第1226話。堕天病?
【プエブロ・デ・モンターニャ】
村長の家。
「ノヒト様。妊婦と子供達を診察した結果、胎児や子供の生育状態に特段の悪影響は見受けられませんでした」
ウィローが報告しました。
「それは何よりです。カプタ(ミネルヴァ)からの報告で、やはり井戸水が汚染されていて、この病気を発症させる事がわかりました。そして、未だ病気を引き起こす原因物質の特定は出来ていません。しかし、先進国で一般的に行われている浄水のプロセスで、水に含まれる病原を完全に無害化出来る事がわかりました。この病気は問題なく制圧可能です」
マウリシオ村長代理を始め、村長の家に集まった【プエブロ・デ・モンターニャ】の首脳陣は安堵します。
「では、この後の対応は如何致しますか?」
ウィローが訊ねました。
「この病気を根絶する為に最も有効な方法は、一般的な防疫の対応と同じです。即ち、元凶を絶つ事です」
「【スタンピード】を止めるには【ダンジョン・コア】を叩け……ですね?」
ん?
【スタンピード】?
ああ、ウィローが言った言葉は、この世界の住人達に一般的な格言なのかもしれません。
「この病気の地理的な広がり方と、井戸水の継続的な摂取によって病気が発症する事が確認されたので、グレモリー・グリモワールが推定した通り、汚染源は水源である事が、ほぼ間違いないでしょう。水源地は【ルピナス山脈】の何処かにある筈です。水源地を調べれば病気の原因が特定出来るかもしれません」
「水源を見付ければ病気の原因物質がわかるでしょうか?」
「原因物質というか、単なる結果論的な因果関係の推定に留まりますね。水源地を調査出来れば、明らかに疑わしい何かが見付かるかもしれませんし、相変わらず確定的な事は何もわからないままかもしれません。現時点では、何が病気を引き起こすのか特定出来ていないので仮に汚染原因が存在していても、それが本当に汚染源であるか如何かは、水質浄化ギミックの構築により、この病気の発症が起こらなくなれば、事後に確認されるだけの事ですよ」
「それでは何だか政治的解決のようで、モヤモヤします」
「ウィローは学者肌ですから、そうでしょうね。私も同感です。しかし、政治とは本来そういうモノです。政治が数理で回っているなら、機械が決断を下せば事足りるので政治家は必要ありません」
「わかりました。私は今後【ルピナス山脈】の水源捜索を行えば宜しいのですね?」
「そういう方向になります」
「では、直ぐに水源の捜索を開始します」
「慌てる必要はありません。この病気は、カプタ(ミネルヴァ)が行った臨床試験の結果から、先進国で一般的に行われている浄水方法によって制圧可能です。そもそも、汚染源である水源地は地下深くにあるかもしれません。水源の地下に私達が侵入出来る経路や空間が存在しなければ、現地を調査するにはボーリング調査などをする必要があり大変です。ボーリングをした結果、余計に汚染が拡散してしまう可能性もありますしね。そして、汚染源である水源を探し当てても、結局は病気を引き起こす原因物質の特定が出来なければ意味がないというのが悩ましい所です。現在も【ドゥーム】でカプタ(ミネルヴァ)が継続して原因の特定を試みてくれていますが、未だ原因が特定されたという報告がないので如何なるか……」
「あくまでも病気を引き起こす原因物質の特定に至らない時は如何なさいますか?」
「原因物質の特定に至らなければ、最終的には私の【超神位魔法】で、水源地一帯を永久に水質浄化するギミックを構築してしまえば病気は制圧出来ます」
「それでは、自然環境も改変されてしまいますが……」
「自然環境を恒久的に変えてしまう事による影響は懸念されますが、まあ死に至る原因不明の病気を制圧する事とのトレード・オフならば、ある程度の環境変化も致し方ありません。環境改変による悪影響は程度問題に帰結します」
「なるほど。原因……物質。ノヒト様、もしかして病原は、物質ではないのではありませんか?」
「何らかのエネルギーによる作用、【呪詛魔法】や【能力】の可能性もありますね。今わかるのは、病原が水源にあると推定されるという事だけです」
その時、ミネルヴァから朗報がもたらされました。
チーフ……私の分離体が、【プエブロ・デ・モンターニャ】の井戸水に含有される不純物を、それぞれ純水に添加して個別に臨床試験を行ったところ、原因物質を突き止めました。
ミネルヴァが【念話】で報告します。
それは重畳です……原因物質は何だったのですか?
