第186話。グレモリー・グリモワールの日常…49…交換条件。
本日3話目の投稿です。
昼食後。
駅馬車到着。
私は、フェリシアとレイニールと、医療留学生と共に、患者さんの治療。
1人の女性が小さな、お包みを大切そうに抱いて、オロオロとしていた。
患者さんは、乳児。
赤ちゃんは弱っている。
泣きもしない。
【鑑定】すると、心臓の機能に異常がある。
心臓の右心室と左心室を隔てる壁に穴が空いていた。
先天性心臓形成不全。
これでは、肺から入って来た酸素と栄養を全身に運ぶ血液と、酸素と栄養が空になった血液とが、混ざり合ってしまう。
身体が衰弱してしまうのも無理はない。
「【治療】、【回復】……はい、OK」
「おぎゃーっ、おぎゃーっ、おぎゃーっ……」
赤ちゃんは元気良く泣き出した。
「あの、聖女様……」
お母さんは、心配そうにする。
「病気が治ったから、元気になったんだよ。お腹が空いた、って、言っているみたいだね。おっぱいを飲ませてあげて」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
お母さんは、何度も、お礼を言った。
「一応、入院しようか。お母さんも、少し、栄養状態が良くないみたいだしね。3ヶ月入院して栄養のある食事を食べてもらうよ。お母さんの栄養状態が悪いと赤ちゃんのおっぱいも栄養状態が悪くなるからね。入院費は無料だから、安心して」
「あ、え?」
「旦那さんは?」
「【イースタリア】で、荷車引きをしています」
「個人事業主?」
「いえ、モンタギュー商会の下請けの下請けです」
モンタギュー商会。
【アヴァロン】で勢力を誇る大きな商会らしい。
トリスタンからの報告で、一部【サンタ・グレモリア】の産物も仕入れてくれている商店として知っていた。
この、お母さんの旦那さんは、モンタギュー商会の下請けの下請けで、【イースタリア】での運送業務に携わっている、と。
仕事はキツく、給料は安いらしい。
ま、【ブリリア王国】は、貧乏だから、そういう者は、珍しくもない。
仕事があるだけ、まだマシだ。
私が保護する理由もない。
ただし、私の患者さんなら、話は別だね。
病気だけでなく、生活環境ごと患者さんを治す。
患者さんの人生ごと治療する。
病気を治すだけでなく、患者さんを幸福にする……それを究極的に目指さなければならない。
それが、医療に携わる者の使命であり矜持だ。
私は、医療留学生達を相手に薫陶する。
医療留学生は、キラキラした目で、私の話を聴いていた。
私の言葉を一生懸命メモに書いている。
あ、いや、今思い付いた格好良さげな台詞を、勢いで適当に喋っちゃっただけだから……。
そんな、医聖、とか、天医、とか、そんなふうに呼ばないでおくれ……。
あー、今更、後には退けない。
「荷車引き、やめちゃえば?【サンタ・グレモリア】に家族で移住しといで。ここなら、3食お腹いっぱい食べられて、住む家もあげるよ。仕事も、キチンとした給料を払うし、過酷な労働を強いる事もないからね。もちろん、村の為に真面目に正直に働いてもらうけれど」
「ありがとうございます。わかりました。すぐ夫に連絡します」
赤ちゃんの、お母さんは、旦那さんへの伝言を駅馬車隊に託す。
赤ちゃんと、お母さんは、病院に移動。
後の事は、病院スタッフの聖職者達に任せる。
お母さんは、字が書けないので、伝言だった。
【ブリリア王国】国民の識字率……超低いんだよなぁ〜。
農業に従事する村人さん達の識字率は、村に来るまで0だった。
商業区の村人さん達も自分の名前しか書けない、という者が多い。
読み書き計算に難がないのは、村の首脳陣と、聖職者と、駅馬車隊員と、旧コンラード家の使用人達と、その家族ぐらいだ。
聖職者達が【サンタ・グレモリア】に移住して来て以来、大人達を対象にして午後、学校で、読み書き計算を教えている。
実は、孤児院の子供は、読み書き計算が出来ていたりするんだよね。
基礎教育がかなり歪な形になっている。
マクシミリアンの責任だ。
説教してやる。
そして今後は、村の大人達の教育にも、もっと力を入れて行こう。
・・・
午後。
フェリシアとレイニールの魔法の指導。
ディーテも一緒にいた。
フェリシアとレイニールは、相当、【低位魔法】に熟達している。
現状のレベルで得られる熟練値は、もうすぐでカンストしそうだ。
ただし、【中位】覚醒は、はるか遠い道。
レベルが絶望的に上がらないからだ。
フェリシアとレイニールは、レベル10に満たない状態で、【中位】の中でも強力な部類の【パイア】を狩りまくれる、っていうのが、逆に凄いよね。
ま、反撃されない上空から、【アースガルズ】系の【エルフ】族特有の強大な魔力で、なおかつ、私が教えたエゲツない魔法の運用法で、一方的にボコ殴りしている訳だから、さもありなん、という話だけれど。
NPCは、経験値のレベル換算率が、クッソ低いんだよ。
全然、レベルが上がらない。
こんなの鬼畜ゲーだよ。
たぶん、フェリシアとレイニールの潜在能力なら、私が魔法を教えていれば、やがて【超位】に到達する。
でも、何百年もかかるだろうね。
比較的成長し易い【低位】でさえ、現状がこれだ。
【高位】、【超位】と難易度が上がっていけば、とてつもない労力と時間がかかるだろう。
教えている私の方の心が折れるかもしんない……。
やっぱり、チュートリアルだよな……。
よし、決めた。
フェリシアとレイニールを【ドラゴニーア】に連れて行く。
たぶん、途中停泊地は、【ラウレンティア】。
【ラウレンティア】の神殿で、チュートリアルを受けさせよう。
問題は、誰を引率役にするか?
