第166話。グレモリー・グリモワールの日常…29…エボルヴ(進化)。
名前…ナイジェル
種族…【人】
性別…男性
年齢…65
職種…【戦士】
魔法…なし
特性…なし
レベル…32
【サンタ・グレモリア】衛士長。
9月24日。
早朝。
フェリシアとレイニールが、私を起こしに来た。
朝の見回り、兼、訓練に出かける。
「あれ何?」
レイニールが住宅地に整然と並んだ集合住宅を指差した。
「団地だよ」
「だんち?」
「5階建の長屋だね。あれ1つに、50人が住める。10棟あるから、500人分だよ。工場の従業員も移住して来るから、あれを、もう10棟建てる予定なんだ。大変なんだよ」
今、出来ている10棟の団地は、募兵に集まった若者達用。
新しく造る10棟は、工場従業員と新しい農地の管理者用とする。
まだ、工場も、新しい農地も出来ていないけれどね。
「屋根が平らです」
フェリシアが言う。
「うん。あの屋上部分には、木を植えて、お庭にするんだ」
「へえ〜、凄い」
「緑の憩いは心を和ませるからね〜」
この屋上庭園は、私の自信作だ。
普通、屋根には各戸の厨房から出る排煙を逃す煙突を造る物なんだけれど、各戸から、ダクトを通じて集煙した排気を浄化する【魔法装置】を作って、排気を綺麗な空気にする事で煙突ではなく、浄化された空気を出す排気口を付けただけで済む。
おかげで、屋上は、スッキリだ。
これは、主要都市の排煙機構のオブジェクトをパクってある。
向こうは、不壊・不滅の超高性能で、工場排気も綺麗にするオブジェクトだけれど、家庭用の規模なら私にも造れるからね。
建築設計は、ナイアーラトテップさんに仕込まれたのだ。
現代地球みたいに換気扇だけでOKなら、もっと楽だったんだけれどね。
こちらのキッチンは、薪式。
煙モクモクの一酸化炭素がいっぱいだからね。
排煙は毒だ。
でも、新しく造る方の団地では、薪窯ではなく、【魔法装置】式のコンロにした。
現代地球でいう、誘導加熱方式のコンロみたいな物だ。
魔力を鍋やフライパンなどの金属に作用させて、熱を出す。
とりあえず魔法IHコンロ……とでも呼ぼうかな。
これは、排煙が出ない。
一応、集煙空気浄化ダクトは取り付けるつもりだけれどね。
お料理を焦がしたりすれば、煙は出るだろうし、空気浄化ダクトは部屋の換気にも使える。
空気浄化ダクトは、各建物の標準設備。
なので、【サンタ・グレモリア】は、大気汚染とは無縁だ。
空気が美味しい。
誘導加熱方式のコンロの【魔法公式】は、私のオリジナルだ。
えっへん。
異世界には、【魔法装置】の調理加熱機器が既にあるし、先進国では普及している。
でも、誘導加熱方式は、あまり見ない。
魔法で火を出したり、マイクロ波で加熱したり、高温の空気や蒸気を出したり、気圧を操作したり……と、色々な厨房機器があるけれど、何故か誘導加熱方式はなかった。
ピオさんに頼んで、特許を出願しようと思ったら、もう、似たような機構の【魔法装置】が、900年前に出願されて、とっくに特許切れ技術になっていたよ。
特許料で不労所得……ウハウハと思ったのだけれど、残念。
ま、既に私は巨万の富を持つ大富豪だけれどね。
たぶん、誘導加熱方式が、あまり実用されなかったのは、火力が弱くて、また、魔力効率が悪い事が嫌われたんだと思う。
でも、利点は明白。
コンロの面を平らに出来て、掃除が楽。
そして、加熱接触面に触っても熱くない。
これは、それなりには売れると思う。
特に、【ブリリア王国】の文明は衰退しているからね。
【イースタリア】の厨房機器といえば、薪とカマドが一般的。
商機はあるんじゃないかな?