私は【念話】で訊ねました。
原因物質は、複数のアミノ酸が鎖状に重合連結した生体高分子化合物……つまり、タンパク質でした……病原となるタンパク質は、異常型プリオンです。
ミネルヴァは言います。
病原は、タンパク質。
異常型プリオンでしたか……。
タンパク質が病原ならグレモリー・グリモワールのサーチで見付からなくても致し方ありません。
この病気の患者は人種。
人種の身体はタンパク質で構成されています。
タンパク質の中に存在するタンパク質(異常型プリオン)を見付け出すのは、砂漠の砂粒の中に紛れた砂粒と同じ大きさと質感のガラスの粒を見つけ出すようなモノ。
予め目標となるサンプルを用意して……これと同じタンパク質を見付けろ……というような明確なマーキングを行なっていなければ、現物をサーチで捉えていても不審には思わず、見逃してしまう可能性が高いでしょうからね。
異常型プリオンとは、変異を来たしたタンパク質で……プリオン病……と称される様々な疾病の原因となり得ました。
異常型プリオンにより発症する疾病は哺乳類に顕著で、人のクロイツフェルト・ヤコブ病や、牛の牛海綿状脳症や、羊のスクレイピーなどが有名です。
異常型プリオンは、細菌やウイルスのように遺伝子を持たないので病原体と呼べるか如何かは議論が分かれる所ですが、異常型プリオンなどのタンパク質は感染性因子になり得ました。
しかし、異常型プリオンが病原だとするなら、グレモリー・グリモワールが診察した患者の症状と合わない気がします……グレモリー・グリモワールが診察した症例は、彼女が指摘したように明らかに何らかの鉱毒の原因を疑わせるモノでした……その辺りを、カプタ(ミネルヴァ)は何と報告して来たのですか?
私は、ミネルヴァに【念話】で訊ねます。
異常型プリオンによって引き起こされる疾病は、概して脳障害や中枢神経障害を呈しました。
一方で、この謎の病気は、骨や関節や腎臓に顕著な症状を引き起こします。
この異常型プリオンは【瘴気】と反応して特殊な性質を持っています……生体高分子化合物としての特徴を持ちながら、化学的挙動は金属的特徴も併せ持ち、この異常型プリオンを金属として見るとカドミウムの性質に近似しています。
ミネルヴァは【念話】で説明しました。
金属に近似するタンパク質?
そんなモノがあるのですか?
まあ、あるのでしょうね。
この世界には地球の常識では計り知れない謎物質や謎現象が沢山ありますので。
例えば、金属結晶の性質と非晶質の性質を併せ持つミスリル合金とか……。
カドミウムに似た性質を持つなら、グレモリー・グリモワールが診察した患者の症状と一致します。
カドミウムは人体にとって有害な金属で、体内に吸収されると骨格や腎臓に重篤な機能障害を引き起こしました。
かつて、日本でもイタイイタイ病というカドミウムによる鉱毒被害が発生しています。
イタイイタイ病の症例は、グレモリー・グリモワールが診察した患者の症状と相当程度一致していました。
また、カドミウム化合物には発癌性もあります。
グレモリー・グリモワールも、患者を診察した結果、発癌性について言及していましたからね。
「ウィロー。ミネルヴァの報告を聞きましたね?」
「はい。しかしながら、金属の性質を併せ持つタンパク質というのは奇怪な物質ですね?」
「はい。私も初めて聞きましたよ」
チーフ……【知の回廊】のアーカイブに、このタンパク質のデータがあります……【共有アクセス権】のプラット・フォームから閲覧出来るようにしました。
ミネルヴァが【念話】で言います。
どれどれ……なるほど。
この奇妙なタンパク質(異常型プリオン)は、【天使】族が【堕天】した結果に変異する……異形の獣……の細胞組織を構成しているタンパク質でした。
【堕天】とは【天使】に特有の病気……というか不可逆的状態変化です。
【天使】は、許容量を上回る【瘴気】に曝露されると肉体が変異して、自我が崩壊し異形の獣に成り果て、見境なく暴れ回り生物を手当たり次第に襲って貪り食うのだとか。
「病気の原因物質は、【堕天】した【天使】族由来の異常型プリオンでしたか。差し詰め【堕天】病ですね」
「確か、実際に【堕天】した個体の報告情報があったような……」
ウィローが言いました。
「ウリエルとかいう【熾天使】ですよ」
