第159話。グレモリー・グリモワールの日常…22…グリモワール学派。
【イースタリア】のグレモリー・グリモワール関係者。
領主
リーンハルト・イースタリア
グレモリー・グリモワール全権代理
トリスタン
トリスタンの養子・貸金業
ヴァレンティン
聖堂の聖職者達
駅馬車隊50人
トリスタンの部下50人(労働力担当)
午後。
私は、フェリシアとレイニールに魔法を教えている。
2人は、わずか2時間で、基本的な【低位魔法】の発動を、全て、覚えてしまった。
ユーザーでも、こんなに簡単には、魔法を習得出来ない。
フェリシアとレイニールがNPCである事を考えれば、奇跡と云えるだろう。
今は、フェリシアとレイニールに基本的な【低位魔法】を、どう運用するか、という応用に踏み込んでいる。
「【礫】。石や土を生み出すのは、もう出来るね?もっと訓練すれば金属も生み出せるけれど、2人の魔力が、もっと増えないとね。攻撃魔法として飛ばすには【理力魔法】を行使する。こうして、魔力を溜めて飛ばせば……」
ヒュンッ……カツーンッ!
私が放った石ころは、【避難小屋】の壁に当たって、大きく跳ね返った。
「やってみてごらん」
「「はい。【礫】」」
フェリシアとレイニールは、【低位地魔法】の【礫】を詠唱する。
2人とも、小さな石ころを生み出して、【理力魔法】で浮かせた。
フェリシアは、しばらく悪戦苦闘して、魔力を溜めて物体に影響を及ぼすコツを掴み……勢い良く石ころを飛ばしてみせる。
フェリシアは【礫】を完璧に習得した。
レイニールは、魔力を溜め過ぎて、パンク。
失敗した。
レイニールは、もう一度やり直して、今度は成功する。
レイニールも、【礫】を完璧に習得した。
うん、2人とも大天才。
村人さん達は、私達を遠巻きに見ながら、何やら話していた。
崇敬と畏怖の入り混じった視線を感じる。
私に対しては以前からだったけれど、今は、フェリシアとレイニールに対しても、同様の思いを投げかけて来ていた。
手を合わせて、私達を拝む人までいる。
勘弁して欲しい。
【ブリリア王国】は、【魔法使い】を王都【アヴァロン】に集める、という政策を取っている。
つまり、【イースタリア】には、魔法詠唱者は、1人もいない。
【ブリリア王国】では、魔法が使える、というだけで、国家の中枢に上り詰めるようなエリートという認識をされるのだ。
それに、【ブリリア王国】に限らず、現在の世界共通の一般常識として、どうやら、全ての魔法系統を行使出来る【魔法使い】は、その位階に関わらず、大魔道士、などと称されるのに値するらしい。
それは、【低位】であろうと【超位】であろうと、難易度は問題にならないそうだ。
まず、複数の魔法系統を使える【魔法使い】が希少。
さらに、全ての系統を使いこなす者など、現在では【神格者】しか実在しないから、という理由みたい。
このゲームの設定では、得意、不得意はあるにせよ、魔法を使える者は、全ての系統が使えるのが当たり前だった。
なのに、現在では、そういう認識になっていない。
私の魔導書を、インチキな内容に書き換えて、それを、魔法学の進歩、だなんて認識している人達だ。
きっと、間違った魔法の研究と指導を900年続けて来たせいで、全ての魔法系統を習得出来る、という900年前の常識が死んでしまっているのだろう。
どうやら、この900年の間に、世界の文明は衰退してしまっているようだけれど、世界の魔法技術は、もっと衰退してしまっているんだろうね。
それにしても、大魔道士って何だろう?
似たようなモノなら、ステータスに表示される職種に、【魔導士】や、【魔導師】や、【大魔導師】というクラスがある。
因みに、私は、女性というキャラメイクになっているから、【大魔導師】。
あくまでもキャラメイクの設定だから、実際の性別は、どっちかわからないけれど……。
ゲーム設定による種族と違って、大魔道士というのは、ゲームの設定にはない呼称だ。
偉い魔法詠唱者に対する尊称や敬称の類らしい。
たくさんの弟子を持っていたり、魔導書を書いていたり、国家魔道士になっていたりする者がそう呼ばれるのだ、とか。
先生、とか、巨匠、とか、そういう類の一般呼称なのかもしれない。
私はもちろん、フェリシアやレイニールも、村人さん達の常識的には、大魔道士、と呼ぶに相応しい能力者という扱いになる。
うーん、ゲーム設定から云えば、完全に間違った認識だけれど、目くじらを立てて訂正するほどではないかな?
