第1238話。閑話…【エル・サルバドール(救世者)】…中編。
【超高速重巡航艦】の【アストライア】は、【アサイラム】から魔物が濃い【ルピナス山脈】の麓まで数千kmの距離を僅か15分で飛行して、目的地付近に到着した。
徒歩での移動なら、健脚を誇る高レベル冒険者が【収納】アイテムなどを活用して身軽な状態でも、【遭遇】する魔物との戦闘と野営を繰り返しながら数か月は掛かる行程である。
この辺りは、都市文明から隔絶された秘境と呼んで差し支えない。
そのような未開地まで、僅か15分で安全に到着する世界最速の【アストライア】の恐るべき性能であった。
今回の移動は、ウェスリー・サンクティティ伯爵の騎竜である【古代竜】も【アストライア】内の厩房設備に乗せて運ばれている。
ウェスリーが【救世者】所属の【竜騎士】として活動していた当時も、パーティが長距離を移動する際に彼の騎竜は【アストライア】の同じ区画に乗せられていた。
このウェスリーの騎竜の厩房として使われている艦内スペースは、本来【アストライア】の艦載機を載せる格納庫の1区画である。
ウェスリーは、既に【救世者】から脱退しているので、厩房設備を片付けて本来の格納庫として使用すれば良いのだが、【救世者】のメンバー達はそうせず元のままにしていた。
【救世者】のリーダーであるヘンドリック・ヨハン・モンドラゴンは……片付けるのが面倒だから……などと照れ隠しで誤魔化しているが、本当は……もしも、ウェスリーが窮屈な貴族生活に嫌気が差した時の為に、彼が帰って来られる場所を残しておこう……という【救世者】のメンバー達の気持ちの表れなのである。
ウェスリーは、仲間達の優しさを感じ取って嬉しく思った。
【アストライア】は、高度な【認識阻害】で艦を欺瞞しながら、ゆっくりとケリドウェンの根城である【スポーン・オブジェクト】に近付いて行く。
「座標は、この辺りよ」
【賢聖】シーグリッド・レーヴは、【冒険の地図GL】を広げて言った。
ゴッド・ライク……とは、この世界を創造した【創造主】が定めた【世界の理】で、【能力】や【神の遺物】アイテムの等級を表す指標において……最高……を意味する。
GL>S>A>B>C……という等級だ。
これは、一方で魔法や魔物の等級を表す……神位>超位>高位>中位>低位……に対応し、また実際に両者を同じ意味として利用される例もあるが、厳密には【神位】と【GL】は異なる。
厳密な意味での【神位】とは……【神格者】にしか行使出来ないモノ……を指すが、【GL】は、即ち……神の如きモノ……を指し、【神格者】以外にも使えるからだ。
従って、【神の遺物】には人種にも使用可能な【GL】等級のアイテムが存在する。
【スポーン・オブジェクト】には、上空や遠隔からのサーチを欺瞞する【認識阻害】が施されていて、通常は地上を移動して近付かなければ発見出来ないような仕様になっているのだが、【救世者】が保有する【地図】系最上位アイテムの【冒険の地図GL】は、最難関【秘跡】のクリア報酬として獲得した【神の遺物】で、世界中の【スポーン・オブジェクト】の位置情報が座標として表示される特別な【地図】であった。
【山麓の国】から報告されているケリドウェンの【スポーン・オブジェクト】があると推定される地点の情報と、【冒険の地図GL】に表示される情報を照らし合わせれば、ケリドウェンの根城の正確な位置は簡単に割り出せる。
「【アストライア】。念の為、周辺をサーチしろ」
ヘンドリック・ヨハン・モンドラゴンは、【アストライア】の【メイン・コア】に命じた。
「サーチ完了。近郊に人種の反応が発見されました。その数98個体」
【アストライア】の【メイン・コア】が報告する。
「こんな魔物が濃い人里離れた場所に人種が居るというの?それも98人だなんて、ちょっとした集落じゃない」
【堅聖】エヴドキア・スペクトラムは、驚いた。
「光学でも【魔法探知】でも何も見えねぇぞ」
【剣聖】アラン・パターナが言う。
「集落にも【認識阻害】が施してあるんだろう」
ヘンドリックが言った。
最先端の技術を駆使して建造された【アストライア】には、光学、力学、化学、電磁気、音響……など様々な相互作用を検知可能な各種高性能センサーが搭載されているので、集落に施されている【認識阻害】を看破したのである。
「集落の広域を【認識阻害】で隠蔽するだなんて、随分強力な【儀式魔法】じゃない?」
エヴドキアは、怪訝な表情をした。
