第177話。グレモリー・グリモワールの日常…40…森のゲリラ。
【サンタ・グレモリア】
アリス辺境伯領
「庇護者」
グレモリー・グリモワール
「領主」
アリス・アップルツリー辺境伯
「重臣」
グレース・シダーウッド子爵
スペンサー・サイプレス子爵
パーシヴァル・コンラード子爵
「官僚」
ウィリアム・キャメロット騎士爵(【ブリリア王国】第3王子)
オスカー(元コンラード家執事)
元コンラード家使用人…10人
馬厩務・畜産責任者…ルパート(元牧童)
「アップルツリー家」
家宰…フロレンシア・コンラード(産休中)
料理長…ジェレマイア
メイド長…キャリスタ
乳母…ヒルダ(元コンラード家乳母)
元コンラード家使用人…10人
9月28日。
早朝。
私は、既に起きて作業をしていた。
深夜に、【地竜】トラップに獲物が近付いて来たから倒して、それから目が冴えてしまって寝られなくなっちゃったんだよ。
相当、距離が離れた時点で魔力反応を察知出来たから、警報機が鳴る前に倒しておいた。
だから、村人さんを起こさずに済んだね。
私は、どうやら今までよりサーチ範囲が広がっている。
何故?
それは、後で説明する。
とにかく、目が覚めちゃったので、病院の隣の空き地に孤児院を建てる事にした。
多少、眠さは感じるけれど、いつもの寝不足後と違って体調はすこぶる良い。
初めは、どうしてか、わからなかったけれど、ステータス画面を見て気が付いた。
私が、追加贈物を得て、【超位】の魔法に完全覚醒した結果なのだと思う。
私の肉体強度と身体能力と各種耐性のステータスが微妙に向上していた。
これ、私の生体機能も【超位】級に変わったのだ、と思う。
私は、追加贈物で【超位】覚醒する前から、【超位攻撃魔法】を使えたし、【聖格者】である【ハイ・ヒューマン】だった。
【ハイ・ヒューマン】の知能や肉体能力は、【人格】の【人】とは、根本的に違う。
より強力なのだ。
例えば、非魔法系の戦闘職は、【聖格】ともなると、至近距離で撃たれた銃弾を避けたり、飛んで来る矢を掴めたりする。
デタラメな能力だ。
これ、ユーザーの中には、キャッチボールやフライング・ディスク感覚で、遊びとしてやっている者もいたんだよ。
お互いに弓を持って500m離れて、相手が射た矢をキャッチして、自分の弓で射返すのだ。
時々、キャッチに失敗して、身体に突き刺さったりする。
それを、楽しそうにやっているんだから、はたから見たら、頭がおかしい人達、だと思うよね。
私は、虚弱な魔法職だから、それは無理だけれど、それでも本気で殴ればレンガくらいなら粉砕出来る。
もれなく自分の手の骨も粉砕されるけれど……。
【聖格者】って、そういう人間凶器的な人達なのだ。
でも、追加贈物をもらう前の私は、生体機能的には【ハイ・ヒューマン】に成りきっていない未成熟な部分が残されていたんだよ。
それは、攻撃魔法系以外の部分。
私、キャラメイクで初期ステータスを攻撃魔法系に全振りしていたから、そういう歪な成長になってしまっていたんだよね。
それが、この間の追加贈物で覚醒した結果、私は、本物の【ハイ・ヒューマン】に生まれ変わった。
だから、エネルギーが有り余っている。
【人】を超えた【ハイ・ヒューマン】。
世界武道大会でも、【人格者】と【聖格者】は、出場カテゴリーが違う。
毎年開催される【人格者】対象の武道大会とは、別枠で、【聖格者】も出場出来る無差別級の武道大会が四年に一度行われているらしい。
900年前のゲーム時点では、そんな階級制は存在しなかった。
四年に一度か……オリンピックとかW杯的な位置付けなのかな?
……って事は、今、私が武道大会に出場したら、その無差別級じゃなきゃ出られないんだね。
別に出る気はないけれどさ。
無差別級の歴代優勝者は、全員、【聖格者】。
ま、当然だろう。
【人格】と【聖格】には、そのくらい隔絶した基本性能の違いがあるのだ。
だから【聖格者】は、生きているだけで皆から尊敬される。
異世界的には、人種世界最強(【人格者】)とか、無差別世界最強(【聖格者】)とか、現世世界最強(【神格者】)とか、森羅万象世界最強(たぶん……【創造主】?ゲームマスター?)とか……最強にも色々あるのだ。
ボクシングの階級制みたいな事かな?
