第179話。グレモリー・グリモワールの日常…42…尋問。
【サンタ・グレモリア】神殿
(神殿、病院、孤児院、学校、保育園)
神殿長…未定
聖職者…50人
医療魔法士(候補生)…50人
孤児…500人
昼食後。
【箱船】は、自動航行で【エルフヘイム】に向かって帰還して行った。
「あれ、無人で大丈夫なの?」
「大丈夫よ。【箱船】は知性があるから」
ディーテは言った。
え?
知性がある船?
意味がわからん。
何でも【創造主】が、異世界の初期オブジェクトを創造する時に、世界定期運航飛空船の試作機として創ったのが、【箱船】のモデルとなった知性自立航行方式の飛空船だったらしい。
【エルフ】の、ご先祖様達は、それをコピーした訳だ。
で、【創造主】は、知性自立航行方式では、多数を同時運航するには、色々と複雑になり過ぎて困難だと、挫折。
結局、現行の一元集中管制方式の採用に落ち着いた、と。
ふーん。
何で、そんな事知っている訳?
【創造主】が世界を創った時には、文明はもちろん、知的生命体もいなかったって設定だよね?
あー、【世界樹】に記録されている訳か。
そう言えば、【世界樹】は、【完全記録媒体】だったね。
さっき、【箱船】に村の子供達を乗せて、湖の周りを一回りしてもらったんだ。
レイニールが、以前、船に乗りたがっていたから、私がディーテに頼んだんだよ。
フェリシアは幼い頃に両親と一緒に飛空船に乗った事があるそうだけれど、小さ過ぎて当時の記憶がないらしいんだよね。
レイニールは飛空船に乗った事はない。
孤児は、高額な費用がかかる飛空船には、一生乗るチャンスがないから、憧れらしいね。
子供達は、甲板で、はしゃぎ回って大喜びしていた。
身を乗り出して、地上を覗き込む子もいて、落っこちないかとヒヤヒヤしたよ。
ま、落下防止の魔法的機能があるらしいから、大丈夫らしいけれどね。
でも、子供達が喜んでくれて、良かった。
ディーテも微笑ましく眺めていたよ。
何か、ディーテは、子持ち、孫持ち、曽孫持ち、玄孫持ち……の、お婆ちゃんらしい顔をしていた。
あれから、900年も経ったんだね〜。
何だか、1ヶ月前くらいの感覚だよ。
・・・
湖一周遊覧飛行が終わって、現在、パーシヴァルさんとウイリアムが、ディーテ達をアテンドして、村の見学に連れて行った。
【サンタ・グレモリア】に見るべき物は、あまりないけれどね。
湖は綺麗だけれど、村の中は、どうって事はない。
2人をガイドに付けたのは、パーシヴァルさんは以前から子爵だったし、ウイリアムは曲がりなりにも王家の一員だったから、という理由……らしい。
私は、当初グレースさんとスペンサー爺さんにディーテ達の案内係を頼んだのだけれど、2人から、物凄い勢いで拒否された。
つい最近まで無爵位だったので、他国の元大祭司や元女王をアテンドする自信がない、何か無礼があるといけないから、と。
ディーテの性格から言って、何も貴族の儀礼に則っていなくても、常識的な範囲で礼を尽くせば大丈夫だ、と言ったのだけれど。
私なんか、初対面からタメ口だしね。
そうしたら、グレースさんとスペンサー爺さんから、懇願されてしまった。
ストレスで胃に穴が空くかもしれない、と。
私が、すぐ治してあげるよ。
どうか、後生だから……と。
あ、そう。
ま、別に無理強いするつもりはない。
で、パーシヴァルさんとウイリアムに投げた。
2人は、絶望的な顔をしていたね。
パーシヴァルさんとウイリアムに、お鉢が回って来たら、その次はいない。
2人は、アリスの重臣の中では、グレースさん、スペンサー爺さんに準ずる序列。
パーシヴァルさんは、元コンラード家の執事オスカーさんに案内役を押し付けようとしていた。
オスカーさんからは……もう、私は、アリス様の臣下に転属しておりますので、お受け致しかねます……と、やんわりと断られていたよ。
うん、旧コンラード家の使用人さん達は、男性はアリス・タワーの役所勤め、女性はアップルツリー家の使用人として配置転換されていた。
これは、パーシヴァルさん自ら言い出した事。
アリス様や、上席であるグレース様、スペンサー様に使用人がおらず、下位の私が使用人を抱える訳には参りません、と。
自分で言い出した事なんだから、仕方ないよね。
パーシヴァルさんは、オスカーさんに……裏切り者……と怨嗟の声を投げかけていた。
そうしたら、オスカーさんに冷静に切り返されていた。
旦那様もリーンハルト侯爵様を裏切った形になるのでは?
