第1227話。悪魔の証明と悪魔崇拝者。
【ルピナス山脈】上空。
私とウィローは、【フエンテ・サルガード】がある【ルピナス山脈】の上空に【転移】して来ました。
【フエンテ・サルガード】は、【ルピナス山脈】の尾根にある集落なので、その上空は当然ながら標高が高く、相当な風速があります。
【フエンテ・サルガード】は、【プエブロ・デ・モンターニャ】に比べると小さな集落でした。
見る限り集落には畑などはありません。
当然です。
【ルピナス山脈】は3千m級の峰々が連なっていました。
植生の垂直分布で【ルピナス山脈】の尾根では農業は不可能ですし、植物も殆ど育ちません。
こんな場所に集落を作って何の得があるのか……と疑問に思いますが、【プエブロ・デ・モンターニャ】のマウリシオ村長代理が……【フエンテ・サルガード】は神聖な泉を守り祭祀を司る【呪術士】の一族が暮らしている……と言っていました。
つまり、【フエンテ・サルガード】の住民は、暮らし易さではなく宗教的な理由で、この場所に住み着いているのでしょう。
宗教は狂気ですね……。
私は、宗教否定論者でした。
この世界には……神……が実在しますし、私自身が設定上【神格者】の1柱です。
なので、【神格者】の私が宗教を否定するのは矛盾のように思えますが、少なくともゲーム【ストーリア】の世界観として、宗教否定は理屈の上で全く矛盾しません。
そもそもの話、信仰と宗教は全くの別物です。
これは、ゲーム【ストーリア】に限らず、地球の哲学体系においても完全に自明でした。
地球に存在する大半の宗教団体は、それを詭弁を用いて必死になって誤魔化そうとしているだけなのです。
宗教というモノを考える際には……人間の営みを監視していて、人間と意思疎通が可能な人格神、あるいは、それに類する高次元的な何かが存在しているなら、その根拠を物理的に明示して下さい……という設問が、既に自ずから解答になっていますので。
俗に、何かが存在しない事を証明するのは物理的に不可能(あるいは極めて困難)なので……悪魔の証明……と呼ばれますが、神なるモノが存在するなら、それを証明するのは物理的に可能な筈です。
なので……本当に存在するなら証明してくれませんか?……というシンプルな問い掛けが成立しました。
神は存在する……という主張と……神は存在しない……という主張が対立する場合……神は存在する……と主張する側が立証責任を負わなければいけません。
まあ、この一般に広く流布されている……悪魔の証明……の解釈は誤りとまでは言えませんが、原義的には相当な誤解を含む意訳なのですけれどね。
悪魔の証明とは……中世ヨーロッパの法学者達が、ローマ法から続く法科学の解釈によって、土地などの所有権が誰に帰属するのかを過去に遡及して事実確定させる事が事実上不可能か極めて困難で、所有権の証明責任を負った者は必ず裁判に負ける事を表した比喩……が由来です。
存在しない事の証明ではありません。
例えば、誰かが土地などの所有権の証明を行わなければならない場合に……自分は誰から土地の所有権を得たのか?自分に所有権を与えた者は誰から土地の所有権を得たのか?……と、際限なく遡って行くと、やがて証明が不可能になりました。
そもそも最初にその土地を所有していた誰かに所有権を認めたのは誰か?……という解決不可能な問題に突き当たるからです。
王様?
ならば、その王様が、その土地を最初の所有者に与えた権限は、誰から与えられたモノか?
神様?
それを如何やって証明するのか?
