第1225話。原因不明の謎の病気。
本日2話目の投稿です。
【プエブロ・デ・モンターニャ】。
私は、マウリシオ村長代理に案内されて村にある井戸を1つ1つ調べて回りました。
【収納】からオリハルコンのインゴットを取り出し、その場で密閉タンクを作りサンプルとして各井戸から水を採取します。
何故?
井戸水には、これといって異常が見当たりません。
異常がない……というのは、鉱毒被害を引き起こすような原因物質が検出されなかったのです。
鉱毒因子以外の雑菌などは、そこそこ毒性があるモノを含めて様々見付かりましたけれどね。
これは濾過したり煮沸して使用すれば、問題なく害を取り除けました。
他に気が付いた事は、井戸水に含有する【瘴気】濃度が、やや高いようです。
しかし、異常な数値という程の高濃度ではありません。
自然界の魔力溜まりなどなら、この位の【瘴気】濃度は普通なので、生命体への害という意味では全く問題にならないでしょう。
【瘴気】は森や洞窟など大気が滞留する場所で自然発生、あるいは自然に溜まりました。
そういう場所は……【瘴気】溜まり……と呼ばれています。
また、人種から発せられた負の思念波が周囲の魔力に溶け込む事でも【瘴気】が生成されました。
【イスプリカ】は途上国で治安が悪く、生活水準や医療水準が低く、奴隷制採用国家なので、【ドラゴニーア】などの先進国と比べて相対的に【瘴気】が発生し易い国情ではあります。
なので、【イスプリカ】の井戸水から【瘴気】が検出されても不思議はありません。
【瘴気】濃度が高いと、魔物の【スポーン】頻度や数が増えたり、【スポーン】する魔物が相対的に強くなったり、凶暴化し易くなります。
こうした理由から、魔力溜まりが魔物の狩場になる例が多いですね。
そして、人種の中で唯一【天使】族は、【瘴気】の代謝効率が低く体内に蓄積し易いという体質を持っていました。
高濃度の【瘴気】に長期間曝露され適切な治療を受けないでいると、【天使】族は……【堕天】……という状態になり、異形の生物に変質してしまうリスクがあります。
【天使】族にとって【瘴気】は毒でした。
しかし、【プエブロ・デ・モンターニャ】の住民と、【ログレス】に避難して来た人達に、【天使】族は居ないので関係ありません。
この井戸水に含まれる程度の【瘴気】濃度は、敏感な人種は少し不快感を覚えるかもしれませんが、【天使】族以外の人種にとって病気の原因にはなり得ないのです。
さてと、件の病気を引き起こす原因物質の害は遅効性で、相応量が体内に蓄積されないと重篤化しないという事がわかっていますので、もしかしたら……井戸水には直近まで鉱毒が混入していたが、現時点では止まっている……という蓋然性はありました。
汚染源の鉱山などで鉱毒が流出している事がわかり、現在では安全対策が取られたのかもしれません。
しかし、これだけ顕著な症状を呈していた毒物が、井戸などに全く痕跡を残さず消えてしまうという事があるでしょうか?
奇妙です。
地球ならば……半減期が極めて短い放射性物質……などなら、そういう可能性もありますが、この世界では、それはありません。
何故なら、この世界では放射性物質は、原則として人体への害が殆どないからです。
地球の放射性物質が有害なのは、放射線に被曝すると生物の染色体内にあるDNAが大量に傷付けられる事に起因しました。
DNAは一気に全て同時に破壊されでもしない限り、基本的には損傷しても自然修復します。
しかし、自然修復するプロセスでミスが起こり、DNAが元の状態から変異してしまう場合がありました。
こうして変異したDNAによって、白血球を作るDNAが失われたり、細胞を癌化させるDNAが生まれたりして、生物に悪影響を及ぼします。
極論するなら放射線そのものによる外因が病気を起こすのではなく、放射線によって変異したDNAによる内因が病気を引き起こす事が放射線被曝の害でした。
ただし、この世界の生物は、相当量の放射線に被曝しても染色体内のDNAが損傷しない設定になっています。
地球がある宇宙には存在しない魔力が、こちらの世界の宇宙には存在していました。
この世界において魔力は生命力そのもの。
従って、【魔法使い】だけでなく、生けとし生きる全ての生命体が魔力を持っています。
こちらの世界の生命体は、魔力によって放射線の影響を、かなりの割合で防げました。
なので、この世界の生命体は放射線の害は殆ど無視出来るのです。
もちろん、核爆弾などの熱反応や爆風などに曝されれば、この世界の生物も普通に死んでしまいますけれどね。
また、放射線が全く無害という訳でもありません。
放射線は電磁波でした。
魔力が防護出来る以上の超高出力な電磁波を受ければ、この世界の生命体にもダメージ判定が発生し、害が及びます。
例えば、自然界で起きる天体現象のガンマ線バーストなどなら、この世界の生命体も致命を免れません。
つまり、この【シエラ】一帯で発生している謎の病気を引き起こしている原因物質は、放射性物質ではないのです。
超高出力の放射線ならば、この世界の生命体にも有害ですが、超高出力の放射線を含む電磁波が発生していれば私やミネルヴァには確実にわかりました。
私やミネルヴァが復活する以前に放射線が止まっていたら?
