第172話。グレモリー・グリモワールの日常…35…無条件降伏。
本日7話目の投稿です。
9月26日。
早朝。
フェリシアとレイニールが、私を起こしに来る。
私は、もう目が覚めていた。
何だか、気が高ぶって、寝ていられなかったんだよね。
戦争をする気だったのは、昨日の今日だ。
厳密に言えば、正式に和睦が成っていない以上、まだ継戦状態である、とも言える。
ははは……何だか、可笑しい。
身体が震える。
武者震い……いや、恐怖心かもしれない。
私は、昨日、殺し合いをしようとしていたのだ。
守りたいと思っている人達を巻き込んで……。
私に人が殺せるだろうか?
たぶん、出来る。
問題は、その後だ。
私は、他人を殺して平然としていられるだろうか?
これは、ゲームではない。
私は、人殺しとなるのだ。
良く考えてみた。
人殺し……気分が悪い……吐気がする。
「グレモリー様?」
レイニールが、様子がおかしい私を見上げて心配そうに、顔を覗き込んで来た。
「グレモリー様、汗が……」
フェリシアが言う。
ははは、冷や汗でグッショリだね。
私は、フェリシアとレイニールを待たせて、シャワーを浴びた。
気持ちを整理しよう。
深呼吸……。
精神耐性が働いたのか、頭の中のモヤモヤが消えて行った。
私は、守りたいモノを守る。
その為になら、夜叉にも修羅にも悪鬼にも羅刹にもなろう。
王様にでも、神様にでも、片っ端から喧嘩を売ってやる。
私は、超絶最高な魔法の天才。
私は、グレモリー・グリモワール。
立ち塞がるモノは何であれ真正面からぶつかって叩き潰し、あらゆる問題を力任せに解決して来た。
今まで、ずっと、そうして来たし……それしか、出来ない。
それが正しいか、なんて考えても無駄だ。
正義とか悪とか、そんな抽象的な観念は、私は信じない。
それは、相対的なモノで、立場が変われば、ひっくり返る。
ならば、何を拠り所とするべき?
困った。
政治哲学とか、苦手なんだよね。
最大多数の最大幸福。
パスだ。
私には、向かない考え方だ。
ならば、どうする?
何でも良い。
いざという時、私の脳が拒否反応で思考停止しないようにしたい。
まやかしでも良いから、正義とか、そういうふうに自分を納得させらるモノ。
世界の理。
ふと、そんなイメージが浮かんだ。
世界の理って何だっけ?
【創造主】が創りたもうた、この世界の在りようを維持して行こう、とする考え方だ。
ゲームマスターが守っている、この世界の森羅万象。
なるほど、ゲームマスターは、こんな考え方で行動している訳だね。
私は、何だか、気持ちが軽くなるような気がした。
始めに、世界の理在りき。
次に、宇宙在る也や。
最後に法を作り賜う。
これすなわち、世界の創造。
確か、ゲームのオープニングの文言だったはず。
ふむふむ、これで行こう。
私は、いざという時に自分の行動を自己肯定出来る、便利なキーワードを見つけた気がした。
世界の理を守りましょう。
自然の摂理を守りましょう。
法律を守りましょう。
……出来る範囲でね。
よし、これを私のスローガンとする。
まずは見回りだ。
私は、シャワーから出て、服を着て、【避難小屋】を出る。
今日も良い天気。
日本晴れだね〜……日本じゃないけれどさ。
細かい事は、どうでも良いんだよ。
気分の問題。
私は、お馬鹿だから、難しい事をクヨクヨ考えるのは、性に合わない。
行き当たりばったり。
なるようになるし、なるようにしかならない、のだ。
フェリシアとレイニールと連れ立って上空に舞う。
・・・
見回りを終え、フェリシアとレイニールに魔法を教え、キブリ達に餌をやった。
朝ご飯を食べて、会議。
今回の件に端を発して、【サンタ・グレモリア】に移住者が相当増えた。
臨時なのか、恒久的なのか……その処遇について決めなければならない。
ルパートとフロレンシア。
パーシヴァルさんと家族と、コンラード家の使用人と、その家族。
トリスタンの一家。
トリスタンが雇っている労働者と、その家族。
駅馬車隊と、その家族。
【イースタリア】の聖堂の聖職者。
昨日、出産した赤ちゃんの一家。
ルパートとフロレンシアは、【サンタ・グレモリア】に受け入れて、私が庇護する。
空き家になっていた元スペンサー爺さんの家に住んでもらう。
あそこは、馬の厩舎の隣。
牧童のルパートは、牛も馬も、世話をするのは大して違いはない、との事。
あ、そう。
なら、任せる。
フロレンシアは、一応、貴族のご令嬢だけれど……。
大丈夫?
