第16話。世界最強の幼女。
【ドラゴニーア】の統治機構。
(現在までに登場しているキャラのおさらい)
国家元首、兼、神…ソフィア(神竜の雌)
大神官…アルフォンシーナ(ドラゴニュートの女)
神官長…エズメラルダ(ドラゴニュートの女)
竜騎士団長…レオナルド(ドラゴニュートの男)
軍長官…イルデブランド(ドラゴニュートの男)
第一軍将軍…ヨハネス(人の男)
第二軍将軍…カスパール(人とエルフのハーフの男)
艦隊提督…フィオレンティーナ(ドラゴニュートの女)
元老院議長…フェルディナンド(人の男)
執政官…ジャンピエトロ(人の男)
衛士長…コルネリオ(人の男)
衛士…マッシミリアーノ(オーガの男)
大判事…ハインリク・ロベンクランツ(ハイ・エルフの男)
さてと……。
神官服のコスプレをしたチビっ子が腕をグルグル回して現れました。
第7試合。
親善試合の最後の対戦相手は【女神官】見習いに扮したソフィアです。
「ソフィア。私にはダメージが通りません。それに出来るだけソフィアに怪我をさせたくはありません」
幼女の姿ですからね……。
幼稚園児にしか見えない女の子をブッ飛ばしたり、刃物でぶっ刺したり、魔法で消し炭に変えたりして平常心でいられる者がいたら、私はドン引きします。
それに、私は段々とソフィアに対して父性のような気持ちが芽生えて来ている気がするのですよね。
【神竜】という着想を発案したのは、このゲームの生みの親であるチーフ・プロデューサーのケイン・フジサカですが、実際にソフィアをゲームの世界に存在出来るようにコードを書いてプログラムしたのは何を隠そうチーフ・プログラマーの私なのです。
つまり、ある意味では私も【神竜】の生みの親。
私は、娘のように思い始めているソフィアの事を、例え無傷で【復活】する【闘技場】のギミックがあるとはいえ、やはり傷付けたくないのです。
「本当にダメージが通らぬか、やってみなければわからぬのじゃ。至高の叡智を持つ我には新たに考えた必殺技もある。それから我は不死身の【神格者】じゃ。存在が消滅しても復活するのじゃ。遠慮なく本気で戦うが良い」
「提案なのですが、ソフィアが全力で3発殴って、私が一歩でもこの立ち位置から退けば、あなたの勝ち。私を退かせられなければ引き分けにしましょう」
「うむ。わかったのじゃ。とりゃーーっ!」
ソフィアは全力で大振りのハンマー・フックをフルスイングしました。
ドゴッ!
ソフィアのフックは私に当たりましたが、その衝撃は全てソフィア自身に反射します。
強烈なノック・バックで、ソフィアはキリ揉みしながら吹き飛んで観客席の【結界】に激突し、激しく跳ね返って……地面にペタンと落ちました。
「くっ……今のは少し油断しただけじゃ。次こそは……【飛行】。どっせーーいっ!」
ソフィアは超音速で飛び、ライフル弾のように回転しながら突撃して来ます。
ドガンッ!
今度もソフィアは自ら放った攻撃の反射を、全て自らの身に受けてノック・バックし、観客席の【結界】に激突。
今回は、ベチャッと【結界】に貼り付きました。
透明な【結界】の表面をズルズルと滑り落ちたソフィアは、ピョーンッと立ち上がります。
「むむむ……やはり【調停者】はズルいのじゃ。こうなったら新必殺技を使うしかない。まだ使いこなせておらぬが止むを得まいの……」
ソフィアは私に背中を向けて観客席の壁に向かって、大きく口を開けました。
ん?
何をしているのでしょうか?
「【神竜の咆哮】!」
ソフィアは壁に向かってゲーム内最強と設定されている【神竜】オリジナルの攻撃を放ちました。
しかし、私に向かって【神竜の咆哮】を吐くのではなく、背後の壁に向けて【ブレス】を吐く意味は?
ああ、なるほど。
ソフィアは、おそらく……私の事を殴って退かせてみろ……という対戦のルールを律儀に守ったという事ですね。
【神竜の咆哮】は設定上【神位魔法】である【神の怒り】の10倍以上の威力と設定されています。
ゲームマスターである私の【ゲームマスターの装備】シリーズや、【神の装備】シリーズ、あるいは【不滅の大理石】などの【初期構造オブジェクト】のような不滅の効果がなければ、この攻撃を防御可能な魔法も装備も世界内には物理的に存在しません。
ソフィアにしか使えない【神竜の咆哮】は、ゲームマスターである私の運営チートを除けば、この世界の最大威力の攻撃です。
【神竜の咆哮】は、ソフィアを最強たらしめる【神竜】の代名詞と言える攻撃でした。
【神竜】が、ゲームユーザーにとって完全中立キャラだからこその設定。
もしも【神竜】が特定のプレイヤーにとって、味方か敵かのどちらかになったら、その瞬間にゲーム・バランスは完全に崩壊してしまうでしょうね……。
とは言え、当たらなければ如何という事もありません。
ゲームマスターである私は、当たり判定なし・ダメージ不透過のチート体質ですので。
【闘技場】の壁は【不滅の大理石】で出来ている為に破壊不可能です。
壁に向かって放たれた【神竜の咆哮】は、あたかもロケットのブースターのようにソフィアの体を反対方向へ弾き出しました。
物理学の基礎……作用と反作用の法則……ですね……って嘘でしょう?