ピオさんから……売るなら低価格で短期間に利益を出すようなビジネスモデルで……とアドバイスされた。
物珍しさから初めは売れても既存技術で他の企業にも簡単に真似出来る場合、売れる商品は大資本で大量生産されたら太刀打ち出来ないから、と。
確かに……。
ま、村用に私が少量を造る分には、材料は、キブリ警備隊が狩ってくれる【中位】の魔物のコアと【魔法粘土】だけで、コストは私の労力だけだから、お手軽だけれどね。
因みに、初めから全部を誘導加熱方式にしなかったのは、こちらの住人が薪の調理に慣れていた事もあるけれど、私が、それに思い至らなかった事が大きい。
迂闊だった。
薪で火を起こすのは時間もかかるし、薪を採るにも労力がかかる。
薪燃料では、やはり何かと非効率で不経済なのだ。
誘導加熱方式は、今、ジェレマイアさんに、使用してもらって、新しく入居する住人にはジェレマイアさんから使用法を指導してもらうつもり。
評判が良ければ、既存の住宅でも順次導入する。
設置は簡単だからね。
・・・
見回りが終わり、フェリシアとレイニールの訓練。
今日も、【地竜】トラップから一頭の【パイア】を逃して、追撃させる。
うん、フェリシアとレイニールは、足を狙って【パイア】の動きを制限し、急所に魔法を撃ち込んでいる。
よしよし。
倒しきるには、まだ全然火力が足りないけれど……。
フェリシアが工夫をし始めた。
【水】を【パイア】の気管に撃ち込み、溺れさせる。
おっ!
教えてもいないのに、そんな高度な魔法の運用をするとは?
フェリシアは、レイニールにも意図を伝えて、2人で【パイア】の呼吸を止めに行く。
窒息した【パイア】は、しばらく暴れていたけれど、やがて動かなくなり魔力反応が消えた。
凄い。
【中位】の魔物としては硬い部類の【パイア】を【低位魔法】だけで倒しちゃったよ。
経験値を相当稼げたね。
でも、NPCだから、ユーザーみたいに簡単にレベルは上がらないけれど……。
「フェリシア、レイニール、良くやったよ。今のように、呼吸を止めに行くのは正しい。【水】で窒息させる以外にも、【火】で気管や肺を焼く方法もある。生物は呼吸が弱点だから、そこを狙うのは合理的な判断だね。でも、魔法やブレスを使う魔物に不用意に近接してはダメだよ。今の方法は【パイア】のような遠隔攻撃手段を持たない魔物には良く効く。2人とも、とっても偉かったよ」
2人は、私から褒められて大喜びだ。
私達は、原野にいた野良【パイア】を数頭トラップの檻の中に追い込み、【地竜】トラップの獲物を補充する。
倒した【パイア】を【宝物庫】に回収して村に戻った。
・・・
キブリ警備隊への餌やり。
「あれっ?キブリの首が伸びてるよ!」
レイニールがキブリの変化に気が付いた。
おっ!
キブリが完全に【進化】したみたいだ。
首と尻尾が長くなって、ヒレが翼状になっている。
見た目は魚類というより、【ワーム】に近い。
【ワーム】には2種類いて、【サンド・ワーム】のようなミミズのバケモノみたいなタイプと、脚がない竜のようなタイプがいる。
キブリは、竜頭、蛇体、有翼……脚なし竜のタイプ。
体長は、成獣の【ワーム】より、かなり小さい。
子供サイズだ。
【鑑定】すると……。
ふぁ?
【ヴイーヴル】!
えっ!
二度見した。
間違いない。
キブリの種族は、【ヴイーヴル】と表示されている。
【ヴイーヴル】って、あの水陸両生の【超位】の魔物?
【ヴイーヴル】は、生物学的には【竜】族とは別種だけれども、脅威度判定的には【古代竜】に分類されていた。
他に、生物学的に別種だけれど【古代竜】に分類されている魔物には、【ジャバウォック】や【バジリスク】や【ヴァースキ】などがいる。
【ジャバウォック】は有翼首長竜、【バジリスク】は【地竜】の近縁種、【ヴァースキ】は【ワーム】の近縁種だ。
キブリの種族【ヴイーヴル】は【ワーム】系。
でも、私の知っている【ヴイーヴル】の成獣は、30mの巨体なんだが?
キブリは成魚だ。
なのに、キブリは、どう見ても【竜魚】を、ふた回り大きくした程度で7mほどしかない。
どゆこと?
キブリ……あんた【超位】級になったの?小さくね?
私は、パスを通じて思念を伝える。
姐さん、強さの本質は大きさではありませんぜ……おいらは、間違いなく【超位】級の名持ち……今なら、【湖竜】も屠れまさぁ。
キブリがパスを通じて答えた。
【超位】の魔物に【進化】したからか、キブリの思念が理路整然としている。
少し賢くなった?
うーむ、にしても、小さいよね。
【湖竜】を倒せる、とか豪語されても、にわかには信じられないよ。
キブリは、翼をはためかせて、空に舞い上がった。
上空を高速旋回して、湖に向かって、ブレスを吐く。
おーーっ!