単に世界最強と呼ぶ場合、普通は現世世界最強の事を言うらしい。
森羅万象は、他と比較する意味がないから、なのだ、とか。
そりゃあ、そうだ。
世界を創った側の連中と、その創られた世界の一部である人達を比べるのは、ナンセンスだよね。
バスケットボール競技と、マイ〇ル・ジ〇ーダンと、どっちが偉大か?
こんな、質問に意味がないくらいにね。
つまり、【超位】完全覚醒後の私は、チャ〇ク・ノ〇ス的なサムシングに生体機能が変わったのだと思う。
つまり、毒ヘビに噛まれると毒ヘビの方が死ぬ、的な事だ。
ピオさんも【ハイ・ヒューマン】。
ピオさんは、全速力で走ると、【地竜】を、ぶっちぎれるくらい足が速い。
逃げ足には自信がある、って自分でも言っていたもんね。
現代地球の感覚なら、ピオさんは、生身の状態でも各競技のオリンピック金メダリストが束になっても敵わないくらいのスーパー・アスリートだ。
パワーは、やや弱いみたいだけれど……。
さらに、ピオさんは魔力を身体にまとえば、人外級の身体能力を発揮する。
垂直の壁を走れるレベルだ。
時々、村の城壁をスタコラサッサと走っているピオさんを見かける。
当初こそ、村人さん達は唖然としていたけれど、今では【サンタ・グレモリア】では日常の光景になっているよ。
ピオさんは、近道とか言っていた。
だからピオさんは、神出鬼没なんだね。
ピオさんは、視力や聴力もブーストされていると思う。
ピオさんの地獄耳は、ヤバい。
ま、これらの特性は、【聖格】云々というより、ピオさんが特別だから、という面も多分にあるらしいけれどね……。
ピオさんは、【大魔法】的な、派手な魔法を使えないキャップがかかっている代わりに、細々とした、魔法が得意だ。
お父様の魔法学派が影響しているのだ、とか。
何でも、右脳と左脳を別々に使って、なんやかんや、するらしい。
想像したら、ちょっと不気味な気がする。
ピオさんが……私にだけ……と言って秘密を教えてくれた。
ピオさんのお父様は、ヴィンチェンツォ・パンターニという大学者で、良くも悪くも世界的な有名人
セントラル大陸の北方の国【スヴェティア】の首都……魔法都市【エピカント】で、高名な【賢者】として何万人も門人を従えていたらしい。
研究テーマは、魔法と科学の融合。
これ、私からしたら、笑っちゃう。
融合も何も、初めから、魔法と科学は同じモノなんだからね。
魔法と科学を別々に考えているから、現代異世界は、魔法が衰退しているんだよ。
魔法の原理は、地球で云う物理学。
つまり、NPCが研究している魔法学の本質とは、いわば魔法物理学なのだ。
それを別々に理解しているからダメなんだよね。
閑話休題。
で、ピオさんの、お父様ヴィンチェンツォ・パンターニは、魔法と科学を融合させて、色々ヤバい研究をしているのが魔法ギルドにバレて【スヴェティア】政府に逮捕されちゃった。
具体的に何をしたのかについて、ピオさんは言葉を濁す。
口に出すのもはばかられるような研究なのだ、とか。
当時ゲームマスターがいたら、間違いなく研究所を広域殲滅魔法で丸っと消滅させるくらい、には、ヤバいモノだったらしい。
で、ヴィンチェンツォ・パンターニは死刑判決を受けた。
過去の功績によって特赦が与えられ死刑は免除されたけれど、魔法ギルドから【魔法使い】として永久追放され、また、魔力を練れない封印魔法を施されてしまったらしい。
私が、白ヒゲジジイこと、ティモシー・ウィングフィールドにかけたのと同系統の魔法だね。
ヴィンチェンツォ・パンターニは、家族を捨て失踪。
彼も、ピオさんと同じく【聖格者】なので、寿命的には生きていてもおかしくはないけれど、ギルド・カードなどの使用実績が全くないので死んでいる可能性が高いらしい。
どこかで孤独に自殺したのではないか。
ピオさんは、そう考えているみたい。
ヴィンチェンツォさんのしでかした凶悪な所業のせいで、パンターニ家は、名誉ある家名を捨てざるを得ないくらいに激しく糾弾され、祖国【スヴェティア】を逃げ出すくらいに苛烈に弾圧された。
で、ピオさんは、まともな職業にも就けず、仕方なく人生の前半生を冒険者として過ごしていたらしい。
そんなピオさんを拾って現職に抜擢してくれたのが、世界銀行ギルド頭取ビルテ・エクセルシオールと、【ドラゴニーア】の大神官アルフォンシーナの両女傑。
この2人は親友らしく、2人とも色々な意味でヤバイのだそうだ。
ピオさんが、絶対に逆らえない、お姉様方みたい。
ピオさん曰く……怪物のように見えて中身も怪物なのがビルテさんで、女神のように見えて中身は怪物なのがアルフォンシーナさんなのだ、とか。
アルフォンシーナさんは、ピオさんと彼の一族に【ドラゴニーア】国籍を与えて庇護してくれて、ビルテさんは、ピオさんに仕事と立場を与えてくれた。
銀行ギルドには、表に出せない危ない仕事がいっぱいあって、それをピオさんが対応しているらしい。
ん?
