第1232話。ポイント制軍事組織。
【フエンテ・サルガード】。
私とプロスペールは、【フエンテ・サルガード】の集落を歩いています。
「プロスペールは寒くないのですか?」
「はい。このプレート・アーマーには、マイ・ミストレスのノート様が【気候耐性】の【効果付与】をして下さっていますので」
ノート・エインヘリヤルは【大付与術師】でした。
彼女は、ベータ版、正式版を通じて史上最高の【付与術士】です。
「あなたの配下の装備は如何なのですか?【スクリメージ・スクアッド】は、当初20人編成の5個分隊で組織されたと聞いています。オリジナル・メンバーの装備にはノートが【効果付与】を施したのでしょうが、後から加わったメンバーの装備は?見た所、あなたの【トランサルピナ】大隊の兵士は統一規格の装備ですよね?」
「【クレオール王国】から補給を受けています。装備品は幾つかのサイズで送られて来て、それを本拠地の【イベイラ】で微調整して兵士に支給します」
「なるほど。【効果付与】はノートがしているとして、鍛えたのは【クレオール王国】で保護されているヴィヴィ・アムダール・アラゴニアですね?」
「はい」
「ヴィヴィ・アムダール・アラゴニアは、短期間で大量の装備品を生産する仕事の早さも然る事ながら、鍛えた装備品の性能の高さが半端ではありませんね?」
「ええ。大砲の直撃でも凹んだだけでした。私が今生きていられるのは、このヴィヴィ様謹製の鎧のおかげです」
「素材は魔鋼ですね。魔鋼の板金で大砲の直撃に耐えるとは凄まじい強度です」
「はい。ありがたい事です」
ヴィヴィ・アムダール・アラゴニアは、【ニダヴェリール】の王ヴァルト・ニダヴェリールの末娘で、【イスプリカ】東方に領する【アラゴニア】の選帝侯に輿入れしたお姫様でした。
【ニダヴェリール】は【ドワーフ】の国ですから、王侯貴族も一般教養として鍛冶の技術を身に付けます。
なので、ヴィヴィ・アムダール・アラゴニアも元から最低限の鍛冶は行えたのでしょうが、【スクリメージ・スクアッド】の装備品は、レベル・カンスト級のユーザー【大鍛冶師】が鍛えたモノと比べても遜色ない一級品でした。
王女様の手習いレベルの鍛冶の腕ではありません。
ヴィヴィ・アムダール・アラゴニアが凄まじい鍛冶技術を身に付けたのは、ノート・エインヘリヤルの【経験値譲渡】に依ります。
つまり、凄まじいのは、ノート・エインヘリヤルの【経験値譲渡】の【能力】でした。
なので、【経験値譲渡】は……ゲーム・バランスを崩壊させる、ブッ壊れ【能力】だ……という意見が、社内とベータ版をプレイしたユーザーの双方から上がり、正式版では除外されたのです。
「装備品は【クレオール王国】から無償で提供されているのですか?」
「いいえ。食料や他の雑多な物資も含めて購入しています。購入と言っても対価は金銭や物品ではなく、ポイントです」
「ポイント?」
「はい。俺達の活動の功績には細かくポイントが割り振られています。例えば、野盗・山賊・奴隷狩りなどを捕虜にすると1人1ポイント、【イスプリカ】の領軍正規兵や騎士団などを捕虜にすると1人2ポイント、野盗・山賊・奴隷狩りなどを開拓農民として土着させると1人5ポイント、奴隷を救出すると1人10ポイントです。そのポイントを対価にして、【スクリメージ・スクアッド】はノート様と【クレオール王国】から補給物資を購入しています。逆に軍規に反する行為、例えば無辜の民から略奪をしたり、無辜の民に乱暴狼藉を働いたり、故意に殺害したら、実行犯は問答無用で死刑ですが、別途1件当たりマイナス100ポイントからマイナス200ポイントのペナルティが設定されています。後は……仲間の生命を救う……などの勇敢な行動や……無辜の民や集落を助ける……などの善行を行っても、程度に応じてポイントがもらえます」
「そういうシステムなのですか……。では、将兵の訓練は?【スクリメージ・スクアッド】のオリジナル・メンバーは、ノートから【経験値譲渡】を受けていて、【堅聖】キューダス・ロイガーから盾を使った戦闘技術を学んだと聞いていますが、後から【スクリメージ・スクアッド】に加わったメンバーの訓練は如何しているのですか?」
