第155話。グレモリー・グリモワールの日常…18…馬車製作。
名前…グレース
種族…【人】
性別…女性
年齢…39
職種…【暗殺者】
魔法…なし
特性…【暗器】
レベル…35
朝食後。
フェリシアとレイニールと、グレースさんは学校。
アリスと、ピオさんと、ヘザーさんは、事務仕事。
私と、スペンサー爺さんは、駅馬車の到着を待つ。
そう言えば、アリスは学校に行っていないけれど……。
アリスは、既に読み書き計算は完璧に出来る。
ピオさんによると、アリスの知識と教養は、大学卒業レベルらしい。
なんでも、病気で外を出歩いたり出来なかった代わりに、セントラル大陸の【リーシア大公国】から、家庭教師を招聘して、自宅で毎日勉強をしていたのだ、とか。
なら、アリスに学校は必要ないのかな。
【ブリリア王国】では義務教育制度はないし、教育も無償ではない。
アリスは、侯爵令嬢……特権階級。
勉強の必要を感じたら、リーンハルトに頼めば済む話。
私が気にする必要もないか……。
駅馬車隊の副隊長さんと話す。
今日は、隊長さんは、お休みみたいだ。
「馬車が不足しています」
副隊長さんは、言う。
うん、それは、トリスタンにも言われた。
何とかしなくてはならない。
物資の運び込みの量が増えている。
少しずつ鉱物関係が輸送されて来始めたからだ。
それから、お酒。
飲食店の開店準備で、たくさんのアルコール類が樽で入って来る。
冒険者を迎えるには、酒場は必要。
冒険者って、やっぱり酒飲みが多い。
イメージ通りだね。
そんな事より、馬車。
「とりあえず、何台必要なの?」
「多ければ多いほど、ですが、喫緊で20台。整備などで駐機する台数を考慮するなら30台はありませんと……。実は、鉱物などの日持ちがする物資は後に回して対応していますが、【イースタリア】の倉庫は、もう限界に近くなっています。トリスタン殿が、商業ギルドの倉庫を間借り出来ないか、交渉中ですが、間に合うかどうか……」
副隊長さんが難しい顔をする。
そんなに切迫しているの?
トリスタンは……何とか致します……としか言わない。
以前の私なら、任せる、で終わっただろうけれど、私は、なかのひと、に感化されて、今、凄くヤル気があるのだ。
うん、何とかしてやろうではないか。
「明日までに、馬車を造っておくよ。とりあえず、今日中に鉱物を前倒しで送って欲しい。馬車の材料だからね」
「グレモリー様、馬車が賄えても、馬がありません。現在、【イースタリア】の荷駄馬は、可能な限り全て買い取って投入しております。軍馬を流用する訳には参りませんので……」
「近隣から買い付ければ?」
「はい。トリスタン殿が既に買い付けに動いております。しかし、その馬が届くのは一月はかかります。それに、馬を止め置く厩舎の数も、飼い葉も足らない為に、そもそもの問題として、十分な数は揃いません」
うーむ。
ま、何とかなるっしょ。
「なら、馬の代わりになるモノは、私が用意しておくよ。とりあえず、明日までに、馬車を30台動かせる状態にしておく。悪いんだけれど、今日の夕方便で、駅馬車隊の余剰人員を送ってくれない?明日の朝便の帰りに新しい馬車30台を動かして帰れるように」
「わかりました。トリスタン殿には?」
「一応報告しておいてね。私からも伝えておくけれど」
「了解しました」
駅馬車が帰って行った。
私は、トリスタンに連絡する。
「馬車が足りないんだって?私が造ったげるよ。明日の朝便の帰りで、馬車30台をそっちに送る。馬車30台を持って帰ってもらうから、今日の夕方便で人員を送ってくれない?」
「明日の朝では、いけませんか?」
「私が造る馬車は、少し特殊なんだよ。操縦の仕方を教えなくちゃ、だからね」
「わかりました。夕方に人員を向かわせます。何人必要でしょうか?」
「30台でしょう……なら、60人いれば良いよ」
「60人ですね。手配致します」
「それから、今日は、鉱物をガンガン送って、馬車の材料にするから」
