第1222話。鉱毒汚染?
本日2話目の投稿です。
【ログレス】の【リントヴルム聖堂】のホール。
私とトリニティとカルネディアが、家族の他愛ない会話をしていると……。
「……ノヒトは、如何思う?」
グレモリー・グリモワールが私に話を振りました。
「何ですか?」
「【シエラ】の領民が、【ログレス】に避難して来ている件なんだけれど?」
「すみません。聞いていませんでした。初めから教えて下さい」
「ドミティーレさん。説明してあげて」
グレモリー・グリモワールが促します。
「はい。1年程前から、隣国【イスプリカ】の【シエラ】領から度々避難民が流入しております。【イスプリカ】側から【ログレス】に至る渓谷の狭道は【フルドラ】様達の【幻影】の効果によって悪意や害意を持つ者は、道に迷って通り抜け出来ません。従って、【ログレス】まで辿り着けた者達は、翻って善良で無辜な者達だとわかるので、受け入れる事に忌避はございません。しかし、彼らが避難をせざるを得なくなった経緯が少し心配です。彼らの集落は何やら原因不明の流行り病によって、多くの者達が苦しみ亡くなっている者も居るのだとか。【ログレス】は【フルドラ】様達の【祝福】で守られておりますが、全ての病を完全に防疫出来る訳ではありません。その流行り病が、もしかしたら【ログレス】にも良くない影響を及ぼすのではないかと考え、リント様やグレモリー様にご相談致した次第です」
【ログレス】の【リントヴルム聖堂】のドミティーレ聖堂長が説明しました。
ドミティーレ聖堂長は、【ログレス】民の傷病治療を担う立場です。
「流行り病ですか?患者を診れば原因がわかると思いますよ」
「患者は前回私が【ログレス】を訪問した時に、行き掛けの駄賃で丸っと完治させちゃったから居ないんだよ。ただし、問診と検査の結果で、ある程度の原因は推定出来ている」
グレモリー・グリモワールが言いました。
「何が原因だと診立てたのですか?」
「聞き取りをして私なりにスクリーニングした結果、重篤な症状は乳児に多いけれど、その他の年代も全員発症していた。生活習慣や種族、職業などによる発症率の違いは見られない。初期は、微熱発、嘔吐、腹痛、下痢などの症状を訴える。慢性化すると重度の貧血、排尿障害、循環障害、全身倦怠感、むくみ、骨折、背中や手足や関節に激しい痛みを訴える所謂痛風の症状を呈する。慢性患者が癌になっていた割合も高いから発癌性も疑われる。サーチによってわかった事は、例外なく骨軟化症や腎機能障害を呈し、骨が脆くなり腎臓が異常に萎縮していた。発症に至る推定経路は経口。飲食物が怪しい。スクリーニングしても特定の食物に偏りが見られないから主因は水だろうね。乳児の発症率の高さは、汚染された水や食物を食べた母体に毒素が蓄積・生物濃縮された母乳による影響。症状を引き起こしているモノが私のサーチ能力では特定出来なかったけれど、私が出した結論としては多分何かしらの鉱毒だと思う。避難民の出身集落がバラバラで広範囲に及んでいるから、汚染は水源で発生していると思う。つまり、【ルピナス山脈】の何処かの鉱山が汚染発生源だろうね」
鉱毒とは、鉱物採掘や金属精錬の過程で生じる排気や排水に含まれる有毒物質の事です。
グレモリー・グリモワールの診断結果によると水が原因である可能性が示唆されていますので、鉱山や金属精錬所などからの排水によって汚染された井戸水を飲んだり、汚染された農業用水で栽培された農産物を食べる事により発症したと考えられました。
グレモリー・グリモワールが指摘する通り、汚染水が川や地下水に混入して、広範囲に影響を及ぼしていると考えられます。
「しかし、グレモリーが診察しても、病原となるモノを特定出来ないというのが少し気になります」
グレモリー・グリモワール程の知識と能力があれば、それだけ顕著に症状を生じさせる病原なら、ほぼ特定してしまう筈ですので。
「うん。症例を見る限りカドミウム中毒っぽいけれど、原因がカドミウムなら、私だったら確実にわかるからね」
「原因物質が存在しないとか、完全に未知の毒物の可能性も考えられるのではないかしら?【呪詛魔法】とか、【毒使い】が生成した毒とか」
リントが訊ねました。
「う〜ん。理屈としては有り得るけれど、現実的ではないね。影響がデカ過ぎる。こんな広範囲に影響を及ぼせる【呪詛魔法】の使役者や【毒使い】は、とんでもない能力と魔力量だよ。私にゃ、とてもじゃないけれど出来ない芸当だね」
「期間の長さも問題です。【呪詛魔法】を1年も継続させるには相応の魔力を消費します。【毒使い】によって生成された毒でも同様でしょう」
【呪詛魔法】の大家であるトリニティが見解を示します。
「なるほど。わかったわ」
リントは納得しました。
