第152話。グレモリー・グリモワールの日常…15…魔法物理学。
【サンタ・グレモリア】の農業集落の区画。
北東…最初に作った米畑とその周りに住居。
(グレモリーの家【避難小屋】と、村の首脳陣達の各家、集会場、公衆浴場、保育園、学校、鍛治小屋、馬の厩舎などもある)
中央東…堀に繋がるプールと干物加工場と水門。
南東…追加で作った米畑とその周りに住居。
中央部北側…駅馬車ターミナルと倉庫群。
中央部南側…サンタ・グレモリア役所、兼、アリスの屋敷(予定地)。
北西…サンタ・グレモリア病院。
南西…【魔法草】畑。
正午。
お昼ご飯は、魔物肉と、野菜のスープと、白パン。
毎日、毎食、だいたい、このメニュー。
メインの魔物肉の種類が変わったり、調理法が変わったりするだけ……。
もう、パターンは出尽くした感がある。
因みに今日の魔物肉は、デカイ猪【パイア】のロースト。
【パイア】は、肉が美味しいから人気の食材。
【竜の湖】の周囲の原野は、【パイア】のスポーン地帯だから、死ぬほど獲れる。
とはいえ、それなりに強力な【中位】の魔物である【パイア】を狩るのは、NPCの【狩人】やNPCの冒険者には、命懸け。
別の意味で、死ぬかもしれない。
だから、毎日【パイア】を食べられて、村人さん達には、大好評。
ピオさん曰く……この【パイア】を狩猟して食肉加工して出荷する体制を構築出来れば、それだけで村の産業としては十分……というくらいの群生地みたい。
でもね……もう、飽きたんだよ。
【パイア】のローストも、【パイア】の煮込みも!
お祝い事があると、私が【湖竜】の肉も出す?
そうでなくて。
肉の種類云々の話じゃないんだよ。
もっと、こう、生姜焼きとか、ネギ塩豚丼とか、豚カツとか、餃子とか、色々あるでしょう?
血湧き肉躍るような、メニューが。
商業集落に誘致した料理人もいるけれど……あっちも、煮込み一品だけの店、串焼き専門店、野菜の塩漬け専門店、頑なに白パンしか焼かないパン屋さん……。
バリエーションがないんだよ、オマイ達は。
これは、教育が必要だ。
・・・
駅馬車の昼便が、到着して、荷降ろし積み出し、患者の治療が終わった後。
行動開始。
私は、商業集落の料理人全員と、手隙の家庭の奥さん達を商業集落のホテルのホールに集めた。
ホテルは、建物は立派だけれど、まだ営業なんかしていない。
お客さんがいないからね。
レストランもそう。
ホテルは準備段階、レストランの収益補填は、私がしている。
ホテルとレストランは、誘致のタイミングが早かったね。
ピオさんは……その内、人が集まりますよ……と慰めてくれた。
商業集落で、まともに営業しているのは、数件の食料品専門店だけ。
パン屋、塩漬け野菜店、煮込み店、串焼き肉店……。
塩漬け野菜と煮込みと串焼きは私が買って、学校給食にしている。
村の学校の給食は無料だ。
パンも私が一括で買い取って、各世帯に配給。
このパン屋さんは、何故か、白パンしか焼かない頑固親父の店だ。
私は、菓子パンとかが食べたいんだが……。
ま、この親父の白パンは、それなりに美味しいから、とりあえずは、好きにやらしている。
「これから、グレモリー・グリモワール料理教室を行います」
私は言った。
助手はフェリシアとレイニールとグレースさんと、村の奥さん10人。
私は、まずパイアの肉の上等なバラ肉を、魔法でミンチにする。
見学者達は、えっ、て顔をした。
何でも、ミンチとか挽肉は、価値のないクズ肉を食べる為に仕方なくする事で、お肉屋さんは、プライドにかけて挽肉なんか売らないし、家庭でも挽肉料理なんか出したら、旦那さんが家出するレベルで嫌がるらしい。
知らねぇんだよ。
オマイ達の、プライドと常識は。
私は、美味しいもんが食いたいんじゃ、ボケ。
いけない、いけない、食べ物が絡むと、人間て殺伐としちゃうよね。
私が、調子良くミンチを作る横で、助手の奥さん達が、キャベツとニラと玉ネギを猛烈な勢いでみじん切りにしている。
フェリシアとレイニールとグレースさんは、小麦粉を練っていた。
メニューは、餃子だ。
私は餃子は白菜派なんだけれど、【ブリリア王国】には白菜がない。
ゴマ油もない。
醤油もない。
ま、何とかなるっしょ。
因みに、トリスタンが買い付けた鉱物が、村に届いたら、ミンサーを私が製造して、商業集落に誘致した肉屋には、私権限で強制的に挽肉を売らせる。
文句があるなら、出て行ってもらうよ。
餃子の作り方は、色々とある。
でも、私が知っていたレシピは、いつ覚えたものか、全くわからない。
これは、つまり私の家庭の味なんだと思うんだよね。
レシピを完璧に覚えているのに、いつ覚えたのか記憶がないんだから。
私は、自分自身の個人情報に関する記憶が不自然に消えている。
これは、何らかの作為が働いているに違いない。
つまり、いつ覚えたのか誰に習ったのか不明で、何だかわからないけれど知っていた知識は、たぶん、私の個人情報に関する記憶の断片なんじゃないかな?