「畏まりました」
「頼むね」
「それから【イースタリア】の中に、ターミナルを造りたいのですが、700金貨ほど予算承認して下さいませんか?」
「構わないけれど、用地は?」
「既に取得致しました」
「なら、今晩、私がそっちに行って、サクッとターミナルの建物やら、馬の厩舎やら、造れば良いよね?700金貨を支出するまでもないよ」
「そうして頂けるなら、それが最も良いですが、よろしいのですか?」
「それが一番、手っ取り早いでしょ?」
「ありがとうございます。では、お待ちしております」
私は、通話を終わらせた。
さてと、忙しくなるぞ〜。
私は、森に飛んだ。
・・・
私は、村にほど近い森の中で、【死神の大鎌】をブンブン振り回して、手当たり次第に木を伐採していた。
魔法で、やった方が早いけれど、これは、いわばトレーニングだ。
私は【湖竜】との一戦で死にかけて、魔法偏重の脆さを身に染みて理解したからね。
ま、生粋の魔法職の私が、武器習熟度を上げても、焼け石に水かもしれないけれど、やらないよりはマシだ。
寿命がないユーザーである私は、時間が有り余っているからね。
おっ!
長柄武器の熟練値が1ポイント上がったよ。
やっぱ、武器の扱いも練習しないとね〜。
切り倒された木は、枝を打ち、皮を剥いで、魔法で乾燥させ、材木にする。
材木は、私の【ゾンビ】達が、馬なしの馬車に乗せて引っ張り村に輸送して行く。
途中、魔物が襲って来たりするけれど、そっちは【エルダー・リッチ】達に任せて放置。
私は忙しいのだ。
村で使う薪用の木材も、ついでに採取しておこう。
必要な、材木が揃ったら、村にとって返す。
・・・
村に戻った私は、スペンサー爺さんに、薪用に乾燥させた木材を引き渡した。
【宝物庫】から大量の薪材をバラバラと地面に撒き散らして、後は、村の男衆に運んでもらう。
馬車造りをする為に移動。
駅馬車ターミナルの一角。
倉庫予定地の空き地。
ここで、馬車を造る。
素材を持ってこなくちゃね。
村の鍛治小屋の資材置き場に運び込まれていた鉱物類を物色。
鋼鉄、鋼鉄……。
何だよ、まともな品質の鋼材がないじゃん。
【ブリリア王国】の文明の衰退ぶりは、結構、深刻なレベルだと思う。
900年前は、工業先進国だったのに……。
ちっ!
ま、ない物は、愚痴っても仕方がないよね。
とりあえず、鉄鉱石から鋼材を作らなくてはならない。
私は、まず鉄鉱石を【加工】しながら、不純物を除去し、逆に炭素を添加して行く。
だいたい良いね。
無駄な物質が含まれていない、私好みの鋼鉄が出来た。
次に鋼鉄を、ステンレス鋼材として加工する。
【鑑定】しながら、クロム、タングステン、モリブデン、バナジウム、そして魔力を添加した。
最後に、密度を高めて行くと……。
強化ステンレス魔鋼となった。
これが全ての基本素材となる。
馬車のフレーム、ベアリング、ダンパー、サスペンションを製作。
ボールベアリングには潤滑剤が不可欠だ。
魔法的に、摩擦を低減させる方法もあるけれど、私以外に整備が出来ないのでは、意味がない。
シンプルにオイルを充填する方式にしよう。
性能の高い潤滑油やグリースは、高品質の鉄鋼すら生産出来ない現在の【ブリリア王国】では、入手を望むべくもないので、森で見つけた木の樹液を絞って、不乾性の樹脂を生成。
これを、獣脂と混ぜて即席の潤滑油を作った。
工業技術や化学の知識は、パーティ・メンバーだった、ナイアーラトテップさんや、ピットーレ・アブラメイリンさんから教えてもらってある。
あの2人は、戦闘では、ほとんど役に立たないポンコツだったけれど、生産職・研究職としては、超一流だった。
ナイアーラトテップさんは、あの超大手の生産系ユーザー・サークル……ヴァルプルギスの夜、の元中心メンバー。
ヴァルプルギスの夜、は、嘘か真か、NASAの現役職員とか、MITの教授とか、中央官庁の技官とか、そうそうたる顔ぶれが揃っていた最高のラボだった。