すげーーっ!
間違いなく【超位】級の威力。
今のを何発か当てれば、マジで【湖竜】を殺せるよ。
レイニールは、飛行するキブリを見て大はしゃぎ。
へえ〜。
【竜魚】が【進化】すると、【ヴイーヴル】になるのか……。
初めて知ったよ。
私は、飛べるようになったキブリに、今後は村の上空や周辺も警備してもらう事を頼んだ。
キブリは旋回しながら……ガッテンでさぁ……と答える。
うん、村の防衛力が劇的に上がったね。
キブリは【超位】級の戦闘力になっている。
厳密にいえば、【超位】の魔物【ヴイーヴル】の名持ちの個体だ。
つまり、モブの【ヴイーヴル】よりも2割程度強化されている。
堀に生息する150頭以上の【竜魚】を含めれば、【湖竜】1頭なら撃退出来るね。
という事は!
私が何日か村を離れても平気かもしれない。
【アヴァロン】との定期運行飛空船が発着するようになったら、キブリに留守番をさせておけば【アヴァロン】に出掛けられるね。
そうすれば、色々な物を買いに行ける。
トリスタンに頼めば一般的な物品は買い揃えてもらえるけれど、例えばアイテムとか、【スクロール】とかは、私が自分で吟味しなければ良し悪しはトリスタンにはわからない。
うん、これは大きな事だよ。
それよりもだ。
1週間あれば、【ドラゴニーア】と往復出来るよ。
【ドラゴニーア】の竜城にある【門】を通って自宅にも帰れるじゃんか!
いや、さすがに1週間も村を離れるのは、現在はまだ危ないかな?
でも、村の防衛力を1週間籠城可能なレベルに引き上げれば、【シエーロ】にも帰れるんだね。
自宅に帰れれば、【神の遺物】のアイテム類を、こっちに持って来れる。
自宅の格納庫から、私の【飛空戦艦】か【航空母艦】を運んで来れば、【サンタ・グレモリア】の防衛は完璧だ。
国とだって戦争出来るよ。
ま、こちらから仕掛けるつもりはないけれど……。
私は、戦闘艦の乗員は、【スケルトン】達にやらせていた。
だから、【サンタ・グレモリア】の兵力として、私の戦闘艦を運用する為には、人種の乗員を育成しなければならないから時間がかかる。
でも、逆に言えば、時間さえかければ可能という事だ。
そうすれば、私は【サンタ・グレモリア】に張り付いている必要はなくなる。
フェリシアとレイニールとキブリと一緒に世界中を冒険できるね。
うん、これは大きな一歩を踏み出したと言える。
ま、【サンタ・グレモリア】の統治体制と【サンタ・グレモリア】守備隊の整備が未完成だから、まだ、しばらくは、こちらにいるけれどね。
でも、具体的に、お家に帰れる道筋が見えただけでも大進歩だ。
・・・
アリス・タワー。
空を飛ぶキブリを見て、村人さんがパニックになりかけたらしい。
確かに、【進化】したキブリは、見慣れない魔物だからね。
アリス達、村の首脳陣は、慌てて村人さんを避難誘導をしたのだとか。
それは、悪かった。
キブリの【進化】に関して情報共有しておけば良かったよ。
報連相は組織運営の基本だもんね。
「ごめんなさい。ウッカリしていたよ」
私は、素直に謝った。
私が謝ったので、村の首脳陣は、逆に恐縮してしまったみたい。
【ブリリア王国】の常識では上に立つ者は、滅多に謝ったりしないそうだ。
私は、失敗したら、すぐ謝るよ。
それで相手が調子に乗って舐めた態度を取るようなら、魔法で解決する。
私は、そういうスタイルで、やって来たのだ。
因みに、キブリ警備隊は、村の警報機には反応しないように魔力登録してある。
・・・
朝ご飯会議。
「夜中に集合住宅を10棟建てておいたよ。今、ホテルや宿屋に泊まってもらっている移住者は、今日中に引っ越してもらってね」
「わかりました」
アリスが言う。
「今日の夕方、冒険者ギルドの職員が参ります。事務方3人、解体職人5人です。解体職人は1人だけベテランを確保出来ましたが、他は新人です。ベテランの職人は、サウス大陸へ優先的に召集されてしまいまして……その点は、ご容赦下さい」
ヘザーさんが言った。
「わかった。それは仕方がないね」
サウス大陸は、今、ゲームマスターの、なかのひと、が奪還作戦を開始していて、毎日、【超位】級の魔物が数百頭単位で持ち込まれているらしい。
さすがゲームマスターだね。
【超位】の魔物を数百頭とか……デタラメにもほどがあるよ。
