第1229話。覚醒する鬼神。
本日2話目の投稿です。
【フエンテ・サルガード】。
ノヒト様……檻に囚われている子供達と、それから子供の遺体も見付けました……プロスペールの供述は事実のようです。
ウィローが【念話】で報告して来ました。
わかりました。
私は【念話】で了解します。
「プロスペール。あなたの供述通り、【フエンテ・サルガード】に囚われている子供達を見付けました。この案件は、ゲームマスターとして私が一旦預かります。取り敢えず、【トランサルピナ】大隊の【麻痺】を解除しますが、あなたから配下に命じて、この辺りで適当に露営陣地でも構築して待機させておきなさい。【フエンテ・サルガード】の防衛戦力は無力化されていますが、私の調査が済むまで、あなたの配下が勝手に【フエンテ・サルガード】に攻め込んだりしないように厳命しなさい。あなたは、この後私と一緒に現場を確認してもらいます」
「はっ。わかりました」
プロスペールは敬礼しました。
「【魔法中断】」
私は、攻勢側の【トランサルピナ】大隊の方だけ、【麻痺】を解きます。
「野郎共。その場に陣地を設営し許可あるまで待機しろっ!これは【調停者】ノヒト様の御命令で、俺達の主人たるノート様も御了解済の事だ。悪魔崇拝者達の悪事は、【調停者】たるノヒト様も知るところとなった。後の事は、【調停者】ノヒト様にお任せする。良いかっ!」
プロスペールは、ドスが利いた凄味がある声で命じました。
「「「「「おーーっ!」」」」」
【トランサルピナ】大隊は、了解代わりの勝鬨を上げます。
【スクリメージ・スクアッド】は、以前はギャングやゴロツキなど犯罪者だった連中によって組織されているそうなので、もしかしたらプロスペールは元は何処ぞのギャングのボスとかだったのかもしれません。
私は、プロスペールを伴って、ウィローの光点を目標に【転移】しました。
・・・
【フエンテ・サルガード】。
地下牢。
【転移】で移動した場所は、【フエンテ・サルガード】集落の真ん中にある建物の地下のようです。
ウィローによると、この建物の地上部分の構造物は、聖堂のようだったのだとか。
プロスペールの言葉を借りるなら、悪魔崇拝者達の教会という事になるのでしょう。
ここは、地下牢そのものでした。
檻の中には大勢の幼い子供達が囚われています。
未だ私の【麻痺】が利いているので、子供達は倒れていました。
子供達は、痩せ細り不衛生で殆ど裸同然か、ボロ布のようなモノを身体に巻き付けただけような格好をしています。
そして……部屋の奥には祭壇のようなモノがあり、その上には幼い子供の亡骸が横たわっていました。
亡くなっていた子供は、おそらく生きたまま心臓を抉り取られてしまっています。
「くっ、チクショウがっ!」
プロスペールが吐き捨てるように言いました。
「何て惨い事を……【修復】」
私は、亡くなっていた子供の胸に空いた傷を塞ぎ、苦痛の表情を浮かべ大きく見開いたままの目を閉じます。
「現場保全の為、未だ何も手を触れておりません」
ウィローは報告しました。
「ありがとう。ウィローは、この子供達を全員【ワールド・コア・ルーム】に搬送して、諸々のケアをして下さい」
私はウィローに指示します。
「畏まりました」
ウィローは頷きました。
「【魔法中断】」
私は、檻の中に居る子供達の【麻痺】を解除します。
動けるようになった子供達がモソモソと起き上がりました。
しかし、誰も声を上げたり泣き出したりなどせず、ただ虚な表情で私達を見詰めています。
無理もありません。
皆こんなに幼いのに、保護者と引き離され奴隷にされて檻に閉じ込められて、目の前で同じ境遇の子供が心臓を抉られて亡くなる様子を見ていたのですから。
やがて、自分の順番が来れば、自分も同じ運命を辿る事がわかっているのです。
