第140話。グレーゾーン。
名前…グロリア
種族…【狼人】
性別…女性
年齢…16歳
職種…【武道家】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】、【回復・治癒】
特性…獣化、【才能…回復・治癒魔法】
レベル…25
パーティのリーダー。
やや気弱ながら、しっかり者。
夕刻。
竜都【ドラゴニーア】竜城。
私達は、帰還しました。
激しい、精神的疲労があります。
本来なら、千年要塞に立ち寄って、買取査定の金額を確認したり、新たな買取素材を査定の為に預けたり、とやるべき事があったのですが、もう面倒臭くなったので、今日は直帰して来ました。
5時間も、上空超高高度に留まって、【マッピング】サーチをひたすら、やり続けていたのです。
アホほど精神がすり減りました。
精神耐性最大の効果がなかったら、発狂していたのではないでしょうか……。
とにかく大変だったのです……色々な意味で。
基本的に人種の反応は、中立を示す白色の光点反応で表示されます。
これが、想像より、ずっと多かったのです。
カウンターによると、桁数は億を軽く超えていました。
ふぁ?
思わず、変な声が出てしまいましたよ。
超広範囲のサーチは初めての経験でしたが、設定上出来るはずだと思っていました。
もちろん出来ました。
【超神位魔法】で広大な半径を指定して、【マップ】とリンクさせただけです。
簡単な、お仕事……のはずでした。
しかし、想定外の事態が発生。
【超神位魔法】を【マッピング】機能にリンクさせると、【マッピング】機能の性能がバカ上がりしたのです。
何と、昆虫などの発する微弱な魔力反応まで、全て拾ってしまいました。
そこから、試行錯誤して、何とか、調整を行って、使えるようにするまでに2時間。
もう、この時点で私は半泣きでした。
調整済みの【マップ】でサーチすると、今度は、魔力溜まりを生物と誤認する不具合が……。
多くの冒険者達を投入し、何百回も出動させましたが、全て空振り。
私の信用はダダ下がりです。
まあ、私の信用なんか、この際どうでも良いのです。
とりあえず、白色光点反応は、シラミ潰しに確認してもらいました。
冒険者達から直接クレームはありませんでしたが、スマホで報告を聞いている時に、通話者の後ろにいた冒険者が舌打ちしながら悪態を吐いている声が聞こえたのです。
いやぁ〜、さすが、私が設計したスマホですね。
マイクの感度が、とても良いのですよ。
小さな声もクリアに拾います。
ははは……。
精神耐性最大効果の助けを借りて、動揺を微塵も見せず……こういう仕様ですので……とキッパリと言い張りましたけれどね。
とにかく、キツいミッションでした。
アレだけ苦労をしたにも関わらず成果はなし。
心が折れなかった自分を褒めてあげたいくらいですよ。
ともかく、あと2日これをしなければならないのです。
そう考えると、クラッとして来ますね。
しかし、自分からやると言い出した事なので、やるだけの事は、やらなければいけません。
空振りがほとんどだとしても、反応を全て確認して回ってもらう以外に、取れる方法がないのですから……。
私達は、あまり物も言わず、竜城で夕食を食べました。
・・・
夕食後。
「ノヒトよ。明日の予定はどうするのじゃ」
ソフィアが訪ねました。
「午前中は、内職。午後は、捜索」
「つまらぬの。捜索は止むを得ぬとしても、午前中くらいは何か面白い事をするのじゃ」
「ソフィアお姉様。僕は、【ムームー】で、大地の祝福をしませんと……。今日は、お休みしてしまいましたが……」
そうです。
今日の午前中、ファヴは、ソフィアに半ば無理やり連れ出されて、本来、大地の祝福を行う予定を変更し、私達について来たのですから。
「ファヴよ。【ムームー】全域の大地の祝福は、【ムームー】の民が入植し始めるまでに終われば良いのじゃろう?まだ、猶予はあるのじゃ。我らと一緒に面白い事をする合間に大地の祝福を、チャチャッと、すれば良いのじゃ」
「ソフィア。残念な、お知らせです」
「何じゃ、急に……」
「ソフィア財団の理事長より、お礼状の督促が来ています。明日から、ずっとソフィアは、午前中、お礼状書きをしなければなりません」
「いっ、嫌じゃ」
「そうはいきません。寄付をもらってしまっています。お礼状をもらえるから、と、寄付をしてくれた人達に対する裏切りになります。これは、いわば詐欺ですよ」
【神格者】は、法律の枠の外にいる存在なので、どんな違法な事をしても、人種が定めた法律で裁かれる事はありません。