ただの一般呼称なんだし……。
フェリシアとレイニールは、私とパスが繋がっている。
その理由はわからない。
でも、理由はともかく、パスは便利だ。
フェリシアとレイニールは、パスを通じて、私と感覚を共有出来る。
なので、魔法の指導で一番苦労する魔力制御のやり方を、パスを通じて、私から2人へと、直接脳の感覚器官に伝えられるんだよ。
だから、フェリシアとレイニールは、ユーザーの常識から言っても、破格、と言えるスピードで、どんどん魔法を覚えてしまった。
パス、超便利。
素晴らしい。
世界の各大陸に1人ずついる神殿の大神官は、例外なく強力な【魔法使い】だ。
回復・治癒系が得意な者が多かったけれど、他の系統も使えるのを、私は知っている。
大神官は、守護竜とパスが繋がっていた。
守護竜は、強大な魔力を持ち、絶大な魔法の能力を持つ。
つまり、大神官とパスが繋がっている守護竜は、私がフェリシアとレイニールにやっている方法と同じように、パスを通じて、魔力制御の仕方を大神官に伝えているんだと思うんだよね。
だから、大神官の魔法は、例外なく強力なんだ。
900年前に出会った【エルフヘイム】の大神官の役割である【大祭司】は、【超位風魔法】や高難易度の【気象魔法】を操っていた。
あの子の名前は……。
ディーテ・エクセルシオール。
私が、ノース大陸で挑戦した、超高難易度のイベント・クエストで、一時的にパーティを組んだNPCキャラだ。
彼女は、あのイベント・クエストの発動条件を満たすと、どんな行動選択をしても仲間になる設定になっている。
強制イベントでユーザーに拒否権はない。
ディーテは、つまりゲーム・シナリオを進行する上での、案内人の役割を担うキャラなんだろうね。
ディーテは、強かった。
たぶんNPCキャラとしては、アレが最強クラスだと思う。
で、私は、ディーテに導かれて、ノース大陸を救った。
ノース大陸の守護竜【ニーズヘッグ】が【世界樹】の根っこを嚙って、【世界樹】が枯れちゃうから、それを何とかして欲しい、というクエストだったんだよね。
大冒険だった。
とても、懐かしい。
そのクエストをクリアして、私は、【エルフヘイム】の女王様から、ご褒美をもらえた。
私の【エルダー・リッチ】達200体。
【エルフ】の女王様が、ご褒美に何でもくれる、て言うから……【エルフ・ヘイム】の歴代王家の墓を掘り返して、埋められている死体を200体ちょうだい、テヘペロ……って、私は、お願いした。
メッチャ、ドン引きされたんだよね……。
約束だから、って、もらえたけれど……。
【不死者】の能力は、生前の能力に左右される。
【エルフ】は魔法が得意な種族だ。
【エルフ】の王族は、特に、その傾向が顕著に現れる。
私が【エルダー・リッチ】にした200体は、厳選された最高の死体だった。
全員、生前は【超位】の魔法を駆使する【ハイ・エルフ】。
【不死者】化すると、魔力効率が下がって弱体化するけれど、それでも私の【エルダー・リッチ】達は、【高位魔法】までなら難なく使える。
これは、【不死者】としては、規格外の性能。
だから、私の【エルダー・リッチ】達は、強力なのだ。
・・・
「フェリシア、レイニール。今後、あなた達には、それぞれ、グリモワール学派の【魔導士】。グリモワール学派の【魔導士】を名乗る事を許すよ」
私は、フェリシアとレイニールに宣言した。
フェリシアとレイニールの職種は、今までの【弟子】の表示から、フェリシアは、【魔導士】、レイニールは【魔導士】の表示に、それぞれ更新されている。
これは、信じられない事だ。
【魔導士】という職種は、キャラメイクの初期設定で選択出来るモノではない。
【白魔法使い】や【白魔法使い】……【黒魔法使い】や【魔女】などの魔法職から、上級職になって初めて、得られる職種なのだ。
魔法の指導を始めて、数日で、なれるようなモノでは絶対ない。
私ですら、副職種の【魔女】を【魔導士】に育てるのに、一月かかったのだから。
ま、フェリシアとレイニールはレベルが低いから、当時の私より戦闘力は、ずっと低いけれどね。
グリモワール学派とは、今、取って付けた団体名称ではない。