うん、名推理。
つまり、餃子の作り方は、私が、家族から習った記憶なんだと思う。
私の、お袋の味……。
母親から習ったとは限らないけれどね。
みじん切りにしたキャベツとニラは塩を振って、水気を抜き、【パイア】のミンチと、おろし生姜と塩コショウと植物油と一緒にして混ぜる。
私のレシピでは、ニンニクを入れない。
【パイア】の肉は、あの凶暴な外見とは違って、本当に上質。
臭みなんか全くないんだよね。
だから、ニンニクとかハーブとかで臭み消しをする必要はない。
混ぜた餃子アンに、清潔な布巾をかけて、冷蔵庫でしばらく寝かす。
玉ネギは、餃子には使わない。
これは、別の料理の材料。
餃子の皮の具合は?
うん、まずまずだね。
よし、こちらも冷蔵庫で寝かす。
寝かしている間に、もう一品。
蒸したジャガイモを潰して、挽肉と、さっき刻んでもらった玉ネギと、甘辛く調節した調味液を混ぜ、小麦粉、生卵、パン粉を付けて揚げる。
コロッケだ。
さあ、熱い内にお食べ。
みんながコロッケを食べている間に、奥さん達と餃子を包む。
私は、魔法で……。
そーれ、焼くぞ〜っ!
焼き上がりを味見してもらう。
ベースにしっかり味付けしてあるから、醤油がなくても食べられるでしょう。
お好みで、酢をつけて食べてね。
大好評。
当たり前だね。
餃子は美味しい。
私も、味見。
美味い。
コロッケも餃子も、懐かしい味だ。
ビールが欲しいね。
こっちのエールは、何だか間の抜けた味で、不味くはないけれど、餃子に合うのは、やっぱりビールでしょう。
ピオさんが言うには、セントラル大陸には、普通にビールがあるらしい。
それはそうでしょ、900年前には、世界中にあったんだから。
料理教室は、好評の内に終了。
次は、パスタとかピッツァとかを教えてやろう。
で、今晩の晩ご飯のおかずは、村中、コロッケと餃子になった。
私が教えたレシピだから、低く見られている挽肉料理だけれど、夫婦喧嘩にはならないだろう。
食生活の改善は、急務だね。
例えば、こっちの人は、絶対にサラダを食べない。
私は、別にサラダ好きでもないけれど、食べられないと食べたくなる。
でも、生野菜は、寄生虫とかが洒落にならないらしい。
私なら、魔法で何とでもなるけれど……。
私を真似して、村人さん達が生野菜を食べたりするかもしれないから、公衆衛生の啓蒙上、私もサラダは食べていない。
ピオさん情報では、セントラル大陸では、サラダは普通にあるし、お寿司もあるらしい。
セントラル大陸に移住したいよ。
サラダとか、お刺身とか、卵かけご飯とか、が食べたい。
ま、その内、何とかしてやるつもりだ。
きっと肥料にしている堆肥の発酵が甘いのが悪いんだと思う。
堆肥ではなく、リンとかカリウムとか、必要な栄養素を魔法で生成したら良いと思う。
【錬金術】には、そういう魔法もあるし、私は、割と【錬金術】の知識は、ある方だ。
よし、化学肥料を製造しよう。
魔法による化学肥料は、地球の物に比べても安全だ。
人体に有害な成分は完全除去できるからね。
それから、現代日本だと、農作物を出荷する時に、オゾン殺菌とかしているよね。
これも、魔法で再現出来そうだ。
今度、【魔法装置】を試作してみよう。
・・・
午後。
フェリシアとレイニールに魔法を教える。
