第1237話。閑話…【エル・サルバドール(救世者)】…前編。
七王国時代の【湖の国】東方伯爵領【アサイラム】。
【アサイラム】の領主ウェスリー・サンクティティは、空を見上げて飛空船港に佇んでいた。
ウェスリーの本姓は、彼が治める領地名のアサイラムなのだが、ウェスリー自身はアサイラムを称する事を好まず、家名であるサンクティティを名乗る事が常である。
サンクティティ本家は、【アサイラム】と国境を接する隣の大国【サントゥアリーオ】に嫡流の血脈を連ね、代々高位の聖職者を輩出する名家であったが、ウェスリーの家系は傍流の為、数代前に【アサイラム】がある【湖の国】に移り住み、当地で貴族に叙爵されていた。
【アサイラム】に封じられた理由は、国境を挟んだ【サントゥアリーオ】の有力者であるサンクティティ本家とのパイプ役としての外交力を期待されてのものである。
ウェスリーは封建領主なのであるが、貴族というより歴戦の騎士然とした風貌をしていた。
領主となる以前のウェスリーは、冒険者として世界中を渡り歩き数多の魔物を討伐した凄腕のハンターなのである。
本来なら、次男であるウェスリーが家督を継ぐ事はなかったのだが、嫡子であったウェスリーの兄が出征して不運にも戦死してしまった為、家を出て冒険者稼業に就いていたウェスリーが実家に連れ戻され家督を継ぐ羽目になったのだ。
ウェスリーは自由な冒険者の立場を気に入っていたのだが、七王国は戦国乱世で貴族家の相続人が亡くなる例は多く、家を絶やさない為には致し方ない。
ウェスリー自身は一流の冒険者として十分な稼ぎがあったので、爵位や領地などには丸で興味はなかったが、彼が家督を継がなければ領地は他人の手に渡る。
そうなると、アサイラム家に累代仕えてくれている家来衆や使用人達が如何なるかわからない。
そういう家人達の一部は、新しい領主に召し抱えられるかもしれないが、新しい領主も既に自前の家来衆や使用人を連れている筈で、ウェスリーの実家の家人全員を継続雇用してもらえる保証はないからだ。
そして、新しい領主が質の悪い者なら、【アサイラム】の領民達に重税や苦役を科す可能性もある。
元を辿れば、慈愛の女神たる守護竜【リントヴルム】に仕えていた聖職者の家系に生まれた者として、アサイラム(サンクティティ)家は民には慈愛を以って接する事を信条としており、ウェスリー自身も領民が塗炭の苦しみに苛まれるような可能性を善しとはしなかったのだ。
そのような姿勢から、ウェスリーは領民達から敬愛されている。
もちろん、戦国乱世にあっては綺麗事だけでは領地経営は出来ない。
戦費を確保しなければならないし、場合によっては領民を徴兵しなければならないのだから。
しかし、ウェスリーは冒険者時代に蓄財した莫大な個人資産があり、また彼自身が一騎当千と云われる【竜騎士】である為、軍は少数精鋭の専業兵達だけで賄える。
従って【アサイラム】は、戦国乱世にあっては稀有な重税も兵役もない領民に優しい領地であった。
やがて、東方の雲間から現れた1隻の巨大な飛空船が無音のまま滑るように【アサイラム】の港に接岸する。
【超高速重巡航艦】……【アストライア】。
それは、工学技術と魔法技術の粋を結集し、一国の国家予算に匹敵する程の巨費を投じて建造された世界最速・世界最強の戦闘艦であった。
船体は総オリハルコン製、内装は総【世界樹】材製、外装は【竜鋼】で被甲した【相転移装甲】で、【超位超絶級】の攻撃も完全に無力化する。
基幹部には強力な【量子駆動内燃機関】を2機搭載し、大気中ではマッハ10の超音速巡航を実現し、予備機関の【縮退炉】を起動してフル・パワーでタキオン領域に加速し亜空間に飛び込めば、24時間に1度の頻度で艦体ごとの【転移】すら可能としていた。
アビオニクスは画期的なアイデアでホーキング・パラドクスを解決し、M理論を用いて反応時差がないフォーム・ファクターが組まれ、メイン・フレームは【ダンジョン・コア】に【多次元積層型魔法陣】が構築されている。
そして、それらは全て超分子ナノマシンによって完全な無人で制御されていた。
正に、神界に住まうと云う正義の女神アストライアの名を冠されるに相応しい美しくも凄絶な艦である。
程なくして、【アストライア】からタラップが降ろされ、煌びやかな【神の遺物】のフル装備に身を包んだ4人の男女が桟橋に降り立った。
「皆、良く来てくれたな」
ウェスリーは、満面の笑みで両手を広げて懐かしい戦友達を出迎える。
「な〜に、お前に呼ばれたら、【竜都】で一番のクルチジャーナと添寝中でも直ぐに駆け付けるぜ」
