第1234話。馬鹿な振りをするロドリーゴ・エル・シッド。
【フエンテ・サルガード】の【竜神信仰教会】。
私とウィロー、リントとティファニー、【スクリメージ・スクアッド】・【トランサルピナ】大隊の大隊プロスペール、【フエンテ・サルガード】の【竜神信仰教会】司祭イシドーラ以下の聖職者達は、教会に集まりました。
「先程も訊きましたが、イシドーラ達も神聖な泉の正確な場所を知らないのですね?」
私は、改めて質問します。
「はい。神聖な泉の場所は、この【ルピナス山脈】の何処かにあるという事の他は、巫女様しかご存知ではありません」
イシドーラ司祭は肯定しました。
私は、異形の獣(【堕天】した【天使】)らしき個体が発する魔力反応をサーチして、神聖な泉の場所を突き止めています。
しかし、それは位置座標がわかっているだけでした。
私は、【プエブロ・デ・モンターニャ】の村長代理マウリシオから……神聖な泉は深い洞窟の奥にある……と聴いています。
その神聖な泉に至る洞窟の入口がわからなければ、私は最悪の場合【ルピナス山脈】を掘削して神聖な泉に向かわなければいけません。
それは私の能力的には可能ですが、面倒です。
「巫女とは?」
「水守様の事です」
「水守とは誰なのですか?」
「水守様は、大いなる力を持った【聖格者】様で、私達【竜神信仰教会】から派遣されている聖職者とは異なる信仰を拠り所とし、事実上【フエンテ・サルガード】の領主のような御立場の方です。下流域の水源地を守る御役目の重要性を鑑みて、竜神様達からも特別な権限を与えられております」
「水守は今何処に居るのですか?」
「水守様は、昨年の夏……神聖な泉……に祭祀を行いに向かわれたきり、お戻りになりません」
イシドーラ司祭は心配そうに言いました。
イシドーラ司祭を始め【フエンテ・サルガード】の住民達は、何者かの【精神支配】によって過去1年以上の記憶を失っています。
その事実は既に私から説明されていました。
昨年の夏……【堕天】病の流行と時期が重なりますね。
「異形の獣に食べられてしまったのかもしれませんね」
「異形の獣?」
「そもそも私が【フエンテ・サルガード】に来たのは、【ルピナス山脈】の下流域に【堕天】病という謎の病気が流行った事が理由です。【堕天】病は、汚染された川や井戸水を飲む事で発症します。その川や井戸水の水源が、神聖な泉でした。そして、【堕天】病の原因は、異形の獣の肉体組織が混入した水です。つまり、神聖な泉には異形の獣が居ると見て差し支えありません。それと知らず、水守は神聖な泉に祭祀を行いに向かって、異形の獣に食われてしまった可能性があります」
「そんな……」
イシドーラ司祭は絶句しました。
【竜神信仰教会】の聖職者達も、絶望的な表情をします。
「しかし、異形の獣に食べられた者は、救出可能かもしれません」
「本当ですか?」
「はい。【シエーロ】でも、ウリエルという【熾天使】が【堕天】して異形の獣になってしまいました。異形の獣になったウリエルは、無差別に【天使】達を襲い捕食したそうですが、捕食された【天使】が異形の獣の中から救出された実例があります」
かつて、【堕天】したウリエルに喰われて救出された実例の1人が、ガブリエルです。
ガブリエルを救い出したのは、ルシフェルでした。
「ならば【調停者】様。どうか水守様をお救い下さいませ」
イシドーラ司祭は跪いて懇願します。
【竜神信仰教会】の聖職者達も平伏しました。
「確実に救出出来る保障はありませんが、可能な限り救出を試みてみます」
「何卒お願い申し上げます」
イシドーラ司祭は深く頭を下げます。
具体的な救出方法は、【知の回廊】のアーカイブに記録されていました。
ルシフェル如きに出来る事なら、私なら簡単に出来る筈です。
「では、【イスプリカ】が国教として信仰する竜神とは何者ですか?【古代竜】だという事は知っています」
「仰る通り、竜神様は、私達【イスプリカ】の民を御守り下さっている4頭の【古代竜】の総称です。繁殖の末に【古代竜】や【竜】の群を率いておられます。竜神様達は、【イスプリカ】皇帝の後盾でもあります」
【古代竜】などの知性が高い魔物は、【スポーン】して長い年月を生きると中立化して人種と意思疎通して、時には友好関係や互恵関係を築く場合もありました。
チーフ……竜神と呼ばれる【古代竜】の中で意思決定を行っている4頭の種族は、【クエレブレ】、【シュガール】、【エレンスゲ】、【ギータ】です。
ミネルヴァが【念話】で報告します。
ふむ、なるほど。
【クエレブレ】、【シュガール】、【エレンスゲ】、【ギータ】は、いずれも希少な【古代竜】ですね。
「4頭の【古代竜】が【イスプリカ】皇帝の後盾となり、【イスプリカ】の民を守る事の対価は何ですか?」
「竜神様達は……力と好奇心を満たす事……だと仰っておられます。【イスプリカ】の民が竜神様達に祈りを捧げると、竜神様達は力を得るそうです。また、【イスプリカ】の民の営み自体が、竜神様達の好奇心を満たす事になると」
この世界では、【神格者】以外を対象としてローカルな信仰も認められていました。
