第1228話。【トランサルピナ】大隊。
【ルピナス山脈】の尾根。
【フエンテ・サルガード】の門前。
私は、【プエブロ・デ・モンターニャ】など流域一帯で疾病を引き起こしている【堕天】病の汚染源となっている水源地を見付ける為、山岳集落【フエンテ・サルガード】にやって来ました。
その水源地は【ルピナス山脈】の深い洞窟の奥にある……神聖な泉……と呼ばれている場所が、どうやら疑わしそうです。
【ルピナス山脈】に、【創造主】(ゲーム会社)が創った……神聖な泉……なる【初期構造オブジェクト】は存在しないので、自然に出来た湧水か【スポーン・オブジェクト】なのでしょうね。
神聖な泉……の祭祀を司り、事実上管理しているのは、【フエンテ・サルガード】に暮らしている……水守……なる【呪術士】の一族なのだとか。
私は、水守に……神聖な泉……の場所を教えてもらわなければいけません。
ところが、【フエンテ・サルガード】では戦闘が起きていました。
私は、防衛側の【フエンテ・サルガード】と、攻勢側の兵隊達を双方無力化したのです。
「【超神位魔法……範囲指定……半径10km……治癒……回復】」
私は、防衛側の【フエンテ・サルガード】と、攻勢側の【スクリメージ・スクアッド】の双方を纏めて治療しました。
今まで激しい戦闘が行われていたので、周囲には【フエンテ・サルガード】と【スクリメージ・スクアッド】の双方の怪我人や遺体が見受けられます。
既に亡くなってしまった者は手遅れですが、私の【治療】は、生きてさえいれば致命的な傷病でも一瞬で完治させられますので。
原則ゲームマスターは人種の紛争には介入しませんが、目の前で傷付いている人種が居たら素朴な感性として……治療してあげたい……と考えるのは人間の自然な反応です。
私は、その辺りの匙加減を余り四角四面の原則論に縛られず、状況に応じて柔軟に対応しようと考えるタイプのゲームマスターでした。
その為にゲームマスターは人工知能ではなく生身の人間がやっている……と私は考えています。
【フエンテ・サルガード】を攻撃していた兵隊達のステータスを調べたところ、彼らが【スクリメージ・スクアッド】である事が判明しました。
【スクリメージ・スクアッド】は、ノート・エインヘリヤルによって【眷属化】されたり【魅了】されたり【精神支配】され、【イスプリカ】で奴隷解放などを目的にゲリラ活動を行なっているフリー・ランスの武装組織です。
【スクリメージ・スクアッド】のメンバーは、以前は【ガレリア共和国】で人身売買や麻薬密売などをシノギにしていたギャングやゴロツキなど犯罪者ばかりで構成されており、【世界の理】違反者達でした。
彼らは、ノート・エインヘリヤルと【クレオール王国】と【ガレリア共和国】との戦争で捕虜になり、捕虜返還交渉において母国の【ガレリア共和国】政府から引き取りを拒否されたのです。
ノート・エインヘリヤルと【クレオール王国】は、【ガレリア共和国】から見捨てられた捕虜達の処遇を持て余し、【眷属化】や【魅了】や【精神支配】によってノート・エインヘリヤルに絶対の忠誠を誓う独立したゲリラ部隊【スクリメージ・スクアッド】に再編し、現在【クレオール王国】と戦争中の【イスプリカ】に送り込み、現地で奴隷を解放したり、【世界の理】違反者に対するカウンター戦力として利用していました。
ノート・エインヘリヤルと【クレオール王国】は、【スクリメージ・スクアッド】を主戦力ではなく、あくまでも【イスプリカ】に対する陽動や撹乱工作の目的で使っているのでしょう。
つまり、ノート・エインヘリヤルと【クレオール王国】は、【スクリメージ・スクアッド】を死兵として使い潰す算段でした。
私とゲームマスター本部は、この犯罪者達の【世界の理】違反を、ノート・エインヘリヤルと【クレオール王国】が……代理処罰してくれた……と解釈して、ゲームマスター本部として重ねて【スクリメージ・スクアッド】の処罰をしない方針を採っています。
そして私は、【スクリメージ・スクアッド】と図らずも邂逅を果たしました。
「彼らは【スクリメージ・スクアッド】ですね……」
「【スクリメージ・スクアッド】とは、ノート・エインヘリヤル殿と【クレオール王国】に協力している民間武装組織だと聞いておりましたが、こんな辺境にまで浸透しているのですね?」
ウィローは言います。