【呪詛魔法】や魔法で生成した未知の毒が原因だとするなら、私や守護竜クラスなら可能でしょうけれどね。
「ならば被害を増やさない為に、なるべく早急に治療と原因究明に向かう必要がありますね。この後直ぐ向かいますよ」
「なら、私の【マップ】に避難民の出身集落を【ピン打ち】しといたから使ってよ」
グレモリー・グリモワールが言います。
「ありがとうございます。コピーします」
私はゲームマスター権限で、グレモリー・グリモワールの【マップ】に【ピン打ち】された光点をコピーしました。
このプレイヤー【マップ】のコピーは、ゲームマスターにしか出来ません。
【ピン打ち】された【マップ】情報によると鉱毒が疑われる被害者は、【ルピナス山脈】南麓に散見されています。
最大範囲は数百kmと、かなりの広域に及びますが、グレモリー・グリモワールやドミティーレ聖堂長が把握している情報によると被害程度にはグラデーションがあるらしく、面的に均質ではありません。
これは、汚染水を取水しているか、雨水など汚染されていない水を利用しているかの違いのようです。
「ノヒト。良いのかしら?」
リントが訊ねました。
「何がですか?」
「ほら、【イスプリカ】は奴隷制を採用しているから、【イスプリカ】民は【世界の理】に反する無辜の民ではない者が多く含まれるじゃない?そういう【世界の理】違反者にノヒトが便宜を図るのは、ゲームマスターとして問題ないのかしら?」
「ゲームマスターには【世界の理】違反者も含めて必要があれば便宜を図る権限が与えられています。そもそも【世界の理】違反にも程度の差があります。軽微な【世界の理】違反ならば是正勧告をして是正が履行されたら、それ以上のお咎めなしという場合もあります。なので、【世界の理】違反者に対して、ゲームマスターは絶対に便宜を図らない訳ではありません。もちろん、事後的に【創造主】(ゲーム会社)から……私の判断が適切だったか如何か……の査問が行われ、私の行動が不適切だと判断されれば遡及して処分されますけれどね」
「管轄領域の民を庇護する役割を与えられている守護竜として、妾は【世界の理】違反者も含めて、可能ならば出来るだけ守ってやりたいという気持ちがあるから有り難いわ。それで、もしも【創造主】から処分されるような事になったら、妾が全力でノヒトを擁護するわ。ウエスト大陸の民の為に行動してくれた結果なのだもの」
「心配いりません。【世界の理】違反者も含めて便宜を図ると言っても、健康被害が出ている地域を広範囲に【解毒】と【治癒】を行うだけの事です。それ以上のインセンティブは何も与えません。その程度の事なら、仮に私の行動が不適切だったと事後【創造主】(ゲーム会社)に判断されても、大して重い処分にはなりません。精々が厳重注意か減俸、酷くても一定期間出勤停止か降格止まりですよ」
「だとしてもよ」
「ありがとう。しかし、被害地に出動して原因が直ぐにわかって対応が簡単なら問題ありませんが、直ぐに原因がわからず対応が困難だとすると、今夜は【パノニア王国】民の移民作戦は延期せざるを得ないかもしれません。人命が掛かった被害解決の方が優先順位が高いですから……」
グレモリー・グリモワールが原因物質を特定出来なかった事から考えて、おそらく【コンシェルジュ】などに調べさせてもスペック的に原因物質の特定は困難な筈です。
つまり、私が直接調べなければいけません。
私なら、大概の問題は調べればわかる筈ですが、様々な理由で対応が難しいケースはあり得ます。
例えば、何らかの重大な【バグ】に起因している場合など。
基本的に【デバッグ】は、会社の端末を操作しなければ出来ません。
【バグ】が原因だとすると、厄介な事になります。
「マイ・マスター。取り急ぎマイ・マスターが広域に【解毒】と【治癒】を行う必要はあるのでしょうが、何らかの理由で汚染源の特定と制圧が直ちに行えない場合は、対応は後日にした方が良いのではありませんか?話を聞く限り、鉱毒による症状の重篤化は急性ではないようです。一旦マイ・マスターが広域【解毒】と【治癒】を行えば、汚染地域の民が再び重篤な症状を呈するまでに多少の時間的猶予が生まれます。その間に、誰かに調査をさせて原因物質や汚染源を突き止めさせ、後にマイ・マスターが根源の制圧を行う2段階の対応が合理的だと愚考致します」
トリニティが提案しました。
「一理ありますね。原因物質や汚染源の特定に時間が掛かるようなら、トリニティの考え方も選択肢の1つです」
「であれば、仮にマイ・マスターが現地に向かって即座に原因物質や汚染源の特定が出来ない場合には、ウィローを派遣して専任調査をさせてみては如何でしょうか?ウィローは、古代魔法学に通じ【錬金術】や化学の専門知識を持ち、この手の調査が得意です。宛てもなく闇雲にローラーを掛けるより、ウィローに事前調査をさせる方が効率が高いでしょう。マイ・マスターが費やす時間は、他者に比べて圧倒的に貴重ですので」