ナイアーラトテップさんは、ヴァルプルギスの夜、所属時に、【ドラゴニーア】から依頼されて、世界最強の飛空艦隊の建造計画に携わったらしい。
超大型空母【グレート・ディバイン・ドラゴン】や【グレート・ドラゴーニア】や、超弩級戦艦【グレート・ドレッドノート】級を建造したのだそうだ。
それらの図面を引いたのが、何を隠そう、ナイアーラトテップさん。
艦隊の図面は、【ドラゴーニア】の国家機密。
国宝と指定されているらしい。
ナイアーラトテップさんは、経済観念が欠落した少しヤバい人だったけれど、何げに凄い人だったのだ。
金使いが荒過ぎて、ヴァルプルギスの夜から追い出されちゃったらしいけれど……。
人口100万の地下都市を建築するとか、発想がブッ飛び過ぎているよ。
ウチのパーティは、会計を別財布にしていたから、ヴァルプルギスの夜、みたいに資金を勝手に使い込まれたりしなかったけれどね。
閑話休題。
馬車フレームに木材でボディを組む。
積載重量軽減の為に、既存の馬車にも搭載してある、浮遊魔法を行使する【魔法装置】をフレーム下部に設置。
段々、形は見えて来たね。
費用対効果を度外視すれば、陸上貨物輸送の理想は【浮遊移動機】だと思う。
【浮遊移動機】は、空中を浮いて、荷物を運べる装置。
あれなら、数千トンの荷重に耐えう得るし、車輪式じゃないから、路面や車軸の摩擦なんかも丸っと無視出来るからね。
でも、コストがかかり過ぎる。
製造には、【高位】の【魔法石】と、ミスリルなんかの魔法鉱が材料として必要になるし、操縦する人員は浮遊移動機を魔力で制御しなくちゃならない。
材料費と人件費、それが勿体ないよ。
自動運行という方法もあるけれど、そんな高度なプログラムを刻むには、【超位】の【工学魔法】が必要だ。
私は、【工学魔法】は【高位】までしか使えない。
私の駅馬車は、せいぜい食料や鋼材なんかを運ぶ用途でしかないんだから、そんな過剰なスペックは必要ないからね。
それに、もしも故障してしまった場合、文明の衰退した【ブリリア王国】のエンジニアでは、そんなオーバー・テクノロジーを修理出来ない。
ま、馬車が無難だ。
学校が終わったレイニールが私を探しに来た。
お昼ご飯らしい。
もう、そんな時間か……。
潤滑剤の試行錯誤で、かなり時間を取られてしまった。
私とレイニールは、アリスの家に向かう。
・・・
昼食後。
車輪問題か……。
エアチューブ式のタイヤは天然ゴムが見つからなかったので、作れない。
サウス大陸に行けば、野生のゴムの木が大量に自生しているんだけれど……。
ない物は、仕方がないよね。
植物樹脂を固化して、擬似ゴムとする。
柔軟性と耐久性で、天然ゴムに劣るね。
ま、【永続バフ】で何とかなるでしょう。
いちいち魔力を食うのは、仕方がない。
馬車が壊れるよりマシだ。
空気で膨らませたチューブ式のタイヤではなく、中身がミッシリ詰まった擬似ゴムタイヤは、衝撃吸収の面で不安。
相当な振動に曝されると思う。
ダンパーとサスペンションと【バフ】で、車体は守られるだろうけれど、乗り心地は、あまり良くないだろうね。
ま、回廊は接ぎ目のない平らな道だし、既存の馬車の振動対策だってロクなもんじゃなかった。
今、使っている馬車は、私の馬車より、もっと酷いから、クレームは来ないだろう。
故障した場合、速やかに修理が出来るように、ジャッキとスペアタイヤと工具を馬車の前部に搭載しておく。
私が造った馬車に屋根はない。
シンプルな荷台型。
屋根や壁を造ると、その分、車体重量が増えて積載量が減るからだ。
回廊に屋根があるから雨避けは、必要ない。
【イースタリア】の街中で、雨に降られたら、幌でも被せてもらえば良いだろう。
箱馬車じゃないと、盗賊とかに襲われたら、馬車に立て篭っての防衛戦が出来ない、って、スペンサー爺さんに言われた。
なるほど……。
盗賊……出るんだ?