貧乏子爵家の娘だから贅沢は言わない、と。
なるほど、わかった。
トリスタン一家とトリスタンの雇っている労働者と、その家族は、【イースタリア】に戻ってもらう事にした。
そうしないと、駅馬車隊が回らない。
【イースタリア】側の倉庫管理も出来ないしね。
リーンハルトは、マクシミリアン王の勅命あって、私の陣営に与した人達に危害を加えない、又、開戦前の状況に原状回復する、と約束している。
ただし、私は、それを完全に信用しきってはいない。
リーンハルトは、土壇場でも、マクシミリアン王の側に付いたのだ。
確かに、リーンハルトの必死の説得で、マクシミリアン王は、私と戦わない、という選択をし、私の要求を全て受け入れた、という側面はある。
リーンハルトは、私達に利した。
でも、それは結果論だ。
リーンハルトは、敵側の人間。
そう看做しておいて差し支えない。
トリスタン達に手を出したら……私が【イースタリア】を更地に変えてやる……とリーンハルトを脅かしておいた。
やれるもんなら、やってみろ。
私は、本気だ。
駅馬車隊は、【イースタリア】から、【サンタ・グレモリア】に本拠地を移してもらう。
今回の事で痛感した。
【サンタ・グレモリア】の現有戦力で、私とキブリ隊を除くと、頼りになった集団は、駅馬車隊だけ。
彼らが最も規律があり、秩序立っていて、統率された部隊だった。
新兵ばかりの守備隊は、スペンサー爺さんが、どんなに厳しく訓練しても、10年やそこいらは、駅馬車隊の士気と練度には及ばないだろう。
無理もない。
駅馬車隊50人は、全員、兵士や衛士出身で熟練の古参兵や、隊長のケネスさんみたいに元士官クラスだった者も多い。
実戦経験豊富な少数精鋭だ。
一方、守備隊や衛士隊の募兵に集まった500人。
彼らは、全員、ずぶの素人で烏合の衆だ。
現有最精鋭部隊の駅馬車隊を手元に置いておく。
この一択しかない。
ほとんど空っぽ状態のアリス・タワーの役所部分の1フロアを、駅馬車隊本部とする。
よし、決定。
住む場所は?
幸いにして、住宅には余裕がある。
新しく、やって来る、工場労働者と、農業区の農夫は、総勢100人。
集合住宅の空きは、500戸。
問題なく入居出来るね。
聖堂の聖職者50人と孤児院の孤児達500人。
これも、【サンタ・グレモリア】に移そう。
とりあえず、彼らも集合住宅に仮住まいしておいてもらう。
病院の隣にスペースがあるので、そこに聖堂と孤児院を建設する事とした。
聖堂の祈りの主体を私にする?
グリモワール聖堂?
ダメダメ、キチンと、世界の理、に則って、【リントヴルム】を奉りなさい。
パーシヴァルさん達の処遇だけは、問題だ。
今回の件で明確にマクシミリアン王に叛意を向け、リーンハルトから離反した訳だからね。
このまま、何もなかった事にはならないと思う。
原状回復は、あくまでも原状回復だ、とマクシミリアン王もリーンハルトも確約しているけれど……どうだろうか?
