第168話。グレモリー・グリモワールの日常…31…逆ハリネズミ。
本日3話目の投稿です。
9月25日。
早朝。
私は、強い魔力反応を察知して目が覚めた。
スクランブル発進。
ほどなくして、警報音が村に鳴り響く。
【地竜】トラップに獲物がかかったのだ。
獲物は、【地竜】。
私は、サクサクと【地竜】を仕留めて、村に戻った。
・・・
【地竜】からコアだけ抜いて、後は駅馬車ターミナルの冷凍冷蔵倉庫に放り込んでおく。
集落の方に戻ると、スペンサー爺さんやナイジェル爺さんが若者達を率いて村内を見回っていた。
避難誘導を終え、火元の確認などをして回っている最中らしい。
「おはよう。【地竜】1頭仕留めて来た。もう大丈夫だよ」
私は、スペンサー爺さんとナイジェル爺さんに声をかける。
「おはようございます、グレモリー様。では、避難体制を解除します」
スペンサー爺さんが言った。
「うん。よろしく」
「【地竜】だって?」
「【地竜】なんかを倒せるはずないだろ……」
スペンサー爺さんが率いていた兵士達がヒソヒソと話している。
「お前らは、グレモリー様の大魔法を見ていないんだったな。グレモリー様は、【大魔導師】だ。疑うなら、後で、駅馬車ターミナルの大型倉庫を覗いてみろよ。【地竜】やら【コカトリス】やら【翼竜】やらがゴロゴロ転がってるから。それに、グレモリー様は、あの【湖竜】を討伐せしめたんだぜ……」
別の兵士が言った。
「えっ!」
「本当か?」
「おい、緊張を緩めるな。避難体制解除だ。村人達を誘導する。付いて来い」
スペンサー爺さんが檄を飛ばす。
「「「「「はっ!」」」」」
私は、後の事をスペンサー爺さん達に任せて、【避難小屋】に向かった。
・・・
【避難小屋】では、フェリシアとレイニールが待っている。
「見回りに行くよ」
「はい」
「はーい」
私達は、飛び上がった。
村を一回り。
今日も異常なしだね。
キブリと上空でランデブーする。
キブリが……湖も周辺も異常なしでさぁ……と報告して来た。
よし、見回り終了。
・・・
フェリシアとレイニールの魔法の訓練。
私は、【地竜】トラップから、1頭の【パイア】を解き放った。
今日は、1人で【パイア】を仕留めてもらう。
まずは、フェリシア。
フェリシアが、【魔法のホウキ・レプリカ】で、追撃。
フェリシアは、【気象魔法】を操って【パイア】に雷を落とす。
凄っ!
雷雲からの雷撃誘導は、本来なら【超位雷魔法】の【霹靂】の領域だ。
超難易度なのにフェリシアは、軽々とやっている。
威力では【霹靂】には、及ばないけれど、それでも雷だ。
強力な電流と電圧は、当然、魔物を致命に至らしめる威力がある。
現在、【低位魔法】までしか使えないフェリシアは、もちろん【超位魔法】なんか使えない。
これは、【気象魔法】ならではの気象操作。
気象を操り自然現象で、【超位雷魔法】と同じ効果を発揮させているのだ。
【気象魔法】……チートだね。
フェリシアは、雷雲から雷を落として、【パイア】に直撃させて【パイア】の【防御】を剥ぎ取り、続けざまに落雷を浴びせている。
もう、【パイア】は瀕死。
……が、フェリシアは、魔力を使い果たしてしまった。
瞬間、低空に垂れ込めていた真っ黒な雷雲は霧散消滅してしまう。
フェリシアもレイニールも、保有魔力は相当に多い。
凄まじい潜在能力があった。
とはいえ、2人は、まだ【低位魔法】の覚醒をしたばかりで、レベルも熟練値も低い。
幾ら何でも、【低位魔法】詠唱者が、魔力をバカ喰いする【気象魔法】をガンガン使える訳はないのだ。
魔力管理は【魔法使い】にとっては、命綱。
これは、失敗例だね。
そもそも、【パイア】ごときに、魔力消費が激しい【気象魔法】を使うのが間違いなのだ。
何事も経験。
こういう事もある。
私は、フェリシアに【回復】をかけてあげた。
フェリシアは、地面から土の杭を突き上げて、【パイア】を串刺しにする。
これは、【地槍】。
本来なら、【中位魔法】なので、【低位魔法】までしか覚醒していないフェリシアには使えない。
でも、この辺りの土壌は魔力親和性の高い【魔法粘土】。
なので、【中位】に相当する魔法を【低位】の魔力制御で行使出来る。
【パイア】は絶命した。
・・・
次は、レイニールの番。
私は、再び【地竜】トラップから、1頭の【パイア】を解き放った。
レイニールは、おかしな事をやり始める。
地面から【魔法粘土】を掘って、それを山盛り抱えて【パイア】を追いかけ始めたのだ。
レイニールの【魔法のホウキ・レプリカ】は、大量の【魔法粘土】を持った為に、重くて速度が出ない。
それでもレイニールは、【パイア】の進路を上手く読んで追い付き、魔法を当てる。
でも、【パイア】は硬くて効いていない。
レイニールは、【魔法粘土】を丸めて【水】を使ってドロドロにして投げ始めた。
魔力の節約?