うわー、オスカーさん、きっつー。
それは、クリティカルヒットだよ。
パーシヴァルさんは、何も言い返せず、トボトボと案内係の役目に向かって行った。
哀愁漂う背中だったよ。
因みに、パーシヴァルさんとオスカーさんは、幼馴染で気を許しあった竹馬の友なので、これが原因で険悪な関係になったりする心配はない、と元コンラード家の乳母だったヒルダさんが教えてくれた。
あ、ウイリアムってのは、マクシミリアンの息子で、【ブリリア王国】の元第3王子ね。
ウイリアム・ブリリア第3王子、改め、ウイリアム・キャメロット騎士爵。
臣籍降下して、今は、アリスの家臣で、スペンサー爺さん、グレースさん、パーシヴァルさんの下位の役人だ。
仕事は出来なそうだけれど、貴族なんだから、最低限、読み書き計算くらいは出来るだろう。
あまり期待はしていない。
私は、フェリシアとレイニールを連れて【避難小屋】にむかった。
・・・
フェリシアとレイニールには、少しの間、お昼寝してもらう。
【避難小屋】の私のベッドで、【睡眠】をかけて、強制的に寝かし付けた。
フゥリシアとレイニールは、私とパスが繋がっているので、私の体験している事を共有しちゃうからね。
これからやる事は、ちょっと、お子様に見せるには、刺激が強いし、教育上よろしくない。
なので、ちょっとの間、眠っていてもらう。
私は、アリス、グレースさん、スペンサー爺さん、ピオさん、ヘザーさん、リーンハルトを伴って、スパイ達の取り調べだ。
私が、尋問した後、内容を報告するのが面倒だから、一緒に来てもらう事にした。
こうすれば、一度で済む。
私達は、湖の上の牢屋に向かった。
・・・
スパイは、ディーテ達が【昏睡】で無力化しているので、都合が良い。
意識があると舌を噛んで自殺を図るかもしれないからね。
スパイは、2人。
男のスパイと、女のスパイだ。
私は、深呼吸して覚悟を決める。
何の覚悟か?
【眷属化】の儀式魔法は痛いからだ。
ゲームの時は無痛だったから、こんな事を何度もやっていたけれど、痛覚がある状態でやるのは初めてだからね。
村に麻酔的な物はないし、魔法で痛覚を遮断しても良いけれど、【眷属化】の効果が正しく発動しない可能性がある。
仕方ない……。
私は、【避難小屋】から持って来た包丁を握り締めた。
この包丁は、【タカマガハラ皇国】で買ったヒヒイロカネ製の逸品。
名人級の刀工が鍛え、名人級の板前さん達が買い求めるようなプロ仕様の柳刃包丁。
メッチャ切れる。
刃を上に向けて、ティッシュを上から落とすと、スパーッ、と切れるんだよ。
これで、お刺身を切ると、何だか味が違うような気がする。
私は、収集癖があるから、2本持っていた。
なので、1本はジェレマイアさんにあげたよ。
泣きながら感謝された。
【タカマガハラ皇国】のマサムネが鍛えた包丁は、料理人なら、いつかは手にしてみたい物なのだ、とか。
伝家の宝刀に致します、との事。
そういう物なんだね。
この包丁は確かにバカ高かったけれど、私は、缶詰の蓋を、こじ開けたりとか、結構、雑に扱っていたよ。
私は、包丁マサムネを睨みつけていた。
右手に持った包丁マサムネで、自分の左手の人差し指の第一関節から先を切断する。
「きーっ……」
私は、痛みを噛み殺した。
心の中では叫んでいる。
ぎゃあああ〜っ!