それも、あり得ません。
放射線を含む電磁波は、原則として遮蔽物を透過します。
レントゲンなどで人体の内部を透写できるのは、この透過性の為でした。
透過性を持つ放射線などの電磁波が、この病気の原因だとするなら、影響が【シエラ】一帯だけで収まっている筈がないからです。
なので、この病気は、放射線を含む電磁波が原因ではない事が断定出来ました。
翻って、井戸水から毒性物質が見付からず痕跡も残っていないのは不思議です。
井戸水から有害物質が見付からない理由として考え得る事は……。
先ず、現在は既に病気を引き起こす原因物質の流出が止まっているという前提で、病気を引き起こす原因物質の揮発性が高く大気希釈により検出出来なくなってしまった。
同じく、【呪詛魔法】による影響。
同じく、私やミネルヴァも知らない未知の毒物による影響。
そもそも、水が病因ではない。
……この位しか現時点では思い当たりません。
もしも、既に病気の原因物質の流出が止まっているなら、私の【解毒】と【治癒】によって治療が終わっているのですから、最悪原因がわからないままでも構わないと言えば、その通りなのですよね。
被害が起きない事が最優先で、原因究明は二の次ですので。
しかし、原因物質がわからない状態で、被害が再発するとなると大問題でした。
同じ原因物質によって他でも病気が発生し、その対応が後手に回る事になります。
ゲームマスターは、致死性が高い疾病の感染爆発対応なども職責の内でした。
この病気を引き起こしている原因が汚染水による鉱毒ならば、定義的に感染症ではないので私が感染爆発対応をする必要はありません。
しかし、発症原因が判明しなければ、汚染水による鉱毒か如何かわからないので、一応ゲームマスターの職責によって感染爆発対応をしなければならなくなります。
困りました。
因みに、現在ウィローと【コンシェルジュ】達は、【プエブロ・デ・モンターニャ】の妊婦や子供を持つ世帯を回って診察を行っています。
既に私の【解毒】と【治癒】によって、謎の病気については治療が行われていました。
しかし、私は蓋然性として、病気に罹患していた妊婦のお腹にいる胎児や、子供達の生育状態にも悪影響があるかもしれないと考えたのです。
【イスプリカ】は奴隷制を採用する【世界の理】に違反する国ですが、国の政策に関与する立場にない子供達には全く責任がありません。
もしも、謎の病気が、妊婦や胎児や子供達の生育状態に悪影響があると判明したら、別途、私やウエスト大陸の守護竜である【リントヴルム】によってケアやフォローをする必要があるでしょう。
私は、井戸水を大量に汲んでオリハルコン製のタンク10個に密閉し、【収納】から【箱庭の書】を取り出し【ドゥーム】にタンクを送りました。
ミネルヴァ……【プエブロ・デ・モンターニャ】の井戸水50tを【ドゥーム】に送りました……マウスなどへの投与試験をお願いします……足りなければ追加で送ります。
私は【念話】で指示します。
【時間加速装置】の【ドゥーム】で試験を行えば、長期間の臨床データが直ぐに取れますからね。
了解です……結果が出ました。
ミネルヴァが【念話】で報告します。
カプタ(ミネルヴァ)からの詳細な報告が【共有アクセス権】のプラット・フォーム上に表示されました。
どれどれ……。
【プエブロ・デ・モンターニャ】の井戸水を継続的に投与された個体は1年で病気を発症していました。
症状は、グレモリー・グリモワールの報告と同じで、消化器障害、骨障害、関節障害、腎臓萎縮……などなど。
これは、マウスの試験データではありません。
霊長類……類人猿系の魔物である【ビッグ・フット】達のデータでした。
なるべく人種に近い生物で試験を行った方が良い……というカプタ(ミネルヴァ)の判断なのでしょう。
【ビッグ・フット】達は野良の魔物ではなく、カプタ(ミネルヴァ)の陣営に加わった者達なのだとか。
人権……いいえ、魔物権に配慮して、予めマウス(【巨鼠】)などで臨床試験を行い、その後【ビッグ・フット】達に試験の方法や目的や意義を説明して、最悪の場合でもカプタ(ミネルヴァ)が治療を行えば完治する事を伝え、【ビッグ・フット】達に了解を得て臨床試験が行われたそうです。