マクシミリアン王やリーンハルトがOKでも、リーンハルトの配下にいる他の貴族や官僚からしたら、パーシヴァルさん達コンラード家は裏切者だ。
きっと、リーンハルトの下に戻っても針のムシロだと思う。
よし、私が保護しよう。
私は、マクシミリアン王に連絡した。
「おはよう。グレモリー・グリモワールだけれど……」
私は、スマホをスピーカーフォンの状態にして、皆に聴こえるようにする。
「何か、あったのか?」
マクシミリアン王は、言った。
声の調子から戦々恐々とした様子が感じ取れる。
「リーンハルト侯爵家の家臣パーシヴァル・コンラード子爵について相談があるんだけれどさ」
「聞こう」
「パーシヴァルさんを私が引き取る」
「構わんが?」
「爵位を維持して欲しい」
「構わんが、どういう立場で爵位を維持するのだ?グレモリー殿の預かりとなるのなら、リーンハルト侯爵家からは、出奔させるつもりなのだろう?」
「独立自治領【サンタ・グレモリア】領主として、新たにアリスを陞爵して欲しい。パーシヴァルさんは、アリスの家臣とする」
アリスは、えっ、という顔をするけれど、無礼なので、私と王との会話に割り込んだりはしない。
「なるほど。子爵家を維持となると、アリスは、より上位爵としなければな……。では、アリス・イースタリア……いや、【イースタリア】から独立させるなら……アリス・アップルツリー【サンタ・グレモリア】辺境伯ではどうか?」
いきなり、伯爵位か……。
まあ、仕方ないね。
超法規的措置という事だろう。
「アリス直臣のグレースさんとスペンサー爺さんにも子爵位をちょうだい。2人の方が古参の重臣だから、バランスが取れない」
グレースさんとスペンサー爺さんも、えっ、という表情をしてみせた。
でも、やはり無礼なので、私と王との会話に割り込んだりはしない。
「良かろう。家名は何だ?」
「ないよ」
「うーむ、では、グレース・シダーウッド子爵と、スペンサー・サイプレス子爵……では、どうだ?」
シダーウッドとサイプレス?
杉とヒノキ……。
何だか花粉症になりそうな名前だね。
「それ、もしかして、アリスの先祖の家名アップルツリーから、文字ったの?」
「そうだが、ダメか?」
適当だね〜。
安直極まりない。
「まー、良いよ。それは、1代限りの爵位?」
「そうなるな」
「わかった。シダーウッド子爵とサイプレス子爵だね?」
「そうだ」
「了解。じゃあね……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。こちらからも、3つほど頼みがある」
頼み?
何だか、焦っているような声を出しちゃって。
何かな?
「言うだけ言ってみな。聞ける範囲の頼みなら聞いてあげるよ」
「実は、北の超大国【ユグドラシル連邦】から、グレモリー・グリモワールへの援軍として、【魔導師特殊部隊】なる精鋭を派兵する、との通告が来ているのだ。既に停戦の合意は成った、と返答したが、全く聞く耳を持ってくれないのだ。どうか、穏便に、お引き取り願えないだろうか。」
へ?
【魔導師特殊部隊】?
何じゃそりゃ?
「そんな話は聞いてないよ。【ユグドラシル連邦】にも、どこにも援軍の要請なんかしていない。私1人でも、【ブリリア王国】ごときを牛耳るのなんか簡単だからね」
「ははは、言ってくれるな」
「強がりじゃないよ。あんたの軍に【ベヒモス】が殺せる訳?」
「いや、すまんな。冒険者ギルドの記録を精査し、リーンハルトからの報告を聞いて、グレモリー殿の武力には疑いを持ってはおらん。ただ、斯くも我が軍は弱兵なのか、と打ち拉がれておるのだ。それよりも、【魔導師特殊部隊】の事、くれぐれも穏便に頼む。数日中には、そちらに着くはずだ」
ふと、気がつくと、ピオさんが私に目配せしている。
なるほど、これはピオさん案件か。
事情は、良く飲み込めないけれど、とにかく【魔導師特殊部隊】なる人達が【サンタ・グレモリア】に向かっているらしい。
どうやら、この【ユグドラシル連邦】の【魔導師特殊部隊】の存在も、マクシミリアン王と【ブリリア王国】への強烈な圧力として作用し、マクシミリアン王にとっては無条件降伏ともいえる、今回の和睦申し入れに繋がっているらしい。
【ユグドラシル連邦】の【魔導師特殊部隊】は、【ドラゴニーア】の神竜神殿近衛竜騎士団と並んで、この世界では最強の軍団と見做されているのだ、とか。
「何だかわからないけれど、戦争は回避される見込みだ、って、伝えて【ユグドラシル連邦】に帰ってもらえばよいんだね?」
「そうだ。まったく、【エルフ】族は、喧嘩っ早くてかなわん……」
「あと2つの頼みって何?」
