第187話。グレモリー・グリモワールの日常…50…医学の講義。
名前…ディーテ・エクセルシオール
種族…【ハイ・エルフ】
性別…女性
年齢…1415
職種…【大祭司】
魔法…多数
特性…【才能…風魔法、気象魔法、世界樹の守り人】、導き手
レベル…99
神話の時代から生きる、【エルフ】族の象徴的存在。
一時期、グレモリーとパーティを組んでいた。
ゲームでは期間限定イベント・クエストでシナリオ案内役NPCとして設定されていた。
夕方の駅馬車が到着した。
私はフェリシアとレイニール、そして医療留学生を引き連れて、患者さんの治療をする。
1人、明らかに重篤な症状の患者さんがいた。
主訴は左下側腹部の激しい腹痛と下痢、及び、下血。
熱は37度ほどの微熱発。
【鑑定】の結果、穿孔、敗血症、ショックの症状がみられる。
病名は虚血性大腸炎。
すぐに治療した。
この患者さんは、それなりの商家を営んでいるという事で、治療費をもらう。
法外な値段を要求したり、支払わないと治療しないぞ、と脅すような、妖精教会みたいな悪どい事はしない。
パパッと治療し、どういう病気だったのかを説明し、今後の生活習慣についての注意点や、予防措置などを丁寧に指導するし、必要なら少量の【ハイ・ポーション】や【魔法草】を処方したりもする。
その上で、どのくらいの治療費が適切か、と患者さん自身に判断して支払ってもらう訳。
この患者さんは、現金で相応の対価を支払い、なおかつ、村の産物を継続的に店に仕入れてくれる、という契約を結んでくれた。
まいどあり。
生活水準が高い患者さんで、ビタ一文払わないなんて患者さんは、いない。
皆、それ相応の金額は、キチンと払ってくれる。
異世界の住人は、基本的に良心的だからね。
ま、もしも、金を出し惜しんだ場合、本人や家族が、次に重病になった場合、私が、どういう対応をするのか、を、恐れているだけかもしれない。
他の者には無理でも私が治療すれば治る病気や怪我というモノは……つまり、私が治療しなければ死ぬかもしれない病気や怪我という事なのだ。
私が、かつて、トリスタンに【ドラゴニーア通貨】で1千金貨の治療費を吹っかけたのは、【イースタリア】では有名な話。
トリスタンは、私の治療を受けて病気が治り生存した。
トリスタンは、現在、私の配下として、毎日忙しく働いている事も知られている。
トリスタンは、以前に比べ劇的に痩せてしまった。
前は150kgのデブデブだったからね。
私が、トリスタンの病気治療と同時に、彼の内蔵脂肪と皮下脂肪を分解除去したんだよ。
トリスタンは、食生活に気を使い始めて、体型は中肉中背を保っている。
【イースタリア】の街では……トリスタンは、私の不興を買って、莫大な治療費を支払わされ、ご飯がまともに食べられないほどに痩せ衰え、なおかつ私に過酷な労役を科せられている……という噂がまことしやかに、ささやかれているのだ、とか。
トリスタンは、以前、金貸しをしていて、守銭奴、なんて言われて評判が悪かったから、ざま〜みろ、なんて陰口を叩かれているみたい。
実際には、私はトリスタンから治療費は受け取っていない。
治療費の代わりに、トリスタンは私の配下となって、【サンタ・グレモリア】の産物を営業したり、逆に、【サンタ・グレモリア】に必要な物資を仕入れてくれ、また、駅馬車隊の運営もしてくれている。
もちろん、私は、報酬も支払っていた。
以前の約束の基本給に加え、成果報酬として、相当な金額を渡している。
トリスタン本人は……いらない……と、言うけれど、私が無理やり受け取らせていた。
なので、私はトリスタンを病気の治療と引き換えに隷属させて、無理やりコキ使っている訳ではない。
でも、そういう噂を、私もトリスタンも、あえて放置している。
善良な貧乏人には聖女のように応対し、いけ好かない金持ちには鬼畜のよう応対する、という噂は、ある程度必要なイメージだと思うからだ。
私に治療してもらえる事を当たり前だなんて思ってもらっては困るからね。
そこは、キッチリ、線を引くよ。
なので、ある程度裕福な患者さんは、私に治療をしてもらったら、金払いが良い。
そして、私や、私の村人さん達には、礼儀正しくて、親切にもしてくれる。
本心で、どう思っているか、なんて関係ない。
身内以外との人間関係は、外面だけで100%だからだ。
乱暴な事を言えば、他人との付き合いは、表に現れて来る態度だけしか考慮に値しないんだよ。
こういう具合に、コミュニティの庇護者というのは、敬愛されるより、畏怖された方が都合が良い場合もあるのだ。
私は残りの患者さん達もサクサク治療する。
腕がパックリ切れている患者さんがいた。
「これ、何したの?」
「鎌を研いでいて、手元を誤って、やってしまいました」
あちゃー……痛そう。
「フェリシア、やってごらん」
「はい」
最近は、軽微な病気や怪我は、フェリシアとレイニールにも診察と治療をさせていた。
