第173話。グレモリー・グリモワールの日常…36…サンタ・グレモリア神殿。
本日8話目の投稿です。
残り2話は、本日中に投稿致します。
朝食後。
私は駅馬車隊を迎えに出た。
希少金属のオリハルコン、アダマンタイト、ミスリルなんかが荷降ろしされて来たね。
「あー、その、オリハルコン、アダマンタイト、ミスリルは、村のじゃなくて、私んだから、旧アリス屋敷に運び込んでおいてね」
「了解致しました」
荷降ろしを指揮していた衛士長のナイジェルさんが言った。
私は患者さんを治療する。
今回の騒動の顛末で、駅馬車隊は、【イースタリア】から【サンタ・グレモリア】に本拠地を移した。
で、ダイヤグラムの改変に着手する必要があった訳だけれど、これが問題となった。
現行の3往復体制を、そのまま始発と終着を入れ替えて運行すると、夕方の最終便で【イースタリア】から【サンタ・グレモリア】にやって来た患者さんは、帰れなくなる。
これは、よろしくない。
もちろん、朝便の帰りで、やって来て、昼便の行きで戻る、という事をするのだろうけれど、不経済極まりない。
朝便の帰りで、【サンタ・グレモリア】にやって来て、駅馬車を降り、昼便の行きが出発するまで、【サンタ・グレモリア】で、ボーっ、と待つ事になる。
気の毒だ。
そして、もう一つの問題。
私は、もう既に、駅馬車隊の運行スケジュールに生活リズムが合ってしまっているのだ。
【イースタリア】発の朝便が【サンタ・グレモリア】に到着するのが、だいたい朝7時。
昼便の到着が、だいたい午後13時。
夕方便の到着が、だいたい午後17時。
このペースが乱されたくない。
うん、私の都合だよ。
なので、トリスタンに指示して、駅馬車の運行便数を1往復増やした。
つまり、早朝と夜間に1便ずつ増やす。
新設の早朝便で、日も昇らない内に【サンタ・グレモリア】始発の駅馬車は、貨物や乗客を乗せて【イースタリア】に向かい。
その後、今までと同じダイヤグラムで運行。
新設の夜間最終便では、【イースタリア】から貨物だけを乗せて、【サンタ・グレモリア】に帰還してもらう。
これなら、患者さんは【サンタ・グレモリア】で無駄な時間を過ごさなくて良くなるし、私も、毎日のスケジュールを変えなくても良い。
つまり、今日、既に駅馬車隊は、日も昇らない内から出発し、【イースタリア】まで1往復して来ているのだ。
問題は、毎日1往復増やした事による、駅馬車隊員の労働時間。
これを、どうすべきか?
で、トリスタンに駅馬車隊を増員してもらう事にした。
兵士、衛士の募兵に集まった若者達がいる。
彼らは、総勢500人。
でも、兵士、衛士は、後方支援を含めても、現在300人定員だ。
200人余る。
この余りを、そっくり駅馬車隊に振り分ける事にした。
当初は、予備役として訓練させながら、新しく造る予定の農業区の人手として働かせるつもりだったけれど、これ実際には非効率。
何故なら、異世界農業はイージー・モードで、作業が楽チンなのだ。
魔物の脅威さえ排除出来れば、耕してもいない原っぱに種を蒔き散らしておくだけで、後は勝手に作物が育つ。
なので、新しく造る予定の農業区を含めて、【サンタ・グレモリア】の全ての農作業を行わせても、正直40人いれば回る。
むしろ、それでも午前中だけで仕事は終わってしまうくらいだ。
既存の農業担当の村人さんの男手だけで働き手は、賄えてしまう。
暇なので、女衆は、干物工場で働いてくれている。
現在、【サンタ・グレモリア】は、女性の方が生産性が高いのだ。
この上、さらに人手を増やせば、農業担当の村人さんは、仕事がなくって昼間っから酒を飲んで暮らすようになる。
今でも、少し、そんなきらいがあるんだよね。
働き盛りが暇を持て余すのは、不健全だ。
なので、200人は、半軍半農の予備役ではなく、駅馬車隊に正式移管する。
今後、農地を拡げて、農業従事者が足らなくなったら、改めて移住者を募れば良いのだ。
私は、怠け者が大嫌いだからね。
駅馬車が帰って……もとい出発して行った。
・・・