900年前、魔法ギルドから公式に認めらた魔法学派だ。
私が起こし、一番弟子はエタニティー・エトワールさん。
学派に属する【魔法使い】は、他にも複数いた。
あまり人数は、多くなかったけれどね。
私が……グリモワール学派に属する者は、私から学んだ魔法の知識と技術を、私の許可なく他者に教えてはならない……と【誓約】させていたからだ。
それが、グリモワール学派所属の条件。
もちろん、フェリシアとレイニールにも【契約】させている。
この知識と技術の秘匿を嫌って、私の学派に参加したがる者は少なかった。
【魔法使い】の収入源は、色々だけれど、手っ取り早くて安全なのは、魔法の指導による収入。
他で稼ぐには、将兵として戦争に参加したり、病院などに勤務したり、研究で業績を上げたり、有用な発明をしたり、と、大変だ。
つまり、一番楽して稼げる、指導、が出来なければ、魔法学派に所属して学ぶメリットがない、という事になる。
なので、私の直弟子はエタニティー・エトワールさん1人だけだった。
つまり、フェリシアとレイニールは、私の、二番弟子と三番弟子という事になる。
「ありがとうございます。グレモリー様」
フェリシアは、薄っすらと涙ぐみながら言った。
何だか、感動しているみたい。
「わーい、やったー」
レイニールは、無邪気に喜んだ。
【低位魔法】を正確に行使出来る者は、この世界では、一人前の【魔法使い】と看做される。
つまり、フェリシアとレイニールは、今この時をもって、見習い【魔法使い】では、なくなったのだ。
ただし、危ない森の中や、ダンジョンなんかに連れて行くのは、【中位魔法】までを覚えて、レベルが30を超えてから。
今は、まだ早い。
「2人とも、今後は、魔法が必要な時は、自分の判断で使っても良いよ。ただし、攻撃して来る魔物や危害を加えてくる者にしか攻撃魔法は使ってはダメ。周囲の安全に十分注意して、いっぱい練習しなさい」
「「はい」」
基本的には、私とパスが繋がっているフェリシアとレイニールは、危険な魔法の運用をする事はない。
何かあれば、パスを通じて私が制止したり、指示したり出来るからね。
・・・
夕方。
駅馬車が到着。
荷物の積み替えと、患者の治療をする。
ターミナルに出迎えに来ていたピオさんから声をかけられた。
ピオさんの側には、大きな鞄を抱えて駅馬車から降りて来た女性が立っている。
「グレモリー様……彼女は、エリアーナ。明日付で、銀行ギルド【サンタ・グレモリア】支店の支店長に着任致します。エリアーナ……こちらは、英雄、ドミニオン等級世界市民、竜鋼・クラス冒険者、ドラゴンスレイヤー……この【サンタ・グレモリア】の庇護者で在らせられる、湖畔の聖女グレモリー・グリモワール様です」
ピオさんが紹介した。
私の肩書き……長っ!
「エリアーナでございます。頭取のビルテ・エクセルシオールより、一命を賭して業務に従事せよ、と厳命されております。全力で、相勤めますので、何卒よろしくお願い申し上げます」
エリアーナさんは、恭しく礼を執った。
「よろしくね。私は、堅苦しいのは苦手だから、気楽に接してもらえると有難いな」
「畏まりました」
エリアーナさんは言う。
私達は、アリスの家に向かった。
・・・
アリスの家。
私は、エリアーナさんに、村の首脳陣を紹介した。
エリアーナさんには、これから色々と、お世話にもなるだろうしね。
人間関係は、最初が肝心だ。
私達は、お茶を飲みながら雑談する。
「ピオさん。さっきの長ったらしい私の肩書きって、正式な紹介の作法なの?」
「はい。国際儀礼格式におけるマナーでは、目上の方と初めて謁する場合、目上の方の肩書きは正式なモノを紹介しなければなりません。目下の者の肩書きは、省略するのが普通です。双方、同格の場合は、お互いの正式な肩書きを紹介するか、または、双方省略するか、どちらでも構いません」
へえ〜……面倒臭っ!
「ははは……私、自分の肩書きなのに覚えられそうもないよ」
「公式の場では、私のように双方を知る者が紹介するのが一般的ですから、グレモリー様ご本人は覚えなくとも、おそらくは大丈夫ですよ」
そうなの?
