第154話。グレモリー・グリモワールの日常…17…使徒。
名前…アリス・イースタリア
種族…【人】
性別…女性
年齢…14歳
職種…【貴人】
魔法…なし
特性…【気品】
レベル…5
9月19日。
早朝。
レイニールが私を起こしに来た。
今日からは、フェリシアも一緒。
2人の手には【魔法のホウキ・レプリカ】が握られている。
フェリシアは、毎朝、副村長のグレースさんを手伝って、家事仕事をしていたけれど、今日から家事仕事は、全面的に免除となったみたい。
フェリシア自身は、お手伝いをするつもりだったけれど、グレースさんが頑として認めなかった。
空を飛べるような偉い【魔法使い】に雑用を手伝わせる訳にはいかない、と。
大事な魔法の修行を優先するように、言われたらしい。
この世界では、【魔法使い】の社会的地位が、相当高いみたい。
【飛行】程度が使えると、それだけで、尊敬されるのだ、そうだ。
なるほど。
それがNPCの常識なら、私は、とやかく言うつもりはない。
私は、フェリシアに【魔法のホウキ・レプリカ】の扱い方を教えた。
すぐに覚えてしまう。
本当に、ビックリするくらいフェリシアとレイニールは、魔法の飲み込みが早い。
何て言うか……以心伝心と言うか、私の意思が読み取れるんじゃないかってくらいに、私の教えを理解する。
私の方も、姉弟の考えや、魔力の流れが、手に取るようにわかるんだよね……。
これは、パスが繋がっているんじゃないかな?
薄々、そんな気がしていた。
で、改めて2人を、詳しく【鑑定】して見ると。
名前…フェリシア
種族…【エルフ】
性別…女性
年齢…13歳
職種…【弟子】
魔法…【闘気】、【風魔法】(未習得)、【回復・治癒】(未習得)、【気象魔法】(未習得)
特性…【グレモリー・グリモワールの使徒】
レベル…5
名前…レイニール
種族…【エルフ】
性別…男性
年齢…10歳
職種…【弟子】
魔法…【闘気】、【風魔法】(未習得)、【防御魔法】(未習得)、【回復・治癒】(未習得)
特性…【グレモリー・グリモワールの使徒】
レベル…4
この、特性の、使徒、って……。
どゆこと?
ゲームでは、神殿の神官を【鑑定】で見ると、この使徒の表示が出る。
【神竜】の使徒とか、【リントヴルム】の使徒とか、表示される訳。
これさ、つまり、姉弟にとって、私が神になったって事?
私は、【聖格者】だけれど【神格者】ではない。
当然だ。
【神格者】は、生まれつきの種族クラスであって、後天的に、【神格】を得るなんて事は、ゲームの設定にはない……はず……。
このゲームの超ヘビー・ユーザーの私でも知らない隠し要素なのかな?
うーむ。
そんな隠し要素は、あり得ないと思う。
【神格者】は、不死身だ。
死んでもコスト0で甦れる。
そんな、チートは、ゲームバランスを崩す。
運営が、そんなチートを個人のユーザーに与えるはずはない。
私のステータスを確認しても……。
名前…グレモリー・グリモワール
種族…【ハイ・ヒューマン】
性別…女性
年齢…なし
職種…【大死霊術師】、【大魔導師】
魔法…多数
特性…【才能…死霊術、完全管制、複合職】
レベル…99
【ハイ・ヒューマン】……つまり【聖格者】と表示されている。
【神格者】ではない。
私は、各大陸の守護竜や、何人かのゲームマスターに会って、ステータスを見た事がある。
ゲームマスターは、【神格者】って表示されていた。
つまり、私は【神格者】ではないはず。
ならば、どうして?
ま、いっか。
考えても答えが出ない問題は、考える意味のない事だからね。
私は、難しい事を考えて、あれこれ悩むような性格じゃない。
なるようになる。
なるようにしかならない。
これが、私の座右の銘だ。
ともかく、何だかわからないけれど、この使徒表示が、姉弟と私にパスが繋がっている原因だと思う。
パスが繋がっているなら、パスが繋がっている前提で色々してみよう。
もっと積極的にね。
フェリシア、レイニール……私の声が頭の中で聴こえる?
