第1236話。初代勇者?
【フエンテ・サルガード】の【竜神信仰教会】。
イシドーラ司祭は、【フエンテ・サルガード】の住民を【精神支配】した可能性がある容疑者として、ケリドウェンという名前の【ハグ】(【魔人】)に言及しました。
すると、ケリドウェンという名前にウィローが反応を示します。
「ケリドウェンは、私が人種として生きていた古代七王国時代に【山麓の国】を荒らし回っていた恐るべき【ハグ】の名前です。父から、ケリドウェンの話を聴きました。もちろん、イシドーラ司祭が言うケリドウェンが、私が知るケリドウェンと同一個体であればですが……」
ウィローは言いました。
私はウィロー自身から……(ウィローの)生前の父親が古代七王国時代の【湖の国】東方都市【アサイラム】伯爵領の領主だった……と聞いています。
ミネルヴァのアーカイブにも同様の情報(ゲーム会社が創作した公式設定による歴史)が記録されていました。
かつての【アサイラム】は、現在グレモリー・グリモワールが庇護する【サンタ・グレモリア】の場所に在った古代都市です。
「七王国時代に恐れられたケリドウェンという名の【ハグ】なら、妾も覚えているわ。でも、あのケリドウェンは、【救世者】に討伐されたと記憶しているのだけれど?」
リントは、訊ねました。
「はい。同名の別個体でなく、イシドーラ司祭が言うケリドウェンが古代七王国時代の件のケリドウェンなら、その筈です」
ウィローが肯定します。
ケリドウェン?
【救世者】?
リントとウィローは、それらを知っている前提で話していますが、私は何となく聴いた事があるような気もしますが、思い出せません。
公式設定を検索すると……。
【救世者】の方は、検索にヒットしました。
ふむふむ、【救世者】 とは……ゲーム会社が設定した歴史にあるゲーム時代よりも更に以前の古代に活躍したと云う伝説的な冒険者パーティの名前……ですね。
しかし、【救世者】についての公式設定上の記述は、世界の香り付け的なモノに過ぎず……古代に活躍した冒険者パーティ【救世者】は、幾度も人種文明の危機を救った伝説的な冒険者パーティである……などという茫漠なモノで具体的な事績には何も言及されていません。
ミネルヴァ……ケリドウェンと【救世者】について詳しく教えて下さい。
私は、【念話】で指示しました。
了解です……データとして【共有アクセス権】にアップします。
世界暦紀元前5千年頃。
現在の【ブリリア王国】がある地域には、【七王国】と呼ばれる国家群が存在していました。
【七王国】は、現在の【ブリリア王国】一帯を統治していた超古代の大国【セルティック】の王統が絶えて滅びた後、【セルティック】王に仕えていた有力な7人の諸侯が各々に王を僭称して建てた国々です。
七王国は、中央の【林檎の国】、東の【湖の国】、南東の【山麓の国】、南の【砦の国】、西の【港の国】、北西の【霧の国】、北の【森の国】。
ウィローが人種として生きていた当時に暮らしていたのが【湖の国】東端の都市【アサイラム】で、位置は現在の【サンタ・グレモリア】にありました。
【山麓の国】は、その名前が示す通り【ルピナス山脈】の西端の山麓にあり、【フエンテ・サルガード】から見ると北西の方角にあります。
その【山麓の国】で暴れ回っていた【ハグ】の名前がケリドウェンなのだとか。
ケリドウェンの被害を受けていた【山麓の国】の王は、北方の隣国【湖の国】の有力諸侯【アサイラム】の領主として七王国中に勇名を馳せていた【大魔導師】で【竜騎士】のウェスリー・サンクティティ伯爵(ウィローの父親)に……ケリドウェン討伐……を要請したそうです。
ウェスリー・サンクティティ伯爵は、【山麓の国】からの要請を二つ返事で受諾しました。
しかし、【山麓の国】から1つの条件が付けられたそうです。
ケリドウェン討伐の目的であっても【アサイラム】の領軍、又は【湖の国】の国軍を派遣されるのは困る……と。
【山麓の国】の王は……【アサイラム】や【湖の国】の正規軍を迎え入れた結果、そのまま自国が占領されるかもしれない……と危惧した訳です。