いや、全く【パイア】にダメージが入っていないんだけれど?
上空から【パイア】の背中にベチャッ、ベチャッと【魔法粘土】が当たってはいるけれど、【パイア】はまるで意に介さない。
【パイア】は、レイニールが投げる【魔法粘土】の泥を【防御】すらしなくなった。
脅威とは認識していないのだろう。
そうこうする内、レイニールは、抱えていた【魔法粘土】を全部投げ終えてしまった。
で?
レイニールは、魔法を詠唱した。
「プギィーーッ!」
【パイア】は、悲痛な叫びをあげて、ドウッ、と倒れて息絶えてしまう。
ほおー、やるね。
レイニールは、あらかじめ【魔法粘土】の泥に魔力を込めていた。
そして姉のフェリシアが【パイア】にトドメを刺したのと同じように【土魔法】で、【魔法粘土】を形状変化させた、という訳。
【パイア】の背中に張り付いた【魔法粘土】が【パイア】の身体へ杭状に突き刺さったのだ。
「【水】、【加温】」
私は泥だらけのレイニールと【パイア】の死体、両方に魔法で出したお湯をかけて、泥を洗い流してあげる。
「グレモリー様、僕の、逆ハリネズミ、どうだった?」
レイニールが訊ねた。
逆ハリネズミ?
どうやら、さっきの技の名前という事らしい。
なるほど、外側に向かって無数の針を突き立てるのがハリネズミなら、身体の内側に無数の針を突き立てるから逆ハリネズミなんだね。
なかなかエグい攻撃で、私好みだ。
「フェリシアもレイニールも概ね良いけれど……フェリシアは、魔力管理を失敗してしまったね。どんな強力な魔法も目的を達成しなければ意味はないんだよ。魔力を枯渇させずに勝つ。その為には、自分の現在の魔力限界を把握していなければダメ。レイニールの技も発想は面白いけれど、【パイア】が、レイニールの投げた泥を【防御】しなかったのは、偶然の産物。結果オーライでしかないよ。2人とも、もう少し工夫が必要かな。でも、手持ちの最高の魔法を試してみたくなるのは【魔法使い】の性質だし、発想力は【魔法使い】の生命線だからね。2人とも、実に【魔法使い】らしいと思う。改良点と差し引きして、評価は概ね良い」
「はい」
「はーい」
私は、仕留めた【パイア】を【宝物庫】に回収して、村に戻った。
・・・
キブリ警備隊への餌やり。
キブリは、餌やりの時は、ちゃっかり堀で泳いでいる。
そんなコソコソしなくても、キブリにも、ちゃんと餌をあげるよ。
私達は、朝食を食べにアリス・タワーに向かった。
アリス・タワーの入口には、衛士が歩哨として立ち、私達に敬礼する。
鎧はないし、手に持つ槍は、急場凌ぎに鍛冶屋さんが鍛えた物だ。
鍛冶屋さんには悪いけれど、みすぼらしい。
すぐにピッカピカの装備を作ってあげなくちゃね。
・・・
朝ご飯会議。
「グレモリー様、フロレンシアの件で、ご相談がございます。この後、お時間を頂戴出来ませんでしょうか?」
アリスが言った。
フロレンシアが、許婚以外の男性の子供を身籠っている事は、【サンタ・グレモリア】では、私とアリスしか知らない。
アリスは間接的に身内の恥となる事なので、話さないだろうし、私は興味がない。
でも、地獄耳のピオさんには、たぶんバレているだろうし、他の人にも、何か面倒な事が起きているのは空気でわかっているだろう。
「構わないよ」
ま、あれだけの問題だ。
それなりに申し合わせも必要だろうからね。
当事者のフロレンシアは、もちろん、父親のコンラード子爵、それから主家であるリーンハルトにとっても大醜聞。
彼らにとっては、今でも十分に不味い状況だけれど、対応を誤れば取り返しのつかない政治的痛手を負うかもしれない。
クァエストル伯爵から恨まれるだろうし、最悪の場合は、コンラード家とリーンハルトのイースタリア家が取り潰しとかね。