とりあえず、思念を飛ばしてみた。
すると……。
「はい、聴こえます」
「うん、聴こえるよ」
やっぱり……。
思念を飛ばすのは、【念話】とは違う。
【念話】は、魔力を電波代わりに使った、単なる通信魔法。
パスを繋げて思念を飛ばすのは、別々の個体間で、脳と脳を繋げるみたいなモノ。
お互いにパスを通じて、相手の見ている物、聞いている音、匂い、手触り、感情の機微まで、伝え合える。
既に私は、姉弟の視点で物を見る事が出来ていた。
へえ〜、私ってこんな顔だったんだね。
自分でキャラメイクしたはずなんだけれど、キャラメイクした時の記憶はない。
東洋人的な顔立ちで、艶のある黒髪が長くて、肌が白くて、眠そうな目、鼻は小さく、唇は薄い……。
まあ、それなりには綺麗な顔立ちだと思う。
見た目、16、17歳ってところかな?
これ、ゲームの外の私の特徴を持っているのかな?
それとも、全然似ても似つかない顔なのかな?
フェリシアとレイニールも私の頭の中にお話をしてみて。
私はパスを通じて伝える。
えっ?
フェリシアは戸惑った。
わー、グレモリー様の中に入っちゃった。
レイニールは無邪気なもの。
もう、引き返せない。
パスの回路が一度構築されてしまったら、任意にはオン・オフが出来ないからだ。
パスは、感度を下げる、注意を向けない、という事は出来るけれど、完全なオフラインには出来ない。
物体と設定されている【アンデッド】の使役とは違い、フェリシアとレイニールは、生きているし、自我があるから、2人が生きている限り、私とのパスは繋がったままだ。
パスを通じてお互いの記憶を覗く事は出来ないし、思考を読み取る事も出来ない。
これは安全装置として必要。
私の膨大な魔法知識を、そのままフェリシアとレイニールに見せるのは、まだ早過ぎるからね。
因みに、今、私は、【竜魚】のキブリともパスが構築されている。
私は【完全管制】を持っているから、同時に千でも2千でも、パスの情報処理は出来るけれど。
フェリシアとレイニールは、慣れるまでは戸惑うだろう。
私の方も、フェリシアとレイニールの情操教育に悪いから、あまり酷い振る舞いは出来なくなった。
私が、無法を働けば、フェリシアとレイニールがそれを見る事になる。
ま、意識してやっている訳ではないから、仕方がない部分ではあるけれど……。
パスを通じて思念を飛ばす他に、【念話】という方法でもコミュニケーションは取れる。
この2つの違いは、パスは主体である者(私)を起点として同時複数とコミュニケーションが取れる事。
【念話】は1対1の相互通話だ。
パスの方が魔力消費が少なくて基本的に常時回線が開きっぱなしだけれど、有効半径が狭い。
最大でも半径10kmだ。
【念話】は基本的に効果範囲は無限大。
ただし距離に応じて消費魔力は増えて、回線を開いておくとその分魔力を消費する。
フェリシア、レイニール……これから魔法を教える時は、このパスを通じて教えるからね……私が魔法を使う時、どんなふうに魔力を操作しているか、感じてごらん……同じように出来れば、正しい魔力の使い方は簡単に覚えられるよ……でも、実際に魔法を発動する為には、魔力量、【器】の性能、演算能力、【魔法公式】の知識、熟練値、レベル、適性……色々と付随した発動条件があるから、私と同じように魔力を扱えても、私と同じ魔法が使える訳ではないからね……魔力の絶対量を増やして、魔力の純度を高めて、魔法や物理学の知識を身に付けなくてはダメ……頑張れる?