痛ぇ〜よ〜っ!
なくなった指先の切断面から、脈拍に合わせて、血液が、ピューッ、ピューッ、と吹き上がる。
アリスとヘザーさんは、その光景から目を背けた。
「痛い痛い痛い、ヒッヒッフーッ、ヒッヒッフーッ」
超痛い。
【湖竜】と戦った時には、全身グッチャグチャになったけれど、あの時は、アドレナリン全開だったから痛みに耐えられた。
それに、すぐ意識を失ったしね。
平常時に、自分で自分の指先を切り落とすとか、狂気の沙汰だよ。
指先は神経が集まっている場所だから、指が切断されるとショック死する人もいる、って、何かで読んだ記憶がある。
私……大丈夫だよね?
しばらく悶絶していたら、痛覚耐性が働いて痛みが治まった。
ふ〜、超痛かったよ。
私は、切断した指に魔力を込めて、それで意識がない男スパイの額を、ズボーーッ、と突き刺した。
アリスとヘザーさんは、また目を背ける。
私の指が、男スパイの脳膜を破って、前頭葉に潜り込んだ。
うわー、人間の脳ミソって、あったけー……気持ち悪っ!
これもゲームの時には、わからなかった感触だ。
私は、スパイに【眷属化】をかける。
ちっ、クッソ生意気に【抵抗】しやがったな。
こーら、神妙にしろっ!
私は、繰り返し【眷属化】をかけ続けた。
スパイは、やがてブクブク血の泡を吹いてビクビク痙攣し始める。
あー、こりゃだめだ。
このまま、続けたら、死んじゃうね……。
ちっ、堪え性のない男だよ。
廃人になっちゃった。
失敗、失敗、こういう事もある。
「ごめんね。あんたには別に恨みはないけれど、必要な事だったから、許しておくれよ」
私は、一応、謝っておく。
男スパイは、もう使えない。
ポイッ、とな。
私は、男スパイの患部に【治癒】をかけて、牢屋の寝台に転がしておいた。
もはや、男スパイは、スパイはおろか、日常生活にも支障を来すだろうけれど、自業自得だ。
それでも、ディーテによって、装甲戦闘車両の中でペッシャンコの挽肉にされちゃった仲間に比べたら、生きているだけで丸儲けだと思わなくちゃね。
あんたも、スパイになった時に、ある程度の覚悟はしたんだろうから、同情はしないよ。
次は、女スパイ。
若いね。
ま、良いか。
私は、一度、自分の指先を洗浄・殺菌した。
私はユーザーだから異世界に存在する感染症などには基本的にかからない。
でも、男スパイの血液が付着した指を、そのまま女スパイに突っ込むと、女スパイが病気になるかもしれないからね。
私は、例えスパイでも、衛生学的配慮はしてあげる。
ひーーっ!
滲みる。
はい、行くよ〜。
ズボーーッ。
女スパイは、【抵抗】が弱い。
【眷属化】。
良しっ!
