第15話。アーティファクトと銘物。
闇系魔法。
低位…ブラックアウト(暗転)
中位…ダークネス(暗黒)
高位…グラビテーションウェーブ(重力波)
超位…グラビティコラップス(重量崩壊)
神位…ブラックホール(重量特異点)
……などなど。
5人目の対戦相手は竜騎士団長のレオナルドさんですね。
【竜騎士】である彼は、【竜】に騎乗して戦うのかと思ったのですが、どうやら素の状態で戦うつもりのようです。
「1対1の戦いに、私だけ【竜】を連れて来る訳にはいきませんよ」
レオナルドさんは言いました。
レオナルドさんの得物は、歴代の竜騎士団長が代々受け継ぐという、【投槍】の【竜牙槍】。
その名の通り穂先は竜の牙で、柄はアダマンタイト。
投げても手元に戻って来るという魔法槍です。
【鑑定】で見ると【竜の牙の槍】と表示されました。
【竜牙槍】という正式名が表示されないという事は、【神の遺物】のような【名持ち武器】ではなく、銘……つまり単なる呼称なのでしょう。
あれはソフィアの歯ですか?
私は【念話】で訊ねました。
もしも、【神竜】の歯で作られた武器ならば、その威力は【神の遺物】に匹敵するか、あるいは上回る程に強力な筈です。
違うのじゃ……あれは【テュポーン】の奴めの牙じゃ……千二百年前に我が八つ裂きにした【テュポーン】の骸から牙を取って素材としたのじゃろう……我の牙は、あの十倍はあるし、硬すぎて武器には加工出来ん……人種が携帯武器として使える代物ではないのじゃ。
ソフィアは【念話】で答えました。
十倍って、そんなデカかったですか?
私は【念話】で疑義を唱えます。
見た感じ、精々5〜6倍だった気がするのですが……。
あのな、ノヒトよ……牙というモノの長さは歯茎に埋まっている歯根の部分までを云うのじゃ……我の牙は間違いなく、あれの十倍はあろう。
ソフィアが【念話】で答えました。
なるほど。
私も【収納】から【投槍】を取り出しました。
私の【神槍】を除けば、世界最高クラスの槍……【グングニル】。
こちらは歴とした【神の遺物】です。
「参ります!おおおーーっ!」
レオナルドさんが魔力全開で【竜牙槍】を投擲して来ました。
私もレオナルドさんが投げた槍の軌道に合わせ【グングニル】を投げて迎撃します。
空中で2本の槍が衝突しました。
【竜牙槍】が爆砕します。
次の瞬間……【グングニル】の直撃で頭を爆散させたレオナルドさんの身体が……バッタリ……と大の字に倒れました。
レオナルドさんの身体が消滅し、復活ゾーンから現れます。
「りゅ、【竜牙槍】が……」
レオナルドさんは狼狽して、顔面蒼白になって言いました。
レオナルドさんは自分の身体より、武器を先に心配します。
あ……。
【竜牙槍】は代々の竜騎士団長に受け継がれている、竜騎士団にとって大切な武器なのでしたね……。
言わば、竜騎士団長の象徴するような伝家の宝器。
それを私は跡形もなく完璧に破壊・消滅させてしまいました。
何か……ごめんなさい。
欠けたり折れたりしたのなら、私の【復元】で修理出来ますが、消滅してしまっては取り返しが付きません。
「【竜牙槍】の代わりに、この【グングニル】を差し上げます……」
私はレオナルドさんに【グングニル】を手渡そうとして、はたと思い直しました。
いや待てよ。
竜騎士団が使用するのなら、【グングニル】より適した槍があります。
私はレオナルドさんに【収納】から取り出した別の槍をプレゼントしました。
こちらも【グングニル】同様の【神の遺物】で、名前は【ゲイ・ボルグ】。
もちろん投げても投擲者の手元に自動で戻って来ます。
「この【ゲイ・ボルグ】は、投擲すると最大30本に分かれて飛翔します。投げる時に目標物を個別に指定する事で分裂する本数は調節出来ますよ。それに目標物が回避行動を取っても、ある程度は自動追尾もします。【ゲイ・ボルグ】は貫通力と最大威力値の点で【グングニル】に一歩劣りますが、面制圧力と複数目標への同時攻撃能力で上回ります。【竜騎士】の運用目的からして空爆が主要攻撃でしょうから、【ゲイ・ボルグ】のギミックは打って付けですよ」
私は説明しました。
「【神の遺物】の【ゲイ・ボルグ】とは……何たる名槍。有り難き幸せ。これよりは【調停者】ノヒト様の手から直接御下賜賜った……神授の槍……として、我ら竜騎士団の新たなる象徴と致したく存じます」
レオナルドさんは跪いて、恭しく【ゲイ・ボルグ】を受け取り、頭上に捧げ持って言います。
レオナルドさんは観客席に居並ぶ部下の竜騎士団に向かい、【ゲイ・ボルグ】を突き上げてアピールしました。
「「「「「おおおーーっ!」」」」」
竜騎士団が一斉に歓呼の声を上げます。
体育会系のノリですね。
そういう感じも嫌いではないです。
・・・
私は5人の対戦相手を撃破し、6人目のイルデブランドさんと向き合います。
イルデブランドさんとの戦いも一瞬で終わりました。
