第164話。グレモリー・グリモワールの日常…27…メタモルフォージング(変異途上)。
名前…レイニール
種族…【エルフ】
性別…男性
年齢…10歳
職種…【魔導士】
魔法…【闘気】、【風魔法】、【防御魔法】、【回復・治癒】など。
特性…【グレモリー・グリモワールの使徒】
レベル…5
9月23日。
朝、フェリシアとレイニールが私を起こしに来た。
眠い……。
さすがに、連日の夜間作業で睡眠不足だ。
今日は、午前中、寝ていよう。
見回りに出発。
「あれ何?」
レイニールが指を指して訊ねた。
「港だよ」
まだ、内装は未完成だけれどね。
「お船がないよ」
「これからだね。レイニールは、船が好き?」
「うん、大きな、お船に乗ってみたい」
「なら、今度、船を造ってあげるね」
「わーい」
「壁が拡張してあります」
フェリシアが港以外の変化に気がつく。
「うん、あそこの空き地に家をたくさん建てるんだよ」
「人が増えるんですね?」
「うん」
見回りのついでに、朝の魔法訓練。
今日は、急降下爆撃を教える。
敵の死角から奇襲して一撃を加え、速度を利して離脱する急降下爆撃は、飛行可能な兵科や魔法職にとっては、強力な攻撃手段となるからね。
私は、低空に待ち構えて、フェリシアとレイニールが地面に激突しないように見守る。
2人は、代わる代わる、急降下して魔法を撃ち込み、機首を引き上げ離脱。
まずは、生身の【飛行】の魔法で行い、次に【魔法のホウキ・レプリカ】に跨って行う。
何度か、私が助けなければ墜落という、ケースもあったけれど、だんだん慣れて、1時間の訓練の最後には、完璧にタイミングを覚えた。
さすが、2人は【エルフ】。
高度や速度に対する適応力は、【人】より高い。
動体視力や、情報処理能力が優れているのだ。
因みに、翼を持つ【ドラゴニュート】や【ハーピー】にも同様の資質を持つ者がいて、彼らは【エルフ】以上に高度や速度に適応している。
フェリシアとレイニールは、飛んでいる時に【風魔法】を使っている。
進行方向の空気を割り空気抵抗を低減する事は、多少頭が働く者なら誰でもやるけれど、後方に発生する乱気流を整える事に気が付くとか……。
これ、私は教えていない。
私がやっている魔力制御なら、彼らは、そっくり真似をする。
でも、私の【魔法のホウキ】は、高性能だから、流体力学的な飛行補助を【魔法のホウキ】が勝手にやってくれているのだ。
つまり、私は魔力制御で、空気抵抗を低減する事はしていない。
2人に訊ねると。
「グレモリー様が飛ぶ時、風の流れがスムーズだと思いましたので、真似をしました」
フェリシアは言う。
「グレモリー様みたいに速く飛びたくて、一生懸命に観察したんだ」
レイニールが言った。
【エルフ】は、生まれつき風の流れが目に見えるらしい。
だから、【エルフ】には【風魔法】が得意な者が多いのだ。
「フェリシア、レイニール。急降下爆撃の実践をしてみよう」
「「はい」」
・・・
私達は、【地竜】トラップに、やって来た。
私は、檻から、1頭の【パイア】を逃す。
【パイア】は、一瞬、私にヘイトを向けたが、私が、【轟雷】を【パイア】の足元に撃ち込むと、一目散に走って逃げ出した。
私は、【魔法のホウキ】で、【パイア】を追う。
すると、上空から、フェリシアとレイニールが急降下して来て、疾走する【パイア】に魔法を撃ち込み、離脱して行く。
初めは、避けられていたけれど、だんだん、命中させるようになる。
やがて、ダメージを与えるようになった。
今のフェリシアとレイニールでは、【パイア】を倒しきる事は困難。
これは、動く的に急降下爆撃によって、魔法を当てる訓練なのだ。
的にされる【パイア】には、可哀想だけれど、この世界は弱肉強食の過酷な場所。
フェリシアとレイニールの訓練は、生きる為に必要な事だ。
それに、動物愛護団体もいないしね。
今日の訓練はおしまい。
訓練の的になった【パイア】は、シメて、村に持って帰る。
感謝して食べるから、成仏しておくれよ。
・・・
キブリ警備隊への餌やり。
レイニールは、【竜魚】に、魔法の訓練の様子を話して聞かせている。
うん、微笑ましい。
キブリは、私の予測した通りの変化が起きていた。
【進化】し始めている。
外見上の変化はない。
でも、体内に、肺が形成され始めていた。
つまり、水陸両生の生き物に体が変わりつつあるのだろう。