2人は、既に【ブリリア王国】的には、一流、と看做されるレベルの治療が行える。
もちろん、私から見れば、完璧には程遠い。
なので、私が隣で、キチンと監督する。
医療留学生達は、まだ治療に携わるレベルにはない。
インターン……いや、大学の医学部を目指す受験生レベルだろうか。
駅馬車を見送って、私達は、病院に向かう。
・・・
【サンタ・グレモリア】病院。
私は、50人の医療留学生と、手すきの聖職者の病院スタッフを集めて講義する。
彼女達の中には、魔法適性がある者もいた。
聖職者の中には、5人ほど。
医療留学生は、3分の1ほど。
マクシミリアンが医療留学生として連れて来たのは、皆、【医療魔法士】の素質がある、として選抜された少女達や女性達だ。
留学生は、全員女性。
私が、そういう人選をマクシミリアンに要求した。
彼女達は、いわゆる国家エリート。
ところが、魔法適性があるのは、50人中17人。
魔法適性があるか、ないか、を判別するのにも能力がいる。
NPCの【鑑定】では、魔法適性を判別出来ない。
さらに【ブリリア王国】には、【鑑定】を使える者自体が少ないのだ。
これは、仕方がない。
どういう判別方式なのかを訊ねたら、ある一定量以上の魔力を流すと光る【魔法石】に触れさせて、【魔法石】が光ったら、魔法適性あり、と判断するらしい。
これは、魔法適性の判別方式としては、全く、的を射ていないのだ。
魔法詠唱者として覚醒する可能性がない者でも、体内の魔力を、かなり巧みに扱える者がいる。
【闘気】と呼ばれる方法で、その魔力を身体や武器に流し、強大な戦闘力を発揮するのだ。
でも、それをして、魔法詠唱者……つまり【魔法使い】とは呼ばない。
【魔法使い】とは、接触していない物・事に、変質を起こさせる能力を持つ者の事を言うのだ。
つまり、マクシミリアンが【医療魔法士】候補として私に預けた50人の内の33人は、【医療魔法士】には、なれない。
でも、私は、それを承知で医療の指導をしている。
マクシミリアンには、33人の候補者に魔法適性がない事は言っていない。
それを言えば、おそらく、33人は、国家エリートではなくなる。
国からの経費で行われている留学もなくなるだろう。
私は、これを好しとは、しなかった。
医療とは、魔法のみの分野ではない。
魔法に拠らない、医学という分野もある。
私は、むしろ、NPCの魔法適性者の割合の少なさを考慮すれば、【医療魔法】より、魔法に拠らない医学をこそ、発展させるべきだと考えたんだよね。
【医療魔法】のような劇的で派手ではないけれど、保健衛生や疾病管理には、医学は有効なのだから。
という訳で、魔法適性がない医療留学生にも指導は行う。
将来、魔法が使えない彼らが、医学者として活躍出来るように、座学を取り入れる事にした。
私が持つ地球の医学知識は大した事はない。
それでも異世界の基準で言えば、かなりの水準だと思う。
異世界には、魔法という万能便利ツールがあるおかげで、疾病に対する病理的なアプローチが未発達な面があるからだ。
病気が何故起こるか、どのように予防するのか、どう対処するべきか、どのような状態になったら危険な兆候なのか……などなど、そういう事を、あまり深く追求しない傾向がある。
極論すると……とりあえず、何だかわからないけれど、魔法で丸っと治るから、深く考えなくても良いんじゃね……という発想なんだよ。
私は、短時間ながら、気が付いた事を話して行く。
医学の分野は、深遠だ。
系統立てて講義出来るほど、私は、医学に詳しくもない。
なので、多少、取り留めもなくても構わないから、知っている事を、なるべく正確に、丁寧に話す。
簡単な講義の後、質問を受け付けた。
「先ほどの腹痛の患者さんを診て、慌てて治療したのは、どうしてですか?他に、腕に深い切り傷を負った患者さんもいました。私は、【アヴァロン】の学校で、外傷患者を先に診るべきだと習いました。あの腹痛の患者さんは、熱は微熱、意識もはっきりとしていたので、急患ではないように思いました」
留学生の1人が質問する。
「あの患者さんは、額からボタボタと汗を滴らせていたよね?俗に言う、冷や汗、ってヤツ。今日は暑くないのに、あんなに汗を流すのはおかしい。ジワーっと滲むような冷や汗は、そうでもないけれど、ボタボタと頭から滴るほどの冷や汗を流すというのは、危険な兆候の場合があるんだよ。身体が……ヤバい、死んじゃう……っていうサインを送っている可能性がある訳。なので、あの患者さんを先に診た。結果的に、ショック状態を起こしていたから急を要する状態だった。もちろん、ケースバイケース。冷や汗が全て急を要するか、と言えば違うからね。基本的には外傷優先で診察して構わない。ただし、ボタボタ滴る冷や汗、は、ヤバいサインの時があるって覚えておけば良いよ」
「わかりました」
あ、そうそう。
何故、医療留学生を女性だけにしたか?
