第134。リスベットは自信をなくす。
本日、5話目の投稿です。
夜。
アブラメイリン・アルケミーの製薬工場。
私とロルフとリスベットは、竜都【ドラゴニーア】の南側、工業地帯の一角にある、アブラメイリン・アルケミーの製薬工場にやって来ました。
ソフィアも来る予定でしたが、眠気に勝てずダウン。
工場にやって来た理由は、リスベットに【ハイ・エリクサー】の生成方法を教える為です。
ロルフは、ファミリアーレのメンバーでもあり、また、私とソフィアが率いる企業グループ……コンパーニアのメンバーでもあるので、一緒に連れて来ました。
【ハイ・エリクサー】は、私と、コンパーニアにしか作れません。
しかし、【ハイ・エリクサー】の生成自体は難しくはないのです。
知識を持つ者が生成の状況を管理してさえいれば、後は、【超位】の【魔法石】で作ったプロトコルによって自動的に生成されて行きますので。
最高品質の【古代竜】の血液という原料の入手が、絶望的に困難なので、現実的には私達以外には生成出来ない、というだけなのです。
リスベットには、手作業による【ハイ・エリクサー】の生成方法を教えておく必要がありました。
プロトコルは、機械的に【調合】をするだけなので、原料の品質が変わっていたりした場合、コマンドを変更するなどして対応します。
しかし、想定外のトラブルが発生するなどして、その調整が上手く出来ない可能性もあり得ました。
なので、手作業で【ハイ・エリクサー】を生成出来る者が、具合を見ながらプロトコルや機械を調整出来た方が良いのです。
そうでないと、不良品などが発生した場合、理由がわからず対応が取れなくなる可能性もあり得ました。
私が組んだプロトコルの【魔法公式】は、精緻かつ高出力なので、ほとんど、そういった状況は起こらないとは思いますが、可能性は0ではありません。
まあ、リスクヘッジですね。
また、【ポーション】や【エリクサー】は、美味しくありません。
原料が草と血ですので。
飲むと、青臭さと、血生臭さが口いっぱいに広がります。
成分を抽出し生成した後の製品の味は、我慢出来ないほど酷くはありませんし、【ポーション】や【エリクサー】を使用する状況は、切迫した状況に違いないでしょうから、贅沢は言っていられません。
しかし、私は、この味の改良を企図しています。
薬だとしても、飲む物なら、不味いよりは美味しい方が良いに決まっていますからね。
味の改良をするにも、薬学の知識がある者が品質や成分の調整役としては欠かせません。
味は美味しくなったけれど、薬の効果が減ってしまった、では困るのです。
その為には、厳密に性能評価をしながら、生成が行える人材が、どうしても必要でした。
リスベットは、薬学の知識を学んでいますし、何より大きいのは、ユーザー・レベルの【鑑定】が使えます。
この世界の住人……つまりNPCにも【鑑定】を使える者はいました。
しかし、NPCの【鑑定】は、熟練した目利き、に過ぎません。
端的に言ってしまえば、曖昧なのです。
一方で、チュートリアルを経験したNPCの持つ【鑑定】は、ユーザー・レベルとなり、数値表示がされるので、より厳密。
経験を積み、熟練値を上げれば、テストなどをしなくても、現物を見ただけで、物質の成分解析などが出来るようにも、なるのです。
これは、化学分野では、極めて有用な能力でした。
【ハイ・エリクサー】の品質管理と味の改良には、薬学の知識があり、【錬金術】への適性があり、ユーザー・レベルの【鑑定】を持つリスベットが最適な人材という訳です。
また、リスベット本人も、そういった分野を職業とする事を目指していました。
私は、リスベットに【ハイ・エリクサー】の生成の責任者となってもらうつもりです。
彼女に味の改良もしてもらいましょう。
その為の生成方法の指導という訳なのです。
私は【収納】から、【古代竜】の血液が入ったタンクと、【魔法草】から抽出したエキスが入ったタンクを取り出しました。
それぞれのタンクから、必要量を厳密に計量して生成容器に移し、魔力を少しずつ流しながらかき混ぜます。
均質に混ざり合ったら、魔力を流す量を増やし反応させ……【ハイ・エリクサー】として最大効果を得られるところまで反応したら、状態を固定化して完成。
「はい。リスベットも、やってみて下さい」
「はい、やってみます」
しばらくして……。
「リスベット、魔力の量は、もっと微弱で大丈夫ですよ。それから、反応を一定に保つのです。魔力の揺らぎを抑えて……うん、悪くない。そのまま、そのまま……。はい、もう良いでしょう。状態を固定化。出来ましたね。【鑑定】で、私が生成した物と比べてみて下さい」
「ノヒト先生、【鑑定】するまでもないですよ……」
リスベットは、溜息を吐きました。
「何故ですか?」
「だって、見比べたら一目瞭然ですもん」
リスベットは、肩を落とします。
私が生成した【ハイ・エリクサー】は、透明度の高い瑠璃色で、仄かに発光していました。
一方で、リスベットが同じ原料で生成した【ポーション】モドキは、緑がかった黒色で、発光はしていません。
「リスベット。化学者なら、成分解析をして数値に基づいて性能評価をしなくてはダメですよ。リスベットが生成したモノが、あるいは、優れた性能を持っている可能性だってあり得る訳ですからね。学者や研究者にとって、固定観念は敵だ、と思わなくてはいけません。理論と実証あるのみです。その為には、数値です。研究者は、1に数値、2にも数値、3、4がなくて、5に閃き、です」
「わかりました。【鑑定】……うわー、ダメですよ。どうして、こんな事に……」
リスベットは、うな垂れました。