なるほど。
トリニティの【盟約の知性体】となり、不死身属性を獲得しているウィローは、単独で活動させても危険が少ないので使い勝手も良いですからね。
「確かにそうかもしれません。直ぐに原因物質や汚染源が特定出来そうもなければ、調査員としてウィローを派遣しましょう」
ウィロー。
私は【念話】で呼び掛けます。
トリニティと【パス】が繋がるウィローは、トリニティの視点を介して、私達のやり取りを見ているので、説明をしなくても既に状況を理解していました。
そして、ウィローが【共有アクセス権】のプラット・フォームを使用して、トリニティを【目標】に【転移】して来ます。
ウィローは複数の【コンシェルジュ】を連れて来ました。
「ウィロー。この後私と一緒に健康被害が発生している地域に同行してもらいます。そして、直ぐに原因物質や汚染源の特定に至らない場合には、ウィローを現地に残しますので調査をお願いします。現在ミネルヴァが、【スパイ・ドローン】の【キー・ホール】を現地に送っているので、しばらく待機して下さい」
私は、ゲームマスター権限で【マップ】情報をウィローにコピーしながら指示します。
「畏まりました」
ウィローは頷きました。
一応ウィローを呼びましたが、私が現地に向かえば簡単に問題が解決するかもしれません。
なので、ウィローを呼んだ事が結果的に無駄足になる可能性もあります。
しかし、何事においても準備や用意というモノは、最悪の事態に備えておく方が良い事は言うまでもありません。
ウィローも、今は職務を与えられておらず暇ですので。
仮にウィローを同行させた事が無駄になっても、その時は……最悪の事態ではなかった……事を素直に喜べば良いだけです。
「待ち時間にウィローの午後の任務の報告を受けましょうか?」
「はい。【タカマガハラ皇国】での任務は完遂致しました。シリロ・カルボーニと接触し、無事【ワールド・コア・ルーム】に招聘致しました」
「ご苦労様。で、結局【串聖】を称するシリロ・カルボーニは、【串聖】シレア・カブリーニだったのですか?それとも、シリロはシレアの後を継いだ弟子だったとか?」
「それは、わかりません。詳しい聞き取りはミネルヴァ様にお任せ致しましたので」
「あ、そう。わかりました。ありがとう」
チーフ……シリロ・カルボーニは、【串聖】シレア・カブリーニです……登録されている魔力反応と照合した結果、間違いありません……性別も女性です……ただし、シエラ本人は頑なに、自分はシレアとは別人の男性シリロであると自称しています。
ミネルヴァが【念話】で報告しました。
偽名を名乗り素性を隠す理由があるのでしょうか?
私は【念話】で訊ねます。
不明です……取り敢えず、しばらく【ワールド・コア・ルーム】で逗留する事を了解してくれましたので、後程チーフから事情を訊ねてみて下さい。
ミネルヴァは【念話】で言いました。
わかりました。
私は【念話】で了解します。
「トリニティ。時間的に、そろそろカルネディアを連れて帰って寝かせた方が良いですね。あなたも今日は、このまま解散して構いません」
「仰せのままに……」
トリニティは、一瞬私に付いて来たそうな反応をしましたが、カルネディアの方を見て了解しました。
「帰る?あ、時差があるからね」
グレモリー・グリモワールは言います。
グレモリー・グリモワールの養子の弟レイニールもカルネディアと同年代ですが、グレモリー・グリモワール達は【サンタ・グレモリア】時間で行動しているので、時間的に私達より余裕がありました。
「それでは、お先に失礼します」
トリニティは言います。
「さようなら」
カルネディアが一同に向かって言いました。
一同は、見送りの挨拶をします。
トリニティは、カルネディアとフェリシテとセグレタリアを連れて【転移】して行きました。
・・・
しばらくして、ミネルヴァからの【念話】で……【キー・ホール】を健康被害発生地に展開した……事が伝えられます。
「ウィロー。行きましょう」
「畏まりました」
ウィローは頷きました。
「ノヒト。お願いね」
リントが言います。
「宜しく頼むよ」
グレモリー・グリモワールが言いました。
【サンタ・グレモリア】と【ログレス】の一同も起立して頭を下げます。
私とウィローは一同に目礼して、【転移】しました。
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・・・
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