実在する生命体が信仰対象になると、使徒や信徒の数によって信仰対象も【運】値が上がるなどの様々な恩恵があります。
信仰対象になっている【古代竜】の方が、野良で【スポーン】した同族の【古代竜】より僅かとはいえ強化されるので、自然界の生存競争として考えれば多少は有利になりました。
しかし、使徒や信徒1人1人の信仰から得られる恩恵は微々たるモノでしかないので、信徒や信徒の為に何らかのアクションを取る事が生存戦略として割に合うかと問われれば、正直言って微妙なところです。
斯く言う、グレモリー・グリモワールも【イスタール帝国】や【サンタ・グレモリア】などを中心に世界中に億単位の信徒が居ますが、ステータス的なブーストは……ないよりはマシ……という程度でしかありません。
ただし、多数の者達から信仰を捧げられる事で、特別な【称号】が得られます。
その【称号】獲得の副賞として【ゲーム・システム】から与えられる【贈物】は、使徒や信徒の人数によっては強力な恩恵が得られました。
この世界の生みの親であるチーフ・プロデューサーのケイン・フジサカ……つまり、【創造主】は、信仰とか宗教に対して、やや冷笑的な見解を持っていたので、意図的に信仰それ自体には対して意味がないようなバランスにしてあるのです。
なので、この世界においては、信仰を捧げられる事で得られる恩恵より、むしろ【称号】獲得の【贈物】の方が重要でした。
つまり、【イスプリカ】の庇護者となっている4頭の【古代竜】達にとって、【イスプリカ】の民を守る事で得られる対価は、好奇心を満たすという理由が主たるモノなのでしょう。
「【イスプリカ】の皇帝について教えて下さい。【イスプリカ】の皇帝は、【イスプリカ】各地の領主である選帝侯によって選ばれるので、実権を持たない傀儡だと聞いていますが、当代の皇帝はどんな人物ですか?」
「そうですね……陛下は捉え所がない御方です」
イシドーラは言いました。
「ノヒト。妾は各方面から……当代の【イスプリカ】皇帝は無能な馬鹿だ……と聞いているわ」
リントが身も蓋もない事を言います。
私も同感ですけれどね。
あの皇帝は、ミネルヴァから……【世界の理】に反する奴隷制を廃止するように……と勧告されて、直ぐに皇帝領【イスポリス】で使役されていた奴隷の解放を勅命しました。
それ自体は悪い事ではありませんが、やり方が杜撰過ぎたのです。
【イスプリカ】皇帝は……【イスポリス】で奴隷を使役していた農場主や鉱山主や資本家など、奴隷を使役していた者達を逮捕して、土地や資産を没収して、それらを解放された奴隷達に均等に分け与えて、それで終わり……という何とも短絡的な方法で無理矢理奴隷制を廃止しました。
奴隷にされていた人達は、今まで肉体労働や単純労働に従事させられていただけで、経営や会計などの知識がありません。
それどころか読み書き計算すら満足に出来ないのです。
そういう人達が、小分けにされた農地や鉱山や工場など産業資本の所有権を貰っても収益は上げられません。
【イスプリカ】皇帝のやり方は、単に……ゲームマスターやゲームマスター本部から罰を受けないようにしました……というだけの、政策とも呼べない稚拙な方法なので、解放された奴隷も含めて誰も救われないのです。
端的に言って、あの【イスプリカ】皇帝は無能で馬鹿でした。
「いいえ。当代のロドリーゴ・エル・シッド・イスプリカ皇帝陛下は、無能や馬鹿のフリをしていらっしゃいますが、実像は決して無能や馬鹿ではありません。少なくとも、私達【竜神信仰教会】の聖職者達の間では、そのように考えられています」
イシドーラ司祭は言います。
「馬鹿のフリをしている?しかし、ミネルヴァからの勧告を受けて彼が皇帝領【イスポリス】で行った奴隷解放策は、実際に馬鹿みたいな方法ですよ。解放された奴隷達による争乱や略奪も起きていて、帝都【イスポリス】は混乱を極めているのでしょう?」
「恐れながら申し上げます。国の政策を抜本的に転換する際には、多かれ少なかれ必ず混乱は生じます。問題は、その混乱の程度と期間だと思います。奴隷解放によって皇帝領【イスポリス】で起きた混乱は、ほぼ沈静化しました。現在は解放奴隷達に分け与えられた資産が株式化され、解放奴隷達は株式の配当を受ける形で収入を担保されています。そして、ロドリーゴ皇帝陛下は、解放奴隷達に分け与えられた産業資本を官僚達に経営させ、解放奴隷を雇用し生産活動を再開なさいました。【銀行ギルド】に国債の引き取りを拒否されてしまい資金繰りには窮しているようですが、皇帝直轄の国有地を、【アストリア】のとある資本家に売却する方法で資金を調達して、何とか運転資金の目処が立ちました。竜神様達の見立てでは……来年、皇帝領【イスポリス】は飢餓にならずに済みそうだ……との事。このような見事な差配が行える為政者は、少なくとも【イスプリカ】国内にはロドリーゴ皇帝陛下を借いて他には居りません」
イシドーラ司祭は、【イスプリカ】皇帝ロドリーゴ・エル・シッドを擁護しました。
ミネルヴァ……イシドーラの話は事実ですか?
