第185話。グレモリー・グリモワールの日常…48…驚異の治療術。
本日2話目の投稿です。
アリス・タワー。
「ナディア、必ず、回収に行くから、ひとまず【ウトピーア法皇国】に戻ってもらえないかな?」
「嫌です」
「ナディアが戻ってくれないと、私達は、【ウトピーア法皇国】に偽装朝貢が看破されて、戦争に負けるかもしれない。戦争に負けたら、私は死ぬかもしれない。私が死んでも良いの?」
「それは……」
「ね?必ず回収に行くからさ」
回収に行かなくても大丈夫だ。
私達の勝利条件が満たされたら、ナディアの【眷属化】を解いてしまえば良い。
そうすれば、ナディアは、【ウトピーア法皇国】軍の少佐としての帰属意識が復活し、私の【眷属】としての忠誠心は消滅する。
【サンタ・グレモリア】の情報や、私とパスが繋がっている時の記憶が【ウトピーア法皇国】側に流出しないように、【契約】してもらう事にはなるけれど……。
日常生活を送る上で不自由はないはずだ。
もしかしたら、敵である私に【眷属化】され、祖国である【ウトピーア法皇国】の情報をペラペラ喋ってしまった事による自責の念で苦しむかもしれないけれど、それは、仕方がない。
少なくとも、人間ハンバーグになったり、廃人になったりしてしまったナディアの部下達よりは、だいぶマシな境遇だろう。
「嫌です」
おーい……。
この、【眷属】、頑固すぎるよ〜。
【眷属】は、知性もあるし、感情もあるし、個性も引き継ぐ。
基本的に、【眷属】は、主人の命令には絶対服従だけれど、それは私に使役される、という前提条件が満たされる場合だけだ。
【眷属】は、道具や物体に過ぎない【死霊術士】の【不死者】とは、違う。
また、自我や感情というモノが希薄な、思念体である【精霊術士】の【精霊】とも違う。
どちらかかと言えば、【調伏士】の従魔、や、【召喚士】の盟約の妖精、の、それに近い。
主人に盲従するのではなく、自らの意思、あるいは、自らの欲求を満たす為に主人の命令を遂行するのだ。
なので、意味もなく……邪魔だから自殺しろ……などという命令には抵抗する。
ま、【命令強要】を発動すれば、無理やり従わせる事は可能だけれど、そうするとナディアの自我が崩壊して【眷属化】を解除した後、社会復帰が出来なくなるかもしれない。
ナディアと一緒に捕縛されて【眷属化】に失敗して廃人となった部下の男スパイと同じ運命になるのだ。
私は、ナディアには、愛着のようなモノがある。
【眷属化】の効果だとはいえ、ナディアは私に懐いてくるのだから、最低限の便宜は図ってやりたい。
偽善的だけれど、それが偽らざる本音だ。
ま、【眷属】にしている時点で、酷い事を強いている訳だから、行動原理的に矛盾するかもしれないけれどね。
うーん。
これは、もう仕方がないね。
「わかったよ……。ナディアは返さない」
「ありがとうございます」
ナディアは心底嬉しそうにした。
「し、しかし……」
マクシミリアンは、言う。
「ピオさん、ナディアを返さなかった場合の策謀が露見するリスクは、どのくらいになると予測する?」
「そうですね……4割程度は、成功率が下がるのでは、と。返す、と約束した捕虜を、前言を翻して、返さない訳ですから……当然、何故か、という疑問を相手に抱かせますので、洞察力がある者なら、何らかの罠の匂いを嗅ぎつけるかもしれません」
あ、そう。
元が9割の成功率だから、4割下がったら……5割か……。
どっちに転ぶかわからないね。
うーむ……よろしくない。
「例えばの話……ナディアが抵抗して止むを得ず殺した……って、言い訳は通らないかな?」
「それを信じさせる根拠がなければ、厳しいでしょうね」
「死体があったら?」
「えっ?」
「例えばの話、ナディアの首から下の死体があったら、信じないかな?」
「いや、まあ、それだけの明らかな根拠があれば信じるかもしれませんが、首から下の死体だなんて……。ナディアを殺すのですか?」
「いや、私なら、首から上だけ生きていれば、復活させられるよ」
「「「「「えーーっ!」」」」」
何故か、皆からドン引きされた。
・・・
早速、施術を行う。
お子様には目の毒なので、フェリシアとレイニールは、【睡眠】をかけて、【避難小屋】で眠ってもらった。
「ナディア、たぶん、メッチャ痛いと思うけれど、覚悟は良い?」
「はい、グレモリー様。グレモリー様を信じております」
ナディアは、両膝をついて、首を伸ばす仕草をして言う。
「じゃ、スペンサー爺さん、よろしく」
私は、ナディアの首を、チョンパッ、とする役目をスペンサー爺さんに任せた。
さすがに、首から下を丸っと生やすのは、私であっても難易度が高い。
切断面が粗雑だと、肉体の生成がうまく出来ずに、全身麻痺なんかが残るかもしれないからね。
スペンサー爺さんは、【剣豪】。
斬る事は私より得意だ。
もう1人、斬るのが得意な人がいるけれど、その人には、ナディアの首をはねる役目を激しく拒否されてしまったからね。
料理長のジェレマイアさんだ。
さすがに、ジェレマイアさんには、生きている人の首をはねるのは、無理だったらしい。
「ナディア殿、もう少し顎を引いて下さい……ええ、そこで結構……」
スペンサー爺さんは、腰を落として、私が貸し与えた【死神の大鎌】を構える。
用意出来る中で、最も切れ味の良い刃物は、【死神の大鎌】か、ヒヒイロカネの包丁だった。
スペンサー爺さんによると……刃物に、ある程度質量がないと切断時の抵抗で、切り口が乱れる恐れがある……との事だったので、デッカい【死神の大鎌】の選択となった訳。
ナディアは、目を閉じる。
「では、参ります。はぁーーっ!」
スペンサー爺さんは、気合いを入れた。
ヒュンッ!