「まずは、魔力の質。文学的に表現するなら、リスベットの魔力は質感が荒いのです。もっと、滑らかに魔力を流すのです。これは、魔力出力の強弱について言っているのではなく、魔力の質について言っているのです」
「魔力の質……滑らかに……」
リスベットは、もう一度挑戦します。
・・・
1時間後。
リスベットは、何とか【ポーション】までは、生成出来るようになりました。
最高品質の原料を使っている訳ですから、端的に言って、失敗です。
「はぁ〜、私、才能ないのかなぁ」
リスベットは、呟きました。
「1時間で、ここまで来れば、まあ及第点でしょう。そう悲観するほど酷くはありませんよ」
「でも〜」
リスベットは、泣きそうになります。
リスベットが悲観する理由は……。
「出来た。ノヒト先生、今度のはどうですか?」
ロルフが、生成した液体を見せました。
深い青色の液体です。
「【エリクサー】ですね。技術的には、完璧です。後は、成分固定化のタイミングを、ピタリと合わせれば、【ハイ・エリクサー】となりますよ」
「わーい。やったね」
ロルフは、無邪気に喜びました。
「うー……ロルフ、どうして出来るのよ。あなたは、鍛治職で、錬金職じゃないのに……」
別に、生成は、【錬金術士】の専売特許ではありません。
「ノヒト先生が言ったろ?生成の為に流す魔力の質感を滑らかにしろ、って。鍛治職は、鉱物の加工をする時には、質感を意識するのは、当然だからね。いつも【加工】を練習しているから、質感っていう表現は、イメージしやすかったんだ」
ロルフが、ミスリル鉱の小さな塊を【収納】から取り出し、手の中で弄びながら言いました。
ロルフの手の中で、ミスリル鉱の小さな塊は、表面がツルツルに光った滑らかな球体になったり、ヤスリのようにザラザラな立方体になったり、形状と質感を自在に変化させています。
「あーあ、私も【加工】が使えたら良かったのに……」
リスベットが言いました。
それは、難しいかもしれません。
【加工】は、特殊な系統で、生産系の魔法職固有の魔法なのです。
後天的に【加工】の能力が覚醒する事もありましたが、その最低条件は、【超位】級の魔力持ちで、かつ、【高位】までの【地魔法】が使える事。
高いハードルなのです。
「リスベットも、本ばかり読んでいないで、魔力の扱いを毎日練習したら良いのさ。僕は、自室にいる時は、本を読んだり、勉強したり、お菓子を食べたりしながら、ずっと【加工】をしているからね。もう、半分、無意識にだって、こんな事も出来る」
ロルフは、ミスリル鉱の塊を、小さな人型にして、手の平の上で歩かせ始めました。
!
「ロルフ。いつから、それが出来るようになったのですか?」
「えーと……倒れないで自由に二足歩行させられるようになったのは、3日前くらいから、だったと思います」
ロルフは、答えます。
これは、私がサウス大陸に向かう前に、弟子達それぞれに与えた自主練カリキュラム。
ロルフに与えたカリキュラムの最高難易度に設定していたのが、【加工】と【理力魔法】を併用して、二足歩行の無垢の金属の人形を歩かせる、でした。
これは、【加工】としては、【中位】の上から【高位】の下、というレベル。
ロルフは、新たな段階に達しましたね。
「ロルフ。あなたは、もう、【鍛治士】としては、基礎段階は卒業です。明日からは、応用段階に進みますよ」
「本当ですか?やったーっ!」
ロルフは、無邪気に喜びました。
一方、リスベットは、どんよりとした表情。
「私、才能ないんだ……」
リスベットは、盛んに、そんな事を呟いていました。
リスベットは、案外、打たれ弱いところがありますね。
ハリエットの爪の垢でも煎じて飲めば……いや、アレは、行き過ぎか。
「リスベット。訓練あるのみです。ロルフにコツを教えてもらうのも一つの手ですよ。本物の原料を使うと高くつきますから、これを使って練習してみて下さい」
私は、【収納】から、液体が入った容器を取り出しました。
「これは?」
「液化した荷電魔法触媒です。私が、多少、素性を弄ってあります。これを少量ずつグラスなどに移して、魔力を流すのです。魔力の質を制御する良い練習台になりますよ。流す魔力の質に応じて電化率が変動します。滑らかな魔力なら、電化率は上がり、荒い魔力なら電化率は下がります。【鑑定】で見ながら、訓練して下さい。最低でも、このくらいが、【ハイ・エリクサー】の生成には、必要になりますよ」
私は、リスベットの目の前で、見本を見せてあげます。
「ノヒト先生。私、頑張ります」
リスベットは、拳を握りしめて元気に言いました。
「その意気です。で、リスベットには、お土産がありますよ」
「お土産、ですか?」
「はい、これです。【エメラルド・碑板】と云います。アペプ遺跡のダンジョン・ボスである【アペプ】を倒して出現した【宝箱】から出た【神の遺物】です。【錬金術】の秘儀が記されています。こうやって使います」
私は、【エメラルド・碑板】を操作して見せました。
私は、【収納】から、牛乳が入ったコップを取り出します。
そのコップの牛乳をリスベットに一口飲ませました。
「美味しいです。いつも、ソフィア様が飲んでいる、ソフィア農場産の高級な牛乳ですね」
リスベットは言います。
私は、リスベットが持つ牛乳を対象指定して、【エメラルド・碑板】を操作します。
「リスベット、もう一度飲んでみて下さい」
リスベットは、言われた通りに一口含みました。
「うわっ、しょっぱい……」
「牛乳の中のカルシウムの一部を、塩化ナトリウムに変えました。塩化ナトリウムは、つまり食塩です」
「凄い。何で、こんな事が出来るのですか?」
さあ?