【救世者】のリーダーであるヘンドリック・ヨハン・モンドラゴンは、ウェスリーを抱擁して言った。
「ははは、相変わらずみたいだな……」
ウェスリーは、苦笑いする。
クルチジャーナとは、本来は政治や経済や外交などの手腕、あるいは文学や芸術などの達見を認められて然るべき立場で王城や後宮に出仕する相談役や女官の事を意味するが、転じて専ら王侯貴族や富豪などを相手とする高級娼婦の事を意味するようになった。
色事にだらしない生粋の遊び人であるヘンドリック・ヨハン・モンドラゴンは、しかし世界中の人々から……神の愛子……との二つ名で呼ばれ崇敬と畏怖を受ける稀代の冒険者である。
彼は、剣や槍や弓など武芸百般に通じ、戦略・戦術に長け、天賦の才と膨大な知識を持つ魔法の寵児であった。
「ウェスリー。お前、少し贅肉が付いたんじゃないか?」
【剣聖】アラン・パナータが言う。
「ああ、領主なんかになると、朝から晩まで机仕事で体を動かす暇もないんだ」
アランは、平民の生まれで家名を持たなかったが、【救世主】での活躍が評価されセントラル大陸の大国【ドラゴニーア】から家名を与えられている。
その際、彼の容貌が……ひょろひょろ……だったので、セントラル大陸の守護竜たる【神竜】は言葉遊びの語呂合わせでアランの家名を大神官に神託したのだ。
【神竜】は、存外に駄洒落が好きらしい。
「貴族は、多少恰幅が良い方が威厳という意味で格好が付くんじゃなくて?それに、アランみたいな痩せっぽちだと、寝ている間に鶏ガラと間違われて鍋の中でダシを取られるかもしれないわ」
【賢聖】シーグリッド・レーヴが言う。
「何だと!シーグリッドも他人の事は言えねぇだろ?俺は元から男だから問題ないが、お前みたいな平らな胸だと性別が間違われる場合もあるからな」
アランは、軽口を叩いてシーグリッドを挑発した。
「何を!私は【エルフ】族界隈の噂では、グラマーだって評判なのよ!」
「グラマーだって?冗談だろ?そりゃ、おろし金(小さな突起がある平らな物。つまり貧乳を馬鹿にした悪口)の聞き間違いなんじゃねぇ〜か?」
「何だとーーっ!この口は、こうしてやる」
シーグリッドは、アランの頬を力一杯に抓り上げる。
「やりやがったな!こんにゃろっ!」
アランは、シーグリッドの鼻を上向きに押し上げて豚鼻にした。
「ははは……アランとシーグリッドも相変わらずみたいだな……」
ウェスリーは、笑う。
アランとシーグリッドの下らない諍いは日常茶飯事で戯れ合いに過ぎない。
2人は、恋人同士であった。
所謂……犬も食わない……という類の痴話喧嘩なのである。
「2人とも止しなさいよ。こんな人前で、みっともない」
【堅聖】エヴドキア・スペクトラムが、アランとシーグリッドを窘めた。
「ところで、ヘンドリック。活躍の噂は聞いているぞ。【ザナドゥ】で【白竜】と【黒竜】を討伐したんだってな?」
ウェスリーは、仲良く戯れ合っているアランとシーグリッドを無視して言う。
「ああ。お前が抜けて、近接航空支援がなくなったのは痛いが、【古代竜】の2頭程度が相手なら問題にもならないぜ」
ヘンドリックは、言った。
「さすがだな」
「今回の討伐対象……ケリドウェンなる【ハグ】は中々手強そうだが、今回は最強の【竜騎士】のお前が居て制空権は取れるし楽勝だろ?」
「ははは、あまり過大な期待されるのも困るな。現役を引退して日が経つから、以前のようには戦えるか如何か……」
「な〜に、騎竜に跨がれば、直ぐに往年の勘を取り戻すだろうさ」
「だと良いんだがな。まあ、とにかく館に上がってくれ。去年生まれた娘を紹介しよう」
「ウェスリーが父親とはな……」
アランがシーグリッドとの痴話喧嘩を止めて言う。
「可笑しいか?」
「いや。親友が子持ちになるんだから、俺達も良い歳だって事だと思ってな」
「アランとシーグリッドは、籍を入れないのか?」
「ボチボチそんな話もしてるところだ。ガキが出来たりすりゃ危険な冒険からは足を洗わなきゃならねぇしな。ま、俺達は異種族カップルだからガキは出来難いんだが……」
アランは【ハイ・ヒューマン】で、シーグリッドは【ハイ・エルフ】だった。
「子供はともかく、結婚生活も存外に悪くないぞ」
「惚気ていやがるのか?」
「悪いか?」
「いや、悪くはないさ」
一同は、領主館に移動する。
・・・
【アサイラム】の領主館では、ウェスリーの妻や家来や使用人達が揃って【救世者】を歓待した。
「マリー・エミールだ。抱いてやってくれ」
ウェスリーは、愛娘を【救世者】に紹介する。