だからと言って、違法な振る舞いをしても良いという訳ではありませんが……。
「ならば、もう、寄付を返して、ソフィア財団は、解散するのじゃ」
ソフィアが身もふたもない事を言い出しました。
「構いませんよ。ただし、孤児院の子供達には、どうして財団は解散したのか、ソフィアが説明して下さいね。私は、関与しませんよ」
「ぬぐっ……」
「ファヴ。あなたは、明日からは午前中、大地の祝福をして下さい。公務が優先です。くれぐれも、よろしく、お願いします」
「わかりました」
「ノヒトぉ〜、助けて欲しいのじゃ〜。2千万枚の礼状を手書きで贈るなど、正気の沙汰ではないのじゃ。それも、まだまだ増えておるのじゃ〜」
ソフィアは、嘘泣きをします。
仕方がありませんね……。
「ソフィア。これから教える事は、口外厳禁ですよ」
「なぬっ、何か妙案があるのか?」
「あります。ただし、限りなくグレー・ゾーンです」
「うむ、グレー・ゾーンは、ノヒトの得意な分野じゃな?」
酷い言われようです。
「とりあえず、私が思いつくのは4つの対応策ですね。まず1つ目は、あまりオススメしない方法です。ソフィアの書き癖を完全に学習させた、【自動人形】を大量に投入して、代筆させる方法。人海戦術ですよ。完全なズルだけれど、ソフィアの労力は、魔法で本物だという事を証明する処理をすれば良いだけだから楽です」
「それは、もはやグレーではなく、ブラックな気がするのじゃ。却下じゃな」
「2つ目は、文面は【自動人形】に書かせるけれど、宛名だけはソフィアが書く。これは、2千万通の、お礼状に宛名を書くから大変だよ。ただし、宛名だけは書いたから、ソフィアの罪悪感は、多少薄まる」
「むー、検討案として、考慮しておくのじゃ」
「因みに、私の計算では、宛名だけをソフィアが書くとして、毎日5時間、机に向かっても、2千万通の、お礼状を書き終えるのは、9年後だね」
「ぎゃーーっ!ダメじゃ、そんな物は却下じゃ。次じゃ次。次の案を出すのじゃ」
ソフィアは、絶叫しました。
「3つ目は、これを使う」
私は【収納】から【神の遺物】の【ミネルヴァの形跡ペン】を2本取り出します。
「何じゃこれは?」
「こうして使う」
私は、【ミネルヴァの形跡ペン】を起動させ、2本の内の片方だけを握って紙に文字を書きました。
すると、私が使う【ミネルヴァの形跡ペン】とは別の、もう1本の【ミネルヴァの形跡ペン】が自動的に、私が書いた文字と同じ文字を紙に書き始めます。
これは、自分が使う【ミネルヴァの形跡ペン】と対になった、もう1本が、自分の筆跡をなぞって別の紙に形跡を残す、というアイテム。
【神の遺物】の中にあっては、ゴミ・アイテム化してしまった不遇アイテムです。
【ミネルヴァの形跡ペン】は、遠隔地でも対になった2本のペンが相互に反応し合う為、ファクシミリの代わりとして使う他にあまり使い道はありません。
この世界では、魔法通信や【念話】などといった【ミネルヴァの形跡ペン】の機能を補完できるツールや魔法があり、なおかつ、【ミネルヴァの形跡ペン】よりも使い勝手が良いのです。
転写機としての活用も、コピー機、印刷機、複写機など、より高性能で汎用性が高い機器がありますしね。
「で、ノヒトよ。まさか、機能はそれだけか?」
「うん。つまり、1度の労力で2枚が同時に仕上がる、という事だね」
「つ、使えぬ。何故、代案が、どんどんショボくなっていくのじゃ?普通は逆じゃろう?意味がわからぬのじゃ」
「いやいや、実は、この3案は、前菜みたいな物だから」
「うむ、早く、メインディッシュを教えるのじゃ」
「積層型魔法陣を組んで、大儀式魔法を使うんだよ。ソフィアの記憶からソフィアの文字癖を抽出して、フォントを作り、魔法処理をして便箋に文字を浮かび上がらせる。ソフィアの記憶から、過去に書いた文字の記憶を辿ってランダムで組み合わせれば、1枚1枚違う書き味の文面になる。理論上は可能なはずだよ。これなら、2千万通だろうが、2千億通だろうが、一瞬だね」
「魔力コストがとんでもない事になるのでは?」
ファヴがツッコミを入れます。
「ファヴ。私が魔力無限だって忘れていないかい?ソフィアが大儀式魔法を行なっている時に、私がソフィアに【完全回復】を無限回数かけ続ければ良い」
「なるほど。理論上は、確かに出来てしまいそうですね」
「うむ。このようなバカバカしい大儀式魔法の使い方は、初めて聞いたのじゃ。さすが、ノヒトじゃ。もはや、ズルすらも、いっそ清々しい」
「しかし、ノヒト。それは、もはや印刷と変わらないのでは?」