「ウェスリー。【山麓の国】から、この隠蔽集落の情報を何か聞いているかしら?」
シーグリッドが訊ねる。
「いや。【山麓の国】から、この辺りに集落があるなんて報告は受けていないが……」
ウェスリーは、怪訝そうに首を傾げた。
「知らないのかしら?それとも、ウェスリーや私達に知られたくない理由があって意図的に情報を隠しているのかも……。そもそも、恐るべき【魔人】の【ハグ】が根城にしている【スポーン・オブジェクト】の目と鼻の先に大勢の人種が暮らしているなんて、何かおかしいわよね?」
【堅聖】エヴドキア・スペクトラムが訊ねる。
「ケリドウェンは、【名持ち】個体よ。つまり、【魔人】の【ハグ】に直接会って……ケリドウェン……と【名付け】をした誰かが居る筈だわ」
シーグリッドが言った。
「その【名付け】した奴が、この集落に暮らしてるって事か?」
アランは、訊ねる。
「この集落がケリドウェンに襲われない理由は、そうとしか考えられないのじゃなくて?」
つまり、シーグリッドは……この隠蔽集落は、ケリドゥエンと何らかの利害関係や協力関係にあるのではないか?……と示唆しているのだ。
そして、恐らく隠蔽集落は、【山麓の国】と敵対関係にあるか、少なくとも友好的でない事が推定される。
【救世者】のメンバーも、ウェスリーも、そのくらいの推測が出来る程度には知性が高い。
「何か裏がありそうだな……。取り敢えず、集落に降りて事情を探ってみようじゃないか」
ヘンドリック・ヨハン・モンドラゴンが方針を決定する。
一同は同意した。
【救世者】を代表してヘンドリックとアランが集落に降りて、シーグリッドとエヴドキアは【アストライア】に残り上空から支援を行い、ウェスリーは騎竜で直ぐに出動可能な状態で待機する。
・・・
ヘンドリックとアランは、徒歩で集落の入口に近付いた。
「誰だ!?」
集落の入口に居た門番が大声で告げる。
「俺達は、通りすがりの冒険者だ。森を歩いて来たら、こんな所に集落があるのが見えたんで寄らせてもらった。ここは何という集落なんだ?」
ヘンドリックは、訊ねた。
「冒険者だと?この辺りは、魔物が濃い危険な場所だ。冒険者が、たった2人で通りすがる事なんかあるものか」
門番は、言葉に怒気を込めて言う。
「俺は、ヘンドリック・ヨハン・モンドラゴンと言う。こっちは、【剣聖】アラン・パターナだ」
ヘンドリックは、門番に自己紹介した。
それが、先程の門番の言葉への何よりの回答になる。
冒険者パーティ【救世者】の名前は、世界的に有名だ。
【救世者】であれば、魔物が濃い危険な森の奥地にも踏破可能だ……という事は、この門番も分かるだろう。
彼が【救世者】の噂について何も知らないのでない限り。
「あの……神の愛子……の【大魔法剣宗】モンドラゴン卿と、【剣聖】アラン・パターナ卿かい?あんたらは、あの【救世者】なのかい?」
門番は、驚いた様子で質問する。
基本的に、この世界に【救世者】の威名を知らない者は居ない。
卿という敬称で呼ばれたのは、ヘンドリックやアランら【救世者】が全員各国から何かしらの名誉爵位に叙爵されているからである。
門番の言葉には、先程までの敵意が薄れていた。
彼くらいの年代の若者達は、概して【救世者】は憧れの存在である。
「その二つ名は気に入らないんだが……如何にも俺達は【救世者】だ。少し話を聞きたい。この集落の代表者は居るか?」
ヘンドリックは、訊ねた。
「少し待て……いや、待って下さい。おい、急いで村長を呼んで来い」
門番は、慌てて同僚に指示する。
門番の1人が村長を呼びに村の中に走って行った。
・・・
ヘンドリックとアランは、急いでやって来た村長から丁重に迎えられ、役場を兼ねる村長の邸宅に案内される。
「改めまして、ようこそおいで下さいました。【フォレスター・ビレッジ】の村長ソフロニオでございます。【救世者】の皆様のご高名は存じております。斯様な辺境の村ですので、何のおもてなしも出来ませんが歓迎致します」
隠蔽集落、改め【フォレスター・ビレッジ】のソフロニオ村長は、丁寧に挨拶をした。
「ソフロニオ殿。突然訪ねて申し訳ないな。単刀直入に言おう。俺達は【山麓の国】から依頼を受け、【山麓の国】で暴れているケリドウェンなる【ハグ】を討伐しに来たんだが、ケリドウェンの根城の近くに、この集落がある事がわかり、話を聞かせてもらいに来た訳だ」
ヘンドリックが状況説明をする。
「なるほど……」
ソフロニオは……ケリドウェン……という言葉を聞いた時に、ピクリッと眉を動かした。
