第132話。ゲームマスターの存在意義。
本日3話目の投稿です。
夕刻。
私達は、王都【アトランティーデ】の王城に戻って来ました。
王家の面々や、剣聖達一行、ファヴの使徒である【巫女】達が、口々に祝勝と感謝の言葉をかけて来ます。
初めは苦笑いで対応していたのですが、いつまで経っても、大袈裟な称賛と謝意が繰り返されるので、私は、段々、苛々して来ました。
色々と申し送り事項もあるはずですし、私も、この後に予定があるのです。
「私達は、あと30分で、【ドラゴニーア】に向かいます。今は、そんな、どうでも良い話をしていて良い場面なのですか?」
私は、厳しめに釘を刺しました。
戦勝祝辞などには、全く興味はありません。
私は、虚礼の類が大嫌いでした。
確かに、スタンピードの停止は、めでたい事かもしれませんが、実利のない言葉で、私の時間を拘束するような事は、出来ればしてもらいたくないのです。
「では、必要な折衝、取次、確認だけを行いましょう」
ゴトフリード王が言いました。
私達は、早口で、必要な打ち合わせをして行きます。
立ったままの会議でした。
30分しかないのですからね。
スマホのチャットを繋いで、【ドラゴニーア】にいる重要関係者にも参加してもらいます。
【ドラゴニーア】の【大女神官】のアルフォンシーナさん……【ムームー】の新女王チェレステさん……【パラディーゾ】の【大巫女】のローズマリーさん……それに、世界銀行ギルド頭取のビルテさんでした。
私は、剣聖達と消息不明の冒険者パーティについての情報共有をします。
「現在、消息不明の冒険者パーティは、10組58人です」
剣聖の右腕であり、世界冒険者ギルドのNo.2であり、また、剣聖の妻でもあるクサンドラさんが報告してくれました。
「前回の報告時点からの、生存者は?」
「収容された生存者は、20名です」
なるほど、つまりは、前回の報告からの新たな死者数は30人……。
残りも、もはや絶望的でしょうね。
現在、高位の冒険者パーティと、神の軍団の赤師団と青師団を投入した捜索が行なわれています。
生還した冒険者パーティに対する聴取によると、いずれも【収納】アイテムの中に、水や食料や薬品などの物資を十分に準備しての行動だったのだ、とか。
そうでなければ、これだけの期間、生き延びる事は不可能でしょうね。
また、ノーマンズ・ランドを狩場として活動する冒険者パーティは、皆、腕に覚えがあるベテランばかりです。
その辺りの準備には抜かりはないのでしょう。
帰還が困難になった理由は、皆、同じ。
魔物からの襲撃や、魔物との戦闘。
不利を悟り撤退して、洞窟などに潜伏していたそうです。
仲間を逃がす為に犠牲になった者も少なくない、との事。
「わかりました。明日の午後からは、私達も捜索に加わります」
「ありがとうございます」
クサンドラさんは、頭を下げました。
「しかし、10月1日からの地上の魔物への掃討作戦は、予定通り実行します。その覚悟だけはしておいて下さいね」
私達による、地上の魔物の掃討が実行されれば、冒険者達が今現在どこかで生き延びて救援を待っていたとしても、超火力の広域殲滅魔法によって、彼らは全員死ぬ事になります。
気の毒ですが、これは致し方ありません。
「わかりました」
クサンドラさんは、静かに言いました。
剣聖は、瞑目したまま一言も発しません。
・・・
ゴトフリード王と、アルフォンシーナさん、チェレステさん、ローズマリーさん、それから、ソフィアとファヴは、【パラディーゾ】と【ムームー】の統治体制の確認と、諸々の懸案への対応を話し合っていました。
「【ティオピーア】と【オフィール】が、【ムームー】国境に軍を集結しております」
ゴトフリード王が報告します。
ゴトフリード王や剣聖と相談して、私は、神の軍団の神兵である【古代竜】の一部に【魔法装置】を持たせていました。
魔法通信機とリンクした中継カメラです。
「【ムームー】に軍を進め、領土をかすめ盗ろうという算段でしょう。同時に動いているという事は、何らかの密約があると見て間違いないでしょうね」
ファヴが言いました。
「再三、軍を退くように、と警告を発していますが、【ティオピーア】、【オフィール】両政府とも、国軍ではなく、義勇兵が勝手にしている事で、政府は関知していない、などと、のらりくらり詭弁を弄するばかりでございます」
ゴトフリード王が言います。
「ゴトフリード王陛下。【ティオピーア】と【オフィール】は、間違いなく、政府が関知していない非正規兵による行動だと明言したのですね?」
私は確認しました。
「はい。両政府との魔法通信でのやり取りですので、全て記録されております。間違いはありません」
ゴトフリード王は、キッパリと答えます。
ならば、何も問題ありません。