私は、聖堂と孤児院を建てる為、図面を眺めている。
当初は、病院の隣の空き地に聖堂を建築して、孤児院は、聖堂と同じ建物の中に置くつもりだった。
でも、やめた。
計画変更。
病院の隣の空き地には、孤児院だけを聖堂とは別の建物として建築する。
孤児院とはいえ、寝起きして生活するだけの住居棟だ。
日中幼い子供を遊ばせておくのは、保育園を増築して機能を統一する。
聖堂の聖職者に保育士さん役を任せれば良いのだ。
学校も同様に増築して、年長の孤児は村の子供と一緒に就学させる。
学校の教師役も聖堂の聖職者に任せられるしね。
これで、今まで1人で学校の教師役を担っていたグレースさんが、公務の方に集中出来る。
うん、合理的だ。
そして、聖堂は、聖堂だけとして別の場所に建てよう。
聖堂って、つまり神殿。
この世界では、神殿は街の中心にある。
どこの都市でも集落でも、そのルールは、万国共通だ。
でも、この病院の隣の空き地……何だか隅っこに追いやられている気がする。
で、改めて、聖堂……いや、神殿で良いや……神殿の用地を決めた。
建物も設計の見直し。
でも、それが、どうも気に入らない。
「どうされました?」
ピオさんに声をかけられた。
また、気配を消して、近付いて来ていたね。
【マップ】でバレバレだけれどさ。
「神殿を建築するんだけれど、街の中央に据えた方が収まりが良いかなって」
「なるほど。確かに神殿は、街の中央にそびえる物ですからね」
「既存の行政区、商業区に加えて、新たに農業区と兵士の訓練場を造る。つまり中央というのは、ここ」
私は、村の地図の中央を指差した。
北東……商業区(旧商業集落)。
南東……行政区(旧農業集落)。
北西……訓練場(未着工)。
南西……農業区(未着工)。
「なるほど、4つの城壁区画の中心は、この回廊と城壁区画の間の交差地点ですね?」
「つまり、隣接する4つの区画の城壁の角に橋脚を伸ばして支柱にして、こうする。回廊が下を通る構造だけれど……」
「何か問題が?」
「だって不便じゃない?20mの城壁の上から土台を造って高層構造物を建てるんだよ。どこから、昇るの、って話だよ」
「まあ、普通に考えれば、城壁の角の尖塔から昇るのでしょうね」
「階段で?つまり、老人や小さな子供は、お祈りに行けないじゃん」
「アリス・タワーのように、エレベーターを付けてはいかがでしょうか?」
「そこが気に入らないんだよ。エレベーターを4本?無駄だよね。美しくないんだよ、この図面は」
「こだわりがあるのですね?」
そうだよ。
私の設計の先生は、ナイアーラトテップさんだ。
厳しく指導されたよ。
ナイアーラトテップさんの口癖は、用の美。
つまり、日本古来の美意識に裏打ちされた設計思想。
用の美とは、無駄な物を削ぎ落とした、究極的に機能を優先した形状が最も美しい、とする日本人独特の感性だ。
日本の建築物は、間違っても、ゴシック建築みたいにゴテゴテとした機能的には何ら目的を持たない虚飾に塗れた無為な意匠など是認しない。
私も同感だ。
つまり、一本で足りるエレベーターを4本造るのは、設計的に酷く醜い。
でも、城壁区画が分かれている以上、各区画から神殿に昇るには、エレベーターは、やっぱり4本あった方が便利だ。
それに、四方向に伸ばす橋脚部分の一つだけにエレベーターを取り付けるというのも、シンメトリーが乱れてカッコ悪い。
どうしようかね。
「エレベーターが4本。よろしいのではありませんか?利便性の向上は、悪い事ではないと思います」
なるほどね。
エレベーターが4本もあって、無駄。
ではなく。
エレベーターが4本もあって、便利。
という考え方も出来る訳だね。
それもまた、用の美、か。
「ピオさん、ありがとう。4本エレベーターでやってみるよ」
「お役に立てたのなら、光栄でございます」
「ところでさ。【ユグドラシル連邦】から【魔導師特殊部隊】ってのを呼んだのって、ピオさんでしょう?」
「いいえ。あれは、私の上司ビルテの差し金ですよ」
「ビルテさん?世界銀行ギルドの頭取だよね?」
