が描いた【アイアン・ゴーレム】も彼らの設計思想を踏襲していました。
50mの【アイアン・ゴーレム】は技術的には私1人で問題なく造れます。
工期も、たぶん10日もあれば完成するでしょう。
ただし私は、たかが【ゴーレム】を1体造るために10日も時間を使いたくありません。
「では、そのように取り計らって下さい」
「畏まりました。お見積もりが出来上がりましたら【竜城】にご連絡致します。その時点で正式なご契約をお願い致します」
「わかりました。宜しくお願いします」
・・・
私とソフィアは【ダビンチ・メッカニカ】を後にしました。
「ソフィア。あなた午後一から謁見ですね?少し早いですが、お昼ご飯を食べましょう」
「うむ。食べるのじゃ」
私達は【銀行ギルド】に向かいました。
ビルテさんに挨拶をして【ドラゴニーア】の東側外縁部にある歓楽街壁の角にある塔に設置した転移座標に【転移】します。
歓楽街の門を警備する衛士に挨拶して歓楽街の中に……。
幼稚園児にしか見えないソフィアを連れて、如何わしい大人のお店が建ち並ぶ歓楽街を歩く私を皆が怪訝な目で見て来ます。
「ソフィア。あなたは成人女性に人化出来ないのですか?」
「無理じゃ。仕様じゃ」
あ、そう。
私達は裏通りに入り袋小路にある定食屋に入りました。
お昼ご飯は【ジャガイモ亭】です。
ソフィアは【ジャガイモ亭】が初めてでした。
「いらっしゃい。あら、この前の……」
「ノヒト・ナカです。この娘はソフィアです」
「なのじゃ」
「そうそう、ノヒトさんね。ソフィアちゃんも、いらっしゃい」
「今日のランチは何ですか?」
「牛タンのシチューか鯖の塩焼きですよ」
「なら、鯖の塩焼きを、ご飯大盛りで」
「我は両方ともじゃ。あと、この目玉焼きハンバーグ。大盛りなのじゃ」
ソフィアは定食を3品頼み、全てご飯大盛りにしていました。
私は給仕係のダフネさんに……ソフィアは【精霊】と盟約を結んでいて、【精霊】のエネルギーとして自分の魔力を供給する為に、沢山食べる必要がある……と、適当な嘘を吐きました。
【精霊】との盟約者に、そんな設定はありません。
しかし、【精霊】との盟約者は絶対数が少なく、現代では【精霊】との【盟約】は秘術になっているそうなので、一般人相手なら……そういう物か……と誤魔化せます。
鯖の塩焼き……美味そうです。
身が厚く脂が乗っていますね。
一口食べてライスを掻き込みます。
美味い。
私は学んだのです。
こういうシンプルな料理は900年前のレシピが変わらず受け継がれていました。
現代日本の味が恋しくなったら、なるべくシンプルな料理を……。
2口目はレモンを搾って頂きます。
美味い!
最高です。
私の隣ではソフィアが3つの定食を秒で平らげていました。
特に目玉焼きハンバーグが気に入ったそうです。
「ごちそうさまでした。ああ、美味かった」
「あら、ありがとうございます」
ダフネさんが笑顔で言いました。
会計時に少し雑談をすると、店主のベニートさんから相談を持ち掛けられます。
「ノヒトさん。実は、この前の話がね……」
ベニートさんは深刻な面持ちで言いました。
「この前の話?」
「ほら……おとぎ話のクラリッサ王妃が、この店の娘だった……って話さ」
「あ〜、はい。あれが何か?」
「実はね、ウチでその事を宣伝したら、表通りのレストランが……それは嘘だ。あのクラリッサ王妃は自分の店にいたんだ……って、イチャモンをつけて来てね。まあウチは、どちらでも良いんだけど、あいつら……訴えてやる。賠償金をよこせ……って言って来やがったんだよ。困っててね。あの話は本当にウチなのかい?」
クラリッサ王妃のおとぎ話は、この【ジャガイモ亭】の場所で900年前に営業していた定食屋が舞台です。
そのサブ・シナリオのプログラムしたのは、私が率いていたプログラミング・チームなのですから間違いありません。
「はい。クラリッサ王妃は、この店の娘さんでした」
「何でも表通りのレストランは……クラリッサ王妃が自分の店で出生して、【リーシア大公国】に輿入れするまで暮らしていた事を証明する古文書がある……って言っていやがるんだよ」
「古文書の内容が誤っているか、さもなければ偽造です」
「そうか……。だとするなら、ウチが正しいって証明する手段はないかな?このままだと裁判に掛けられて、最悪の場合賠償金を払わなけりゃいけなくなるんだ」
「そのレストランはクラリッサ王妃の親族筋か何かですか?」
「あちらのオーナーの一家は、そう吹聴して歩いているよ」
「そうですか……。もしも本当にクラリッサ王妃の血縁だとすると、そう主張したい気持ちもわかりますが、しかし、この場所がクラリッサ王妃の生家である事は間違いありません。理由なく事実を偽る事は、遵守条項に反します」
「遵守条項?」
「あ、いや、私の業務に関わる事ですのでお気になさらず。とにかく……」
私は、【収納】から魔力反応により執筆者の個体識別が出来る【魔法ペン】を取り出し、紙にこう書き付けました。
クラリッサ王妃は900年前【ドラゴニーア】の食堂の娘として生まれ、両親を助けて食堂を手伝い、当時の【リーシア大公国】のアルフレード皇太子に見初められて結婚した。
クラリッサ王妃の生家があった場所は、現在の【ジャガイモ亭】の建物である。
上記が確定した事実である事を、【竜城】の客分ノヒト・ナカが職責を以って保証する。
「もしも裁判に訴えられたら、判事にこれを提出して下さい。決して悪いようにはならない筈です」
「【竜城】の御客分様……ノヒトさんは偉い方なんですね?」
「いいえ。【竜城】では何万人も働いています。私は【竜城】の末席を汚しているだけで、ちっとも偉くなんかありませんよ」
私とソフィアは、ベニートとダフネ夫婦に見送られて【ジャガイモ亭】を後にしました。
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