しかし、イルデブランドさんは、【ドラゴニーア】軍最強と呼ばれるだけあって大したモノです。
一合で仕留めるつもりだった私に二合目を使わせたのですから。
イルデブランドさんの【戦斧】による快心の一撃を私は拳で迎撃。
【戦斧】は破断しました。
イルデブランドさんは、それでも委細構わず壊れた【戦斧】の残った柄だけを振り切り抜きますが……それより速く私の拳がイルデブランドさんに突き刺さります。
イルデブランドさんの腹には風穴が空いていました。
「【完全治癒】」
私はイルデブランドさんを治療します。
「かたじけない……」
イルデブランドさんは言いました。
「ついでに翼の古傷も直しておきましたよ」
「何と!本当だ……大神官様の【超位】の治癒魔法でも直せなかった忌々しい【呪詛】が掛けられていたというのに……」
「【治癒】をかける前に、【神位魔法】で肉体組織だけでなく遺伝子ごと根本治療しました」
「なるほど。重ね重ね、ありがとうございます」
イルデブランドさんは深々と頭を下げました。
イルデブランドさんに掛けられていた呪詛というのは、【超位魔法】の【呪】。
【呪】など【呪詛魔法】系統で負った傷病痕は、【呪詛】の種類がわかれば対応した【解呪】の魔法か【能力】、あるいは【解呪】のギミックを持つ【神の遺物】のアイテムを用いれば比較的簡単に治療出来ます。
ただし、【呪詛魔法】が厄介なのは、【呪詛】の種類に対応した正しい【解呪】を施術しなければ、より症状を悪化させる危険がある点でした。
しかし、【呪詛魔法】は現代では魔法体系的に廃れているらしく、従って【解呪】の方法も殆が失われてしまっているようです。
なので、解呪法がわからない場合、私がやったように呪われている肉体組織を遺伝子レベルで再構築し直す【魔法公式】を組んだ上で、【治癒】を掛けなければいけません。
これは医療というより分子生物学の範疇に入ると思います。
その他の【呪詛】の治療法としては、超出力の【完全治癒】で無理矢理【呪詛】を捻じ伏せる方法もありますが、これは副作用があり患者に掛かる負荷が大きくなりますし、そもそも魔力コストが跳ね上がるので、魔力無限の私や、膨大な魔力量を持つ守護竜などでなければ出来ません。
私がイルデブランドさんの身体への【治癒】のついでに、【戦斧】にも【復元】をかけて修理すると、イルデブランドさんは何故だか残念そうにしていました。
私から新しい武器をもらえると期待した?
いやいや、武器は完璧に直りましたよ。
道具は大事にしましょう。
こらこら、【不滅の大理石】の床に叩きつけて地味に壊そうとしない。
何をしているんですか、この人は?
あなたは【ドラゴニーア】軍制服組のトップでしょう?
子供じゃあるまいし……。
私はイルデブランドさんから刃こぼれした【戦斧】を取り上げ、再び【復元】をかけました。
イルデブランドさんが哀愁を帯びた顔をしています。
そんなに【神の遺物】の武器が欲しいのですか?
武器の性能には拘らないが【調停者】たる私の手から武器を授かりたい?
あ、そう。
案外この人は憎めないキャラなんですね……。
仕方がありません。
私はイルデブランドさんから、もう一度【戦斧】を受け取りました。
「これの材質は魔鋼ですね?」
「はい。ノース大陸の【ドワーフ】の国【ニダヴェリール】で鍛えられた大業物です。無銘ですが長年使い込んで私の魔力と馴染んだ良い武器です」
イルデブランドさんの口調が畏まったものに変わっていました。
私はイルデブランドさんから認められたという事なのでしょう。
イルデブランドさんは……武人は剣戟でわかり合うものだ……とか言っていましたからね。
脳筋論理は、私には理解不能ですが……。
私は【生産系魔法】の【加工】で、【戦斧】の密度を高めバランスを調整した後、武器スロット枠に複数の【効果付与】を刻みました。
なるほど、【ニダヴェリール】の【ドワーフ】の鍛えた大業物というだけあって、武器に【効果付与】が可能なスロット枠が3つもあります。
【神の遺物】ではない、製造された武器・防具・アイテムに付くスロット枠の数は、それを製造した者の能力に左右されますからね。
しかし、どうやら現代では【効果付与】の技術体系も失われているようです。
イルデブランドさんの【戦斧】のスロット枠は空でしたので。
ゲームマスターの私は【効果付与】も最大値で使えます。
鍛冶など生産系の技術だって【ドワーフ】の国【ニダヴェリール】の国家鍛冶師にも引けは取りません。
魔鋼は、オリハルコンやミスリルと同様に魔力親和性の高い素材です。
なので素材自体が【魔法触媒】となり、【魔法石】などを用いなくても【効果付与】が可能でした。
仕上げに【耐久力】を最大限向上させる【永続バフ】を掛けます。
「3つの【効果付与】をしておきました。最大値の【耐久力】と、使用者が魔力を流して使用する事によって斧の速度が加速し斬れ味が増すギミックと、敵に接触したインパクトの瞬間に質量が増大するギミックです。【効果付与】が施されていない素鋼の魔鋼装備くらいなら、トマトを切るように真っ二つですよ」