それを私に聞かれても困ります。
これは、こういう仕様なのですからね。
「何故、出来るのか、は、私にもわかりません。【創造主】が【エメラルド・碑板】を、そのように創ったから、としか言えません。ともかく、この【エメラルド・碑板】を使えば、【錬金術】は、思いのままです。ただし、石ころを純金に変える、などという操作は、魔力をごっそり持っていかれます。注意が必要です。まあ、魔力が足らない場合は、【錬金術】は、発動しませんので、魔力を全て奪われて死んでしまう、などという危険はありません。ただし、魔力消費量が多い【錬金術】を行使して、魔力が枯渇する事はあり得ます。それは、失敗しながら、色々試してみるのも、勉強でしょう。それから、【エメラルド・碑板】には、【錬金術】に関する、あらゆる知識が記されていますので、暇があれば、色々、弄って、調べてみたら良いでしょう。【神の遺物】ですから、相当、乱暴に扱っても壊れませんが、貴重な物には違いないので取り扱いには注意を。リスベットの内部【収納】にしまっておくと良いですね。そうだ、ついでに盗難防止措置をしておきましょう」
私は、【超位】の【魔法石】を取り出し、それを【加工】で薄く延ばし、【積層型魔法陣】を組み、刻み込みました。
薄いので、結構大変ですね。
その薄板状の【超位】の【魔法石】を【加工】で成形し、【エメラルド・碑板】にカバーのように被せます。
うん、タブレット・ケースですね。
仕上げに、耐久力最大、防御力最大、魔法防御力最大の【永続バフ】をかけて、と。
完成です。
「凄まじい工学魔法だという事はわかったのですが、何をしたのですか?」
「ああ、これは、私以外には、出来ないですから、覚えられませんよ。【超神位魔法】で、リスベットの内部【収納】と、このケース付き【エメラルド・碑板】をリンクさせました。実験してみましょう。私が【エメラルド・碑板】を持っていますので、リスベットは、この【エメラルド・碑板】から、離れて行って下さい」
リスベットは、言われた通りにします。
10m離れたところで、私の手から【エメラルド・碑板】が消滅しました。
「ノヒト先生ぇー。【収納】の中に【エメラルド・碑板】が勝手に戻って来ましたぁー」
リスベットは、10m先から、言います。
リスベットは、小走りで私とロルフの近くに戻って来ました。
「リスベットと【エメラルド・碑板】の距離が10m以上離れると、自動的に【転送】が発動して、リンクしているリスベットの内部【収納】に戻ります。これで、盗難や置き忘れなどで紛失する事を防げます。カバーの【魔法石】は、【エメラルド・碑板】本体より強度が低いので注意して下さいね」
とはいえ、強力な【バフ】がかかっていますので、滅多な事では壊れませんが……。
「なるほど。カバーは、画面には、被らないようになっているのですね?カバーを外さなくても問題なく使える」
リスベットは、【エメラルド・碑板】を操作しながら言いました。
「リスベット。【エメラルド・碑板】は、強力な【神の遺物】ですが、使いこなしてこその【神の遺物】です。知識や技術を学ぶ事を疎かにしては、いけませんよ」
「はい、頑張ります」
リスベットは、大切そうに【エメラルド・碑板】を胸に抱いて、言います。
私は、プログラムによって、何ら努力せずにチートな能力を身に付けていますが、他者に指導を行う時には、自分の事は棚に上げるモノなのです。
「さてと、そろそろ、終わりにしましょう」
すっかり遅くなってしまいましたが、たまには夜更かしも良いでしょう。
まして、2人は遊んでいた訳ではないのですからね。
私は、【転移】で、寮代わりの宿屋パデッラに、ロルフとリスベットを送り届け、2人がロビーを通って行くのを見届けて、竜城に帰還しました。
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