「わかりました。ならば、その【ティオピーア】と【オフィール】からの侵入者は、野盗の類という事になりますね。だとするなら、国際法上の交戦規定ではなく、【ムームー】の治安権限で解決してしまいましょう。その義勇兵なる集団全てに国境を越えさせ、然る後に、神の軍団による広域殲滅攻撃で皆殺しにします。これで良いですね?」
私は、決断しました。
ゲームマスターは、一国に与しない。
これが、遵守条項です。
しかし、今回は、【ティオピーア】と【オフィール】は、侵略軍を、あくまでも非正規軍たる義勇兵と言い張っていました。
もちろん、それは嘘ですが……。
ともかく、実態はどうあれ、国境に展開している軍隊は、【ティオピーア】も【オフィール】も関知しない義勇兵……つまり、その武装集団は、国際法上、犯罪集団やテロリスト集団と同義、という事になります。
ならば、これは、つまり国家紛争ではありません。
ゲームマスターの私が動ける事案、という訳です。
【ティオピーア】と【オフィール】が、侵略軍を、義勇兵だ、などと見え透いた嘘で誤魔化す理由は、【アトランティーデ海洋国】や【ドラゴニーア】には敵対する意図はないというアピールでしょう。
また、この軍事作戦に関して、【ティオピーア】と【オフィール】は、一切責任を負わないという無責任な意思表示でもあります。
それもこれも、全ては、【アトランティーデ海洋国】と【ドラゴニーア】という大国に軍事介入させる口実を与えない為。
【アトランティーデ海洋国】と【ドラゴニーア】が手をこまねいている隙に、義勇兵に偽装した、軍隊(【ティオピーア】の方は傭兵らしいですが)が、【ムームー】深くに侵攻し、実効支配を確立。
【ティオピーア】と【オフィール】の両国で、【ムームー】を分割してしまおうという目論見です。
卑劣です……そして、馬鹿ですね。
こんなモノ、穴だらけの謀略ですよ。
この世界の住人……つまりNPCは、地球人より、素朴で牧歌的なのです。
おそらく、【誓約】や【契約】という、約束を確実に履行させる魔法が存在する為に、他者を騙す、という概念自体が、地球よりも希薄な為なのでしょうね。
なので、陰謀の類は、地球のそれよりも、ずっと稚拙で短絡的でした。
とにかく、【ティオピーア】と【オフィール】の企みは、踏み潰します。
私は、一線を越えた連中には、苛烈ですからね。
「ノヒト。皆殺しにする必要は、ないのでは?」
ファヴは、言いました。
ファヴは、サウス大陸の守護竜。
侵略軍の兵士であろうと、義勇兵であろうと、犯罪者であろうと、テロリストであろうと、善良な無辜の民であろうと……彼らは、普く、等しく、ファヴから庇護を約束された、ファヴの可愛い民達なのです。
出来れば、殺したくない、というファヴの気持ちは、理解出来ますよ。
ファヴもソフィアも、他の守護竜達も、【創造主】の手によって、そのようにプログラムされているのですから。
ただし、私は、このケースでは、断じて実力行使に及びます。
私は、ファヴに向かって、黙って首を振って見せました。
「ノヒト。お願いです……」
「ファヴ。ノヒトが正しい。これが、一番犠牲が少ない方法なのじゃ。もしも、連中を許せば、これは、許される事、としての前例となる。【ティオピーア】と【オフィール】は、守護竜の定めた、大陸の秩序の在りようについて、公然と叛意を向けたのじゃ。これは、許されて良い事ではない。もしも、我が守護するセントラル大陸で同じ事が起きたなら、我は、ノヒトと同じ事をするのじゃ」
ソフィアは、決然として言います。
「ですが、その不心得者達の進路に強力な魔法を撃ち込むなどして、犠牲を出さずに追い払う事も可能なのでは?」
ファヴは食い下がりました。
「いや、逃げ帰った兵達も、それを指導した為政者達も、命があれば、次こそは、と機会を窺うのじゃ。一度流れ出した川の水は、けして水源地には戻らぬ。人種は、愛すべき生き物じゃが、同時に愚かな性質も併せ持つのじゃ。ファヴ、辛いじゃろうが、これを見逃せば、将来、より多くの民の血が流れる。その将来流れる血は、叛意を向けた将兵の血ではなく、無辜の民の血じゃ。今、叛意を向けた将兵を討ち亡ぼすのと、将来に無辜の民を死なせるのと、ファヴは、どちらを選ぶのじゃ?これは、そういう選択なのじゃ」
ソフィアは、ファヴに向かって、優しい声で噛んで含むように話しかけます。
「ソフィアお姉様……僕は、無辜の民を守ります」
ファヴは、泣きながら言いました。
ソフィアは、ファヴを抱きしめて、頭を撫でます。
私は、ゲームマスターです。
ゲームマスターは、正義の使者などではありません。
ゲームマスターの存在意義は、ただ一つ。
世界の理、を守る事。
この世界の現世神である守護竜が自らの担当エリアである大陸の統治について下した決定は、それ即ち、世界の理。