なら、安心だね。
さてと、そろそろ、お楽しみの夕食だ。
プロの料理人ジェレマイアさんの料理は、どんなかなあ〜。
・・・
夕食。
私は、激しく落胆している。
アリスの家の料理長に任命した、ジェレマイアさんが作ったメニューが……【パイア】のロースト、野菜と魚のスープ、白パン……だったからだ。
今までと同じじゃん!
いや、多少、ローストの焼き目は綺麗だし、スープの具材の野菜は均質な大きさに切り揃えられていて、魚肉はツミレ状に加工されているし、白パンにも何やらペーストが塗られている。
そして、良い香りだ。
でも、本質は、大して変わらない。
見た目が変わっても、これは、私が今日まで毎食のように食べて来たメニュー。
私は、別の物が食べたいんだよ!
私は、額に手を当てて、考え込む事しか出来なかった。
人選ミスったか?
何なの、これ?
何かの罰ゲーム?
この鉄板の定番メニューには、もう、本当に飽きたんだよ。
「美味しいーっ!」
レイニールが、【パイア】のローストを食べて言った。
「このスープも、何だかお腹に染み渡るみたいな良い味……」
ヘザーさんも言う。
「本当に……侯爵様の、お屋敷の料理より、美味しいです」
グレースさんが言った。
え?
そなの?
待て待て、期待値を上げてはいかん。
この人達は、今まで文句も言わずに、定番メニューを食べていた人達なんだから。
味覚のハードルが、メッチャ低い可能性もある。
私は、スープを一口飲んでみた。
なっ、何じゃ〜、こりゃ〜っ!
あ、いかん、いかん、思わず、往年の名優、松田〇作が憑依してしまった。
美味しい。
上質なコンソメスープだ。
これは、日本のファミレスを軽々と超えて来たよ。
小洒落たビストロの味だ。
私は、続いて【パイア】のローストを食べる。
う、美味い……。
日本で食べた人生最高のポークソテーを、完全に塗り替える味。
何でだ?
同じ肉を焼いて塩コショウで味付けしてあるだけだ。
今までの定番メニューと変わらないはずなのに、何で、こんなにも味が違うの?
これを【パイア】のローストと定義するなら、今まで私が食べて来たモノは、靴の中敷なんじゃないだろうか?
そのくらいに、ジェレマイアさんが焼いた【パイア】のローストは、別次元の美味しさだった。
白パンに塗られたペーストは、【パイア】のレバーとラードを加熱して裏ごしし、塩コショウと刻んだハーブで調味した物。
何たる芳醇な味わい。
これは、正しく、ディナーだね。
「お口に合いますか?」
ジェレマイアさんが厨房からやって来て、訊ねた。
「ジェレマイアさん、最高だよ。あのさ、今後、必要な食材や調味料や調理器具があれば、ジェレマイアさんの裁量で仕入れたり、買い付けたりする事を許可する。月の予算は【ドラゴニーア通貨】で金貨50枚。【イースタリア】にトリスタンという私の代理人がいて、彼が必要な物は買い付けてくれる。連絡は、アリスが魔法通信機を持っているから、それで、トリスタンに注文してね」
「【ドラゴニーア通貨】で、金貨50枚ですか?それは、凄いですね……」
「私は、美味しい物には、支出を惜しまない性質なんだよ。必要もないのに無理やり高い物を買う事はないけれどね。大して美味しくもないのに、珍味だとか言って、希少価値で高価になっている食材とか、ああいうのは不健全だと思う。私は、宮廷料理みたいな物より、家庭料理みたいな物が好きだな。私は、安全で健康的で美味しい物を食べたい。ジェレマイアさんが、キャリスタさんや、アーヴィンに食べさせたいと思うような料理。そういう食事が出来るように、ジェレマイアさんは心を砕いて欲しいな」
「素晴らしい、お考えだと思います。グレモリー様の、お考えに沿えるように一生懸命料理致します」
「うん、頼むね。あ、それから、病院の食事も調理指導してあげて」
「はい、わかりました」
ジェレマイアさんを迎えた事で、私の食事問題は、解決。
本当に良かったよ。
・・・
夕食後。
ジェレマイア一家の家と、副守備隊長と、衛士長と、副衛士長の家の建築する。
ついでに農業集落に家屋を増築しておいた。
その後に、ロータリーの倉庫群の建て増し。
うん、だいたい良いね。
眠い。
もう、未明だ。
明日は、いよいよ【サンタ・グレモリア】村役場、兼、代官屋敷の建築を着工しよう。
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