私は一時的にフェリシアとレイニールから離れて、1人で【シエーロ】に向かわなくてはならない。
【シエーロ】に着いて、現地に転移座標を設置すれば、すぐ、【転移】でフェリシアとレイニールを【シエーロ】に連れて来れるけれど、どうするかな。
【シエーロ】の住人って、ユーザーに対しては、敬意を持って接してくれるけれど、5大大陸のNPCに対しては、排他的なんだよね。
何か、選民意識、って言うの?
自分達は特別だ、みたいな振る舞いをするんだよ。
なので、フェリシアとレイニールを連れて【シエーロ】をウロウロするのは、あまりしたくない。
少なくとも、フェリシアとレイニールが【高位】か【超位】に覚醒して、性質の悪い【天使】にイチャモン付けらても、ぶっ飛ばせるくらいにならないとね。
性質の悪い輩は、どの種族にも一定数いる。
それが天使なんて、いかにも聖人君子みたいな種族でもだ。
【シエーロ】の住人の大半は、この【天使】って種族。
【天使】達は、全人口が魔法戦闘職だ。
魔法が強力だから結構強い……けれど、肉体は脆弱。
【エルフ】の種族特性を極端にしたみたい感じだ。
力が弱くて剣すらまともに振るえないんだよ。
だから、最強クラスの【天使】が束になって襲って来ても、私の敵じゃない。
対【天使】戦闘では、【対魔法結界】が特効がある。
【対魔法結界】の中では、【天使】は、赤子同然だ。
生粋の魔法職である私も魔法の詠唱を封じられば弱体化するけれど、私は【対魔法結界】の中で【天使】みたいにグダグダにはならない。
私は、一応、【ハイ・ヒューマン】。
身体能力は、【人】より高いのだから。
【天使】は、翼で飛ぶ以外の筋力が超弱いから、魔法がなければ、ただの等身大の鳥だ。
そして、私の、エゲツなく身体能力強化されている【ゾンビ】達や、元は【古代竜】だった【腐竜】は、魔法が封じられても強力。
一方的な、蹂躙戦になる。
【天使】に限らず、極端な設定にデザインされた種族って、長所を発揮されると驚異だけれど、弱点を突くと存外脆いのだ。
エタニティー・エトワールさんも【天使】のキャラメイクだったね。
彼女は、ユーザーだから、NPCの【天使】とは違って、魔法だけではなく、近接戦闘もバッチコイのマッシブな【天使】だったよ。
【シエーロ】の住人には、他にも【巨人】がいる。
こっちは、ユーザーには興味がない。
お金を払えば、【巨人】族の集落で買い物や宿泊も可能だ。
フレンドリーではないけれど、かといって攻撃してくる訳でもないんだよね。
10mの巨体、強靭な体躯、圧倒的な膂力、強力な自己再生能力を持っているけれど、いつも茫洋としていて、穏やか、というか、バイタリティがない、感じだ。
不思議なNPC達なんだよ。
この【巨人】と【天使】は、天敵、という設定になっていた。
普段、ヌボーッ、としている【巨人】も【天使】に対しては、死を恐れずに突撃して行く。
遠隔攻撃手段を持たない【巨人】は、集団で戦列を組み遠距離魔法攻撃を撃って来る【天使】にダメージも犠牲も厭わず、突貫する。
強力な魔法を無数に撃ち込まれ、四肢が吹き飛び、臓腑が飛び散っても、【巨人】達は、ひたすら前進するだけだ。
盾も鎧も身に付けずに……。
凄惨な蹂躙戦だ。
でも、近接して、【天使】の戦列を突き破り、白兵戦になると立場は逆転する。
今度は、【巨人】による【天使】への凄惨な殺戮が始まるのだ。
何度か観戦した事があるけれど、壮絶。
でも、何故か、お互いに、国境地帯で、ぶつかるだけで、敵の本拠地に侵攻したりしないんだよね。
ほとんど【巨人】の側が攻めて来て、【天使】の側が、それを全滅させて、戦争は終わる。
たまに、【巨人】軍が、国境地帯の【天使】軍を全滅させて陣地を奪う事もあるけれど、その時も、【巨人】は、【天使】の集積した兵糧や物資を奪ったら撤退してしまうのだ。
領土を奪い合うような形の戦争ではない。
局地戦に終始する。
価値観や文化の違いなのかもしれないけれど……不思議だ。
【シエーロ】の【巨人】達は、ノース大陸の【ヨトゥンヘイム】にいる【巨人】とも少し違う。