「【スクリメージ・スクアッド】は、ノートや【クレオール王国】のスライマーナ女王から、【イスプリカ】の奴隷を解放をするように命令されています。なので、【フエンテ・サルガード】で奴隷が使役されている情報を入手して攻撃しに来たのかもしれません」
「【スクリメージ・スクアッド】が奴隷解放を目的として【フエンテ・サルガード】を攻めているなら、ノヒト様は【スクリメージ・スクアッド】を支持する御立場になりますが?」
「そうなりますね……」
「【スクリメージ・スクアッド】の処遇は如何なさいますか?」
「まあ、話を訊いてから判断しましょう」
取り敢えず、私は【スクリメージ・スクアッド】の隊長らしきプロスペールなる男に話を聞く為に近付きました。
ステータス表示によると、プロスペールはノート・エインヘリヤルの【眷属】になっています。
【眷属】は、基本的に主人に対して絶対の忠誠を誓うので、主人の意思や利益に反するような行動は絶対にしません。
例え拷問されたり殺されてもです。
なので、プロスペールを、私の事情聴取に大人しく応じさせるには段取りが必要でした。
ゲームマスターの私なら、ノート・エインヘリヤルが行ったプロスペールへの【眷属化】を解除する事は造作もありません。
しかし、プロスペールの【眷属化】を解除してしまうと、以後プロスペールはノート・エインヘリヤルの【眷属】ではななくなります。
【世界の理】的に、ノートの【眷属】はノートの資産でした。
原則として、ユーザーの資産は守られるべきです。
もちろん、ゲームマスターの職務遂行上、必要ならばユーザーの資産だろうな何だろうが接収する事は可能でした。
ただし、そうなると折角ノート・エインヘリヤルが魔力コストと時間と労力と痛みの代償を払って、プロスペールの【世界の理】違反を代理処罰してくれた事が無駄になってしまいます。
なので、今回のケースでは、ノート・エインヘリヤルによるプロスペールの【眷属化】は維持する方向での対応が望ましいですね。
「主人のノート殿から、【眷属】のプロスペールに命令させて事情を聴くのですか?」
ウィローは、私の考えを言い当てました。
「はい。それが一番手っ取り早くて穏当な方法です」
ノート・エインヘリヤルは、夜型生活の典型的なニート気質ですが、さすがに今の時間なら起きているでしょう。
ノート、こんばんは……行き掛かり上止むを得ず【スクリメージ・スクアッド】の隊長プロスペールに話を訊く必要に迫られました……大人しく聴取に応じるように、あなたから彼に命令して下さい。
私は【念話】で要請しました。
あ、ノヒトさん、おはようございます……プロスペールって、何処の隊長ですか?
ノート・エインヘリヤルは【念話】で訊ねます。
ああ、【スクリメージ・スクアッド】は5個分隊という話でしたね。
しかし、私はプロスペールが、どの分隊の隊長かなど知りません。
知りませんね。
私は【念話】で言いました。
え〜と、プロスペール……あ〜、【トランサルピナ】隊ですね……ちょっと待って下さい……OKです。
ノート・エインヘリヤルは【念話】で言います。
【トランサルピナ】とは【ガレリア共和国】首都【マッサリア】の南にある港街の名前でした。
おそらく、ノート・エインヘリヤルは、【スクリメージ・スクアッド】の分隊名として、犯罪者達を捕虜にした地名を名付け区別しているのでしょう。
ありがとう……ところで、明日の午後、あなたの経済状況を改善する為に、グレモリー・グリモワールをコンサルタントとして連れて行きますので宜しくお願いします。
私は【念話】で伝えました。
ありがとうございます……ミネルヴァさんから説明は聞いています……こちらこそ、宜しくお願いします。
ノート・エインヘリヤルは【念話】で言います。
では、また明日。
私は【念話】で言いました。
はい、お待ちしています。
ノート・エインヘリヤルは【念話】で言います。
「さてと、【魔法中断】。プロスペール、私がゲームマスターのノヒト・ナカである事は既に名乗りましたね。私の質問に答えて下さい」
私は、プロスペールの【麻痺】を解除して訊ねました。
「はい。マイ・ミストレスからの御命令ですので、何でもお答え致します」
【麻痺】が解けたプロスペールは起き上がり、跪いて言います。
「何故あなた達は【フエンテ・サルガード】を攻撃しているのですか?」
「【フエンテ・サルガード】が悪魔崇拝者の根城になっているからです」
先程の戦闘中も、プロスペール達は、そのような事を言っていましたね。
