第1223話。門前での押し問答。
【イスプリカ】北方領域【シエラ】領。
【ルピナス山脈】南麓。
私とウィローは、ミネルヴァが座標設定した健康被害が発生している推定中央域に【転移】して来ます。
チーフ……今夜の【パノニア王国】からの住民輸送は、私の分離体の指揮で、ゲームマスター本部の【転移能力者】と、リントさんとティファニー・レナトゥスを除く【レジョーネ】の皆さんによって実施される事になりました……ソフィアさんが他の守護竜の皆さんに呼び掛けて、そのように話が纏まりました……なので、今夜チーフは其方の対応に専念してもらって問題ありません。
ミネルヴァが【念話】で報告しました。
私とリントは、今日の午後予定されていた【サントゥアリーオ】国民の【ドゥーム】への輸送は、【ブリリア王国】に侵略を企図していた【イスプリカ】軍への対応を行う為にキャンセルしています。
【サントゥアリーオ】国民の輸送は、各所に集積された【保育器】にバラバラに収容されている膨大な人数の中から、先行して【時間加速装置】の【ドゥーム】で育て直しを実施しなければならない人材を任意に選別する目的があり、それを素早く行う高度な能力を持つ私が直接作業に当たる必要がありました。
しかし、【パンゲア】の【パノニア王国】民の輸送は、無選別で機械的に【転移】によるピストン輸送を行えば良いだけなので、大量輸送に耐え得る強力な【転移能力者】でありさえすれば、私の能力は必要ありません。
あ、そう……それは助かります……ソフィアには、お礼を言わなければいけませんね……ただ、今夜はトリニティをカルネディアの側に付けてあげるようにしてあげて下さい……ウィローが【ワールド・コア・ルーム】に戻れないかもしれませんので。
私は【念話】で指示しました。
了解です。
ミネルヴァが【念話】で言います。
カルネディアは、【老婆達の森】で孤独なサバイバルを生き抜いて来ました。
その後、彼女は私達に保護されたのですが、今も孤独な状態に置かれるとサバイバル時代のトラウマで少し不安な様子を見せる事があります。
なので、カルネディアが睡眠を取る場合にも、基本的には誰かを近くに居させる配慮をしていました。
現在は、周囲に癒しの効果を及ぼせる【妖精】のフェリシテがカルネディアの【盟約の妖精】になって、多少トラウマを抑制出来るようになっていますが、基本的にはフェリシテ以外にもカルネディアの側に誰か大人を付き添わせる措置を講じています。
カルネディアの睡眠中の付き添い係として、将来的にはジャンヌ・ラ・ピュセルなどに、その役目を担わせたいと考えていますが、現在は未だカルネディアがジャンヌ・ラ・ピュセルに慣れていません。
なので、カルネディアが既に心を許しているトリニティかウィローのどちらかをカルネディアの寝室に控えさせるようにしていました。
さてと、早速広域治療を行なってしまいましょう。
「範囲は……適当で良いですね。【超神位魔法……範囲指定……半径500km……解毒……治癒】。取り敢えず、これで良し、と」
私は広域治療を実行しました。
この【解毒】と【治癒】の効果は、あくまでも対処療法に過ぎないので、汚染源が残されれば健康被害が再発してしまいます。
この後に汚染源を潰せば、後は放置しておいても自然治癒力で治る筈です。
それでも治らないモノは、以前からの既往症が原因で、今回の鉱毒が原因だと疑われる健康被害とは無関係ですので、ゲームマスターの私が介入する必要はありません。
魔力無限の私なら、永久に【解毒】と【治癒】の効果を継続させる事も可能でした。
しかし、【世界の理】に反する奴隷制採用国家の【イスプリカ】の民に、そこまでのサービスをしてあげる理由はないのです。
その辺りの線引きは、ゲームマスターとしてシッカリやらなければいけません。
チーフ……グレモリーさんが【ピン打ち】した【マップ】データを分析した結果、現在地から北に30km向かった場所にある【プエブロ・デ・モンターニャ】という集落が最大のクラスター地域だと推定されます……現地にも【キー・ホール】を展開済です。
ミネルヴァが【念話】で報告します。
わかりました。
私は【念話】で言いました。
さすがはミネルヴァ。
仕事が早いですね。
