第162話。グレモリー・グリモワールの日常…25…タワー。
ウエスト大陸の詳細…その2
東の国【ガレリア共和国】
首都【マッサリア】
西の国【ブリリア王国】
王都【アヴァロン】
南の国【イスプリカ】
王都【イスポリス】
北の国【ウトピーア法皇国】
皇都【トゥーレ】
ウエスト大陸の遺跡
北東…ダンジョン・ボス【ザルティス】
北西…ダンジョン・ボス【オルフェーシュチ】
南東…ダンジョン・ボス【マラク】
南西…ダンジョン・ボス【ア・ズライグ・ゴッホ】
9月22日。
フェリシアとレイニールに起こされた。
眠い……。
3時間くらいしか寝ていない。
肉体疲労は、【エルダー・リッチ】に【回復】してもらえるけれど、睡眠は、やはり必要なのだろう。
でも、頑張ったおかげで、昨夜アリス・タワーは、完成したよ。
まだ、家具や調度は空っぽだけれどね。
トリスタンに頼んであるから、すぐに揃うだろう。
朝の見回りに出発。
・・・
フェリシアとレイニールが高度を変えながら、アクロバット飛行をする。
ふざけている訳ではない。
これも訓練。
三半規管を鍛えたり、空中姿勢を保ったり、空間認識能力を養ったり、する。
一番大切な事は、飛行時に必要な複雑な演算処理を身体で覚える……という事。
魔法で飛ぶ場合、流体力学的な運動制御は行えない。
揚力などの空気抵抗を無視して飛ぶからだ。
つまり、ピッチ、バレル、ロール、ヨーイング、ループ……と言った飛行機動は、空力に頼らず、全て魔力制御で行う必要がある。
同時並行して、飛行時に発生する慣性などの力学的作用によるダメージから体内器官を保護する事も行わなければならない。
とても大変。
ミスると墜落したり、重力加速度の影響で内臓が破壊される事もあるからだ。
空力に頼らず、と言ったけれど、場合によっては空力も利用する事がある。
魔法により飛行する時、術者は、空気抵抗から身を守る為、自らの周囲を【防御】して保護する。
この【防御】を、いわば風防とする訳だ。
でも、あえて、この風防の中から腕を外に伸ばし空気抵抗を受けて、気流を不均一に流す事で、急旋回をしたりする。
ま、気を付けないと、腕の骨が空気抵抗に負けて、ボッキリ折れたりするけれどね。
つまり、魔法力学による操縦と、流体力学による操縦をミックスするのだ。
これ、相当こんがらがる。
魔法による飛行制御の演算処理自体が複雑だから、頭が悪い人には絶対に出来ない。
優秀な【魔法使い】は、例外なく賢いんだよ。
【竜】は、この魔法飛行と翼による空力飛行を組み合わせる事が得意。
あれは、本能でやっているんだと思う。
音速で飛びながら、理解不能なほど変態的な機動をするんだよね。
だから、空を飛ぶ【竜】は無敵なのだ。
火力に自信がない者が、【竜】と高速のドッグファイトになったら、まず勝ち目がないと思って良い。
とにかく、魔法で飛ぶのは、見た目より、ずっと難しいのだ。
だから、空中を高速で機動出来る【飛行】詠唱者は、とても尊敬されるのだろう。
地上にいる村人さんは、魔法や流体力学の知識がない。
魔法で飛ぶ大変さを知らない彼らから見たら、私達の訓練は曲芸飛行以外の何物でもないんだろうね。
だから、村の子供達からは大人気。
みんな、私達を見上げて歓声を上げたり拍手したりする。
一種の娯楽として定着しつつあるね。
でも、フェリシアとレイニールは、真剣だ。
2人は、テールスライドしながら、急旋回して、逆方向への加速……という機動を繰り返している。
あれは、慣性制御を誤ると、強力な横Gで酷い事になるからね。
この機動、とても大事だ。
魔物と戦う時には、よく使う。
機首を常に魔物に向け、魔法を撃ちながら、敵の周囲を飛び回る。
近接すると危ない相手には、この機動は有効。
もう2人は、この機動を習得している。
今は、旋回時に、【低位魔法】を複数撃ち込んで、一撃離脱する応用編に入っていた。
天才だ。
私が目標役のアグレッサーとして飛ぶ。
フェリシアとレイニールは、私に向かって【低位風魔法】の【旋風】を撃ち込んで来る。