例えるならば……。
【シエーロ】の【巨人】は静。
【ヨトゥンヘイム】の【巨人】は動。
【ヨトゥンヘイム】の【巨人】達は、普段から脳筋ゴリゴリの戦闘狂の集団だから、熱苦しい。
ま、中には人種に対して友好的な個体もいるし、付き合ってみると案外思考がシンプルで情が深い連中だから憎めないんだよね。
私は、900年前に【ヨトゥンヘイム】に【トロール】の友達もいた。
大酒飲みで声が馬鹿でかい陽気な奴だったよ。
頭は少しアレだったけれど、嫌いじゃなかった。
あいつは、寿命的に、もう死んじゃっているだろうね。
閑話休題。
とにかく、引率役だ。
村を離れても問題がなくて、フェリシアとレイニールが懐いていて、信頼がおける者となると……。
ま、グレースさんが妥当だよね。
私が【シエーロ】にいる間、フェリシアとレイニールは【ドラゴニーア】のホテルに泊めておく。
【ドラゴニーア】は、治安が良いし、高級ホテルならサービスも一流だ。
留守番させておいても心配はない。
グレースさんに、フェリシアとレイニールの面倒を看てもらおう。
私が【シエーロ】にいるのは、たった1日だ。
あくまでも、私の身に何かあった時に、フェリシアとレイニールを【サンタ・グレモリア】まで連れて帰ってくれる大人が付いていれば良いのだ。
その後は、ディーテにフェリシアとレイニールを頼んで【エルフヘイム】で育ててもらおう。
フェリシアとレイニールは、魔法の天才だ。
きっと【エルフヘイム】でも大切にされるはず。
うん、計画バッチリ。
計画は、2秒で崩壊した。
【ドラゴニーア】まで、ディーテが付いて来ると言う。
「もちろん、私もグレモリーちゃんに付いて行くわよ」
「いや、【サンタ・グレモリア】をディーテ達が守ってくれるからこその【シエーロ】行き、なんだけれど」
「4人残しておけば過剰戦力よ。それにキブリ警備隊もいるじゃない?私は、付いて行くわよ」
「いや、ディーテ以外の4人は、まだ気心が知れてないから、全幅の信頼を寄せられないんだよ。ディーテがいればこそ、なんだからさ」
「でもさ、もし万が一があっても、グレモリーちゃん【転移】覚えたんでしょう?あれで、戻って来れるじゃない?」
まあ、確かに……。
いや、待て。
「移動中だったら?転移座標は、船の中には置けないよ。動いている物体には転移座標は設置出来ません〜。ほ〜ら、ダメ〜。ブッブーッ!」
「むーっ……なら、私、この村なんか守らない。私はグレモリーちゃんを守りに来たの。他の者は、正直、どうでも良いわ」
おーっと、こいつ、身も蓋もない事を言いやがった〜。
「ディーテ、頼むよ〜。ディーテだけが頼りなんだからさ〜」
「ふん、嫌よっ!」
おーい、1400歳のババアの、ツン、は可愛くないぞ〜っ!
「ディーテ、あんた、あれ欲しがっていたよね?【アスクレピオスの杖】。私が戻るまで、村を守ってくれたなら、【アスクレピオスの杖】をあげるよ」
【シエーロ】の自宅に戻れば、私の【神の遺物】のコレクションがある。
痛い出費だけれど、ディーテを、なだめすかす、為ならば仕方がない。
「【アスクレピオスの杖】と【エメラルド・碑板】と【賢者の石】と【アルテミスの弓】と【ディアナの弓】も、ちょうだい。じゃなきゃ、嫌よ」
くっ!
こやつ、足元を見て来やがった。
そして、私のコレクションの内容を熟知している……。
「超激レアの【神の遺物】5個は、さすがに多くない?」
「あら、私達のチームは、5人よ。皆に取り分がないと不公平じゃない?」
「くっ……あ、【エメラルド・碑板】は、パーティ・メンバーにあげちゃったから、ないよ」
あれは、ピットーレ・アブラメイリンさんにあげた……私の最終兵器製造の大儀式魔法を手伝ってもらうかわりに……。
「なら、【賢者の石】を、もう一つね」
マジか〜……エゲツないボッタクリだよ。
うえ〜ん。
私は、泣きながら、その取引を承諾した。
しっかり【誓約】もさせられたよ。
鬼っ!
ディーテの鬼っ!
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