クラスターとは集団や群を意味し、疫学的には特定の疾病発生率が高い集団の事を指しました。
グレモリー・グリモワールが【ピン打ち】した【マップ】データは、一見するとランダムに見えましたが、ミネルヴァの演算能力なら最大のクラスター地域がわかってしまうのですから、ミネルヴァはパートナーとして本当に頼もしい限りです。
私とウィローは、再度ミネルヴァが指定した座標に【転移】しました。
・・・
【プエブロ・デ・モンターニャ】上空。
私とウィローは、【プエブロ・デ・モンターニャ】という集落にやって来ました。
上空から【マップ】を見ると、人口は800人程です。
村としては比較的大きい規模でした。
【イスプリカ】の環境フィールドは、赤土の【荒野】や【不毛の地】など農業には不利な土壌が広がっています。
なので、都市の外に大規模な開拓村を築く事は容易ではありません。
しかし、【プエブロ・デ・モンターニャ】には広い畑がありました。
環境フィールドをサーチすると【原野】と表示されます。
おそらく、農業には向かない赤土層が大部分を占める領域で、オアシス的に自然生成された【原野】に住民が住み着き耕作を始め、開拓村として発展したのが【プエブロ・デ・モンターニャ】なのでしょうね。
そして【イスプリカ】は降水量が少ないので灌漑を行うなら、当然河川からの取水や地下水に頼る訳です。
その水が何らかの有害物質に汚染されていれば、致命的な事は火を見るより明らかでした。
現代の【イスプリカ】は途上国なので、おそらく水質浄化設備なども未発達ですからね。
逆に言えば、【ドラゴニーア】や【ユグドラシル連邦】のような先進国なら、今回のような水質汚染による健康被害は起きなかった可能性が高いのです。
「さてと、降りましょう」
私は、ウィローに促しました。
「畏まりました」
ウィローは頷きます。
私達は、夜陰に紛れて【プエブロ・デ・モンターニャ】近くに着陸しました。
そして、徒歩で【プエブロ・デ・モンターニャ】の正面門に向かいます。
時間的に既に門は閉ざされていました。
この世界は、日本サーバー(【地上界】)側で守護竜が張っている【神位結界】や、北米サーバー(【魔界】)側の【都市結界】ギミックなどで守られている領域以外には、魔物や【魔人】が【スポーン】します。
なので、基本的に日本サーバー(【地上界】)の中央国家や、北米サーバー(【魔界】)の主要都市以外にコミュニティを形成する場合は、当然ながら防衛の為に城壁や堀などが周囲に敷設されていました。
必然的にコミュニティへの出入りは門で行われています。
面倒なので村の中に直接降りてしまっても構わないのですが、その場合村人を驚かせるかもしれません。
私達は、流行り病の原因を調査しなければならないので、村人達からの聞き取りなどで協力を得る必要がありました。
なので、通常の夜間来訪者と同様に、大人しく門から村に入った方が良いでしょう。
私とウィローが、【プエブロ・デ・モンターニャ】の正面門に向かうと、センサー式の照明が点灯しました。
「斯様な夜分に何用か?名を名乗り、当地を訪れた目的を言え!」
【プエブロ・デ・モンターニャ】の正面門を守る門番(公務員の衛士隊か、あるいは民間の自警団なのかは定かではありません)が、多少荒っぽい言葉で私達に声を掛けて来ます。
門番にしては、随分若いですね。
若いというか、まだ少年と言った方が適切かもしれません。
とはいえ、この若い門番が警戒感を示すのは、当然でした。
冒険者や交易などで訪れる隊商などは、基本的にコミュニティに入る手続きが行われている昼間に門を通関します。
昼間に間に合わなければ、近くで野営をして翌朝の開門を待たなければいけません。
【ドラゴニーア】などでは24時間通行可能な体制になっていますが、この世界的には【ドラゴニーア】の方が例外でした。
また、都市圏から離れた辺境の【プエブロ・デ・モンターニャ】に訪れるなら、武装しているか護衛を連れて来る筈です。
しかし、私とウィローは丸腰で、見た目上は高級そうな衣類を着た華奢な男と美女の2人連れでした。
たった2人で武装もせず、夜中に【イスプリカ】の辺境を歩いて来たら、直ぐに野盗や山賊や奴隷狩りに遭うので、地元民ならそんな危険な真似は絶対にしません。