この当たり前に思える物理法則。
実は、この世界では、ちっとも当たり前ではないのです。
この世界では魔法による作用には、ニュートン力学のように反作用を伴いません。
(意図的に反作用を発生させるように設定されている魔法もありますが……)
ゲームの物理演算上、敢えて……魔法ギミックの反作用は0になる……ようにプログラムされていました。
何故なら……作用・反作用の法則……を現実世界同様ありのままゲーム内の物理演算に反映させると、【魔法使い】は自分が撃った魔法の反作用で、毎回後方へ激しく吹き飛ばされてしまいます。
これではユーザーがゲームをプレイする上で支障が出まくりますからね。
ご都合主義の不思議現象などと追及されれば弁明に窮しますが、これはユーザーに快適にゲームを遊んでもらう為のユーザー・フレンドリー的仕様。
存在しない魔法が存在する世界の設定で、それらしく帳尻を合わせる為に仕方なくやっているのです。
私は、ソフィアが行使した魔法の【魔法公式】をリアルタイムで解析していました。
すると、どうやらソフィアは魔法の発動効果に無理やり介入して、本来設定されている……反作用の無効化……という世界の仕様を勝手にキャンセルしたようです。
それが、ソフィアが言う……新必殺技……なるモノの基本的な構成なのでしょうね。
え〜と……えっ!?
そんな事が出来るのですか?
少なくとも私が知る限りの世界の仕様では、あり得ません。
ソフィアが、あまりにデタラメな事をしているので、私は一瞬何が起きたのか理解出来ませんでした。
ソフィアがやったのは魔法制御の改変行為。
これは、本来起こり得ない物理法則を発生させる方向での介入は不可能ですが、付加された制御を停止させて物理法則通りに事象を発生させる方向での介入は、理論上は可能でした。
理論上と言ったのは、それを行う為には……魔法の発動制御と魔法の仕様を改変する制御を同時に行わなければいけない……ので、現実には不可能だったからです。
では何故ソフィアには、それが可能なのでしょうか?
このあり得ない状況を説明出来る仮説が1つだけ思い浮かびました。
結論から言えば私が悪いみたいですね……。
どうやら事の起こりは私がソフィアを復活させた時に遡ります。
あの時、私は深く考えもせず【神竜】に……ソフィア……と名付けを行い【名持ち】キャラクターにしてしまいました。
ゲームの設定で【名持ち】となった魔物は、全てのステータス上限値が2割上昇するという仕様があります。
これは魔物を【調伏】して仲間にする【調伏士】や、妖精や精霊を【召喚】して使役する【召喚士】や【精霊魔法使い】という職種が存在する為でした。
【調伏士】や【召喚士】は、魔物に【名付け】を行なう事で、以後味方ユニットとして使役する事が可能になります。
使役する魔物をモブの魔物と差別化する為に、【名持ち】という設定が作られました。
ステータス値が少しだけ上がるという設定も差別化の一環と考えて差し支えありません。
【名持ち】となったソフィアも、その設定に従いステータス値が底上げされました。
底上げされてしまったのです……。
これが、本来あり得ません。
【神竜】のステータス値の戦闘に関わる項目は、初めから全て最大値にカンストしているのですから。
しかし、【名付け】が行われた【神竜】は、本来上限値である筈のゲージ・リミットを突き抜けて、更にステータスが上昇してしまいました。
これは所謂バグなのでしょうね。
いいえ、厳密にはバグとは言えません。
何故なら……【名付け】をする為には、自身の魔力を名付け対象に与える必要がある……という設定があるからです。
【神竜】に名付けをする場合に支払う魔力コストは、この世界の全NPCの中で唯一、無限大に設定されていました。
唯一無二の存在である【神竜】を、ユーザーが【調伏】して勝手に連れて行ってしまっては困りますからね。
以前ソフィアは……【神竜】たる自分に名付けをすれば、魔力を全て奪われて死ぬ筈だ……と言っていました。
つまり、実際に【神竜】を【調伏】しよう試みて、気の毒にも死んだユーザーかNPCが過去にいたのかもしれません。
【名付け】時の魔力コスト無限大の設定により、理論上は可能でも実際には魔力が無限のユーザーやNPCは存在しないので放置しておいて問題がないバグだった訳です。
ただし、例外がいました。
この世界で唯一、魔力が無限に設定されている存在。
そう、ゲームマスター……つまり私です。
現在も私がソフィアに無限の魔力を与え続けている事で、ソフィアの【名付け】がゲーム・プログラム的に実行されてました。