私は、パスを通じて伝えた。
はい、一生懸命修行します。
フェリシアはパスを通じて言う。
彼女の固い決心も同時に伝わって来た。
うん、僕は頑張れるよ。
レイニールはパスを通じて言う。
喜びと好奇心が伝わって来た。
私の魔法の教えは、許可なく他の人達に教えてはダメだよ……色々と危ないモノもあるし、フェリシアとレイニール以外には教えるつもりがないモノもあるからね。
私はパスを通じて伝えた。
わかりました。
うん、わかった。
フェリシアとレイニールがパスを通じて返事をする。
他の人に聴かせるのが、はばかられる事は、こうして思念を飛ばして伝えれば良い。
特に、魔法の知識や技術は、秘匿性の高いモノもある。
私独自の魔法の運用法とか、私が開発した【オリジナル・スペル】とか、ね。
私達は、村の見回りの為に、ホウキに乗って空に舞い上がった。
・・・
見回りが終わって、キブリ隊への餌やり。
「こうして、えいっ、て投げるんだよ。近くに投げ過ぎると、【竜魚】がコッチの壁にぶつかっちゃうから、堀の真ん中へんに投げるの」
レイニールが、【湖竜】の内臓を投げて見せる。
ふふふ、レイニールは、姉のフェリシアに先輩風を吹かせられるのが、嬉しいみたい。
「こう?」
フェリシアも、レイニールを餌やり係の先輩として認め、素直に教えに従っている。
「うん、そう」
レイニールは、頷いた。
3人で手分けして、キブリ隊への餌やりは終了。
・・・
朝食を食べながら、朝ご飯会議。
諸々の情報共有をする。
「明日、【ドラゴニーア】から、銀行ギルド職員が参ります。【サンタ・グレモリア】の支店長です。彼女が、今後、【ブリリア王国】の銀行ギルド各支店から人事異動してくる【サンタ・グレモリア】所属の職員達を率います」
ピオさんが言った。
「冒険者ギルド職員の方は、24日に事務方が3人参りますが、解体職人は、少し、時間がかかるようです。特に熟練の解体職人達は、現在、サウス大陸に緊急呼集がかかっている為に、こちらには、しばらく人手が回らないようです」
ヘザーさんが言う。
「例の作戦が始まりますからね」
ピオさんが言った。
「はい。あれの影響で、冒険者ギルドは、もう、戦争のような忙しさです」
ヘザーさんが言う。
ん?
「例の作戦て?」
「ああ……。ヘザー、これは冒険者ギルド職員の、あなたから先に伝えた方が良いでのでは?私が知る情報と、冒険者ギルドが公式に広報している情報で、多少、違いがあるかもしれません。まずは、公式情報を、お伝えした方が良いでしょう」
ピオさんがヘザーさんを促した。
「あ、はい。現在、とある方達が、魔物に占拠されたサウス大陸を人種の手に取り戻す為に奪還作戦を計画されています。私ども、冒険者ギルドは、その奪還作戦への協力を仰せつかりました。公式の広報として、お話出来るのは、ここまでです。職業上の守秘義務がございますので、これ以上の情報は、私の立場では出せません」
ヘザーさんが言う。
サウス大陸は、900年前、北の【アトランティーデ海洋国】以外の国が魔物のスタンピードで滅びてしまったらしい。
西の【ティオピーア】と、東の【オフィール】の首都は奪還したものの、それ以外の中央国家【パラディーゾ】が【大密林】に飲み込まれ、南の【ムームー】も様子がわからなくなっているのだ、とか。
サウス大陸の大半は、現在も魔物が支配する領域なのだ。
そのサウス大陸を人種文明に取り戻す為に、誰かが計画を立てている。
ヘザーさんは、たぶん、意図的に、仰せつかる、なんていう仰々しい言葉を使った。
つまり、身分が高い誰か、そして、900年もの間、魔物に蹂躙されている大陸を奪還出来るほどの武力を持つ誰か、とは……たぶん、あの人だろう。
「皆さま、これから、お話する事は他言無用で、お願い致しますね……」
ピオさんが、そんな前置きをする。
私達は、全員で【契約】をした。
「奪還作戦の首謀者は、ゲームマスターでしょ?」
「ご存知でしたか?」
「他に、そんな事が可能な人はいないだろうからね。私はスタンピードを実際に見た事はないけれど、どういう事が起きるかは知識として知っている。私が知っている情報通りなら、英雄がいなくなった、この世界で、スタンピードに対抗出来るのは、ゲームマスターだけだもん」
「スタンピードには、やはり、グレモリー様の武力をもってしても抗せませんか?」
ピオさんが訊ねる。
「私1人では、とても無理だね。万とかの単位での英雄による超大規模なレイドじゃなけりゃ対処のしようがないよ。私は、遺跡を200回以上、攻略したけれど、遺跡の魔物を全て相手にした訳じゃない。なるべく、強力な魔物との会敵を避けて、階層ボス戦や、ダンジョン・ボス戦まで、戦力や魔力を温存して攻略したんだよ。スタンピードの魔物は、ヘイトが桁違いに高くなると設定されている。スタンピードへの対応は、実質、遺跡の魔物を丸ごと相手にするような戦いになると思うんだよね。いくら、私が【超位】級の魔法職で、私の兵隊達が強力でも、群をなして襲ってくる【超位】級の魔物と、そう何度も続けては戦えない。英雄達がいなくなった現状では、不死身で馬鹿みたいな火力があるゲームマスターじゃなきゃ無理だよ」