私の村に来たのも、その表に出せない危ない仕事?
ピオさんは、それについては笑って誤魔化した。
うーむ、解せん。
兎にも角にも、私は、コンディションが良いのだ。
なのでバリバリ働こう。
生産系が【超位】覚醒しているから、作業が早い。
今日は【エルダー・リッチ】にも手伝わせているからね。
もう、孤児院は完成した。
・・・
朝の見回りの時間になって、フェリシアとレイニールがやって来た。
「この、立派な、お家は誰が住むの?」
レイニールが訊ねる。
「【イースタリア】の聖堂孤児院から引っ越して来た、お友達用だよ」
「そっか〜」
レイニールは、ニッコリ笑った。
孤児院育ちのフェリシアとレイニールにとって、あの子達は、兄弟姉妹同然の存在だから、嬉しいのだろう。
さてと、見回りに行きますか……あ、ちょっと待った。
「フェリシア、レイニール。ちょっとホウキを貸してごらん」
2人は素直に【魔法のホウキ・レプリカ】を差し出した。
私は、【工学魔法】で調整。
これで、よし。
私は、【工学魔法】も【超位】に覚醒したからね。
フェリシアとレイニールは、小首を傾げて、キョトンとした顔をしている。
ま、乗ってみればわかるよ。
私達は、朝の空に離陸した。
「えっ、何も感じない」
フェリシアが驚愕する。
「すごーい」
レイニールは、高速でロールしながら言った。
うん、【自動防御】機能と、空気抵抗低減機能と、慣性制御機能を追加しておいたよ。
今までは、フェリシアとレイニールが自力でやっていた事を、【魔法のホウキ・レプリカ】に肩代わりさせたのだ。
最高速度と最大積載重量も、上がっているよ。
レイニールは、ニョロニョロと飛ぶキブリを真似して、変態機動で飛行してキブリを追いかけている。
フェリシアは、【魔法のホウキ・レプリカ】の上に立ってサーフィンスタイル。
やっぱり、【エルフ】は凄いんだね。
あんな曲乗りは、鈍臭い私には絶対に無理だ。
もはや、フェリシアとレイニールは、【魔法のホウキ・レプリカ】を使用した飛行技術では、師匠である私を超えてしまったよ。
・・・
見回りを終えて、魔法の朝稽古をして、キブリ警備隊に餌やり。
キブリ達は、また、湖の対岸に人種がいた形跡を見つけたみたいだ。
そこにいた事が後からわかっても、人種を見つける事は出来なかったらしい。
巡回頻度を高め、交代で見張っていたのに、どうしても発見出来ないのだ、とか。
これは、つまり……【認識阻害】と【潜伏】系の能力を併用している……という事だ。
という事は、たまたま対岸に迷い込んで来たのではない。
スパイ。
監視対象は【サンタ・グレモリア】、もしくは、【サンタ・グレモリア】にいる誰か、か、何かだ。
そのスパイは、少なくとも、魔物が濃くて危険度が高い湖の東岸を比較的自由に行動出来る程度の能力がある。
村へ不用意に近付いて来ないのも、かえって不気味だ。
過去にリーンハルトが送り込んで来た二流スパイ達とは物が違う。
今回のスパイは、リーンハルトの差し向けた新手か?
あるいは、マクシミリアンの手の者か?
それとも、もっと別の連中なのか?
それは、わからない。
ただし、一つ明らかな事がある。
脅威か?