でも、解体職人が来てくれるのは助かるね。
冷凍冷蔵庫に、魔物が貯まる一方で、このままだと、溢れてしまうところだったから。
村人さんやジェレマイアさんが食材に使う分を、私が時々、冷凍冷蔵庫から引っ張り出して解体しているけれど、とても手が回らなかった。
「グレモリー様。兵士ですが、常備兵は、当初の予定通り、歩兵200人に後方支援50人の中隊規模と致します。衛士は50人。後の200人は、半軍半民の予備役として、訓練をしながら、平素は村の事業に従事させたいと存じますが、よろしいでしょうか?」
スペンサー爺さんが言う。
募兵に、たくさん人数が集まったから、2個中隊規模で軍を編成するのか、と思ったよ。
「構わないけれど、理由は?」
「コストがかかり過ぎます。村の非戦闘員人口は400人弱。工場労働者が今後100人ほど移住して来るとの事ですが、それでも500人弱……対して常備軍が500人では、いくらなんでも……」
なるほど。
私が出資者だから、問題なく養えるけれど、持続的に運営するなら、そういう、そろばん勘定になるよね。
一説には、非戦時の常備軍は人口の2%が適正なのだ、とか。
戦時には、8〜10%。
そう考えると、まだ兵士が多過ぎるね。
ま、ピオさん曰く、【サンタ・グレモリア】は10万都市になる計算みたいだから、移住者が増えて行けば、軍民人口比は、その内バランスが取れるでしょう。
「わかった。なら、200人は、今度新しく造る農地の世話をしてもらえば良い」
「西側に造成された新しい区画を新しい農地にするとの事でしたが、既存の畑の隣……つまり東側ではダメなのでしょうか?」
アリスが訊ねた。
確かに、その方が農地が一箇所に集約されて作業効率は良い。
でも、それは、ちと不味いんだよね。
「これ以上、街区を湖に近付けると、【湖竜】が周期スポーンした時、村が戦闘の影響を受けるからね。湖側には村を拡張しないよ」
「なるほど、わかりました」
「西側に新しい農業集落……紛らわしいね。名称は、既存の農業集落を行政区と改名しよう。それで商業集落は商業区に改名する。新しく造成する農地を、新たに農業区とする。良いね?村人さんにも周知しておいて」
「「「わかりました」」」
アリス、グレースさん、スペンサー爺さんは言う。
区画の呼称が頻繁に変わるのは紛らわしいけれど、仕方がない。
私の思い付きで無計画に村を拡張してしまって、都市計画とか、そんな高尚なモノは何もないのだから。
「で、何だっけ?あ、そうそう。予備役200人は、新しい農業区の世話をしながら、戦時には兵士として動員する」
「わかりました。そのように致します」
アリスは、頷く。
「兵の装備は、どういたしますか?」
スペンサー爺さんが訊ねた。
あー、そっか。
装備品ね。
「とりあえず、私が安物の剣と鎧と盾を造っておくよ。500セットで良い?」
「はい。それから、出来ればクロスボウを200丁ほど、お願い致します」
「クロスボウ?弓じゃなくて?」
「弓は熟練が必要です。クロスボウは育成に弓ほどの時間は要しませんので」
なるほど。
「わかった。剣と鎧と盾が500ずつ、クロスボウが200丁だね。いっぺんには無理だから、毎日少しずつ作るよ」
「ありがとうございます」
・・・
朝食後。
駅馬車が到着。
私は、患者さんを治療。
病院に入院している妊婦さんの家族がやって来た。
出産に立ち会う為だね。
今日、明日あたりが予定日。
一応、私が赤ちゃんを取り上げるつもりだ。
私がいれば、出産事故は起こらない。
うーむ、こちらも私の手が取られるね……。
これから、受け入れる妊婦さんの数が増えると想定したら、私1人では、とても、やっていられない。
やっぱり専門の【医療魔法士】を雇いたい。
私は、ゲームマスターが設立した会社が製造した、看護士型の【自動人形】を買った。
でも、アレは医療の知識と技術があるだけで、魔法による治療までは出来ない。
人材の雇用は、商業ギルド……いや、【医療魔法士】は、魔法ギルドの管轄か……。
ピオさんに頼めば、【ドラゴニーア】の一流の人材を雇えるかもね。
よし、後で頼んでみよう。
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