「可愛い〜。それに何か良い匂いがする」
一番初めに赤子を抱かせてもらったシーグリッドは言った。
「指なんかのパーツが、こんなに小さくて、壊れそうだな?」
ヘンドリックが言う。
「おいおい、気を付けてくれよ」
ウェスリーは、心配した。
【救世者】のメンバーは、全員人外級の戦闘力なので、赤子相手に加減を誤れば大怪我では済まない。
「大丈夫、俺は女の扱いには慣れているんだ。ま、マリー・エミールは、女というには20年ばかり若過ぎるがな」
「ヘンドリック。ウチの娘が年頃に成長したら、お前だけには絶対に近付けさせん」
「そうね。浮気性のヘンドリックは女の敵だわ」
エヴドキアが言う。
「いやいや。俺は全ての女の恋人なんだよ。1人だけのモノになるなんて世界の損失だろう?」
「ヘンドリック。あまり女遊びが過ぎると、いつか背中を刺されるぞ」
アランが冗談めかして忠告した。
やがて食事が準備され、簡単ながらも心がこもった歓迎の昼食会が始まったのである。
・・・
食後。
ウェスリーと【救世者】は早速ケリドウェン討伐の作戦会議を始めた。
「ケリドウェンの根城は、如何やら【ルピナス山脈】の西北……この辺りらしい」
ウェスリーは、地図を指し示しながら説明する。
「人口密集地から離れた山岳地帯が戦場なら、【アストライア】の主砲の飽和攻撃で簡単に片付きそうじゃない?」
シーグリッドが言った。
「そうだな。見敵必殺。知恵が回りやがる狡猾な【魔人】相手には、これに限るぜ」
アランは、言う。
「ダメだ。ケリドウェンの根城は【スポーン・オブジェクト】で、外部からの破壊は出来ない」
ウェスリーが説明した。
「ケリドウェンは、名持ちな上に【スポーン・オブジェクト】の【守護者】なの?相手のテリトリーの中で戦うのは、多少面倒ね」
エヴドキアは、言う。
「如何という事はない。【スポーン・オブジェクト】内での戦闘に【アストライア】は使えないが、周辺環境や人種集落への影響は無視出来るから、高威力の範囲魔法を幾らでも使える。正面から堂々と敵の懐に入って、力で捻じ伏せてやれば良い」
ヘンドリックが言った。
「ま、それが一番シンプルでわかり易いな」
アランは、言う。
「脳筋のアランには、そうでしょうね?」
シーグリッドは、言った。
「抜かせ。【エルフ】こそ脳筋の戦闘狂だろ?」
「【エルフ】が戦闘種族なのは否定しないけれど、知性が高い戦闘種族だわ」
「はいはい。ご両人、今は作戦会議中よ」
エヴドキアが2人を窘める。
「因みに、今回のケリドウェン討伐の報酬は……実費経費と、【スポーン・オブジェクト】の攻略に際して獲得した【宝】と拾得物の権利の全て……という事にして貰いたい。天下無双の【竜鋼級】冒険者パーティ【救世者】に対する報酬としては少なくて申し訳ないが……」
ウェスリーは、頭を下げて言った。
「今回の報酬は、友人割引で無償で構わないぜ」
ヘンドリックは、言う。
【救世者】のメンバーも頷いた。
「いや、そういう訳にはいかない。これは、一応【山麓の国】からの正式な依頼だし、お前達からは豪華な出産祝まで貰ってしまったんだから……」
「お前は、その依頼主の【山麓の国】から報酬を得ていないんだろう?」
「確かに、ケリドウェンの根城である【スポーン・オブジェクト】内で得られる【宝】や拾得物以外は、【山麓の国】から形あるモノとしての報酬は貰えないが、【アサイラム】と【湖の国】は【山麓の国】に大きな恩を売れる。政治的には、それは大きな見返りだ」
「なら、俺達【救世者】も、昔馴染みの戦友であるウェスリーが政治的に得点を稼げるなら、それは何より喜ばしい報酬になるぜ。報酬は、それだけで構わない」
「済まない。ならば、遠慮なく厚意に甘えさせて貰う。実は最近【アサイラム】は人口が増えて、新たな耕作地開拓に予想以上の金が掛かって、正直懐事情はカツカツなんだ」
「ウェスリーは、税を軽くしているんでしょう?【アサイラム】の民は幸せだわ」
エヴドキアは、言う。
ウェスリーが、そういう高潔な人物だからこそ、【救世者】のメンバーもウェスリーからの救援要請に一も二もなく駆け付けたのだ。
「で、いつ出る?」
ヘンドリックが訊ねる。
「出来れば早い方が良いな。【山麓の国】は、ケリドウェンに相当参っているらしい」
ウェスリーは、答えた。
「良し。直ぐに向かおう」
こうして、ウェスリー・サンクティティと【救世者】は、ケリドウェン討伐に出発したのである。
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