スパーーッ!
スペンサー爺さんは、目にも見えないスピードで、【死神の大鎌】を水平に振り抜く。
私は、胴体の上に残ったままのナディアの頭を両手でガッシリ押さえ、ナディアの胸を蹴っ飛ばした。
バタッ……。
ナディアの胴体が背後に倒れる。
プシャーーッ!
ナディアの首から、血液が吹き上がる。
ひえ〜〜っ!
「【完全治癒】」
私が【完全治癒】を詠唱すると、切断面あたりで、グズグズと生体組織が盛り上がった。
でも、遅い。
ナディアの頭部に血液が回らないと、脳死する。
「なろ〜っ!生きろっ!」
私は、ありったけの魔力をナディアに流し込んだ。
ズルズルーーンッ!
ナディアの身体が生えた。
ふーーっ……魔力をごっそり、持っていかれたよ……。
全裸のナディアに、素早くディーテが布を被せてあげた。
私は、【ハイ・ポーション】を一気飲み。
ナディアは、目を開けた……が、身体が動かない。
「グレモリー様……身体が……」
ナディアは、困惑気味に言う。
私は、【鑑定】で、ナディアの体内を診る。
「うん、大丈夫。神経組織は完全に機能している。新しい身体が馴染んだら、元通りになるよ。2日も寝てれば、感覚は戻る。それから、3日もリハビリすれば、運動機能も完全に戻るよ」
「わかりました」
ナディアは、安心しきったように、言った。
「このナディアの胴体を渡して、抵抗されて止むを得ず殺した女スパイの死体、って事にしてね」
私は、マクシミリアンに言う。
「……はっ、わ、わかりました」
しばし放心状態だったマクシミリアンが答えた。
「【ウトピーア法皇国】は遺伝子検査などの医療技術がありますから、この身体は、ナディアさんだと認定されるでしょう」
【ウトピーア法皇国】の法皇都【トゥーレ】の冒険者ギルドに赴任歴があるヘザーさんが言う。
ならば、良し。
頭付きのナディアの方は、担架に寝かされて病院スタッフによって病院に運ばれて行った。
見学していた医療留学生達は、今の施術を見て【マップ】の光点が白から青に変わっている。
どうやら私の実力を認めたらしい。
ふん、妖精教会のクズ【医療魔法士】には、逆立ちしても、今のような施術は出来まいよ。
さてと、フェリシアとレイニールを起こしに行こう。
・・・
駅馬車ターミナル。
私は、フェリシアとレイニール……そして医療留学生達をゾロゾロ引き連れて駅馬車の所に向かった。
「お待たせ。悪かったね」
「いえ、急患はいませんので、大丈夫です」
駅馬車隊長のケネスさんが言う。
私は、患者さんを治療。
私が説明する診察と治療の概要を医療留学生達は、熱心にメモしている。
今までとは私から学ぼうとする熱意と姿勢が違う。
今まで見学させた治療は、切り傷、擦り傷、打ち身、捻挫、風邪、食中毒、ギックリ腰、虫歯、脱臼……などなど。
せいぜい、酷くても骨折か指の切断程度だった。
私の魔法の凄さがイマイチよくわからない症状の患者さんばかりだったからね。
私が、首をはねられたナディアの身体を丸っと生やしたのを間近で見た事で、医療留学生達は、私を、神話級の【魔法使い】と認めたらしい。
ま、いくら学んでも、身体を生やすなんて芸当は、ここにいる医療留学生には、一生出来ないだろうけれど。
フェリシアとレイニールは、遅れて学校に向かった。
魔法の訓練も大切だけれど、一般教養も大切。
しっかり、お勉強して来るように。
私は、村の西側の原野に向かった。
・・・
よっしゃーっ!