「実は、【調停者】のノヒト・ナカ様に加勢して、もう、お一方、サウス大陸に向かった方がいらっしゃいます」
ピオさんが言った。
以前、ピオさんは、ゲームマスターの、なかのひと、が、休眠している【神竜】を復活させて、現世に留まれるように存在を固定化した、と言っていた。
つまり、その、もう1人って……。
「【神竜】?」
ピオさんは、黙って頷いた。
なるほど。
ゲームマスターと【神竜】が協力して事にあたるなら、サウス大陸の奪還は、案外、簡単に出来そうだね。
「率直に伺います。グレモリー様は、【調停者】様と【神竜】様の御2柱なら、サウス大陸の奪還が可能だと思いますか?」
ピオさんが訊ねた。
「時間の問題だけでしょ」
「つまり、奪還はなる、と?」
「うん。全く問題なく成し遂げると思うよ。それが、1ヶ月か、半年か、1年か、は、予測出来ないけれど、ゲームマスターと【神竜】が参戦するレイドなら、相手がどんなに強くて、数が多くても、絶対に勝つだろうね」
あの人達は……ゲーム・バランス?何それ美味しいの?……ってレベルでクッソ強い。
なかのひと、なんか、この異世界が存在する宇宙ごと破壊出来る、って公式設定集に明示されているんだよ。
もう想像すら出来ないくらいの破壊神ぶりだ。
「なるほど」
ピオさんは、深く頷く。
私は【神竜】が戦っている所を見た事はないけれど、公式設定集に書いてあるステータス表示を記憶していた。
【神竜】のレベル・クオリティの換算率も知っている。
【神竜】は、比較するのが馬鹿馬鹿しいくらいに、デタラメに強い。
公式ゲームマスターの、なかのひと、もだ。
あの1人と1体なら、サウス大陸の奪還くらい問題なくやってのけるだろう。
「なかのひと、って、自分も、コッチの世界に閉じ込められて、帰れなくなっているのに、世界の為に働いているなんて凄いね。私には真似出来ない。やっぱりゲームマスターなんだね」
「はい、正に【創造主】の御使たるに、相応しい、お方と存じます」
ピオさんは言った。
「全くですね。【神格者】とは、偉大だと思います」
ヘザーさんが言う。
いや、私が言っているのは、そんな話じゃない。
ゲームマスターは、この世界の住人であるNPCにとっては、神様、なのかもしれないけれど、私達ゲームのユーザーにとっては違う。
神様っていうのは、ただの設定であって、実際は生身の人間だ。
確か、なかのひと、は、このゲームを創った会社の社員だったはず。
つまり、中身は、普通の日本人。
単なるゲーム会社のサラリーマンだ。
そんな普通の人が、人種文明の生存権奪還の為に戦おうとしている。
もちろん、ゲームマスターは、不死身だから、その力があるけれど……。
私なら、そんな行動をしようと思うかな?
いや、そんな重たい責任は負いたくない。
【神竜】を復活させたのも、サウス大陸奪還作戦を手伝わせる為だとしたら……。
なかのひと、の行動は、一貫して、このゲームのNPCを守る為に動いている事になる。
なかのひと……底知れない。
同じ日本人として、到底、敵わないような立派な人なんだろうね。
何だか、自分が急に小っぽけな存在に思えて来たよ。
私は、立派な、なかのひと、に触発されて、一つの決意をした。
私と、なかのひと、は同じ日本人で、同じゲームの外の人間。
なかのひと、は、世界を救う為に働いている。
もちろん、私と、なかのひと、では、能力が全く違う。
でも、人としての意思や佇まい、は、変わらないはず。
なら、私は、世界を救う事は出来なくても、せめて、私の村【サンタ・グレモリア】を守る為に、もう少し頑張ってみよう。
本当に危なくなったら、フェリシアとレイニールとキブリを連れて逃げるかもしれないけれど……。
私は、ユーザーだ。
ユーザーは、ゲームの中で死んでも、レベル半減・所持金半減のコストで生き返る。
でも、私は、異世界転移して以来、まだ、死んだ事がない。
死んだら、復活出来るのか、確証がないのだ。
試してみようとは思えない。
もし、異世界転移後は、死亡コンティニューが出来なくなっていたら、取り返しがつかないからだ。
だから、生命を掛けてまで、【サンタ・グレモリア】を守るのは、出来ない。
それは、ごめんなさい。
でも、死なない範囲で全力を尽くしてみよう。
同じ地球人の、なかのひと、に軽蔑されない程度には……。
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