「あ、そうでしたね」
ウリエルは、旧7大【熾天使】の1人でしたが【堕天】してしまい、現在は北米サーバー(【魔界】)にあるルシフェル隷下の基地に拘束されていて、実質的な基地の【メイン・コア】と魔力供給源になっているそうです。
「という事は、この病気を引き起こす、この奇妙な異常型プリオンは、水源地に存在する【堕天】した【天使】族が発生させている蓋然性が示されます」
「【グリゴリ】……」
ウィローが呟きました。
「私も、そう思いました」
【グリゴリ】とは、【知の回廊の人工知能】とルシフェルが、日本サーバー(【地上界】)に潜入させていた諜報組織です。
先日【ヨトゥンヘイム】で、その【グリゴリ】のメンバーの1人であったアラキバが発見され戦闘の末に死亡しました。
【グリゴリ】にはアラキバの他にも、生存していれば残り19人が居て、何処かに潜伏、あるいは浸透しているかもしれません。
【グリゴリ】の1人が何らかの理由で【堕天】して、何らかの理由で【ルピナス山脈】の水源地に居る可能性があります。
まあ、この……【堕天】病……の病原である【堕天】個体の【天使】と【グリゴリ】は無関係かもしれませんが、最近【グリゴリ】の情報があったので直感的に結び付けてしまいました。
「兎にも角にも、行動選択が明確になりましたね?病原である【堕天】した【天使】を見付けて滅殺する。そうすれば、この病気は根絶出来ます」
ウィローが言います。
「【堕天】した異形の獣は、相当に強力なクリーチャーらしいので気を引き締めて事に当たりましょう。討ち漏らせば、周辺の集落に被害が出てしまうかもしれません。しかし、その前に【堕天】個体の【天使】が居るであろう水源地を見付ける必要があります。とはいえ水源地の特定は結構面倒なのですよね……」
現代地球でも、水源地捜索や水脈捜索にダウジングなどという科学的根拠がないオカルトに頼る人達が居るくらいですから。
「あの……この辺りの水源地には、心当たりがございます」
マウリシオ村長代理は言いました。
「本当ですか?」
「はい。古い言い伝えによると……【ルピナス山脈】にある深い洞窟の奥に、この辺り一帯の水源の泉がある……のだそうです」
「場所はわかりますか?」
「私達は存じません。神聖な泉として場所は秘匿されていますので。しかし、【フエンテ・サルガード】という集落に……水守……と呼ばれる【呪術士】の一族がいて、洞窟の泉で祭祀を執り行っているそうです」
ミネルヴァ。
私は【念話】で訊ねます。
チーフ……【フエンテ・サルガード】は、【プエブロ・デ・モンターニャ】から北北西に約1千km程向かった【ルピナス山脈】の尾根にある山岳集落です。
ミネルヴァは【念話】で報告しました。
「ウィロー。【フエンテ・サルガード】に行ってみましょう」
「畏まりました」
ウィローは頷きます。
「では、私が、水守に事情説明の手紙を書きましょう。その……ノヒト様に余計なお手間を取らせない為にです。私共の村と【フエンテ・サルガード】とは交易を行なっておりますので、私の魔法ペンで署名した手紙……というか、紹介状があれば、ノヒト様のお手間は省けると存じます」
マウリシオ村長代理は言いました。
余計な手間とは、私が【プエブロ・デ・モンターニャ】に入村を求めた際に、門番達と戦闘があった件ですね……。
「ありがとうございます」
私は、お礼を言いました。
・・・
しばらくして……。
チーフ……【フエンテ・サルガード】上空に【スパイ・ドローン】の【キー・ホール】を展開完了しました……何やら、現地で人種同士の戦闘が行われているようです。
ミネルヴァが【念話】で報告します。
戦闘?
【イスプリカ】は治安が最悪ですから、そういう事も珍しくないのでしょうね。
わかりました……急いで向かいます。
私は【念話】で言いました。
私とウィローは、マウリシオ村長代理に連絡用の【スマホ】を渡して【プエブロ・デ・モンターニャ】から【転移】します。
お読み頂き、ありがとうございます。
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・・・
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