因みに、異世界的には、爵位呼称は、1代限りの爵位は家名に付けて呼び、世襲爵位は個人名に付けて呼ぶのがルールらしい。
世襲の家名と爵位とで呼ぶと、先祖代々、同じ呼称になってしまうから、という事みたいだね。
つまり、リーンハルトは、リーンハルト侯爵であり、イースタリア侯爵ではない、という事。
それから、リーンハルトのイースタリアという家名は、【イースタリア】を統治する者として、王から与えられた家名で、元々の先祖の家名はアップルツリーというらしい。
直訳すると、リンゴの木だ。
同様のルールで、マクシミリアン・ブリリア王の、元々の先祖の家名はキャメロット。
リーンハルトもマクシミリアン王も、領地を失えば、イースタリアやブリリアという家名を名乗れなくなる。
このルールで言えば、コンラード子爵は、1代限りの爵位。
この爵位は、マクシミリアン王から、リーンハルトに預けられた爵位で、子爵何人、男爵何人、騎士爵何人、というように、リーンハルトの裁量で家臣を陞爵する事が出来るのだ、とか。
つまり、原則として、王の直臣ではない、リーンハルトの家臣は、王から見れば陪臣であり、爵位世襲は認めらない。
世襲させたければ、リーンハルトがコンラード子爵の子供を改めて子爵に推挙し、マクシミリアン王の裁可を受ける必要がある。
ふーん、色々と面倒臭いんだね。
「グレモリー様、昨日到着した職員達を紹介したいのですが、役所に連れて参ればよろしいでしょうか?」
冒険者ギルド出張所の所長ヘザーさんが言った。
「後で、出張所の方に挨拶に行くよ」
「畏まりました。お待ちしております」
冒険者ギルドの職員さん達は、昨日、紹介してもらう予定だったけれど、フロレンシアの一件があってバタバタしたせいで、流れてしまった。
冒険者ギルドの職員さん達には、これから、お世話になるから、挨拶はしておかなくちゃならない。
「グレモリー様。兵士達の訓練場の件なのですが」
スペンサー爺さんが言った。
「あー、どうしようか?」
「可能ならば、広いスペースがあれば、と」
「とりあえず、商業区の隣の壁で囲んである空き地で良い?」
「はい」
「兵舎とか、倉庫とかも必要かな?」
「はい」
「他は何かいる?」
「十分でございます」
「わかった。今晩、城壁の中に造っておくよ」
「ありがとうございます」
・・・
朝食後。
アリスの執務室で、会議。
グレースさんとスペンサー爺さんが同席した。
アリスは、2人には事情を話したらしい。
「この後、朝便の駅馬車の時間に、父とコンラード子爵が、こちらに参ります。善後策を話し合う為です」
あ、そう。
ま、私が、フロレンシアの強制入院を決めて、帰さなかったからだね。
当事者から聴取をしなければ、話が進まない。
「で、私は何をすれば良い?」
「同席していて下されば、と」
「あ、そう。わかった」
・・・
駅馬車隊が到着。
私は、患者さんの治療。
と、駅馬車隊の後方から、車列を追い抜かして、馬車がやって来た。
リーンハルトの馬車と、コンラード子爵家の馬車。
おいでなすったね。
侯爵家の馬車から、リーンハルトと、お付きが2人降りて来た。
コンラード子爵家の馬車から、知らない男性と、コンラード子爵家の執事のオスカーさんが降りて来る。
つまり、この知らない男性が子爵だね。
私は、患者さんの治療を済ませて、リーンハルト達の元に向かった。
「リーンハルト・イースタリア侯爵家直臣コンラード子爵家当主パーシヴァルでございます。以後、お見知り置きを」
パーシヴァルさんは、丁寧に礼を執る。
「【大魔導師】のグレモリー・グリモワール。よろしく」
早速、フロレンシアがいる病室に向かった。
・・・
パシーンッ!