【鑑定】すると、【竜魚(変異途上)】と表示されていた。
どんなふうに変わるのか、楽しみだね。
私達は、朝食を食べにアリス・タワーに向かった。
・・・
朝食。
メニューは、白パンに炒めた野菜と【パイア】のベーコンが挟まったサンドイッチと、具沢山のミネストローネ。
分厚く切ったベーコンが絶品。
昨日の内にジェレマイアさんがスモークしておいたのだという。
美味しい。
朝ご飯会議で諸々の懸案事項を共有。
「航路ギルドが保有する操縦型の商船が、来月1日から定期運行してくれるそうです。概ね、毎日1便が【アヴァロン】と【イースタリア】と【サンタ・グレモリア】を巡回してくれます」
アリスが言う。
費用は、【サンタ・グレモリア】と【イースタリア】が負担し、飛空船と乗員は航路ギルドが出す。
ま、主要都市間航路以外に定期運行をしてもらう為には、依頼者が費用を負担するのは当然の事。
でも、納得行かない事がある。
【アヴァロン】が費用を負担しない。
【アヴァロン】側の言い分は、こうだ。
【イースタリア】は【アヴァロン】との商船が増便され、【サンタ・グレモリア】は【アヴァロン】と定期運行便が開設される事で利益が見込める。
しかし、【アヴァロン】にとっては、【イースタリア】や【サンタ・グレモリア】と商船の定期運行がなくても、他の都市との交易路があるから困らないのだ、と。
ムカつく。
足元を見て来やがって。
私は……なら、【アヴァロン】とは交易なんかしなくても良い……と言ったんだけれど、【イースタリア】のリーンハルトから泣き付かれた。
利益があるのは事実だし、【アヴァロン】と敵対する訳には行かない、と。
この頭に来る対応に、【ブリリア王国】のマクシミリアン王は、関係ないらしい。
悪いのは、商務大臣。
こいつが、私に喧嘩を売って来た。
いつか、ぶっ飛ばすリストに名前を書いておこう。
「【ドラゴニーア】との間でも直通便の定期運行を開始するべく打診しています。初めは月に2便の往復。費用は、乗客と荷主の負担です」
ピオさんが言った。
うん、こっちは良心的だ。
ピオさん曰く……【ドラゴニーア】の指導者である当代の大神官は、【ドラゴニーア】は世界の盟主たれ、という強い自負と責任感があり、世界の発展に寄与する事ならば、【ドラゴニーア】の利益だけを他国に押し付けたりはしないのだ、とか。
なるほど、大国として立派な姿勢だと思う。
ゲームマスター、なかのひと、も、【ドラゴニーア】を本拠地にしているしね。
どういう訳か、ゲームをやっていた時に、【ドラゴニーア】で彼の姿を見た事は、一度もないけれど……。
ま、色々と忙しかったんだろう。
ともかく、【ドラゴニーア】は、良心的な指導者がいて、現世世界最強の【神竜】が庇護し、ゲームマスターなかのひと、もいる。
是非とも仲良くしておきたい国だね。
「【ドラゴニーア】は、ウチの村の産物なら何を欲しがるかな?」
向こうは世界の中心。
世界中から人と物と富が集まって来る。
輸出しても、安いか、品質が高いか、希少か、何かしらの価値がなければ、売れない。
「【ハイ・ポーション】は、どこでも品薄なので売れますよ」
冒険者ギルド所属のヘザーさんが言った。
「わかった。とりあえず、【ハイ・ポーション】の余剰分は、全量を【ドラゴニーア】に売ろう。【アヴァロン】には、頼まれても売らないよ」
「【魔法粘土】も希少なので売れるのでは?これは、希少素材だと父から教えられました」
アリスが言う。
「売れるとは思いますが、代替素材がありますので、あまり高値では売れないでしょう。飛空船の貿易品は、かさばらず、高値で売れる物がよろしいかと」
ピオさんが言った。
つまり、相場より安ければ、何でも売れる。
でも、薄利多売では意味がない。
飛空船による輸送は量が限られる。
安くてかさばる物は商売として美味しくない。
ピオさんが言う事は正しいね。
「【ドラゴニーア】で何が売れるのか、市場調査をしたいね。【サンタ・グレモリア】の商品をサンプルとして【ドラゴニーア】に持ち込んで、何が売れるのか、見定めたい」
「それが、よろしいですね」
ピオさんが言った。
「あ、それから、アリス、グレースさん、スペンサー爺さん。昨日、鳴った警報音なんだけれど。あれ、魔物の襲来警報だから」
「「「えっ?」」」
「もちろん私がいれば出撃して戦うけれど、私の不在時や私が魔物に負けて死んじゃう事もあり得る。だから、村人さん達を避難誘導する計画を策定して、次に警報が鳴った時には、速やかに避難誘導する事。良い?」