……という具合に。
このローマ法的解釈では不具合が生じるので、現代法科学では……善意占有……という概念が定められています。
善意占有とは……所有の意思をもって、平穏、且つ公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始時に善意であり、且つ過失がなかった時は、その所有権を取得する……とする考え方でした。
この法科学的解釈に拠れば、仮に大昔に誰かが盗んだ物であっても、それを正当な手続きで購入するなどして盗まれた物だと知らずに一定期間所有したら、現所有者に所有権が認められる訳です。
まあ、悪魔の証明の話も、地球の宗教の話も如何でも良いですね。
私自身は宗教否定論者ですが、他所様が訳のわからないモノを信仰していても、その個人的思想を他者に強制せず社会に迷惑を掛けないで生活している限り、それは信仰の自由によって最大限守らるべきですので。
この世界では、信仰と宗教とカルトの定義は確立していて極めてわかりやすく、誰も混同しません。
一部の狂信者は除いてですが……。
この世界の信仰とは、実在する【創造主】を中心とする【神格者】が体系作る【世界の理】であり、純然たる物理に立脚した自然法則を信じる事と同義です。
この世界の宗教とは、実在する【創造主】を中心とする【神格者】への信仰体系を尊重した上で、実在しない何かを信奉するモノと定義されていました。
この世界のカルトとは、実在する【創造主】を中心とする【神格者】への信仰体系を否定して、実在しない何かを信奉するモノと定義されています。
実は、【創造主】は……この分類は、地球の信仰と宗教とカルトの定義にも、ソックリそのまま当てはまる……と考えていました。
そんな不都合な事実を公表すれば、地球の宗教関係者から、物凄い苦情が来るので非公開情報ですけれどね。
私は、宗教を否定しますが、信仰は否定しません。
信仰とは極論するなら、自分自身と、自分が信奉する何か(物理法則でも、神でも、仏でも、山の神(奥さん)でも、アイドルでも、アニメ・キャラでも、犬のウンコでも何でも良い)を相対化する個人的な行為だからです。
個人的な行為は、個人の自由。
他所様に迷惑を掛けなければ、個人個人が好きなように信仰すれば良いのです。
もしも神が存在するなら、神の前では宗教団体の高位聖職者も一般信者も、あるいは無神論者も、万民が普く平等である筈なのですから。
それを組織化して、政治団体や集金装置や扇動や洗脳の道具に使うから、色々ややこしくなるのですよ。
宗教は、純粋な信仰に回帰するべきです。
……と、益体もない事を考えていたのは、思考加速下で0.1秒間。
さあ、下らない問題に時間を費やさずに、仕事をしましょう。
上空から見下ろすと、ミネルヴァの報告通り【フエンテ・サルガード】の城門で戦闘が行われていました。
【ルピナス山脈】の尾根に築かれている【フエンテ・サルガード】は半ば山城として機能していて、相当に堅牢そうです。
しかし、何もこんな空気が薄い山の上で戦わなくても……と思いますが、彼らなりに退っ引きならない理由があるのかもしれません。
さてと、私達は【フエンテ・サルガード】の【呪術士】の一族に用があるので、普通に考えれば防衛側に味方するべきですが……。
「攻勢側の者達を殲滅致しますか?」
ウィローが訊ねました。
ウィローも私と同じで防衛側に味方する事を考えたようです。
「いいえ。事情がわからないので、いきなり殲滅はしませんよ。それに、原則としてゲームマスターは人種の紛争には介入しません。まあ、取り敢えず降りてみましょう」
「畏まりました」
ウィローは頷きました。
私達は、急降下します。
・・・
【フエンテ・サルガード】の門前。
ドシーーンッ!
私とウィローは、城門の上からバリスタや銃やクロス・ボーを射掛ける【フエンテ・サルガード】防衛側と、少し離れた所で大盾を構えて陣形を組みジリジリ城門に近付いている攻勢側の兵隊達の中央に降り立ち……いいえ、墜落しました。
派手に登場して注意を引き、戦闘を中断させる為です。
話を聴いてもらうには、取り敢えず戦闘を止めなければいけませんからね。
「こんばんは。ゲームマスターのノヒト・ナカです。取り込み中恐縮ですが、訊きたい事があるので事情聴取に応じて下さい」
私は【拡声】を行使して呼び掛けました。
「【調停者】様だって?」
「空から降りて来たぞ。神が降臨なさった?」
「本物か?」
「あの、目の覚めるような純白のローブは、神話に書いてある通りだぞ?」
攻勢側の兵隊達は……ザワザワ……と話し合い、動きが止まりましたが、【フエンテ・サルガード】の防衛側は尚もバリスタや銃やクロス・ボーを撃ち続けています。
「【調停者】様なら俺達の味方だろ?」
「そうだ。俺達は、正義の為に戦っているんだ。【調停者】様は、俺達を御助け下さる筈だ」
「オディロン。【調停者】様に呼び掛けてみろ」
「えっ?俺がですか?」
オディロンと呼ばれた兵士が素っ頓狂な声を出しました。
「お前は売春宿の客引きだったんだから、声がデカいだろ?」
「プロスペール隊長。無許可営業の売春宿の客引きは、官憲にバレないようにコッソリやるんですよ……」
「良いから、やれ!【調停者】様に、悪魔崇拝者の砦に神罰を与えて下さるようにお願い申し上げるんだ」
プロスペール隊長と呼ばれた男が有無を言わせぬ口調で命じます。
「わかりましたよ……。【調停者】様ーーっ!敵に……あの砦に閉じ篭る悪魔崇拝者達に神罰を御与え下さいませーーっ!」
オディロンと呼ばれた兵士が叫びました。
悪魔崇拝者?
【フエンテ・サルガード】には、神聖な泉の祭祀を司る……水守……が暮らしていると聞いていますが?