もちろん、病気が発症した【巨鼠】や【ビッグ・フット】は、試験後カプタ(ミネルヴァ)によって完全に治療されました。
発症してしまいましたか……。
私は……仮に病気の原因物質特定が出来なくても、今後同じ被害が出ないのであれば、それでも良いか……と半ば妥協的な考えを持っていました。
おそらく、以前は流出していた病気を引き起こす原因物質は、現在は既に流出が止まっているのだろう、と。
病理学的立場では、病気の原因が不明なままでは良くないと思いますが、公衆衛生的立場では、今後病気が発症しないなら取り敢えずは良いんじゃね……というふうに考えていたのです。
しかし、【ドゥーム】での臨床試験の結果、私が今さっき採取して【ドゥーム】に送った【プエブロ・デ・モンターニャ】の井戸水を投与された被検体は病気を発症してしまいました。
つまり、今現在も井戸水には、病気の原因物質が混入して汚染されている事になります。
厄介な事になりましたね……。
ただし、カプタ(ミネルヴァ)が行った臨床試験の結果、良いデータも得られました。
何らかの病原因子によって汚染されている事が確定した【プエブロ・デ・モンターニャ】の井戸水を、先進国で一般的に行われている方法で浄化したところ病気は全く発症しなかった……というデータです。
また……【プエブロ・デ・モンターニャ】の井戸水だけを使った水耕栽培で育てた農作物を継続的に食べ続けても病気は発症しない……との事。
ならば、この病気の危険性は然程でもない事になります。
先進国で普通に行われているレベルの衛生管理をキチンとすれば、河川や地下水が汚染されていても、この病気は発症しません。
1つ注意が必要なのは……この病気の原因物質は、おそらく生物(動物)の体内に蓄積して生物濃縮が起こるかもしれない……という事。
つまり、人種の病気発症を起こさない為には、家畜などに与える水の衛生状態にも配慮しなければいけません。
この病気を防ぐ具体的な対策としては、上水道を完備する事が望ましいですが、途上国で大規模な水道インフラの敷設を行うリソースが足りなければ、直接経口摂取する水は【給水の魔法装置】を使用すれば良いのです。
ただ水を出すだけの【給水の魔法装置】なら製造コストも安価で、資源などのリソースも大して掛かりません。
小さな【魔法石】と、【荷電液化魔法触媒】と金属などの素材を用意して、【中位】の【工学魔法】が使えれば誰でも【給水の魔法装置】を作れました。
先進国で操業している事業社なら、中小・零細の町工場でも大量生産が可能です。
ぶっちゃけ、ただ水が出るだけの【給水の魔法装置】は、先進国では多少の魔法適性がある優秀な子供なら、夏休みの自由研究の工作として学校に提出するレベルの原始的な機械でした。
その位のリソースとコストなら、先進国に途上国への人道支援を募って基金などを設立してやれば何とでもなりそうです。
まあ、支援するのは、【世界の理】違反国である【イスプリカ】の国体を変更した後の話ですけれどね。
取り敢えずは……原因不明の病気の世界的感染爆発……などにはなりそうもないので、一安心という所でしょうか。
しかし、カプタ(ミネルヴァ)でも、未だ病気を引き起こす原因物質の特定には至らず。
病気の原因物質解明の方は、行き詰まりました。
私とウィローは、善後策を検討する為に一旦村長の家に戻ります。
お読み頂き、ありがとうございます。
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活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
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誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
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