「わ、わかりました」
アリスは、少し狼狽しながら言った。
・・・
朝食後。
駅馬車隊が到着。
私は、患者さん達を治療する。
駅馬車が帰って行った。
さてと、お昼ご飯まで少し寝よう。
私は【避難小屋】に戻って、ベッドに潜り込んだ。
フェリシア、レイニール、お昼ご飯になったら、起こしに来ておくれ。
私は、パスを通じて思念を飛ばした。
わかりました。
はーい。
2人が、パスを通じて返答して来る。
おやすみ……。
・・・
強い魔力反応が接近して来るのを感じて私は目覚めた。
すぐにスクランブル発進。
少し遅れて警報音が鳴り響く。
【地竜】トラップだ。
私は、罠にかかった【地竜】を危なげなく仕留める。
昨晩、檻の中に入った魔物は魔力を練れないようにする儀式魔法陣を構築しておいたのだ。
昨日、狩った【地竜】のコア……つまり【高位】の【魔法石】を2つ使い、儀式魔法陣の触媒に使ってある。
【高位】の【魔法石】を獲る為のトラップに【高位】の【魔法石】を2つも使うなんて、二度手間のようだけれど、安全性確保の為には、この方が、結果、効率的だ。
実際、昨日は、【地竜】にブレスを吐かれそうになって、ヒヤッとしたからね。
安全マージンには、ジャンジャン、コストをかけるべきだよ。
この儀式魔法陣は、【超位】級の魔物には、【抵抗】されて無効化されるけれど、【地竜】には、効果てき面。
【防御】が剥がれて、ブレスを吐かない【地竜】なんか、ただのデカいだけのトカゲ肉だ。
私は、【腐竜】を1体【宝物庫】から出して上空に飛ばし、代わりに【地竜】を【宝物庫】に回収し、村に戻る。
・・・
私が村に戻ると、警報音に驚いた村人さん達が、何事か、と集まっていた。
ん?
避難行動をしていないの?
魔物の襲来警報が鳴った時には避難誘導する、という方針が、今朝、決定したはずだ。
これは、アリス達は、お説教だね。
「グレモリー様……」
アリスが声をかけて来る。
アリスは、不安気な様子は見せず、気丈に振る舞っていた。
村の統治責任者である自分が取り乱した姿を見せると、村人さん達がパニックになる、と思っているからだ。
アリスは、子供なのに、もう為政者なんだね。
しっかりしている。
でも、避難誘導をしていないのは、感心しないよ。
ピオさんも、銀行ギルドがある商業集落の方からやって来ていた。
こちらは、泰然自若。
全く動揺がない。
「【地竜】が村に近付いたから、倒して来た。問題ないよ」
「そうですか。もう脅威は去ったのですね?」
アリスは、そう言って、村人さん達に事情を説明する。
村人さん達は、安心して解散。
私は、あえて【地竜】トラップについて説明しなかった。
警報音が安全だと勘違いされては困る。
警報が鳴った時には、それなりに警戒をしてもらう必要があるのだ。
実際、【地竜】トラップに誘き寄せられた魔物が、矛先を変えて、村を襲いに来る可能性だって、あり得る。
村には、【地竜】トラップに魔物がかかった時以外にも、警報音が鳴るようにしてあった。
魔物が村に接近して来た時用の警報だ。
とはいえ、【サンタ・グレモリア】には、私以外の対魔物戦力がない以上、村人さん達が迎撃出来る訳でもないけれど、身を守る行動をしてもらわなければ困る。
避難場所に籠城して、アリスが【イースタリア】のリーンハルトに救援を要請し、【イースタリア】領軍に魔物を撃退してもらう算段。
その為に、今朝、アリス達には、避難誘導を指示したのだから。
私は、次に警報音が鳴ったら、村の被害を最小限に食い止める為に行動するにはどうしたら良いか、速やかに避難を完了するにはどうしたら良いか、をアリス、グレースさん、スペンサー爺さん、副守備隊長、衛士長、副衛士長に、報告書にまとめて1時間以内に提出するように指示する。
つまり、反省文と始末書だ。
「申し訳ありません。今朝の、ご指示でございましたので、まだ、避難誘導計画は策定しておりませんでした」
アリスは、弁明する。
「アリス。私は、今朝、次に警報音が鳴ったら、と言ったんだよ。避難誘導計画なんてなくても、アリス達が大声で村人さん達に指示をして、アリス・タワーや銀行ギルドの地下金庫やトンネルに、避難させるくらいは出来たでしょう。それが間に合わなければ、村人さん達の自宅の地下倉庫に逃げ込めって、大声で指示して回るとかさ。認識が甘いよ。ここは、【竜の湖】の湖畔なんだよ。【イースタリア】より、魔物の脅威度は高い。この土地に暮らすなら、相応の努力と覚悟が必要だよ。特にアリス達、村の首脳陣にはね」