「ソフィアの記憶から直接生み出された文字は、ソフィアの血肉も同じ。ソフィアを信仰する民にとって、ソフィアの血肉によって浮かび上がる、自分の名前と感謝の言葉は、価値があるんじゃないかな?」
「物は言いよう、という気もしないではないですが……」
「ファヴ、其方は、我の味方なのか?敵なのか?」
ソフィアは、言いました。
「あ、いや、もちろん、ソフィアお姉様の味方です。そうですね。ソフィアお姉様の記憶の断片を受け取れるような物と解釈すれば、とても素晴らしい礼状の形態だと思います」
「明日の午前中に、大儀式魔法を発動しよう」
「わかったのじゃ。便箋を大量に用意せねばの」
「2人とも、凄く、悪い顔をしていますよ」
・・・
夜。
ロルフが竜城にやって来ました。
ロルフは、【鍛治師】にクラス・アップしたので、私が新しい知識を教える為に、呼んだのです。
私は、私室にロルフを迎え入れました。
「ロルフ、食事は?」
「食べました」
「では、始めましょう。
私は、ロルフには新しい課題を5つ与えています。
難易度が低い順に……。
1…超硬度金属を用いた武器・装具の製造。
2…【魔法公式】を組み、刻む。
3…【バフ】と【効果付与】の習得。
4…【魔法陣】の構築。
5…【自動人形】・レプリカ・エディションのハンド・メイドでの製造。
ロルフは、既に、課題1はクリアしてしまいました。
ロルフは、元々、かなり巧みに【加工】が使えます。
なのでアダマンタイトやヒヒイロカネなどの超硬度金属の成形も簡単に出来てしまいました。
竜鋼は、まだ出来ませんが、これは、【超位】の【加工】が使えないと成形が不可能なので、別格の素材です。
ロルフの鍛えた【アダマンタイトの剣】は、お世辞にも高い性能ではありませんでしたが、クリア条件には性能の問題は考慮してありません。
とにかく、不格好でも何でも、実用に耐え得る武器に成形出来れば良いのです。
課題2も、【魔法公式】を組み、刻むだけなら、既に出来ます。
しかし、素材を選びます。
柔らかい粘土や純金などには問題なく【魔法公式】を組み、刻む事が出来ますが、ミスリルや【魔法石】には苦戦しており、オリハルコンには出来ません。
それは、経験の問題だけなので、後は数をこなせば良いでしょう。
課題3以降は、まだ出来ません。
今日、私が教えるのは、【魔法公式】。
ロルフは、もう【魔法公式】を多少は使えるではないか?
いやいや、この世界の住人は、【魔法公式】を使っているだけで、全く理解していません。
つまり、運転免許証は持っているけれど、自動車の構造を理解していない状態のようなモノなのです。
ロルフは、始め、ポカーン、としていましたが、徐々に理解を試みようとし始めました。
この世界の魔法は、全て【魔法公式】によって支配されています。
全ての魔法を1冊の本に例えるなら、【詠唱魔法】は各章のタイトルみたいな物で、本当に重要な本の内容に相当するのは、【魔法公式】でした。
極論を言えば、【詠唱魔法】なんか覚えなくても、【魔法公式】を完全に理解してさえいれば、全ての魔法を理解出来るのです。
あくまでも理解の話で、行使となると、話が変わって来ますが……。
魔力が少なければ、理解していても行使出来ない可能性はありますので。
「ロルフ、これから話す事は秘匿情報です。誰にも話さないと【契約】して下さい」
「わかりました」
私は、ロルフに守秘の【契約】を結ばせました。
「私は地球という場所で産まれました。あなた達が神界と呼ぶ場所です。地球は、私の他にも、英雄や、【超越者】や、【創造主】が産まれた場所です。こちらの世界を地球の住人は、ゲームと呼びます。ゲームの世界に暮らす人種や、現世神や、魔物の事を地球人は、NPCと呼びます……」
私は、ゲームとは何なのか、だとか、NPCが何なのか、だとか、ロルフが理解したらショックを受けかねない内容には触れず、話します。
地球には、魔力も魔法もない。
魔力も魔法も、ゲームの世界だけにしか存在しない概念である。
魔法は地球の物理学の法則に、魔力と【魔法公式】を使って介入する事で発現する。
【魔法公式】は、物理方程式だ。
つまり魔法を極めるには、物理学を学ばなければならない。
しかし、物理学は魔法を否定する。
ゲームの世界の自然科学は魔法を内在するが、地球には魔法の内在しない自然科学がある。
その1分野が物理学。
こんな感じで、物理学について話して聞かせました。
ロルフが、どの程度理解していたかは、わかりませんが、物理方程式が【魔法公式】なのだ、という事は理解してくれたようです。
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