【旋風】は、大気中では距離に比例して威力が減衰するから、ある程度の高度で使えば、地上の村人さん達には、危険はない。
至近距離なら生身の人種を殺せる威力でも、地上では、そよ風程度になる。
村から一定の高度を取って離れれば、安全。
【旋風】は、魔法を的に当てる感覚を身に付ける訓練には、うってつけと言える。
フェリシアとレイニールには、訓練用に【旋風】に水蒸気を混ぜさせていた。
これで、【旋風】が白く見えて、曳光弾のように自分の魔法の軌道を目視で確認出来るようになる。
もちろん、実戦では、そんな事はしない。
【風魔法】の利点の一つは、目に見え辛い事。
見えない風の刃は脅威だからね。
私は、回避飛行は得意だ。
何しろ、私は、防御力が、紙。
大きいのを一撃もらったら終わり。
だから、躱す技術を徹底的に磨いた。
1時間あまり、みっちり指導して、アリス・タワーの屋上に着陸。
フェリシアとレイニールは、高所に過剰な恐怖感はない。
2人の種族は、木から木へと樹上を跳び回って獲物を狩る【エルフ】だからね。
また、【エルフ】には、飛行魔法を使える者も多い。
【人】とは、生まれつき高所に対する種族的適応力が違うのだ。
「フェリシア、偏差射撃の時に見越しが甘いよ。速度によって見越し点は変わるからね」
「はい、わかりました」
「レイニールは、偏差射撃は上手だね」
「えへへ〜」
「でも、高度感覚をキチンと覚えなければダメだよ。私が助けなければ、3回、地面に激突していた。速度が出ている時は、機首の引き上げは、低速時より早くなるんだからね」
「はーい」
良し、明日は急降下爆撃を教えてあげよう。
・・・
見回りと、飛行訓練が終わると、キブリ隊への餌やり。
うーん、この瞬間は、和むね。
最近、堀の中では、ちっこい【竜魚】達がポチャポチャ泳ぎ出している。
産卵期が過ぎて、稚魚が卵から孵ったのだ。
ふふふ、可愛い。
けど……凄い数だね。
【竜魚】は、1年で成魚の半分ほどの大きさにまで急速に成長する。
3年で成魚となり繁殖が可能になるのだ。
弱肉強食の自然界で、成魚にまで育つのは、100分の1程度らしい。
でも、【竜魚】が縄張りとして警備している堀の中は、稚魚達には安全な揺りかごだ。
つまり、この無数の稚魚の相当数が、成魚になると予想される。
ざっと数えただけで、軽く3千はいるね……。
さらに【竜の湖】では、【竜魚】は、繁殖されて産まれる以外にも、スポーンもするのだ。
これは、増え過ぎたら、ヤバイんじゃ……。
「キブリ。来年の繁殖は、計画的にしておくれ。【竜の湖】の生態系を壊しかねないからね」
キブリ達の肉は食べられる。
普通に考えたら、増えたら獲って食べる、という選択肢もない訳じゃない。
でも、キブリは私の家族だ。
そのキブリの仲間を食べるなんて、私には絶対に出来ない。
増え過ぎたから間引くなんて論外だよ。
キブリは……姐さん、おいら達は、ちゃんと食糧とのバランスを考えて子育てをする。だから、心配しなくても大丈夫でさあ……なんて、言う。
あー、【竜魚】は【高位】の魔物。
人種並みか、それ以上に知性は高いんだった。
つまり、【竜の湖】は、餌が豊富だから、【竜魚】達は、子供を増やした。
うーむ、なら大丈夫か……。
私が村を造ったせいで、現在、村から出る浄化された排水と、魔力が豊富な【竜の湖】の湖水が混ざり希釈された水域が、堀の中に出来ている。
これが、あらゆる種類の稚魚にとって最高の生育環境になるらしい。
なので、【竜の湖】は、今、お魚天国だ。
村で食べる分と、干物に加工して売る分で、毎日大量に、獲っても獲っても、無尽蔵とも思える水産資源がある。
実際、【サンタ・グレモリア】は、他所のどんな漁師町より漁獲高があった。
現在、村の奥さん達は、保育園の保育士係の当番や、アリスの家のお手伝い当番以外の人は、全員、干物加工に従事してもらっている。
私は、干物加工小屋を増築した。
もはや、干物加工小屋ではなく、干物加工工場になっている。
干物は作れば、作っただけ売れている。