「申し訳ありません」
少し意地悪かもしれないけれど、これは必要な事だ。
村人さん達は、もちろん、アリス達……村の首脳陣も、私を戦力としてアテにし過ぎている。
役割分担は構わないけれど、依存はダメだ。
もちろん、私は、真っ先に魔物を迎撃に行く。
体を張って最前線で戦うよ。
でも、私が苦言を呈したのは、避難誘導に関する不備。
ぬるい。
結果的に、私が魔物を倒したのだから良いじゃないか、とはならない。
百歩譲って村人さん達は、それでも良い。
緊急時に適切な対応をせず死ぬのは自己責任だからだ。
でも、アリス達は為政者。
為政者は、市民を守る義務がある。
もしも私が魔物に殺されたら、私の死体は村を守る事が出来ないのだ。
その時に、村人さんを守るのは、アリス達、首脳陣。
これは、逃れようのない現実なのだ。
村で最も堅牢な場所は、私の、お家の【避難小屋】。
でも、ここには、村人さんは避難出来ない。
【避難小屋】は、フェリシアとレイニールの専用避難場所なので、他の人は逃げ込めないのだ。
これは、そのように言い含めてあるだけではなく、物理的にそれが出来ないような措置が講じてある。
つまり、私とフェリシアとレイニールの魔力パターンを登録してしまったのだ。
魔力パターンが登録されていない者は、【結界】にはじかれる。
村人さん達が避難出来る場所の中で、一番頑強な場所は、銀行ギルドの地下金庫室。
その次が、アリス・タワーの地下階。
その次が、地下の浄水プールがある巨大空間と、農業集落と商業集落を繋ぐトンネル。
最後が村人さん達の自宅にある地下倉庫だ。
村人さん達は、これらに避難する事になる。
事前に、そう取り決めてあったのに……。
ま、既に起きてしまった事を、後からグチグチ言っても仕方がない。
教訓を次に活かすしかないのだ。
・・・
私は、【地竜】からコアだけを摘出して、とりあえず、冷蔵倉庫に放り込んでおいた。
今、何時だ?
お昼前か……4時間くらいは眠れたね。
私は、【避難小屋】に向かう。
【避難小屋】には、フェリシアとレイニールがいた。
2人は、私を起こしに来ていた訳ではない。
私はスクランブル発進した時に、フェリシアとレイニールに思念を飛ばして【避難小屋】に避難させておいたのだ。
2人は、パスを通じて、既に私が【地竜】を倒した事を知っているので、心配している様子はない。
「さあ、お昼ご飯を食べに行くよ」
「はい」
「はーい」
私達は、アリス・タワーに向かった。
・・・
昼食。
アリスが、村の首脳陣が書いた報告書を、私に手渡した。
避難誘導の方法、注意点などが簡潔にまとめてある。
自力で逃げられない子供達をどうやって避難場所に保護するか、病院の入院患者はどうするのか、冒険者や商人や観光客など外部から訪れている者への説明をどうするか、など詳細に懸念と対策が考慮されている。
たった1時間で、私が求めた以上の報告書が出来上がって来た。
やれば出来るじゃないか。
私は、アリス達を労って、次からは、これを実践するように指示した。
避難訓練などは必要ない。
【地竜】トラップが近くにあるのだから、嫌でも毎日のように実践しなければならないのだから。
毎日か……狼少年のような感じになったり、慣れから惰性になってもいけないよね。
毎回、本当に真剣に避難してもらう為にはどうするか?
「アリス。適切な避難行動を取った村人さん達には、毎回、褒賞をあげよう。逆に避難しなかったり、避難誘導に非協力的だった村人さん達にはペナルティーを課す」
「褒賞とペナルティーですか?」
「うん、そうだね。褒賞は、お金でも良いかな。ペナルティーが貯まると村から追放」
「追放ですか?」
「うん。私の気分で庇護しているんだから、私の気分で追放もするよ。私は、一生懸命に生きようとしない者を助けてあげるつもりはない」
「わかりました」
アリスは、頷いた。
ピオさんも、黙って頷いている。
自分勝手かもしれないけれど、これが私の流儀だ。
従いたくない者を強制的に従わせたりしないけれど、従わない者を私が守ってやる義理もない。
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