「はい。ビルテには、私から、グレモリー様は、青衣の大魔導師様だ、という情報を報告してありました。ビルテから、【ユグドラシル連邦】の【エルフヘイム】にある実家に連絡が行き、あちらでグレモリー様を表敬訪問する準備を整えていた折に、今回の戦争の一報が先方に伝わりました。それで、ノース大陸を救世した大英雄の青衣の大魔導師たるグレモリー様に助力せん、として、血の気の多い方が、自らの直営である【魔導師特殊部隊】を出陣させたようですね」
「それって、もしかして、ディーテ?」
「はい。ディーテ様は、大祭司の座を譲られ、どうも、お暇を持て余していらっしゃったようです」
「という事は、ここにディーテが来るの?」
「はい。どうやら、グレモリー様の元で余生を過ごすおつもりだとか。ディーテ様も、【魔導師特殊部隊】も、個人として、来られるそうです」
なるほど。
マクシミリアン王が……戦争は終わったから【魔導師特殊部隊】に帰ってくれ……と懇願しても【ユグドラシル連邦】が聞く耳を持たなかったのは、当然だ。
今回の【魔導師特殊部隊】が個人という扱いなら、【ユグドラシル連邦】の当局は、【魔導師特殊部隊】の行動を制御する根拠がない。
つまり、ディーテが率いてやって来る【魔導師特殊部隊】は、国境の自由往来を許可された冒険者と同じ扱いなのだから。
「余生を過ごすって、つまり【サンタ・グレモリア】に移住して来る、って事?」
「そのようですね」
うーん、ま、良いけれど。
ディーテには会いたいしね。
「受け入れ準備もあるんだけれど、部隊って何人で来るの?」
「ディーテ様と、引退された先の祭司長と、供回りの方々で、総員5名と伺っております」
「5人で、【魔導師特殊部隊】?」
「はい。わずか5人ですが、世に隠れなき【ユグドラシル連邦】の最強戦力でございますよ」
ディーテは、900年前の時点で、間違いなくNPC最強レベルだった。
魔法技術が衰退した、この世界でなら、なおの事だね。
5人で最強戦力。
戦隊レンジャー物か。
私は、神殿の足場と土台部分までを仕上げて、昼食に向かった。
・・・
昼食。
今日のメニューは?
【地竜】だね。
私も料理された肉を見て、種類がわかるようになって来たよ。
異世界に馴染んで来たんだね〜。
この【地竜】、冒険者ギルドで解体してくれた肉らしい。
ヘザーさん曰く、私が、解体施設を立派で機能的に造ってあげたから、解体職人さん達も張り切って作業してくれているのだ、とか。
助かるよ。
美味い。
【湖竜】も美味しいけれど、【地竜】も負けていないね。
一般的に食肉で最高峰と云われているのは、【氷竜】。
何でも寒冷地に適応する為に、筋肉の中に脂肪層を持つ為、肉は歯がいらないほどに柔らかく、蕩けるほどの極上の旨味があるらしい。
食べてみたい。
いや、ゲームでは食べた事があるけれど、当時は味覚がなかったからね。
【氷竜】の次に上質とされているのが、【地竜】の尾肉。
これは、ムッチリとした歯応えがあり、きめ細やかで繊細な味が好まれている。
私は、【地竜】より【湖竜】が好きかもしれない。
【湖竜】は、肉肉しい味だ。
きっと、どちらが上という訳ではなく、好みの問題なのだと思う。
でも、やっぱり私は【湖竜】派かな。
私が、この場所に住み始めて、しばらくは、【湖竜】の焼肉だけを食べて生き延びた。
だから、何となく思い入れがあるのかもしれない。
フェリシアとレイニールもそうだ、と言う。
【湖竜】の焼肉は、私達3人の生命の糧だったのだ。
・・・
昼食後。
駅馬車が到着。
私は、患者さんを治療。
駅馬車は出発。
トリスタンから通話だ。
「もしもし、何?」
「グレモリー様、実は……」
トリスタンは、何やら言いにくそうにしている。
「何?」
「リーンハルト侯爵様より、新型馬車の発注がございました。11台です」
「えー、面倒臭い。あれは、全部手造りだから大変なんだよ」
「ダメですか?」
「うーん、ま、見返り次第だね」
「1台はリーンハルト侯爵家用の箱馬車で、1千金貨。10台は駅馬車と同様の仕様で1台あたり500金貨だそうです。通貨単位は【ドラゴニーア通貨】です」