「【イベイラ】に時々ノート様や【堅聖】様、それからルナ・ピエーナ様などが来られて訓練を付けてくれています。その際にノート様から、既存メンバーや新兵達に【経験値譲渡】が行われる事もあります」
「なるほど、わかりました」
この世界では、プレイヤーのレベルが上がるとレベル・アップに要する【経験値】も増える仕様でした。
なので、レベル1からレベル2までは簡単に上がりますし、低レベルの時は獲得した【経験値】によって一気に複数のレベルが上がる場合もあります。
しかし、高レベルになるとレベル・アップに要する【経験値】が膨大になり、中々レベルが上がらなくなりました。
従って、レベル20やそこいらなら、ノート・エインヘリヤルの【経験値譲渡】で直ぐに上がります。
ルナ・ピエーナなどノート・エインヘリヤルのパーティに所属する者達が大量の【経験値】を稼いでいるので、それをノート・エインヘリヤルが貯めて、【スクリメージ・スクアッド】に譲渡すれば、大勢をいっぺんに強化出来てしまいました。
【トランサルピナ】大隊のメンバーは、レベル10からレベル20までの者が多く、一部レベル30を超える者が居ます。
プロスペールはレベル42。
ステータスを見ると、プロスペールと【トランサルピナ】大隊の他数名は【チュートリアル】を受けていました。
【スクリメージ・スクアッド】は、全体として同じようなレベルの割合になっているそうです。
軍隊の強さは個人のレベルだけでなく、兵器の性能などによっても変わるので一概には言えませんが、世界最強の軍事超大国【ドラゴニーア】軍の兵士の平均レベルが20程度(【チュートリアル】を受けていない)ですから、【スクリメージ・スクアッド】は強力な軍隊と言えるでしょうね。
ノートの能力は、チートなのです。
私は、プロスペールと話しながら、道々【麻痺】で倒れている【フエンテ・サルガード】住民のステータスを調べて回りました。
この【フエンテ・サルガード】には、教会と、(聖職者と信徒達が暮らしているのであろう)幾つかの集合住宅と、(参拝者や巡礼者を宿泊させるのであろう)幾つかの宿院があるだけの小さなコミュニティで、余り生活感がありません。
にも拘らず城門や城壁がやたらと立派で、西欧の修道会系騎士団の砦のようです。
つまり、【フエンテ・サルガード】は宗教に特化したコミュニティでした。
この集落に居る者達は、今までステータスを確認した全員が何者かの【精神支配】を受けています。
あと、ステータスを調べていない者は、城門の上に居る砲手や銃手や射手だけでした。
【精神支配】を受けている宗教コミュニティの住民は厄介ですね。
おそらく狂信者だと思いますので……。
そして、【フエンテ・サルガード】全体が何者かの【精神支配】の影響下にあるという事は、先程見た教会の地下牢で行われていた残虐な儀式も、その【精神支配】の所為だと思われます。
【精神支配】を受けている者が、あの残虐な儀式の実行犯だとすると、多少事情が複雑になりました。
【精神支配】の影響下にある者が自我を操られて行った犯罪は、心神喪失状態にあるので基本的に罪に問えません。
罪の責任を負うのは、主犯である【精神支配】を行使している誰かという事になります。
心神喪失状態で罪に問えない者は、即ち無辜の民。
無辜の民に対しては、乱暴な扱いは出来ません。
【フエンテ・サルガード】の住民達に【精神支配】を行使した誰かが見付かれば話は早いのですが、もう既に【フエンテ・サルガード】から逃げているなら見付けられない可能性がありました。
【精神支配】を受けていた者は、【精神支配】を受けていた間の記憶を覚えていない場合があるからです。
色々と聞きたい事があるので、彼方此方に倒れている者達の中から事情を知っていそうな誰かの【麻痺】を解こうかと思いましたが、【精神支配】を受けている狂信者からは真面に話が訊けない可能性がありました。
しかし、【精神支配】を解いてしまうと、おそらく【精神支配】を受けていた際の記憶が失われてしまうので本末転倒です。
いよいよ、面倒臭い状況になりました。
そうは言っても、どちらにせよ話は訊かなければならない訳です。
致し方ありません。