まあ、紛争となれば……自陣営には神の加護があり、敵は悪魔の手先だ……などとプロパガンダを喧伝する例は良くある事です。
「あ〜、ゲームマスターは原則として人種の紛争には介入しません。あの〜、【フエンテ・サルガード】の水守という方は居ますか?【プエブロ・デ・モンターニャ】のマウリシオ村長代理から紹介状も貰って来ました。取り敢えず、一旦戦闘を止めてもらえますか?」
私は、再度【拡声】で呼び掛けました。
「何で【調停者】様が、悪魔崇拝者連中に用事があるんだ?」
プロスペール隊長と呼ばれた男が不審がります。
「隊長。ありゃ〜、偽物じゃないですか?」
オディロンと呼ばれた兵士は言いました。
「そうですよ。本物の【調停者】様なら俺達を助けてくれる筈です。それに、あの男は何だか茫洋として頼りない感じですよ?【調停者】様ってのは最強無敵の絶対強者なんでしょう?」
「確かに、クィニアンの言う通りだ。あんな、モヤシっ子みたいな奴が最強無敵の【調停者】様というのはおかしい」
攻勢側の連中が何やらゴニョゴニョ言っていますね。
モヤシっ子?
確かに私は小学生の頃、そういう渾名を付けられた事もありますが、大きなお世話です。
そして、防衛側の【フエンテ・サルガード】の守兵達は相変わらず城門の上からバリスタや銃やクロス・ボーを撃ち続けていました。
致し方ありませんね……。
これは……職務執行妨害……と考えて、実力行使に移行しましょう。
「【超神位……麻痺】」
私は、攻勢側と防衛側双方を丸っと【麻痺】で無力化します。
おっと!
足場が悪い場所に居た攻勢側の兵隊数人が、【麻痺】によって倒れ、そのまま崖から転落してしまいました。
「【理力魔法】。……ふぅ、間に合いました」
私は、【理力魔法】で捕まえた兵隊を引き揚げて、ゆっくり地面に降ろします。
さてと、ようやく話を聞いてもらえますよ。
【フエンテ・サルガード】の方は、【プエブロ・デ・モンターニャ】のマウリシオ村長代理に紹介状を書いてもらったので、それを見せれば話が通じる筈ですが、問題なのは攻勢側。
攻勢側の兵隊達は、全員規格統一された立派な大盾や重装鎧を装備しています。
明らかに野盗や山賊の類ではなく、正規兵のように見えました。
おそらく【シエラ】の領軍なのでしょう。
【シエラ】領軍は、件の拷問を受けていた【犬人】の少女が暮らしていた集落を襲撃して焼き払ったそうですからね。
その一環の軍事行動かもしれません。
しかし、不思議なのは【ブリリア王国】方面に展開していた【イスプリカ】軍より、この兵隊達が装備している鎧のグレードの方が明らかに高い事です。
この兵隊達の装備は、見た目は煤のようなモノで艶消し加工をして目立たないようにしてありますが、明らかに一級品で揃えられていました。
正直、【ブリリア王国】方面キャンプの司令官だったデシデリオ・シエラが着ていた鎧よりも、彼らの鎧の方が高性能ですよ。
【シエラ】の領主である選帝侯のデシデリオより、配下の領軍兵達の装備の方がハイ・スペックという事があるでしょうか?
それだけ、この兵士達が命じられた【フエンテ・サルガード】攻略が重要な任務で、特別な装備を与えられたのかもしれませんけれどね。
多少気になります。
私は、高性能な鎧の疑問を訊ねるついでに、攻勢側の兵隊達に事情聴取をして処遇を決めてしまう事にしました。
しかし、【フエンテ・サルガード】には、この人数を勾留しておく檻があるでしょうか?
なければ造ってあげれば良いですね。
原則としてゲームマスターは、人種の紛争には介入しませんが、この【シエラ】領軍が、件の【犬人】の少女が暮らしていた集落で行ったような無辜の民に対する虐殺をしようとしていたのなら、もちろん【世界の理】に違反していました。
【世界の理】違反者を取り締まるのは、ゲームマスターの職責です。
なので、介入する事に躊躇はありません。
私は、地面に倒れている攻勢側の兵隊達の中に事情がわかる責任者っぽい者が居ないかと、【鑑定】で1人1人ステータスを確認します。
確か、プロスペール隊長と呼ばれていた男が居ましたよね。
ん?
攻勢側の兵隊達の所属欄に……【スクリメージ・スクアッド】……と表示されています。
【スクリメージ・スクアッド】とはノート・エインヘリヤルと【クレオール王国】に協力する武装組織でした。
こんな形で邂逅するとは……。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。