「す、素晴らしい……。ありがとうございます」
イルデブランドさんは【戦斧】を受け取ると早速振り回して使い勝手を確認していました。
「どうですか?」
「軽いです。まるでナイフを振っているようですな。これなら片手で取り回せます。空いた手に大楯を持つか……いや、いっその事もう片方の手にも武器を持って二刀使いという方法もありますな……」
元部下のレオナルドさんには【神の遺物】の【ゲイ・ボルグ】を贈っているのに、イルデブランドさんは私が改造した武器で恐縮ですが……どうやら満足してくれたようなので何よりです。
「私は【効果付与】しただけです。この【戦斧】は元が良かったのですよ。相当な名人が鍛えたのでしょうね?」
「はい。【ニダヴェリール】の国家鍛冶師の手による逸品です。ノヒト様、この武器に銘を下さいませんか?」
「私が銘を付けて良いのですか?」
「はい。是非お願い致します」
「では……魔戦斧【竜の顎】という銘はどうでしょう?」
「【竜の顎】。それは素晴らしい。伝家の宝斧といたします」
イルデブランドさんは跪き恭しく戦斧を捧げ持って言いました。
因みに、武器・防具・アイテムなどの名称ですが、固有名と一般名、そして銘があります。
【アルタキアラ】、【グングニル】、【ゲイ・ボルグ】など【神の遺物】は固有名を持ちます。
【神の遺物】は【鑑定】で見たり、【収納】に仕舞うと、その固有名や性能などを運営が規定したステータス値と香り付け設定を確認する事が可能でした。
このように【神の遺物】は、原則として【名持ち武器】や【名持ちアイテム】などと呼ばれます。
例外は、設定上【神の遺物】と指定されていても、【乗り物】、【魔法装置】、【魔道具】の類や、今日の午前中に道具屋街で私が購入した【自動人形】のような非生命体NPCなどには固有名がない場合もあります。
これらの固有名の設定されていない【神の遺物】は、【無名の神の遺物】と呼ばれました。
そもそも【神の遺物】とは何ぞや?
この世界の設定では、ゲーム開発チームが創った……貴重で、強力で、複製不可能な武器・防具・アイテムの事を公式に【神の遺物】と定義しています。
一応それぞれ固有名を持っていますが、実際には世界で1つしかない訳ではありません。
複数のユーザーが【アルタキアラ】などの固有という建前の【神の遺物】を所有していたのです。
ユーザーの中には貴重な【神の遺物】を売りに出す人もいて、場合によっては【アルタキアラ】を2本所有するなどというユーザーもいました。
ただし、貴重な事は確かですし、900年前の【英雄】の大消失でいなくなったユーザーと一緒に、現在は相当数の【神の遺物】が消失していると思われます。
因みに、私は【神の遺物】を大量に【収納】に所有していました。
フル・コンプではありませんが大体は揃っています。
武器とアイテムに関しては複数持っている物も多く、レオナルドさんにあげた【ゲイ・ボルグ】も同じモノがストックしてありました。
ゲームマスター業務への必要性から言ってストックのない【神の遺物】を簡単に他人に譲渡したりは出来ません。
話を戻しますが、つまりゲームがプレーされていた900年前に存在せず、その後に製造された武器・防具・アイテムなどは、どんなに貴重でも【神の遺物】ではないのです。
こちらの世界では【鑑定】の魔法や【収納】にしまうことでアイテムの真贋は簡単に判別出来ますので、【神の遺物】を騙った偽物を販売するなどという詐欺商法は出来ません。
【神の遺物】以外の武器・防具・アイテムなどは【鋼の剣】や【魔鋼の戦斧】などと一般名表示されます。
その一般名の武器・防具・アイテムに特別に付ける固有名称をゲームの設定では……銘……と呼んで区別していました。
今の時代も、その設定がきちんと踏襲されているようです。
銘持ちの有名な武器には、ユーザーや古の名持ちNPCが造り上げ900年伝来されたモノもあるのだとか。
そう云うモノの中には、【神の遺物】に匹敵するか、用途によっては一部性能で上回る武器・防具・アイテムなども存在するようです。
【神の遺物】はゲーム会社がプログラムしたゲーム内世界の物理演算を無視した破格のスペックを持つ場合もありますが、詰まるところプログラム・コードの集合データに過ぎません。
製造された武器・防具・アイテムでも物理演算に整合しながら集合データとしてカタログ・スペックを向上させる事は可能でした。
私の【ゲームマスターの装備】シリーズや【神の装備】シリーズは【神の遺物】ですらなく、言わば【世界の異物】。
この世界に実装されていない、本来存在する筈がないモノなのです。
お読み頂き、ありがとうございます。
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