【スクリメージ・スクアッド】は、ノート・エインヘリヤルから【イスプリカ】の奴隷を解放するように命じられていますが、同時に【世界の理】違反を是正するようにも命じられていました。
つまり、プロスペールが率いる【スクリメージ・スクアッド】の【トランサルピナ】隊は、悪魔崇拝というカルトに対する【世界の理】違反を是正する目的で【フエンテ・サルガード】を攻撃していた訳です。
「悪魔崇拝とは、【悪魔】族を崇拝しているという意味ですか?【悪魔】を信仰しても、それだけでは【世界の理】違反には問えませんよ」
この世界の世界観では……【天使】が善で、【悪魔】が悪……という地球の西洋神学的善悪二元論は採用されていません。
なので、ローカルな信仰として【悪魔】を崇拝しても、それが【世界の理】に違反していなければ、信仰の自由の範疇として認められていました。
【神竜】の使徒である【神竜海洋神殿】の聖職者として、神の陣営に加わった【上位悪魔】のチェルノボーグやベロボーグという存在もいます。
むしろ、現存する【知の回廊の人工知能】やルシフェルらが生産したクローンの【天使】族は、【シエーロ】や北米サーバー(【魔界】)で10億を超える無辜の民を虐殺した史上最悪の……神敵……でした。
「【悪魔】族が介在しているのかは不明です。しかし、【フエンテ・サルガード】の連中は、幼い子供の奴隷を購入し残酷な方法で殺害し、何らかの信仰対象への生贄として捧げていました。俺達は、【フエンテ・サルガード】の連中の狂気的な信仰を便宜上……悪魔崇拝……と呼んでいます。俺達は、悪魔崇拝者によって生贄にされようとしている幼い子供達を救出する為に【フエンテ・サルガード】を攻城しています」
「【フエンテ・サルガード】の住民が、子供を殺害しているという根拠は何ですか?」
私が【プエブロ・デ・モンターニャ】で聞いた話では、そんな情報はありません。
「最初に、この情報を入手したのは、【フエンテ・サルガード】に幼い子供の奴隷達を何度も運んでいた奴隷商を捕らえて尋問した時です。その後に、以前【フエンテ・サルガード】で暮らしていた者達からも複数の証言を得ました。今も連中が購入した幼い子供の奴隷達が、【フエンテ・サルガード】に囚われている筈です。生贄にされる子供達が見付かれば、それが動かし難い証拠になるでしょう」
「なるほど。ウィロー、幼い子供達が囚われていないか【フエンテ・サルガード】の中を捜査して来て下さい」
「畏まりました」
ウィローは頷いて【フエンテ・サルガード】の中に飛んで行きます。
「話は変わりますが、ノートから……【スクリメージ・スクアッド】は当初20人5分隊で編成した……と聴いているのですが、あなた達【トランサルピナ】隊は、やけに人数が多いですね?」
私は、好奇心から質問しました。
「はい。【イスプリカ】各地を転戦して、野盗や山賊や奴隷狩りなどを殲滅して回っている内に……仲間に加わりたい……という連中が増えて、現在【トランサルピナ】隊は後方支援要員も含めて500人を超える大隊規模になりました」
プロスペールは答えます。
「制圧した野盗や山賊や奴隷狩りなどを仲間に加えているのですか?」
「そういう連中も居ますが少数です。制圧した野盗や山賊や奴隷狩りなどは、生命を助ける代わりに【契約】を結ばせ、土着化させて各地を開梱し農業をやらせる……というのが、ノート様からの御命令ですので。仲間に加わった連中は【アラゴニア】や【シエラ】の領軍兵や衛士や【イスプリカ】の騎士団から寝返った者達が大半です。それから【イスプリカ】各地の街や町や村からの志願者や、元冒険者や元傭兵なども居ます」
「見たところ、あなた達の兵数は200人程ですが、残りは何処に居るのですか?」
「100人程は制圧した野盗や山賊や奴隷狩りなどが土着化した各地の開拓村を巡回防衛しています。残りの後方支援要員は秘密基地にいます」
「秘密基地?」
「はい。【アラゴニア】と【シエラ】の境界、それから【クレオール王国】と【イスプリカ】の境界でもある【イベイラ】という町が、俺達【スクリメージ・スクアッド】全軍の本拠地です」
「あ、そう」
ノヒト様……檻に囚われている子供達と、それから子供の遺体も見付けました……プロスペールの供述は事実のようです。
ウィローが【念話】で報告して来ました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
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