「実は、リーンハルトの事だ。どうか、和解して欲しい。あいつは、娘を溺愛している。3人の兄達の事は知っているな?」
「【湖竜】から、【イースタリア】を守る為に、食べられちゃったんでしょう?」
「そうだ。そういった経緯もあり、リーンハルトは、遺された一人娘のアリスを気にかけている。リーンハルトは、共に戦場で血を流した友で、私が最も信頼を寄せる股肱の臣なのだ。リーンハルトの忠義に報いてやりたい。どうか、リーンハルトとアリスの親娘を断絶させないでやってくれ」
見ると、アリスは、神妙な顔をしている。
「リーンハルトの出方次第だね。リーンハルトと【イースタリア】、それから、マクシミリアン王と【ブリリア王国】が未来永劫、【サンタ・グレモリア】に害意を向けないと、約束するならば、自ずから親娘の和解はなる、と思うね」
「それを約すれば、【サンタ・グレモリア】も【ブリリア王国】に害意を向けない、と考えて良いのか?」
「それとこれとは、話が別。ま、安全保障協定なら、結んでも良いよ。名分は、相互不可侵」
「それは、願ってもない事だ。喜んで約そう。それも、代理人殿の前で【契約】すれば良いのだな?」
「うん。全てが滞りなく済んだら、私から、アリスとリーンハルトの和解を促すよ」
「確認だが、【サンタ・グレモリア】は、【ブリリア王国】の国土だが、同時に独立自治領と認め。【ブリリア王国】と【サンタ・グレモリア】は、安全保障協定を結ぶ。即ち、同盟関係という事で良いのだな?」
「うん。対等の同盟だよ」
「承知した」
「最後の頼みは?」
「うむ、2つ目の頼みとも関係するのだが、私の息子にアリスを娶らせたい」
アリスは、えっ、という顔をしてみせた。
さっきより衝撃が大きい様子だね。
「なにぃ!あんた、政略結婚絡みで戦争になりかけたのに、まだ懲りていないのか?」
私は、ブチ切れた。
戦争を仕掛けたのは、私だけれどね。
逆ギレ?
そうですけれど、何か?
「ち、違う。勘違いするな。これは、いわば……私からの人質だ。アリスに我が息子を人質に差し出す、という事だ。考えてみてくれ。リーンハルトの一人娘のアリスは、アップルツリー辺境伯となって、リーンハルトの後継ではなくなってしまったではないか?【イースタリア】を継ぐ者が誰もいなくなり、リーンハルト侯爵家は、絶えてしまう。だから、アリスに我が息子を婿入りさせ、やがて子供が生まれたら、その子らで、【イースタリア】と【サンタ・グレモリア】を継ぎ、双方の領主とする。これは、妥当な判断……いや、【ブリリア王国】としては、全面降伏に等しい決断なのだぞ」
マクシミリアン王は、シドロモドロになりながら、取り繕う。
私は、アリスを見た。
アリスは、下を向いていたけれど、やがて顔を上げて、頷いてみせる。
「アリス、嫌だったら断れるんだよ」
「お受けいたします。【サンタ・グレモリア】の安寧の為に、これ以上の上策はございません」
「アリスが犠牲になる必要なんかない。何なら、【ブリリア王国】なんか滅ぼしたって構わないんだから」
「いいえ。犠牲ではありません。気高い使命と考えます」
アリスは決然として言った。
「わかったよ」
「おい、何か、物騒な言葉が聴こえたぞ」
「あー、こっちの話だよ。アリスは、受ける、ってさ。で、あんたの息子って事は、王子なんでしょう?どんな奴なのさ?ブクブクに太ったキモいとっちゃん坊やだったりしたら、アリスが可哀想だからね」
「婿に、と考えているのは、第3王子だ。歳は17歳。年齢的にもアリスと吊り合いがとれている。一応、人格、見識、容貌、共に優れている、との評判だ。親の贔屓目を差し引いても悪くない縁談だと思うが」
「どういう立場で婿入りするの?アリスの配偶者として、影響力を行使して、アリスを傀儡にしようとしているんじゃないの?」
「臣籍降下させる。その上で、アリスに絶対服従を【契約】させる。人質として扱ってくれて構わん。気に入らなければ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
私は、アリスを見る。
アリスは、頷いた。
「わかったよ。受け入れる」
「そうか。礼を言う。そちらの代理人殿を迎えに行く高速飛空舟に息子を乗せて向かわせる。明日の朝には着く予定だ」
気が早いね。
ま、良いけれども。
「わかった」
「グレモリー殿、くれぐれも、【ユグドラシル連邦】の【魔導師特殊部隊】の件だけは、よろしく頼む」
「わかったよ」
「くれぐれもだぞ……」
「はいはい」
私は、通話を終えた。
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