この子達は、間違いなく天才。
魔力の体内での圧縮も純化も、あっという間に覚えたからね。
魔力の純化を5分で習得するなんて、ユーザー並かも。
【理力魔法】も、すぐに覚えて、今は、【飛行】で村の上空100mほどの高さをフワフワ浮かんでいる。
普通、魔法の指導初日で【飛行】を覚えたりなんか出来ない。
ま、私は出来たけれど……。
つまり、2人の魔法覚えが良いのは、私の指導が良いおかげでもあるね。
私は、魔法の行使も指導も超一流……超絶最高な魔法の天才だから。
私が900年前に書いた魔導書のシリーズは、私が知らない間に大ベストセラーになっていたらしい。
私の銀行ギルドの預金がとんでもない金額になっていたのは、利息分もあるけれど、この書籍の印税が振り込まれていたからだ。
今は、著作権が切れているから、印税は入らない。
私が書いた魔導書の複製版が出回っているそうだ。
ピオさんが、持っていた魔導書も、私の書いた魔導書の複製版だったよ。
でも、複製版は、色々と記述が変更されている。
ピオさん曰く、原典の記述通りにすると、魔法の行使が上手くいかない事が多々あり、時代を経るごとに、段々進歩しているのだ、とか。
進歩?
いやいや、ニュートン力学を、神様への信仰心でどうにかしよう、とかいうのが進歩?
エーテル?
神力?
何じゃそれ?
これは、偽科学の類だ。
完璧に間違えている。
この劣化コピー版に書かれている内容は、このゲームの魔法本来の設定とはかけ離れた偽物だ。
このゲームの魔法は、物理学に魔力という不思議ツールで介入して、物理現象を改変する行為。
つまり、基本は物理学なのだ。
だけど、この複製版に書いてあるのは、おまじないや宗教儀式みたいな事を基礎としている。
てんで、なっていない。
こんな物、デタラメだ。
原典の記述の通りにすると上手くいかないのは、物理学を理解していないからなんじゃないだろうか?
自分達が、お馬鹿なのを、私の本のせいにして、上手くいかない、なんて言われても、逆ギレも良い所だ。
私の魔導書には、不備はない。
【シエーロ】の【知の回廊】に査読させて、内容は完全に事実だって、証明してもらってあるんだから。
魔法……つまり物理学への無理解。
つまり、これが、この世界の文明衰退の原因なんじゃないだろうか?
「グレモリー様ぁ〜。見て見て〜……」
上空で、レイニールがクルクルと高速で回っていた。
「レイニール、あんまり回ると気持ち悪くなるよ〜」
「平気ぃ〜」
私が、フェリシアとレイニールの魔力反応を見ると、2人とも、体内の器官を保護する為に魔力を上手に操っている。
まだ、そんな高等技術は、教えてもいないのに……。
無意識にやっているのだ。
天才か!
村人さん達が、空に浮かぶフェリシアとレイニールを見上げていた。
村の子供達は、興奮気味に指差したりしている。
フェリシアとレイニールが、NPCでなければ、1年で【超位】級の【大魔導師】になっただろう。
つくづく、ユーザーでないのが惜しい。
NPCは、経験値のレベル換算率が、メチャクチャ低い。
何十年単位で修行しても、ゲーム開始数週間のユーザーに追い抜かれる。
うーむ……何とかならないものか?
その時、私は閃いた。
天啓を得た感じだね。
チュートリアル……。
あれに挑戦したらどうだろうか?