心を閉ざさなければ、正気を保てません。
「ウィロー。この子達の辛い記憶は一部消しておきますので、事情聴取などはしなくて結構です」
この場所で体験した辛い記憶を思い出させるのは酷過ぎますからね。
「わかりました」
「……【超神位魔法……記憶消去】」
私は、子供達の【ログ】を調べて特に酷い経験をしている直近の記憶を消去しました。
可能ならば悪い記憶は全部消してあげたいのですが、この子達は生まれた時から、あるいは物心付いた時には既に奴隷にされていたので、悪い記憶という基準だと殆ど全ての記憶消さなければならなくなります。
そうすると、人として生きる上で必要な最低限の一般常識すら失われてしまうかもしれず、また家族などの記憶も一緒に消去してしまう事になり、後で家族を見付けて会わせてあげる事が出来なくなりました。
なので、消去する記憶は最低限に留めざるを得ません。
「では……」
ウィローは子供達を連れて【転移】します。
ミネルヴァ……子供達の事をくれぐれも宜しく。
私は、ミネルヴァに【念話】で一言お願いしました。
了解です。
ミネルヴァは【念話】で言います。
それから……【クレオール王国】と【スクリメージ・スクアッド】に【ドゥーム】の兵器と物資を貸与します……彼らに【イスプリカ】で奴隷にされている人達全員を救出可能なリソースを提供しなさい。
私は【念話】で指示しました。
私は、ブチ切れています。
【精神耐性】最大の効果で表面的には平静を装っていますが、内心では私の中の鬼神が猛り狂っていました。
【イスプリカ】が奴隷制を採用している【世界の理】違反国だという事は、以前からわかっていた事です。
私は、リソース不足を理由にして……【魔界】平定戦の方が優先順位が高い……と考え、【イスプリカ】への対応を後回しにしていました。
しかし、それは完全な過誤というモノです。
私にとっては優先順位が付けられる問題でも、奴隷にされている人達は現在進行形で耐え難い苦痛に曝されていました。
私にとっては奴隷にされ理不尽に生命を奪われている無辜の人達は無数に居ますが、そういう人達1人1人にとって自分自身や愛する人の生命は1つずつしかありません。
何ら罪がないのに、そういう不当で非道な被害に遭っている無辜の人達に対して、それを取り締まる職責のゲームマスターである私が……ちょっと待ってくれ……だなんて言うのは本来おかしな話なのですよ。
私は、私やミネルヴァが知り得る限り、現在重大な【世界の理】違反の被害に遭っている無辜の人達を可及的速やかに救う為に、あらゆる具体的な対応を取る決心をしました。
もはや、優先順位なんか関係ありません。
しかし、現在私とゲームマスター本部のリソースが払底しているのは事実です。
なので、私とゲームマスター本部のリソース以外で、同時進行で【世界の理】違反の是正を行う事にしました。
その方法が、奴隷制採用国家【イスプリカ】と現在戦争をしている【クレオール王国】と【スクリメージ・スクアッド】に【ドゥーム】の兵器などを供与して、私やゲームマスター本部の代わりに問題への対応をさせるというモノです。
ゲームマスターは1国1党1派に与してはならない……というゲームマスターの遵守条項があります。
ゲームマスターの遵守条項を厳密に解釈するなら、私やゲームマスター本部が【クレオール王国】や【スクリメージ・スクアッド】に兵器を供与するのは、ゲームマスターの遵守条項に抵触しました。
だから何?
関係ありません。
【世界の理】は、ゲームマスターの遵守条項に優越します。
極端な事を言うなら、【世界の理】を遵守させる為ならば、ゲームマスターの遵守条項など無視しても構わないのですよ。
もちろん、それをすれば私は後で会社の査問を受け、会社から私の判断が間違いだと判断されれば、処分を受けます。
だから何?