やったるでーっ!
私は、村の街区整備をする事にした。
行政区の西側に農業区、回廊を挟んで、商業区の西側に【サンタ・グレモリア】領軍の訓練場を造る。
もう城壁と堀は完成しているから、後は中身を造り込めば良い。
ディーテがやって来た。
4人の【ハイ・エルフ】の古老達も一緒。
「手伝うわよ。何をすれば良い?」
「ありがとう。なら、私と【エルダー・リッチ】達で、城壁の内側に沿って建屋を造るから、ディーテ達は細かい所をお願い。図面はコレで、よろしく」
「どのくらいの強度が必要?」
「【超位】の直撃にも、最低1発は耐え得る事」
「「「「「えっ?」」」」」
【ハイ・エルフ】5人は、声を揃えて言った。
私は【加工】と【効果付与】が【高位】までしか使えなかった時には、強度を【高位】の直撃に1発耐えるレベルまでしか造れなかったけれど、【超位覚醒】した後、城壁と堀を強化し直して【超位バフ】を上掛けしてある。
新たな区画にも、そのレベルを求めるよ。
「その強度で、この規模……かなり厳しいわね……」
ディーテが言った。
「ホイ、これで頑張って」
私は【宝物庫】から、大量の【ハイ・ポーション】を取り出して、ディーテ達に手渡す。
「人使いの荒さは、変わっていないわね……」
そりゃ、そうだ。
人間の性質なんて、そう簡単に変わらない。
「自分から手伝う、って言ったんだからね。キリキリ働いてもらうよ」
ディーテ達は、顔を引きつらせながら作業を開始した。
「うおらーーっ!そいやーーっ!」
私は絶好調。
モリモリ家を生やして行く。
スマホが鳴って、お昼ご飯の、お呼び出しが来る時には新農業区と領軍訓練場が出来上がった。
他の区画と往き来出来る地下トンネルと、配管系も敷設済。
ま、農地と訓練場だから、そんな複雑な機構は必要ない。
農業区には、いくつかの作業小屋と倉庫と家畜の厩舎……訓練場には資材置き場と兵舎と掩蔽庫をを建てた。
掩蔽庫は、将来的に火薬類などを保管する可能性を考慮しての建築。
こちらも上空からの【超位】爆撃の直撃にも耐え得る強度が備わっている。
領軍は、現在、アリス・タワーで仕事をしてもらっているけれど、兵卒はこちらの兵舎に移して、アリス・タワーはスペンサー爺さんの司令部オフィスだけにしようと思う。
また、既存の街区に改めて【超位バフ】を上掛けしておく。
【追加贈物】で私の【土木・建築魔法】はパワーアップしたからね。
強化された、堅牢な城壁。
【アヴァロン】の都市城壁は、不壊・不滅の初期オブジェクトだから敵わないとしても、【イースタリア】の城壁よりは、【サンタ・グレモリア】の城壁の方が頑丈だ。
「堀に水を流すよ〜。キブリ、赤ちゃん達を避難させてね〜」
堰を切ると勢い良く、堀に水が流れ込んで来る。
よしよし。
新しく完成した街区の堀は今までは空堀だったけれど、城壁の中の水路を整備してポンプによる排水機能を整備したから堀に水を張れるようになった。
今までも堀に水を張るだけなら可能なんだけれど、排水機能が未整備だと、大雨なんかが降ると街区の中が水浸しになっちゃうからね。
キブリ警備隊に新しい堀の警備と巡回を依頼。
キブリは……これは、手下の数を増やさなければなりやせんね……と言っていた。
まだ、増やすのかい?
ま、必要なら、構わないけれどさ。
私は、激しく消耗してゲンナリしたディーテ達を連れて村に戻った。
・・・
昼食。
メニューは、ピッツァ尽くし。
色々な種類がいっぺんにテーブルに並んだ。
美味い。
特にキノコと……この何だかわからない葉っぱが山盛りになったヤツが気に入った。
これ、村人さんが自宅の畑で栽培した野菜?
名前は?
ひとまとめに、野菜、と呼んでいるのね……。
あ、そう。
「モシャモシャモシャ……」
この、ほのかな苦みが癖になるね。
地球のセルバチコ……つまりワイルド・ルッコラに近いか?
何だかわからない葉っぱ……来年は農業区で、たくさん作付けしてもらおう。
お読み頂き、ありがとうございます。
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