つまり、私とウィローは【イスプリカ】の常識から言えば物凄く怪しい2人組なのです。
門番から名前と訪問目的を訊ねられました。
別に嘘を吐く理由も意味もないので、正直に答えますけれどね。
「ゲームマスターのノヒト・ナカです。私は、この一帯に広く害を及ぼしている流行り病の原因を調査しています。この【プエブロ・デ・モンターニャ】は被害の程度が酷いとわかったので訪問しました。調査に協力して下さい。そして、私なら患者を全員、完全に治療出来ますよ」
先程、私が実行した【解毒】と【治癒】で、既に【プエブロ・デ・モンターニャ】の患者は対処療法が完了しているので、実際には治療は必要ありません。
しかし、私の広域治療が行われたのが直近の事なので、未だその事実はわかっていないでしょう。
「【調停者】様だと?デタラメな事を言うな!怪しい奴め!」
若い門番は言いました。
現代のこの世界の住人で……古の昔に【調停者】という【神格者】が実在した……という神話を一般常識として知らない者は殆どいません。
そして、近頃ゲームマスターが復活した事は、ミネルヴァによって世界中に通達・広報されていますので、当然【イスプリカ】の政府関係者などは私の存在を知っている筈です。
しかし、途上国の【イスプリカ】では【魔法通信機】や【魔導映像受像機】も余り普及していないでしょうから、辺境の村である【プエブロ・デ・モンターニャ】にゲームマスターの復活情報が伝わっていなくても不思議はありません。
「デタラメではありません。【魔力探知】をしてみて下さい」
私は【超神位】の【認識阻害】を解除して、膨大な魔力を垂れ流しにしました。
ウィローも【アンダー・カバー・リング】のギミックをOFFにして、魔力を発散させます。
私は、【超神位……認識阻害】を日常的に使っていました。
【超神位……認識阻害】によって、私が素顔を隠さずノヒト・ナカと正直に名乗っても、他者には……ゲームマスターのノヒト・ナカと、目の前にいるノヒト・ナカは同姓同名の別人……だと完璧に誤認させる事が可能です。
【超神位……認識阻害】は、変装したり偽名を名乗る必要がないので便利でした。
ただし、【超神位能力認識阻害】は、ゲームマスターの私にしか行使出来ません。
なので、私以外の者の素性を隠せるように開発したのが【アンダー・カバー・リング】でした。
トリニティやカルネディアやカリュプソは、人種から恐れられている【魔人】なので、人種コミュニティで活動させる時には【アンダー・カバー・リング】が役立ちます。
それから、必要か如何かはともかく、一応ゲームマスター本部職員と【レジョーネ】と【ファミリアーレ】にも【アンダー・カバー・リング】を支給していました。
【アンダー・カバー・リング】とは、端的に言えば【認識阻害の指輪】を上位互換する指輪です。
従来の【認識阻害の指輪】は、【魔力探知】を阻害するだけのアイテムでした。
新しい【アンダー・カバー・リング】は、認知自体を歪める【精神操作】系のアイテムです。
この【アンダー・カバー・リング】を使用する者が素顔を晒し実名を名乗っても、相手側の認知が歪むので事実上個体識別が不可能になり、素性を隠して活動出来ました。
ミネルヴァは、この個体識別が不可能になる現象をゲームのモブ・キャラのように固有性が失われて他との区別が出来なくなるという意味で……モブ化……と名付けています。
私とミネルヴァが【盟約】を結び【パス】が構築され【共有アクセス権】のプラット・フォームが形成された事で、私はミネルヴァの演算能力を使う事が可能になり、従来の【認識阻害の指輪】の性能を超える【アンダー・カバー・リング】の開発に至りました。
「デタラメを言うな!怪しい奴め!さっさと立ち去れ!然もないと、矢を射掛けるぞ!」
若い門番は言います。
「え〜と、【魔力探知】をしてくれれば、私がゲームマスターだとわかってもらえる筈ですが?」
「まだ、言うかっ!本当に射掛けるぞ!」
若い門番は尚も言いました。
言葉は通じていますが、どうやら話が全く通じないようですね……。
この門番との不毛な押し問答は、しばらく続きました。
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