助力を請いながら……軍隊を派遣するな……などと条件を付けるのは、多少礼を欠いた対応にも思いますが、当時は七王国が互いに覇権を争っていた戦国の世ですので、致し方ない面もあるのでしょうね。
地球の歴史を引くと、後漢末に益州を統治していた劉璋が、反乱勢力への対抗措置として梟雄劉備の傭兵団を援軍として迎え入れた結果、劉備に州を乗っ取られてしまった故事は有名です。
しかし、高潔な人柄で知られたウェスリー・サンクティティ伯爵は、その非礼な依頼にも腹を立てる事なく快諾しました。
強敵ケリドウェンの討伐に軍隊を使えないウェスリー・サンクティティ伯爵は、政治的に中立な立場の古い友人達の力を借りる事にしたのです。
ウェスリー・サンクティティ伯爵の友人達こそが……【救世者】……という名称で世界的な名声を得る冒険者パーティでした。
ウェスリー・サンクティティ伯爵自身も、家督を継ぐ前に一時期【竜騎士】として【救世者】に所属していたそうです。
この冒険者パーティ【救世者】のリーダーが、ヘンドリック・ヨハン・モンドラゴン。
ヘンドリック・ヨハン・モンドラゴンは、当時既に世界中で崇敬されていた伝説的人物だったそうです。
現代においてヘンドリック・ヨハン・モンドラゴンは……初代勇者……だと見做されていました。
しかし、勇者の称号は、ヘンドリック・ヨハン・モンドラゴン自身は一度も自称した事はなく、また彼が存命していた時代に他者から呼称された事もありません。
あくまでも、後世に創設された……勇者……という肩書の権威を高める為に箔付けとして、ヘンドリック・ヨハン・モンドラゴンと【救世者】の名前を恣意的に利用しているだけなのです。
つまり……ヘンドリック・ヨハン・モンドラゴン初代勇者説……は、現在勇者を選定する立場の者達が勝手に流布しているだけの俗説で、平たく言えば歴史捏造のプロパガンダに過ぎません。
【救世者】のメンバーには、ヘンドリック・ヨハン・モンドラゴンの他にも、当時の【剣聖】アラン・パナータや、同じく【賢聖】シーグリッド・レーヴや、同【堅聖】エヴドキア・スペクトラムなどが所属していました。
【救世九聖】が3人も揃っているパーティなら、それは強力でしょうね。
そして、古代の【ストーリア】世界は、相対的に文明が衰退した現代はもちろん、ユーザー達がログインしていたゲーム時代よりも魔法が発展し、人種のステータスも高かったので、【救世者】のメンバー達は、単純な数値比較でユーザー達よりも戦闘力が高いのです。
更に、ヘンドリック・ヨハン・モンドラゴンは【救世者】の中でも抜きん出て強かったのだとか。
ミネルヴァの推定によると……カタログ・スペックにおいて古代の【救世九聖】は、【周期スポーン・エリア・ボス】を【眷属】も含めて単身で討伐可能な戦闘力を持ち、ヘンドリック・ヨハン・モンドラゴンに至っては単身で【ダンジョン・ボス】や、【魔人】の中で最強の4個体にして固有の【遺跡】の【徘徊者】である【エキドナ】(デフォルト状態のトリニティ)、【モルモー】、【エンプーサ】、【デルピュネー】をも倒し得る……そうです。
この世界の戦闘マトリックスは相当に複雑に出来ているので、戦闘の勝敗は単純なカタログ・スペックだけでは決まりません。
実際グレモリー・グリモワール(私)は、単身で【ダンジョン・ボス】や【遺跡】の【徘徊者】を討伐した実績がありますし、カタログ・スペック上は100万倍近い絶望的な戦闘力差がある【神格の守護獣】すら単身 で屠っていました。
まあ、【神格の守護獣】の【ベヒモス】に対して、あの奇跡的な1勝を挙げるまでにグレモリー・グリモワール(私)は100回以上死亡しましたけれどね……。
ユーザーは、死亡しても【復活】出来るので、コンティニューを前提とした自殺攻撃が可能でした。
しかし、NPCであるヘンドリック・ヨハン・モンドラゴン達は死亡したら取り返しが付きません。
ミネルヴァは、それを踏まえて……ヘンドリック・ヨハン・モンドラゴンは、【ダンジョン・ボス】や【遺跡】の【徘徊者】を単身で討伐可能だ……と推定しているのですから凄まじい事です。
ん?
【賢聖】シーグリッド・レーヴ?
何処かで聞いた事があるような?