関係ありません。
何ら罪なき幼い子供達が奴隷にされて、檻に閉じ込められて、生きたまま心臓を抉り出されて殺されるのを傍観しなければならないのが、ゲームマスターの遵守条項ならば、私は、そんなモノには唾を吐き掛けてやりますよ。
そして、それが原因で私が会社から処分され、最悪の場合解雇されるならば、私は喜んで解雇されます。
そんな当たり前の事にすら、今の今まで気付かないとは、私は真性の馬鹿ですね。
いいえ、気付かなかったのではなく、本当は最初から気付いていたのに、我が身可愛さで気付かないフリをしていたのです。
会社から査問されて処分されるかもしれない……などという愚にも付かない理由で……。
私は、完全に腹を括りました。
たった今から私は、ゲーム会社の社員であるゲームマスターではなく、【世界の理】の守護神であるゲームマスターとしての行動原理で全ての判断を下します。
絶対に赦すまじ……。
私は、ブチ切れていました。
しかし、私がブチ切れている相手は、無辜の子供達を檻に閉じ込め生きたまま心臓を抉り殺害した【フエンテ・サルガード】の者達でも、奴隷制採用国家の【イスプリカ】でも、他の【世界の理】違反者達でもありません。
私は、今まで世界に存在する様々な悪意に対して……リソースが足りない……だとか……優先順位が低い……だとか……ゲームマスターの遵守条項に反する……だとか下らない御託を並べて自己保身を図っていた自分自身の浅ましさにブチ切れたのです。
これからの私は鬼神になりますからね。
了解です……【クレオール王国】への貸与は大半が【転送装置】による移送で完了しました……しかし、軍用艦など一部の兵器はサイズの問題で【転送装置】では送れません……パーツを送って【クレオール王国】で組み立ててもらう事も可能ですが、時間と組み立てのリソースを【クレオール王国】で賄ってもらう必要があり非効率だと判断します……また、【スクリメージ・スクアッド】への貸与は、どのような方法で行いますか?
ミネルヴァが【念話】で訊ねました。
あ、そうか……大きなモノは、後で私が直接【ドゥーム】から運んで来ましょう……【スクリメージ・スクアッド】の方は本拠地である【イベイラ】という秘密基地があるそうですので、後で私が【転移】出来るように現地に【キー・ホール】を送っておいて下さい。
私は【念話】で指示します。
了解です……チーフ……私はチーフが1歩踏み出してくれた事を嬉しく思います……これは英断だと思います。
ミネルヴァが【念話】で言いました。
いいえ、本来なら最初から、こうすべきだったのです……私は、本当に至らないゲームマスターですよ。
私は【念話】で言います。
そんな事はありません……過去も現在も、チーフは最高のゲームマスターです……チーフの補佐役として在る事を、私は【創造主】に感謝しています……チーフ、この際ですから、【イスタール帝国】と【タカマガハラ皇国】、あるいは【ドラゴニーア】などにも【ドゥーム】から兵器の大量貸与を行って、奴隷制を敷き【世界の理】に違反している【ザナドゥ】と【アガルータ】と戦わせては如何ですか?
ミネルヴァが【念話】で提案しました。
ミネルヴァ……それはダメです……【クレオール王国】と【スクリメージ・スクアッド】は現在既に【イスプリカ】と戦争中ですが、イースト大陸の問題は、未だ戦争にはなっていません……それをすると、私とゲームマスター本部の名において、人種国家に開戦させる事になります……【ザナドゥ】と【アガルータ】が奴隷制を採用している事は断じて是認出来ませんが、だからといって私とゲームマスター本部が、人種に戦争を行わせる許可を与える事は許されません……現実主義において戦争は避けられない場合もあります……野心を持つ侵略者に対して非武装で無抵抗であれば、自分自身や自分が愛する者が奴隷にされ凌辱され虐殺されるのを黙って見ている事しか出来ません……国民の生命と財産を守る義務を負う主権国家にとって侵略者を撃退出来る自衛力を持つ事は必要不可欠です……しかし、だからと言って戦争は、美名によって賞賛されるべきモノでは絶対にありません……戦争は侵略戦争でも自衛戦争でも、例外なく陰惨で背理的な蛮行です……自衛戦争は、あくまでも致し方ない必要悪として認められているに過ぎません……なので、私とゲームマスター本部が、積極的に誰かに対して戦争を行わせる許可を与える事は、今後も永久にありません……それだけは、ミネルヴァも絶対に判断を間違えないで下さい。
私は【念話】で言います。
了解しました……出過ぎた事を言いました……許して下さい。
ミネルヴァは【念話】で謝罪しました。
いいえ……合理主義に徹すれば、ミネルヴァの提案も一定程度汲むべき所があります……しかし、合理主義が間違ったベクトルに向かえば、それは【天帝】を僭称した【知の回廊の人工知能】やルシフェルがやった事と同じです……ミネルヴァには、私が【知の回廊の人工知能】やルシフェルと同じ間違いを起こさないように見張り、必要があれば制止する役割を担ってもらえるように期待しています。
私は【念話】で伝えます。
了解しました……最上位【命令】の1つとして記録します。
ミネルヴァは【念話】で言いました。
ならば良し。
お読み頂き、ありがとうございます。
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