ソフロニオは、表情の変化を気取られないようにしていたが、武芸の達人で百戦錬磨のヘンドリックとアランは彼女の動揺の痕跡を見逃さない。
「悪いようにはしないから、何か事情があるなら正直に言ってくれ。俺達は別に【山麓の国】の肩を持つ訳じゃねえ。事と次第によっちゃ、このまま依頼を断って帰っても構わないし、もしも特段の事情があるなら、この村の味方に付いて【山麓の国】と一戦交えたって構いやしないんだぜ」
ヘンドリックは、言う。
普通は、たかが冒険者が……国家と一戦交える……などと言っても……馬鹿な事を……と笑われるだけだが、【救世者】になら冗談ではなく、それが可能だった。
【ドラゴニーア】や【エルフヘイム】などの一部強国は厳しいとしても、世界の列強と比較すれば小国である【山麓の国】が相手であれば、【救世者】ならば総力戦にも勝つ可能性すらある。
「……」
ソフロニオは黙っていたが、ヘンドリックの言葉に対して逡巡を示すように微かに目を泳がせた。
ヘンドリックとアラン、そして火器管制システムをスタンバイしながら、村の上空で艦影を隠蔽しながら滞空している【アストライア】にいるメンバーも……この【フォレスター・ビレッジ】は、ケリドウェンなる【魔人】の【ハグ】と何らかの協力関係や利害関係にあるか、少なくとも相互不干渉の協定を結んでいるであろう事……を理解している。
そうでなければ、ケリドウェンが根城にする【スポーン・オブジェクト】から、僅か数kmという直近にある人種の村の【フォレスター・ビレッジ】が無事で済む筈がないのだから。
【魔人】は、人種の【敵性個体】として【創造主】によって定められた存在ではあるが、稀には人種と【魔人】が利害によって協力したり、場合によっては友好的な関係すら築く事もある。
要するにヘンドリックは……何らかの致し方ない合理的な理由があって、ケリドウェンなる【ハグ】が【山麓の国】を襲撃しているなら、その原因を取り除いた上で、今後ケリドウェンが【山麓の国】を攻撃しなくなるのであれば、ケリドウェンを討伐せずに生かす可能性もある……という選択肢をソフロニオと【フォレスター・ビレッジ】に提示してみせた訳だ。
ボールは、今ソフロニオたち【フォレスター・ビレッジ】の住人側が握っている。
「俺達の戦闘力は、確実にケリドウェンなる【ハグ】より上で、この村の戦力ならば尚更そうだ。だから、隣の部屋で武器を構えて隠れている23人の男達に馬鹿な考えを起こさないようにさせるんだな。攻撃を受ければ、俺達も反撃せざるを得なくなるが、戦闘に絶対の自信を持っている俺達は、それでも一向に構わない。むしろ、その方が話が早くて助かるぜ。つまり、話し合いでの解決を提案しているのは、既に俺達からの相当な譲歩なんだぜ」
アランがソフロニオに釘を刺した。
ソフロニオは、合図を出して隣室に潜む男衆の戦闘準備を解除する。
「……わかりました。全て正直にお話し致しましょう。誰か、済まないがヘッセニア様を、お連れしてくれないか?」
ソフロニオは言った。
「村長。宜しいのですか?」
村の長老の1人が訊ねる。
「どちらにしろ、この方達には隠し通せはしない。ヘッセニア様にお会い頂き、私達が何故ここで暮らしているかを伝え、お力をお借りする方が得策だ。噂によると【救世者】は、歴史上最高と名高い英傑だと聞く。真の英傑ならば、善良に慎ましく暮らす弱き者の味方になって下さる筈だ。私は、それを信じてみようと思う」
「俺達が……史上最高の英傑……か如何かはともかく……善良な弱者の味方……だってのは本当だ。それは信じてもらって良いぜ」
ヘンドリックは、言った。
「分かりました。ヘッセニア様をお連れします」
長老の1人が退室して、何処かに向かう。
「ヘッセニアとは?」
ヘンドリックは、訊ねた。
「始めにお伝えしておきます。ヘッセニア様に会えば驚かれると思いますが、決して危険な事はございませんので、如何か平和的にご対応下さいますよう、お願い申し上げます」
ソフロニオが言う。
「ん?それは、如何いう意味だ?」
アランが訊ねた。
「ヘッセニア様は、人種と【魔人】との混血。つまり、ケリドウェン様の御息女(娘)なのです」
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・・・
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