全く脅威ではない。
仮に、情報を盗られても困るような物は何もない。
そして、攻撃を仕掛けてくれば、スパイが誰であれ、私の敵ではないからだ。
【マッピング】からは、【完全認識阻害】のアイテム……【神の遺物】の兜【アイドス・キュエネー】でも隠れられない。
一応、【サンタ・グレモリア】関係者にはスパイの情報共有と注意喚起はしている。
同時に、リーンハルトとマクシミリアンには、釘を刺しておいた。
2人とも……現在は【サンタ・グレモリア】にスパイを潜入させていない……と言う。
ま、どっちでも良い。
リーンハルトは、【契約】して、【サンタ・グレモリア】に害意を向けない、と約束している。
明日、マクシミリアンがやって来たら、彼にも、それを【契約】させるつもりだ。
スパイに情報を盗られても【サンタ・グレモリア】は痛くも痒くもない。
・・・
朝ご飯会議。
「ピオさん、ディーテは、午前中には到着する予定なんだよね?」
ディーテ関連の情報は、ピオさんが持っている。
「その予定ですが……」
ピオさんは、言い淀む。
「多少、歓迎会的なモノを予定しているから、ある程度の時間がわかるとありがたいんだよね」
「はい……実は、ディーテ様は、少々奔放な方で、時間を守るのが得意ではないそうです。後で家を訪ねるから、と言われて待っていたら、50年後だった、などという事があるらしく……」
あー、察し。
あの子らしいね。
「わかった。ま、気長に待つよ」
「それが、よろしいかと」
ピオさんは、苦笑した。
ディーテは、一言で言えば、自由人。
私も傍若無人に好き放題に振舞っているから、意気投合した。
元来【エルフ】は、自立心が強くてマイペースな者が多いけれど、ディーテは、その傾向が顕著。
【エルフ】は長命だ。
数百〜千年生きる。
【ハイ・エルフ】になると寿命は2千年以上。
千年生きる【ハイ・ヒューマン】の2倍も生きる。
だからという訳ではないのかもしれないけれど、【ハイ・エルフ】は、総じて、のんびり屋なのだ。
例えば、戦争などの時も、【エルフ】族は、大軍で戦列を組んで決戦に挑む、などという短期戦はしない。
森に潜んで敵を引き込み、ゲリラ戦術を駆使して、徹底した遅滞戦術を行い、敵をひたすら消耗させる。
【エルフ】は、100年ゲリラ戦を戦うなんていう事も珍しくない。
その間に敵は兵站が途絶えたり、戦費が枯渇したり、政権が交代したりと、情勢変化が起きて、最終的に【エルフ】側に有利な条件で停戦に持ち込むのが【エルフ】の常套手段だ。
【エルフ】との戦争は、多種族からは、とにかく嫌がられる。
【エルフ】と戦った兵士の末路は、とにかく悲惨だからだ。
対【エルフ】戦の犠牲者の大半は、餓死する。
【エルフ】の領域の森に攻め込むと、ほぼ例外なく補給線を断たれるからだ。
視覚、聴覚、嗅覚……など感覚器官に優れる【エルフ】は、夜も昼間と同様に活動出来る。
その上、奇襲は、天才的に得意だ。
どこに潜んでいるかわからない【エルフ】のゲリラに怯えながら、野営するのは、精神的にもキツイ。
ただでさえ、闇夜の密林は根源的な恐怖を呼び起こす。
【エルフ】と戦争する軍の兵士には、発狂する者も多いらしい。
飢餓と疲労と睡眠不足の中で、100年もの間、深い森の中で毎日昼夜を問わず奇襲をかけられるとか……。
考えただけで、最悪だね。
・・・
朝食後。
駅馬車隊が到着。
私は患者さんを治療。
駅馬車隊と一緒にリーンハルトがやって来た。
大量の馬を連れて来ている。
私がリーンハルトから依頼されて製造した馬車11台を【イースタリア】に運んで帰る引き馬と、その馬車の対価として私が要求した軍馬50頭だ。
リーンハルトから注文されたのは、駅馬車と同じ仕様の馬車10台と、侯爵家用の箱馬車。
私は、馬車を引き渡す。
リーンハルトは、箱馬車を見て、顔を引きつらせた。
「これは、地獄の霊柩車ですか?」
リーンハルトは、見事な、装甲馬車を見て言う。
なっ!
失礼な。
「霊柩車だとしたら、乗るのは死人だね?リーンハルト、あんた死んでみる?」
「あ、いや、褒め言葉でございます。いや〜、素晴らしい馬車ですね〜。あははは〜……」
リーンハルトは、乾いた笑いをする。
ピオさんが、やって来た。
ピオさんとリーンハルトは、挨拶する。
「グレモリー様、ディーテ様が、もう間もなく到着するとの事です」
「あ、そう。時間通りじゃん」
「はい。ただ、来る途中で少しアクシデントがあったようで……」
うわー、マジかー。
私は、いつも盛大に他人を面倒事に巻き込むけれど、自分が他人から面倒事に巻き込まれるのは、大嫌いなんだよね。
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