パーシヴァルさんは、フロレンシアに会うなり、平手打ちをお見舞いした。
私は、病院スタッフに人払いをさせ、病室を【防音】する。
「とりあえず、これで、お前の不始末は水に流そう。後は悪いようにしないから、正直に話しなさい」
パーシヴァルさんは、フロレンシアに言った。
「ご迷惑をおかけした事は申し訳ありません」
フロレンシアは言う。
「もはや、致し方あるまい。で、相手は誰だ」
「ルパートです」
「どこかで聞いた事があるような……」
「ルパートは、【イースタリア】近郊で牛を飼う牧童です。牛乳を届けに毎朝、我が家に出入りしています」
「そうか……」
パーシヴァルさんは、頭を抱えた。
フロレンシアとルパートは、幼い頃から面識があり、成長して、やがて恋に落ちた、と。
【ブリリア王国】では、宗教上の理由で人工妊娠中絶は認められていない。
フロレンシアは、望まない許婚との婚姻を破談にする為、恋仲の牧童ルパートと子供を作ったのだそうだ。
確信犯という訳だね。
「で、リーンハルト、今後の展開は、どうなるの?」
「まず、クァエストル伯爵は名誉を汚されたとして抗議するでしょうね。コンラード家は断絶。私は、クァエストル伯爵の名誉を回復しなければなりません」
「どうやって?」
「格式の低い子爵家の令嬢から婚約を破棄されるなどという事は恥辱と考えるでしょうから、この場合、より高位の家から妻を娶らせる事になるでしょうか?」
「つまり?」
「アリスをクァエストル伯爵家に嫁がせます」
「はい、却下。それは拒否します」
「しかし……」
「ダメダメ。アリスを盗られるくらいなら、私は、マクシミリアン王に宣戦布告するよ」
「グレモリー様……」
アリスが嬉しそうに言う。
「私の個人情報へのアクセス権限をマクシミリアン王に限り許可する。900年前の私の記録を調べさせれば良い。冒険者ギルドには、記録が残っているんだから。私は、【神格】の守護獣【ベヒモス】を殺した。私が、滅ぼそうと思えば、【ブリリア王国】くらい滅ぼせるよ」
「まさか。いかにグレモリー様が英雄とはいえ、【神格】の守護獣を人種に殺せる訳がありません」
リーンハルトが言った。
「もしもし、ピオさん。ヘザーさんと一緒に病院に来て。うん、大至急。で、ヘザーさんには、私の過去の魔物の討伐実績を持って来て欲しいんだけれど、出来る?うん、よろしく」
私は、スマホでピオさんに連絡した。
「部外者を、お呼びになるのですか?」
リーンハルトがピオさんとヘザーさんを呼んだ事に難色を示す。
「必要だから呼んだ。特に、この手の面倒事を解決するには、ピオさんの知恵が必要だからね。2人には、この場で聴いた話は守秘する事を【契約】させれば良いでしょう?それに、部外者というなら、私も部外者だよ。リーンハルト、もう腹を括りな。この問題は、私とピオさんがいなければ解決出来ないよ」
「わかりました」
リーンハルトは、承諾した。
私が閃いたアイデアなら、案外、何とかなるような気がするんだよね。
で、そのアイデアが実効性があるのか、腹黒ピオさんに確認してもらう。
ピオさんが、イケる、と言えば、そのアイデアは、成功したようなモノだし、不備があればピオさんに修正してもらえば良い。
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