ゲームを始めると、ユーザーは、全員チュートリアルに参加する。
NPCがチュートリアルに参加したなんて話は聞いた事がない。
もしかしたら、チュートリアルへの参加経験が、ユーザーとNPCの、経験値とレベルの換算率の違いだとしたら……。
あり得る。
試したい。
でも、ウエスト大陸のチュートリアルが受けられる神殿は、全部【サントゥアリーオ】の中にある。
今、【サントゥアリーオ】は、守護竜【リントヴルム】が引き篭もっているせいで、入れない。
むむむ。
他の大陸に行って、ウチの子達にチュートリアルを受けさせたいけれど、今はまだ、村を長期間空けるだけの防衛戦力がない。
私の【エルダー・リッチ】も【腐竜】も、強力だけれど、遠くに離れ過ぎるとパスが途切れる。
最強の【大死霊術師】の私でも半径10kmが限界。
いくら私が超絶最高な魔法の天才でも、大陸間を隔てて、【アンデッド】を操るのは不可能。
距離が離れるほどに、消費魔力が莫大になる。
大陸間でのパスの維持なんて、どのくらいの魔力が必要になるのか、想像を絶するレベルだ。
こればっかりは、ゲームの仕様だから仕方がない。
精霊や妖精を使役する【精霊魔法使い】や【召喚士】も限界距離は同じ。
生きた魔物を使役する【調伏士】だけは、パスが途切れても、あらかじめ従魔に簡単な指示を与えておけば、距離は無制限だけれど、せいぜい、大人しく留守番をさせておくくらいの指示しか出来ない。
いずれ、フェリシアとレイニールには、チュートリアルを試したいね。
「はい、降りといで〜」
「「は〜い」」
2人は、ゆっくりと着陸した。
「うん。今日はここまで。まだ、私がいない時に1人で魔法は使っちゃダメ。事故が怖いからね。約束を守らないと、魔法は教えてあげないからね」
「「はい」」
うん、聞き分けが良い。
「魔法は1人で使っちゃダメだけれど、魔力の収束と純化はしても良いよ。むしろ、たくさん練習した方が良いね。暇な時は、ずっとしておいて、魔力の純化を無意識に出来るようになれば、一人前だよ」
「「わかりました」」
うん、良い子だね。
私は、この子達が大好きだ。
本当の家族だと思っている。
付き合いは、まだ、短いけれどね。
もしも、私の村が、私の手に負えない強力な敵に襲撃されたら、私はフェリシアとレイニールだけを連れて逃げる。
私の一番大切なモノは、フェリシアとレイニールだ。
次が、キブリ。
その次が、アリス、グレースさん、スペンサー爺さん。
その次は、トリスタンとその家族、ピオさん、ヘザーさん。
その次に、村人さん達。
フェリシアとレイニール以外も、一生懸命守るつもりだけれど、悪いけれど、村人さん達は、私が命懸けで守るほどじゃない。
だから、せめて、村人さん達には、食料や家や仕事を無償で与えて、税も安くしている。
本当にヤバイ時は、見捨てる代わり……という訳だ。
ま、そうならないように、色々と頑張るつもりではあるけれどね。
私は、フェリシアとレイニールを連れて、晩ご飯を食べに行く。
「グレモリー様。コロッケ、お代わりしても良い?」
フェリシアが訊ねた。
「もちろん」
「僕も僕も。コロッケと餃子をいっぱい、食べたい」
レイニールが言う。
「たくさんあるから、好きなだけ、お食べ」
村人さん達に晩ご飯のおかずとして配ったコロッケと餃子は、私達の分をグレースさんに渡してある。
それを、温め直した物が今晩の食卓に並ぶのだ。
でも、私の【宝物庫】には、出来立て熱々のコロッケと餃子が入っているから、足りなくなったら、追加はあるからね。
・・・
夕食後。
私は、土木工事に取り掛かった。
朝ご飯会議で頼まれた、安宿と港の基礎工事。
続きは、明日にしよう。
昨日も夜なべしたから、睡眠不足になる。
どうせなら、商業集落も農業集落と同じく新区画を拡張しようかな?
ピオさんのプランでは、住宅地を造れ、って事だしね。
ま、それも、明日以降だ。
今日は寝よう。
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