【名持ち】になったソフィアは、元々最大値に設定されていた戦闘力に関わるステータスが上限値のリミットを突き抜けて更に2割上昇。
その結果何が起きたかと言えば……。
ソフィアは……魔法の発動制御と魔法の仕様を改変する制御を同時並行して行う……という本来なら不可能な設定の改変を可能とする手段を得てしまいました。
つまり、ソフィアの魔力ステータスの上限値を突き抜けた余剰部分が新たに独立した魔力制御機能を発現させてしまったのでしょう。
ソフィアは、この魔法の同時並立制御とでも言うべき私達運営も想定外の方法によって、ゲームの仕様さえも捻じ曲げるというデタラメな事を行なっているのです。
何だか頭がクラッとして来ますね……。
私は、仮に日本に帰れたとしても、これは怒られるどころでは済まないかもしれません。
何しろゲームの根幹を成す……世界観……を改変してしまったのですから……。
いや、考えないようにしましょう。
私の所為ではない……と言い張れば……。
いや、ログを調べられたらバレるだろうなぁ……。
こうして、ソフィアはゲーム設定上本来あり得ない……魔法ギミックの作用・反作用の法則……を発動させ、自ら放った【神竜の咆哮】の推進効果によって【闘技場】の壁際から弾き出され、限りなく光速に近い速度で私に向かって飛翔して来ていました。
ドラゴーン・パーンチ!
ソフィアの【念話】が伝わって来ましたが、その時には既にソフィアは私に跳ね返され、観客席の【結界】や【不滅の大理石】製の床や天井などに光の乱反射のように何度も何度も跳ね返っていました。
ソフィアは大気の圧縮による大気中の分子同士の激しいぶつかり合いによって生じた超高温で白熱して光の尾を引き、発光体として航跡を刻んでいます。
やがて、ソフィアの速度が緩んで来ると……ガンッ、ガンッ……とピンボールのようにバウンドして、最後は地面を滑るようにして止まりました。
「ぶへぇ……」
ソフィアは身に付けた全ての衣服や装備が高熱によって焼滅し、さらに全身の骨格がグシャグシャになってしまっています。
亜光速などというあり得ない速度で大気中を飛んだ為に、衣服は最大限の【効果付与】も虚しく全て燃え尽きてしまいました。
ソフィアに怪我をさせたくないと思った私の気持ちの持って行き場は?
あの漫画みたいなバウンド具合……【神竜】が最強の生命体でなければ、即死だった筈。
ともかく私はソフィアのパンチを3発耐えきりました。
実際は当たり判定がない為に耐える必要もなかったのですが……。
私は微振動すら感じませんでした。
ソフィアの拳が身体に触れた事はわかりましたが、ダメージに換算されるようなあらゆる出来事が、全て私の表面で完全に跳ね返されたのです。
私は観客席に……引き分け……宣言をして、ソフィアの元に駆けつけました。
「【完全治癒】」
「ぐぅ、メチャクチャ痛かったのじゃ……」
「あったり前でしょう?あんな無茶苦茶な事をして。魔法の制御に関わるこの世界の絶対の法則たる【世界の理】を無理矢理捻じ曲げて、【神竜の咆哮】をジェット推進の代わりにするなんて非常識過ぎますよ」
私は【収納】から真っ赤な【魔道士のローブ】を出してソフィアに被せてやりました。
「あの新必殺技なら【創造主】の護りをも破れると思ったのじゃ……」
「無理なのですよ。これは……仕様……といって覆しようのない、この世界の基本原理なのですから」
既に、その仕様を捻じ曲げた存在がいますが、アレはソフィア自身が行使する魔法への介入方法であって、他者の魔法やゲーム設定には介入は出来ませんからね。
私の……当たり判定なし・ダメージ不透過……というチート設定に対しては効果は及ぼせません。
「次は、もっと凄い必殺技を考えるのじゃ」
「次はソフィア自身が怪我をしない必殺技を考えて下さいよ」
「予定では、あんな酷い事にはならない筈だったのじゃ……」
私がソフィアを抱き上げて、ふと周りを見回すと……観客席の全員がソフィアに対して平伏していました。
あ……。
「ソフィア。あなたが【神竜の咆哮】を使ったから、みんなに正体がバレましたよ」
この世界で【神竜の咆哮】を吐けるのは、【神竜】ただ1柱だけですからね。
「む……うっかり、なのじゃ」
私は【闘技場】にいた全員に……ソフィアの正体について口外しない事……を【契約】させ口止めをして、この日の閲兵式はグダグタとなって解散となりました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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