私は【念話】で訊ねます。
チーフ……皇帝直轄領【イスポリス】の農場や鉱山や工場などの産業資本が株式化されたスキームが秘密裏に始動しているのは事実です……また、官僚による経営と、解放奴隷の雇用策も内密に進捗しています……資金難やリソース不足で苦労している様子は窺えますが、イシドーラが言うように、少なくとも皇帝直轄領【イスポリス】で来年大量の餓死者を出すような最悪の事態は避けられそうです。
ミネルヴァは【念話】で報告しました。
だとすると、【イスプリカ】皇帝は無能で馬鹿だという先入観は改める必要がありますね?
私は【念話】で言います。
以前から【イスポリス】の帝城で、そのような計画が動いている事は掴んでいましたが、それを主導しているのが皇帝だとはわからず、官僚達による単なる陰謀的な地下活動だと考えていました……もしも、皇帝ロドリーゴ・エル・シッドが以前から【イスプリカ】の奴隷制廃止を企図し、この奴隷制廃止後の経済活動復元スキームを準備していたのなら、彼の評価は改めなければならないでしょう……その文脈で考えると、ゲームマスター本部からの奴隷制廃止勧告も、旧来の奴隷制によって既得権を得て来た【イスポリス】の抵抗勢力を黙らせる為の口実に使われた可能性があります。
ミネルヴァが【念話】で見解を述べました。
つまり、当代の【イスプリカ】皇帝ロドリーゴ・エル・シッドは、以前から【世界の理】に従うつもりがあって、私やゲームマスター本部に対しては協力的な考えを持っていたという事ですね?
私は【念話】で訊ねます。
そう考えて差し支えないでしょう。
ミネルヴァは【念話】で言いました。
あ、そう。
もしも、当代の【イスプリカ】皇帝ロドリーゴ・エル・シッドが、私やミネルヴァから勧告されるまでもなく、以前から奴隷制を廃止しようと考えていて、具体的なスキームを準備していたとするなら、彼は私やゲームマスター本部の協力者という事になります。
私が復活して、【イスプリカ】に奴隷制廃止勧告を出した事も利用して自分が構想して来た政策を実行する梃子にしたのなら、ロドリーゴ・エル・シッドは無能でも馬鹿でもありません。
むしろ、有能な賢帝です。
【イスプリカ】は選帝侯によって皇帝が選ばれました。
なので、【イスプリカ】皇帝は皇帝直轄領の【イスポリス】以外には殆ど何の実権も持ちません。
その皇帝領【イスポリス】でさえも、各地の選帝侯の息が掛かった豪農や政商や大資本家など既得権者が根を張っていました。
その豪農や政商や大資本家など既得権者は……ゲームマスター本部からの勧告に従う……という名目で逮捕され土地や資産を没収されています。
【イスプリカ】皇帝は、所詮は選帝侯達の傀儡に過ぎないので自分がやりたい政策を実行するのは、ほぼ不可能でした。
もしも、選帝侯達の意向を無視して皇帝親政などを断行すれば、たちまち選帝侯達から攻撃されて簡単に失脚し、最悪の場合は弑逆されてしまうのです。
豪農や政商や大資本家など既得権者を逮捕して資産を没収した事も……ゲームマスター本部からの勧告に従う為に、皇帝が慌てて勅命を下した考えなしの行動……だからこそ、選帝侯達も無能な皇帝の馬鹿な施策を嘲笑しながら見逃していました。
また、皇帝ロドリーゴ・エル・シッドは、奴隷解放以後の計画を秘密裏に準備して、現在も内密に実行していると思われます。
それが、全て皇帝ロドリーゴ・エル・シッドの計算だったなら?
四面楚歌の状況にありながら、奴隷制を廃止する機を窺って乾坤一擲のサイコロを振るタイミングを狙っていたなら、ロドリーゴ・エル・シッド・イスプリカは賢帝であり、皇帝の資質と気概を備えている傑物かもしれません。
ミネルヴァ……近い内に、【イスポリス】に行ってロドリーゴ皇帝に会います……アポイントを取って下さい。
私は【念話】で指示しました。
了解です。
ミネルヴァは【念話】で言います。
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