それは、社会的地位の高い医療従事者に女性を増やしたかったから。
【ブリリア王国】には、種族差別は、少ない。
ま、ある事はある。
種族差別が少ない理由は、妖精教会がそれを禁止しているから。
妖精教会も、ごく稀に良い事もしている。
でも、良い事と悪い事を相殺して、私は妖精教会を、ぶっ潰す、という結論に達した訳。
あいつらは、存在しちゃいけない奴らだ。
それから、【ブリリア王国】の王家の歴史に、【人】以外の種族が深く関わっている事も、種族差別が少ない理由の一つ。
キャメロット家の先祖には、【エルフ】や【ドワーフ】の血が入っている。
つまり、マクシミリアンは、【エルフ】や【ドワーフ】の混血なのだ。
ただし異世界の生物学的には、割合として少ない種族による遺伝的な特徴は消える、という不思議設定がある為、マクシミリアンには、【エルフ】的な特徴も、【ドワーフ】的な特徴も、残っていないけれどね。
それから、キャメロット家が【ブリリア王国】の王位に就いた経緯に大きく貢献した1人の【獣人】の存在がある、彼は【猫人】だった。
キャメロット家の先祖の青年を、教え導き、後に【ブリリア王国】初代王位に据えたのが、その【猫人】。
人々は、彼を、ブーツを履いた【猫人】と呼んで崇敬しているらしい。
そのような経緯から、【ブリリア王国】は、伝統的に種族の違いには寛容な姿勢を示している。
でも、女性に対する待遇は良くはないんだよね。
差別……とまでは言えないかもしれないけれど、女性の社会進出は、現実として少ない。
女性の社会進出は、900年前の【ブリリア王国】が先進国だった時代ですら、芳しくなかった。
英雄大消失後、国が衰退すると、その傾向が顕著になっているみたい。
セントラル大陸の【ドラゴニーア】では、就労人口の男女比は、ほぼ半々だ。
給与比も、ほぼ半々。
だからかどうか、わからないけれど、【ドラゴニーア】は世界で一番豊かな国で、世界最強の超大国だ。
【ブリリア王国】では、就労人口比は、男性7割、女性3割。
給与比は、同一労働でさえ、男女比10対7だという。
【ドラゴニーア】では、国民の皆で経済活動をして、税を納めて、国民に還元していると考えられる。
【ブリリア王国】は、男性ばかりが経済活動をして、支出は男女に関わらず必要となる。
つまり、極端な事を言えば、【ドラゴニーア】は、2人で働いて稼いだ金額を2人で分けている状態だとするならば、【ブリリア王国】は1人で働いて稼いだ金額を2人で分けている状態だと考える事が出来るんじゃないだろうか?
私は、これが【ドラゴニーア】と【ブリリア王国】の明暗を分けている原因の一つのような気がするんだよね。
これは、よろしくない。
私は別にウーマンリブの旗手なんかを、するつもりはない。
私が言いたいのは、女性就労人口が少ないけれど、公共サービスや福祉などには、男女関係なく支出があるという事だ。
働く女性が少なければ、女性が納める税金も少ない。
だからと言って、国家支出の方は、女性は税金を納めていないから、公共サービスは男性だけにする、などという事にはならないし、するべきでもない。
【ブリリア王国】は、【ドラゴニーア】に比べて、歪な社会構造だ。
女性に働いてもらって税金を納めてもらう方が良いに決まっている。
なので、私は、医療留学生を女性限定とした。
今はまだ、あまりにも小さな取り組みかもしれないけれど、これが、やがて社会構造の変革に繋がってもらえれば、と期待している。
今日の講義は終了。
さてと、晩ご飯を食べに行こう。
お読み頂き、ありがとうございます。
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