【イースタリア】の商人が買うだけでなく、トリスタンによる干物の営業活動が功を奏して、商業ギルドを通じての輸出も軌道に乗った。
冷凍冷蔵倉庫を造っておいたおかげで、賞味期限が伸ばせたのも大きい。
輸送には、冷凍冷蔵庫付きの飛空船が必要だから、売価は高くなるけれど、それでも売れる。
【サンタ・グレモリア】は、干物で大いに儲かっていた。
ウッハウハだね。
現在、村の収支は、かなりプラスに転じている。
【サンタ・グレモリア】の財政は、私が建築しまくって、商業集落の営業補填をして、村人さん達の食糧や生活物資を買って、なおかつ、村人さん達に、多めにお小遣いをあげるくらいにはある。
予算は潤沢。
この分なら、私の初期投資や、駅馬車運行の持ち出し分も、すぐに回収出来てしまうだろう。
さらに、もう何週間かすれば、お米も収穫出来る。
こちらもヤバイ。
概算で、約100tの収量があるんだよ。
1袋の種籾が、2000倍に増えた。
村人さんの人口300人がお腹いっぱい食べる量の5倍はある。
栽培方法は、日本の稲作みたいに水稲田ではなく、陸稲畑だ。
稲を間引いて隙間を空けるなんて事もしていない。
種籾を適当に撒きっ放しだ。
稲は隙間なくミッシリと群生しているけれど、稲の生育には全く問題がない。
不思議だ。
そういう仕様なんだ、と無理やり納得する事にした。
もしかしたら、【古代竜】の血液を散布した土壌改良によって、こんなデタラメな農法が成立しているのかもしれない。
とにかく、異世界農業は、楽チンだ。
でも、これは、私やキブリ警備隊という魔物に対抗する手段があるからこそ。
この世界は、農業が地球より簡単だけれど、都市城壁の外には魔物が出没する。
楽チン農業と、魔物の脅威が均衡して、結果、農業収量を上げるのは、容易ではないのだ。
当初、私への租税とする、お米は500kgと決めた。
その後、畑が倍に広がり村人さんも増えたので、1tとなっている。
それ以外の収穫は、全部、村人さんの取り分。
そういう約束だ。
でも、お米の収量予測が出来るようになって来た最近、村人さん達から、取り分が多過ぎる、との声が上がっている。
村人さんの方から、税を増やして欲しい、と申し出て来た。
税を増やして欲しいという住民なんて、いる?
私は、約束は約束、として取り合わなかったけれど、村人さん達は、ソワソワして落ち着かない様子。
あのね。
目先の収支を見て、どうこう考えてはダメ。
あなた達は、みんな複数の子持ちでしょう?
子供達が成長して、それぞれ家庭を持つ。
その時に、畑が等倍に増えたりしないんだよ。
私がいるから、簡単に、村の城壁や堀を拡張したり、畑を開墾したり、家を建てたり出来る。
でも、私は、いつかいなくなるからね。
私がいなくなった後、あなた達は、村を継続的に運営していかなくちゃならない。
土木・建築、福利厚生、産業振興、村の防衛、子供達の教育……全部、お金がかかる。
私に余計に税を払うんじゃなくて、余剰の収穫は、なるべく高く販売して現金に変え、世帯の可処分所得として貯蓄にしたら良い。
それでも余剰が出る分は投資でもするか、みんなで、お金を出し合って事業組合でも設立して、みんなの子や孫の働き口を自分達で作りなさい。
農業政策とか防衛とか教育とか、集約化した方が効率が良い事は、アリスに資金を貸して運用を任せて、農業や軍隊や学校の運営をしてもらえば良いんだよ。
そして、将来的には、普通選挙による【サンタ・グレモリア】議会を作って、自分達で予算執行や条例制定や、外交・安全保障を担えるようにする。
そこまでが、あなた達のミッションなんだからね。
私は、懇々と説教をした。
まったく……異世界人は、地球人に比べて、純粋で素朴過ぎるよ。
それは彼らの美点でもあるけれど、生存競争に勝ち抜く、という意味では、物凄く心配だ。
他人を騙せ、だとか、悪い事をしろ、なんて言わないけれど……私は、【サンタ・グレモリア】の村人さん達には、周到に準備して抜け目なく立ち回る癖をつけてもらいたい。
・・・
朝ご飯会議。