私は城門の上にいる【フエンテ・サルガード】の守兵達の中に【精神支配】を行使している者が見付からなければ、取り敢えず誰かの【麻痺】を解いて話を訊いてみる事にしました。
・・・
【フエンテ・サルガード】城門の門楼。
城門の上に居た者達を調べても、結局【フエンテ・サルガード】の住民達に【精神支配】をしている主犯は見付かりません。
さてと、これから如何するべきか……。
ノヒト様……リント様とティファニー猊下を連れて、そちらに戻ります。
ウィローが【念話】で連絡して来ました。
わかりました。
私は【念話】で了解します。
すると、ウィローとリントとティファニーが【転移】して来ました。
「リント。【ログレス】の方の話し合いは良いのですか?」
「此方の方が重大事案だから、ミネルヴァに頼んで連れて来てもらったのよ。で、奴隷の子供達を救出してくれたのでしょう?ウエスト大陸の民の為にありがとう」
リントは言います。
「子供達の辛い記憶は消しましたが、【ログ】を調べて奴隷になった経緯や家族の情報はわかっています。ミネルヴァと情報共有をして下さい。其方の対応は、リントに任せてしまっても構いませんか?」
「もちろんよ。子供達の家族を探して、家族も奴隷にされていれば解放し、子供達が家族と一緒に暮らせるように差配すれば良いのね?」
「はい。ただし、何人かの子供達は、親に売られて奴隷になっていました。【イスプリカ】では……貧しい家の子供が奴隷として売られてしまう……という例が日常的にあるようです。そういう子供達は、もしかしたら家族の元に返さない方が良いかもしれません」
「そういうケースは、妾の聖堂で引き取る必要があるわね」
「お願いします」
「で、この狂信者達の指導者を探しているのでしょう?見付かったの?」
「それが、現在【フエンテ・サルガード】に居る者達は、全員【精神支配】を受けていました。なので、【精神支配】を受けている期間の奴隷売買など【世界の理】違反は罪に問えません。そして、【フエンテ・サルガード】の住民を【精神支配】している者は、結局見付かりませんでした」
「逃げられたの?」
「そうとは限りません。偶々外出しているタイミングだったかもしれませんので。取り敢えず、これから誰か事情を知っていそうな者の【麻痺】を解いて話を聞きます」
「わかったわ」
「で、彼は、ノートと【クレオール王国】に協力している民間軍事組織である【スクリメージ・スクアッド】・【トランサルピナ】大隊の隊長プロスペールです。プロスペール、彼女はウエスト大陸の守護竜である【リントヴルム】で、此方は【リントヴルム聖堂】の法皇ティファニー・レナトゥスです」
「り、【リントヴルム】様と法皇猊下っ!御尊顔を拝し奉り恐悦至極でございます。俺、いや私はマイ・ミストレスたるノート・エインヘリヤル様の忠実な下僕……プロスペールと申します」
プロスペールは、慌てて跪き挨拶をしました。
「【スクリメージ・スクアッド】の事は、ノートとスライマーナから聞いているわ。元は犯罪者で【世界の理】にも反していたようだけれど、今は更生して良心的な活動に従事しているそうね?だから、妾から改めて罰を与えたりはしないわ。今後も真摯に善良なる任務に励みなさい」
「ははっ!慈悲深き御厚情を賜りまして感謝致します」
プロスペール達は更生した訳ではなく、ノート・エインヘリヤルから【眷属化】や【魅了】や【精神支配】を受けていて強制的に従わされているだけですけれどね。
まあ、この際、細かい事は良いでしょう。
「それで、プロスペールは部下に命じて、私の【麻痺】で倒れている【フエンテ・サルガード】の住民を屋内に運んで下さい。この者達は、何者かの【精神支配】によって悪事を働いていたので罪には問えません。なので無辜の民として丁寧に扱いなさい」
「はっ!わかりました。では……」
プロスペールは、起立して敬礼し、部下に命じる為走り去りました。
「リント。教会に事情を知っていそうな者が居るので、事情聴取をする為に移動します」
「わかったわ」
リントは頷きます。
私とウィローとリントとティファニーは、【フエンテ・サルガード】の教会に向かいました。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。