日本円で6億円ね。
「金額の話じゃないんだよ。私は、お金なら捨てるほど持っている。見返りは、私やアリスや【サンタ・グレモリア】が欲しがる物を、リーンハルトがもたらしてくれるかどうか、って話」
「なるほど。それは、例えば、どのような物ならばよろしいのでしょうか?」
トリスタンの受け答えは、何だかおかしい……。
「トリスタン。そこにリーンハルトがいるの?」
「はい。実は、侯爵様の、お屋敷に招かれて、諸々の話し合いをしております。もちろん、厳然たる商談でございます。他意はありません」
「あ、そう。ま、必要な商談なら構わないけれど、リーンハルトと勝手に政治取引なんかしたら承知しないよ」
「それは、重々承知しております」
「リーンハルト、聞いている?」
「はい、聴いております」
「あんた、【サンタ・グレモリア】の為に、何が出来る?」
「そうですね。私が用意出来る物は、おそらくグレモリー様ならもっと優れた代替品を、お造りになれると思われます」
「ならさ。馬をちょうだい。軍馬50頭。それで、馬車11台の対価とする」
「軍馬50頭ですね。わかりました。選りすぐりの駿馬を準備致します。お渡しは、いつで?」
「うーんと、馬車の納品は明後日。その時に馬を持って来れる?」
「わかりました」
「馬車は、明後日の早朝始発便で、そちらに送るから、牽引する馬と人員はそっちで用意してよ」
「わかりました。あすの夜、駅馬車の最終便と一緒に、馬車の引き取り人員と荷駄馬と、それからグレモリー様に、お渡しする軍馬を向かわせます」
「よろしく」
・・・
午後、私は、フェリシアとレイニールに魔法の指導をする。
2人の成長は、順調。
もしかしたら年内には【中位魔法】が覚醒するかもしれない。
問題は、レベルが遅々として上がらない事か……。
ま、これは努力して、どうにか出来ない事だから、仕方がない。
チュートリアル。
フェリシアとレイニールにチュートリアルを受けさせたい。
ディーテが来たら、村の防衛戦力は、格段に高まるんだよね。
しばらく、ディーテに村の防衛を任せて、他の大陸に行こうかな。
それで、フェリシアとレイニールにチュートリアルを受けさせる。
どうせなら、【シエーロ】の自宅にも行きたい。
でも、私が【シエーロ】に行っている間にフェリシアとレイニールの面倒は誰が看る?
フェリシアとレイニールは、世界の遺跡を全クリアしていないから、【シエーロ】に通じる【門】を通れない。
【ドラゴニーア】のホテルに宿泊させておいても良いけれど……。
私が戻れなかったら?
私は【シエーロ】で死ぬかもしんない。
いや、ま、例えば、の話だけれどさ。
すると、誰か引率者が欲しいね。
もしもの場合は、フェリシアとレイニールを【サンタ・グレモリア】まで連れて帰れる人だ。
グレースさんで良いか。
うん、その想定でいよう。
やっぱり味方陣営に最低1人は強力な【転移能力者】が欲しいよね。
オリジナル・6さんみたいに。
・・・
夕方の駅馬車が到着。
患者さんが増えたね。
何でも、聖堂の聖職者が全員【サンタ・グレモリア】に移ってしまったので、簡単な治療さえも出来なくなって困っているらしい。
さてと、どうするかな。
聖堂の聖職者の皆は、【サンタ・グレモリア】にいたい、って言うんだよね。
孤児は、私が全員引き取っているけれど、【イースタリア】の生活困窮者は、リーンハルトが役人を聖堂に派遣して面倒を看ているらしい。
【イースタリア】の聖堂は、私が改築して色々な設備を整えてあるし、石鹸工場もあるから、捨てるには勿体ないんだよね。
ま、交代で聖堂の聖職者を出張させれば良いか。
それもこれも、マクシミリアン王との和睦が成ったら、だけれど。
・・・
夕食を食べ終え、私は【サンタ・グレモリア】神殿の建築の続きを行なった。
完成したのは、深夜。
さてと、寝よう。
お読み頂き、ありがとうございます。
ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介も、ご確認下さると幸いでございます。