それを、意図的に踏みにじる者がいれば、ゲームマスターは、10億人を殺戮する事だって事務的にやってのけます。
ゲームマスターは、その為に存在するのですから。
会議は終了。
私達は、少し重い気持ちで、【アトランティーデ海洋国】から【ドラゴニーア】に【転移】しました。
・・・
【ドラゴニーア】竜城。
私達は、ファミリアーレ、大神官アルフォンシーナさんと神官長エズメラルダさん、竜騎士団長レオナルドさん、大勢の【女神官】、竜騎士団……それから【ムームー】の新女王に戴冠が決まっている秘書官さんことチェレステさん、【パラディーゾ】の大巫女ローズマリーさんと巫女長スカーレットさん。
この場所は、【神竜】の私的な領域……神域なので、このメンバーですが、四大権者の内アルフォンシーナさん以外の3人以下の公職者達も出迎えに来たがっていたそうです。
仰々しいセレモニーなどはありません。
【アトランティーデ】王城での浮ついた祝賀ムードと、虚飾に塗れた美辞麗句に対して、私が辟易とした事を、ソフィアとパスが繋がるアルフォンシーナさんが察し、慌てて豪華な飾り付けなどを片付けさせたのだそうです。
それを、私に対して、笑いながら正直に話してしまう辺りが、アルフォンシーナさんの懐の深さですよね。
底知れない器の大きさを感じさせます。
私達は、手短に、お互いを紹介しました。
【ドラゴニーア】の留守番組は、ファヴに驚き、オラクルに驚き、トリニティに驚き、ウルスラに驚き、ヴィクトーリアに驚きます。
私達は、特に驚いた事はありません。
アルフォンシーナさん付きの筆頭秘書官から、【ムームー】の女王となるチェレステさんの後任として、紹介された新しい筆頭秘書官のゼッフィちゃんも、竜城で良く見知った子でしたので。
ゼッフィちゃん……いや、もう、ゼッフィさんと呼ばなくてはいけませんね。
彼女は、若干12歳ですが、紛れもなく、アルフォンシーナさんの後継者。
アルフォンシーナさんに万が一があれば、超大国【ドラゴニーア】の最高指導者にして最高司令官になる人材なのですから。
秘書官さん……は、チェレステさんのイメージが強いので、ゼッフィちゃんの事は、秘書官ちゃんと脳内で呼ぶことにしましょう。
・・・
私達は、会議室に移動して、諸々の事務連絡や情報共有を行います。
秘書官ちゃんも、アルフォンシーナさんの背後に立って、必死に口述筆記を行なっています。
隣に立っているトリニティの目を通して、秘書官ちゃんのメモを覗くと……。
ふむふむ、子供文字ですが、内容は、一言一句正確に文字に起こされていました。
なかなかどうして、感心です。
直近の最大懸案は、やはり、【ティオピーア】と【オフィール】が、【ムームー】国境に軍隊を集結させている事でした。
当事者のチェレステ新女王は、眉間に深いシワを寄せて考え込んでいます。
「チェレステ……陛下。そのように苦悶に満ちた顔を見せては、臣下や民衆が心配しますよ。国を指揮する者は、困難な状況の時こそ、微笑むものです」
アルフォンシーナさんは、鉄壁の微笑みをたたえて諭しました。
「はい。アルフォンシーナ様、申し訳ありません」
チェレステ新女王は、脊髄反射的に謝罪します。
「陛下。他者に対して簡単に頭を下げてはいけません。陛下の言動は、全て、【ムームー】の国民を代表して発せられたものだと見なされます。なので、常に堂々としていなくては」
「わかりました、アルフォンシーナ様」
チェレステ新女王は、ぎこちなく微笑みながら、言いました。
なるほど。
なかなか、スパルタ教育なのですね……。
「ともかく、ソフィア様とファヴ様とノヒト様が対応して下さるのですから、悪いようにはなり得ません。チェレステ陛下は、悠然としていればよろしいのです。それに、幸いにして、現在【ムームー】には、国民は1人もいません。戦火に巻き込まれる無辜の民は、誰もいないのです。どうぞ、ご安心なさいませ」
アルフォンシーナさんは、ニッコリと微笑みました。
「そうですね。それは難局にあっての僥倖でした」
チェレステ新女王は、ぎこちなく微笑みます。
立場が変わったせいで、アルフォンシーナさんのチェレステ新女王に対する言葉使いは、格式に相応しい丁重なモノに変わっていますが、2人は師弟。
アルフォンシーナさんにとって、チェレステさんは、愛弟子なのです。
アルフォンシーナさんも言いましたが、【ムームー】に対する、今回の【ティオピーア】と【オフィール】の無法に関しては、この私が悪いようにはしませんよ。
私は、攻撃して来た敵に対しては、過剰なほど苛烈な反撃をする性質なのです。
お読み頂き、ありがとうございます。
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