女スパイの意識にグリップした。
私は、女スパイの脳ミソを掻き回しながら、魔力を馴染ませる。
パスが繋がった。
はーい、【眷属化】成功。
その瞬間。
女スパイは、バチリッ、と目を見開いた。
開いた両眼から、ダッバ〜、と血が溢れ出る。
「ぎゃあああ〜っ!」
私は、思わず、叫んでしまった。
怖え〜よ〜。
脅かすなよな。
その様子を見た、アリスが、クラッ、と卒倒しかけて、グレースさんが支える。
ヘザーさんは目を閉じて、耳を塞いでいた。
私は、女スパイの額の穴を【治癒】で塞ぐ。
女スパイは、虚ろな表情で立ち尽くしていた。
「名前と、階級と、所属と、任務内容を教えて」
私は、【治癒】で自分の指を生やしながら訊ねた。
あー、色々、痛かった。
「ナディア・ライプニッツ少佐。【ウトピーア法皇国】陸軍、情報師団、諜報大隊、第一中隊隊長。【ブリリア王国】侵攻作戦の事前偵察と情報収集をしていました」
女スパイことナディアは、生気のない顔で言う。
少佐……隊長を引いたか。
当たりかな。
ヘザーさんが予測した通り、【ウトピーア法皇国】のスパイだったか。
侵攻作戦という単語に、一同は戦慄する。
「侵攻作戦とは?」
「【ブリリア王国】に侵攻する作戦計画です」
そんな事は、当たり前でしょう?
ま、ナディアは、悪くない。
私の質問の仕方が悪かったのだ。
「侵攻作戦の具体的内容を教えて」
「航空機による近接航空支援を伴いながら、戦闘車両によって縦深突撃を敢行。敵後方にある指揮系統を一気に破壊する作戦です。第一目標は、【ノースタリア】。第2目標は【イースタリア】。作戦実施時期は現在は、まだ未定。投入戦力規模は、歩兵100万、航空機5千機、魔動戦車10万両、装甲戦闘車両5万両、魔導砲5千門、炸薬式重砲5千門、炸薬式機関砲5千門……などと計画されています」
ナディアは、言った。
「歩兵100万に、戦車10万両……あり得ない。前回、小競り合いがあった時には、そんな大量の機械化兵装はなかった」
リーンハルトが顔を青ざめさせて言う。
「【眷属】は、私の命令には絶対服従だよ。だから、嘘は吐かない」
「し、しかし、それでは我が方に勝ち目がない」
リーンハルトは、首を振る。
【ウトピーア法皇国】の歩兵は小銃やライフルを携帯する。
それに加えて大量の航空機、戦車、装甲戦闘車両、火砲……。
対する【ブリリア王国】は、歩兵と騎兵と長弓兵が主体。
歩兵の主武装は槍だ。
【砲艦】は、100隻。
【魔導砲】は、どんなに、かき集めても、せいぜい5千門が目一杯。
総兵力は50万人だけれど、おそらく一方面に投入出来る兵力は、振り絞って25万。
【ノースタリア】で、対峙する敵の規模は、どの程度かにもよるけれど、たぶん1日で負ける。
50万人全兵力で立ち向かっても、3日は保たないと思うね。
【ノースタリア】は陥ちる。
【イースタリア】は?
もちろん、私が迎撃するから、勝つよ。
ディーテと2人なら、一方的な蹂躙戦になる。
私は、ついこの前まで【ブリリア王国】と全面戦争をしようとしていた。
でも、【ウトピーア法皇国】が攻めてくるなら、私は迷わず【ブリリア王国】側の援軍として戦ってあげる。
【ウトピーア法皇国】は、【人】至上主義とかいう狂った思想を妄信する種族差別主義国家だ。
私の子供であるフェリシアとレイニールの種族は、【エルフ】。
つまり、もしも【ブリリア王国】が【ウトピーア法皇国】に負けたて占領されてしまったら、フェリシアとレイニールは、生まれ故郷では暮らせなくなる。
そんな事は、許さない。
ディーテにとっても同じ事。
ディーテの同胞の【エルフ】達は、フェリシアとレイニールのように世界中に移住して暮らしている。
【ウトピーア法皇国】が版図を広げる事になれば必然的に【エルフ】が暮らせる場所が少なくなるのだ。
全【エルフ】族の象徴ともいえるディーテが、それを是認するはずはない。
【ウトピーア法皇国】……オマイ達は、今、私のブッ飛ばすリストの最上位に名前が記された。
やってやんよ。
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