他の大陸はどうか知らないけれど、ウエスト大陸では盗賊は珍しくないらしい。
この辺りは、【湖竜】の縄張りだし、そこそこ危ない魔物もスポーンするから、盗賊は活動していなかったけれど、今後は、どうなるかわからないって言われた。
うーむ……。
いや、屋根も壁もいらないよ。
私の村と【イースタリア】の間で、仕事をするような、気合いが入った盗賊がいるなら逆に会ってみたいものだ。
殺人とか、取り返しがつかない前科持ちじゃなければ、脅かして【契約】で行動を縛り、村の兵隊として死ぬまで、こき使ってあげるよ。
私の駅馬車を襲ったら、マジで酷いからね……。
とりあえず、馬車は完成。
次は、馬の方をなんとかしなくては……。
私が、馬の骨格を造っていると、フェリシアとレイニールが呼びに来た。
夕ご飯の時間らしい。
むむむ、これは、今晩は徹夜作業か?
安請合いするんじゃなかったかも。
・・・
夕食後。
最終便の駅馬車が、駅馬車隊の隊員を60人運んで来た。
彼らは、明日の朝に私が造った新型馬車を【イースタリア】に操縦する役目の隊員達。
「食事は済んだ?」
「はっ!【イースタリア】で済ませて参りました」
駅馬車隊の代表が言った。
とはいえ、【イースタリア】の出発は夕方の早い時間だったはず。
中途半端な時間だ。
きっと夜中に、お腹が空くだろうね。
後で夜食を差し入れをしてあげよう。
「宿泊は、商業集落のホテルでも構わないし、農業集落の集会場でも構わないよ。朝食は、病院の聖職者さん達と一緒に食べてね」
「はっ!」
60人の駅馬車隊は、結局、集会場に雑魚寝するみたい。
ホテルの個室は立派過ぎるとか何とか、遠慮されてしまった。
安宿の方は、まだベッドとかが設置されてないからね。
グレースさんに、駅馬車隊へ、後で夜食を差し入れしておいてくれるように頼む。
メニュー?
適当で。
肉の燻製と魚の干物と、あとワインで良いよ。
私は、【スケルトン】と【腐竜】を【宝物庫】から取り出した。
それを、城壁の上に並べておく。
ごめんよ。
資材を運ぶから、【宝物庫】のスペースが必要なんだ。
今夜、雨は降らないよね?
うん、大丈夫そうだ。
【サンタ・グレモリア】と【イースタリア】は、パスの限界距離である10kmより遠い。
つまり、この子達は、私が【イースタリア】に行っている間、ただの死体だ。
鍛治小屋の鉱物や、大量の材木を【宝物庫】に詰め込む。
私は、フェリシアとレイニールを【避難小屋】に入れた。
今晩は、私が村を離れるから、安全の為。
「ここにある本は読んでも良いからね。時間が来たら眠ること。良いね?」
「「わかりました」」
姉弟は素直に頷く。
2人は、私の言葉に1mmの疑いも持っていない。
フェリシアとレイニールには、私が戻るまでは、扉に鍵をかけて、外に出ないように言う。
こうしておけば、もし万が一、キブリ警備隊で対応しきれない強力な魔物に村が襲われても、フェリシアとレイニールだけは生き延びられるからね。
仮に、私が戻れなくても、食料は2週間やそこいら分は備蓄があるし、飲料水は無尽蔵に出るから、そうとうな期間、籠城出来るはず。
ま、フェリシアとレイニールの為なら、私は【ゾンビ】になっても絶対に戻ってくるけれどね。
あくまでも、念の為。
私は、【魔法のホウキ】に跨って、【イースタリア】に向かった。
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