ゲーム時代ではなく、最近その名前を聴いた記憶があります。
あ〜、アーカイブを検索して思い出しました。
シーグリッド・レーヴは、世界暦紀元前5千年〜4千年の年代に在位していた【ニーズヘッグ聖域】の大祭司です。
【エルフヘイム】の【世界樹】門前町で古書の修復やレプリカ販売を生業としている古書マニアのオットー氏から教えて貰った話によると、世界暦紀元前5千年〜4千年の年代は……レーヴ紀……と呼ばれていました。
これは、【エルフ】や【ダーク・エルフ】達が使用する独自の年号で……レーヴ紀は……その時代に【ニーズヘッグ聖域】の大祭司であったシーグリッド・レーヴに由来するそうです。
「リント。シーグリッド・レーヴとは、大昔の【ニーズヘッグ聖域】の大祭司ですね?」
「ええ、そうよ」
リントは、頷きました。
「シーグリッド・レーヴ様は、【ニーズヘッグ聖域】の大祭司に即位する以前、冒険者パーティ【救世者】のメンバーでした」
ウィローが補足説明します。
「なるほど」
そして、何やかんやあって、ウェスリー・サンクティティ伯爵と【救世者】は、ケリドウェンとの戦いに勝利して封印したのだとか。
「ケリドウェンは、父と【救世者】によって封印されました。なので、あのケリドウェンが復活したとは、俄かに信じられません」
ウィローが言いました。
「何者かが、ケリドウェンの封印を解いてしまったのでは?」
イシドーラ司祭は訊ねます。
「理屈の上では、ケリドウェンの封印が解かれる可能性もあり得ますが、ミネルヴァ様のサーベイランスとユグドラ様からの情報によれば、【神格者】が介入した可能性は皆無との事です。であるならば、現実的には誰かがケリドウェンの封印を解いたとは考え難いですね。【救世者】が施した封印を、【神格者】やトリニティ様以外の現代の誰かが解いてしまう事は、能力的に殆どあり得ないでしょう」
ウィローが首を振って否定しました。
「それは、何故でしょうか?」
イシドーラ司祭は訊ねます。
「5千年前の古代七王国時代は、現代よりも魔法文明が遥かに高度で、人種の個体戦闘力も高かったのです。古代のトップ・レベルの戦闘職のステータスは、英雄のトップ・レベルの戦闘職のステータスを凌駕します。そして、【救世者】は、現代より戦闘力が高かった古代にあって当時最強クラスの冒険者パーティです。【救世者】が構築した封印の【儀式魔法】を解けるのは、ノヒト様やミネルヴァ様や【リントヴルム】様などの【神格者】、あるいはマイ・ミストレスのトリニティ様に匹敵する破格のスペックがなければ事実上不可能なレベルで困難です。【神格者】やマイ・ミストレスの介入がないとするなら、現代にケリドウェンの封印を解ける者は居ないと判断して差し支えありません」
ウィローが推定しました。
「私も基本的には、ウィローと同じ意見です。蓋然性としては、【神格者】やトリニティ以外にも、グレモリーやルシフェルのような【不規則存在】の【魔法使い】ならば、現代より魔法文明が発展していた古代の封印を解く事が出来るかもしれません。しかし、グレモリーからもルシフェルからも、ケリドウェンなる【ハグ】の封印を解いたという報告はありません」
「つまり、そのケリドウェンは、古代に生きていたケリドウェンとは同名の別個体と判断して差し支えないのかしら?」
リントが訊ねます。
「いいえ。【フエンテ・サルガード】を襲撃したケリドウェンなる【ハグ】が、【救世者】が封印した個体である可能性はあり得ますよ。というか、情報を整理した結果、私は両者が同一個体だという確信を得ました」
「え?でも、今ある情報を前提とするなら……事実上古代の封印は解けない……と、ノヒトも考えているのでしょう?」
「誰かが自力でケリドウェンの封印を解いたとは考え難いでしょう。しかし、意図してか偶然かはわかりませんが、封印を解く、あるいは解けてしまう方法はあります。そして、実際にその方法でケリドウェンの封印が解けたのなら、今回の【堕天】病問題とケリドウェンの復活の顛末は、1本の糸に繋がります」
「如何いう事?」
「そもそも私達が【フエンテ・サルガード】に来た目的は、【堕天】病を引き起こしている水源地を浄化する為です。【堕天】病が流行した理由は、疾病が流行している集落が使用する地下水の水源に【天使】が堕天して変質した異形の獣が存在していて、その異形の獣の汚染された肉体組織が地下水に混入しているからだと推定して、ほぼ間違いありません。【天使】が【堕天】して異形の獣に変質すると、自我が崩壊して知性が完全に失われる代わりに戦闘力は種族限界を超えて強大になります。位階が高い【天使】から【堕天】した異形の獣のスペックは、魔力単位換算で【神格の守護獣】に匹敵します。【神格】の位階に匹敵する異形の獣が、ケリドウェンが封印された場所近くに居て、ケリドウェンの封印に影響を及ぼしているなら、【救世者】が構築した強力な封印も位階差によって強引に解けてしまいます」
「なるほど。確かに話が繋がったわね」
リントは、頷きました。
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