「今日は、アリスと、グレースさんと、スペンサー爺さんは、アリス・タワーに引っ越しね。この家は、私が研究室にする。グレースさんと、スペンサー爺さんの家は、他の人に使ってもらう」
私は宣言した。
「あ、アリス・タワーとは?まさかっ!」
アリスが、言う。
「うん。あのデッカい役所、兼、アリスの屋敷の名前だけれど、何か?」
「な、なな、何故、私の名前を?グレモリー・タワーかグリモワール・タワーにして下さい。それに、あの巨大な城には、グレモリー様がお住まいになるべきです」
アリスは、取り乱した。
「私は【避難小屋】があれば、事足りるよ。私の【避難小屋】は、【神竜】降臨イベントの報酬としてもらった【神の遺物】だから、アリス・タワーよりも価値があるからね。グレモリー・タワーは語呂が悪い。グリモワール・タワーは【エピカント】に既にあるから無理だよ」
グリモワール・タワー。
グリモワール学派の殿堂……らしい。
ピオさんに調べてもらったら、グリモワール学派の魔法ギルドでの登記が生きていた。
登記所在地は、セントラル大陸、【スヴェティア】魔法都市【エピカント】、【グリモワール・タワー】ってなっていたからね。
【グリモワール・タワー】。
自分の名前が付くなんて……。
もちろん、私は、そんな自己顕示欲は高くないし、自意識過剰でもない。
私が知らない間に、残ったグリモワール学派の人達が勝手に名付けてしまったのだ。
グリモワール学派が続いていたのが驚きだよ。
どうやって魔法の知識や技術を伝えているんだろう?
私の学派は、知識も技術も、門外不出にしてあり、それを【誓約】させていた。
だから、知識を門人に伝える事が、物凄く困難だと思う。
ま、知識は私の著作を読ませて、技術は誰かが魔法を目の前で見本として見せてあげれば、相当、才能があれば見て盗めるかもしれない。
たぶん、この方法で伝えているんだと思う。
私の学派なんだよね……。
でも、たぶん全員知らない人達だ。
だから、別に会いに行きたいとも思わないね。
ピオさん情報によると、グリモワール学派の門人は30人程度っていう零細学派らしい。
でも、現在の主席という人は、結構有名な【魔導師】みたいだ。
名前を聞いても、知らない人だったけれどね。
私に許可なく魔法を教えているんだとしたら大問題だけれど、見よう見まねで、技術を伝えているだけなら別に構わない。
私の魔法は、そんな簡単に真似出来るようなもんじゃないからね。
パスが繋がっているフェリシアとレイニールが特別なのだ。
それよりも、【エピカント】のグリモワール・タワーの話。
あれ、900年前に、荒らしホイホイとして使っていた私の拠点だよね。
私が、荒らしやチーターを相手に【賞金稼ぎ】をしている頭がおかしいヤバイ奴だって情報が周知されて以降、挑んで来る荒らしがいなくなってしまった。
なので、狩の効率が悪くなってしまい、荒らしホイホイは閉店して半ば放棄した、という過去がある。
私に所有権が残っているのなら、家賃とかもらえるのかな?
【シエーロ】の自宅に帰れない今、あの拠点は、私にとって、本拠地に出来る可能性がある場所。
【格納庫】の中には……いや、ガラクタしかないや。
荒らしホイホイとしての価値がなくなったから、アイテムや物資関係は、全て【シエーロ】の自宅に移して、罠関係も全て解除してしまったのだ。
やっぱり、いらないね。
だったら、別に、どうでも良いか……。
【サンタ・グレモリア】が落ち着いたら様子を見に行っても良いけれど、デカくて頑丈なだけの建築物で、大して価値もない。
私は、お金なら使いきれないくらいあるし、建築物も必要なら新しく建てる事が出来るからね。
あれは、主目的がトラップ施設だから、内部構造も複雑に入り組んでいて、使い勝手も悪そうだし。
何だか使ってくれている人達がいるみたいだから、放置で良いか。
うん、そうしよう。
お読み頂き、ありがとうございます。
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