第1218話。【ログレス】の晩餐会。
【ログレス】の【リントヴルム聖堂】のホール。
「で、あの【犬人】の子供は、何処の子なの?」
グレモリー・グリモワールは訊ねました。
「国境に展開していた【イスプリカ】軍【ブリリア王国】方面軍司令官デシデリオ・シエラ、つまり【シエラ】選帝侯が自領で捕まえて奴隷にしたようです。ユグドラからの報告によると……あの【犬人】の少女は奴隷にされてしまう以前、【ルピナス山脈】の【獣人】集落に居た子供……だと、わかりました。彼女達は【シエラ】領軍に集落を焼かれ、ノートの【クレオール王国】を目指して逃げている際に捕まってしまい奴隷にされました。あの少女は【ニンフ】と【盟約】を結んでいた特殊な子供だったので、【ログレス】の【フルドラ】を追い払う工作に利用されたのです」
私の話に【ログレス】の代表者達が、ピクリッと反応します。
しかし、私とグレモリー・グリモワールの会話に割り込むのが失礼だと考えたのか、特に何も言いません。
「なら、他にも捕まって奴隷にされた【獣人】が居るんだね?」
グレモリー・グリモワールが訊ねました。
「はい。ただし、【シエラ】領軍が奴隷を輸送している際に、ノートに協力する【スクリメージ・スクアッド】が、奴隷輸送隊を襲撃して奴隷を救出・解放しました。現在あの【犬人】の少女がいた集落の人達は【クレオール王国】に保護されています。【シエラ】領軍による襲撃を生き延びた生存者だけですけれどね。【ワールド・コア・ルーム】で保護している例の【犬人】の少女も体調が良くなったら【クレオール王国】にいる同胞の所に合流させてあげる方向で、ミネルヴァからスライマーナ女王に話を通しています」
「そっか。で、その【スクリメージ・スクアッド】ってのは、ノートの所の正規軍じゃないんだよね?」
「ええ。【スクリメージ・スクアッド】は……奴隷解放……という目的を共有して、ノートの陣営から補給を受けているようですが、指揮命令系統は独立したフリーランスの武装ゲリラですね」
「戦果を上げている部隊なんだから、もう少し運用を工夫すれば良いのにね……」
「まあ、【スクリメージ・スクアッド】のメンバーは、【ガレリア共和国】のギャングやゴロツキや犯罪者だった連中ですので、ノートも面倒事を抱え込みたくないと考えているのでしょう」
「でも、信賞必罰でしょ?命懸けで働いて結果を出しているなら、過去の罪は特赦して【クレオール王国】の正規軍としてバック・アップすれば良いと思うよ」
「それは如何でしょうか?私は、先程【イスプリカ】軍【ブリリア王国】方面軍を解体して、【世界の理】違反の刑罰として開拓団【ピオニエーリ】に再編成しましたが、彼らが真面目に開拓事業に取り組めば最低限の支援はするつもりですか、【開拓農夫ロボット】などは与えないと決めて突き放した対応をしています。同様に【スクリメージ・スクアッド】も【ガレリア共和国】で人身売買や麻薬密売など【世界の理】違反に関与していた元犯罪者達です。私としては、ノートの【スクリメージ・スクアッド】への対応は多少管理が杜撰だとは思いますが、処遇そのものは一定の支持をしています」
「ふ〜ん……」
「何か?」
「あ、いや。もしも、私が、その【スクリメージ・スクアッド】を庇護して手駒にしたら、何か問題がある?ほら、私は、リントちゃんから頼まれて近い内に【イスプリカ】に潜入して現地を実地調査しなくちゃなんないからさ。そん時に【スクリメージ・スクアッド】を手駒に使えれば仕事が捗りそうかなって思ったんだよ」
「別に問題はありませんね。ノートは【スクリメージ・スクアッド】を使い捨てにしていますし、私やゲームマスター本部としてもノートが【スクリメージ・スクアッド】の【世界の理】違反を……代理処罰してくれた……と考えていますので今後介入するつもりはありません。グレモリーが連中を手駒にしたいなら、私は反対しませんし、ノートも気にしないでしょう。しかし、【スクリメージ・スクアッド】はノートに【眷属化】されたり【魅了】や【精神支配】を受けています。あなたの命令には従わないですよ」
「そっちは、私がノートと話を付けるよ。でさ、その件も含めて、明日の午後【クレオール王国】に行きたいから、送って貰える?例のコンサルティングをしに行くからさ」
「【アスピドケロン】の用件の後で【クレオール王国】に送って行けば良いのですね?わかりました」
明日の午前中、私はグレモリー・グリモワールが所有権を持つ島状の巨大亀の魔物【アスピドケロン】に、彼女を送る予定になっています。
「何だかタクシー代わりにしちゃって悪いね」
「お安い御用です。グレモリーには、ノートのコンサルティングをお願いした件などで色々と協力してもらって、申し訳ありません」
「ノートは、ノヒトの元同一自我であると同時に、私の元同一自我でもあるから、別に私がノートの世話をする事でノヒトが謝る必要はないよ。なら、今後【スクリメージ・スクアッド】の尻は私が持つって事で良いかな?」
「構いませんよ」
すると、次の料理が運ばれて来ます。
お好み焼き?
いや、オムレツだそうです。
「私共は、この料理を単に……オムレツ……と呼んでいますが、他所の地域のオムレツに比べると具沢山なのが特徴です。パイ生地を使わないキッシュのようなモノかもしれません。擦り下ろしたジャガイモと蕎麦粉を、たっぷりの卵で混ぜた生地に、本日はキノコとベーコンとチーズとホウレン草と玉ねぎを具にして固焼きにしてあります。オムレツの具は何でも良くてバリエーションは無限。具沢山で栄養のバランスが取れた完全食で、レストランや酒場などでも必ずメニューに載っており、各家庭ごとに受け継がれたレシピがある、言わば【ログレス】のソール・フードのような位置付けの料理でございます」
コーデリア長老会代表が説明しました。
なるほど。
コーデリア長老会代表は……キッシュのような料理……と言いましたが、具材や調理法を聴く限りスペイン風オムレツと、フランスのジャガイモのガレットの間の子みたいな料理かもしれません。
スペイン料理のオムレツと、メキシコ料理のトルティーヤは、どちらも……tortilla……という同じ綴りですが、トルティーヤはタコスの皮として有名なトウモロコシを材料にした薄いパンの事なので、全くの別物です。
因みに、日本人がイメージするオムレツは、フランス料理のオムレツでした。
フランス人はトルティージャをスペイン風オムレツと呼び、スペイン人はオムレツをフランス風トルティージャと呼びます。
自国料理に対するプライドを感じますね。
【ログレス】のオムレツの味は想像した通りで、美味しいです。
まあ、この手の粉物料理は不味く作りようがないという事もあるでしょうが……。
日本人はオムレツと言えばトロッとした半熟加減を好みますが、この……【ログレス】のオムレツ……は、完全に火が通っていてズッシリと質量を感じる仕上がりになっています。
なるほど、これは固焼きですね。
これだけシッカリと焼いてあって、しかし全く表面が焦げていないのが料理人の腕なのかもしれません。
卵好きのソフィアが好きそうな料理でした。
そう言えば、ソフィアは何をしているのでしょうか?
【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】は、【ワールド・コア・ルーム】でレストランを梯子しているようです……。
【ファミリアーレ】と【フラテッリ】は食事を終えて、既に帰宅していますね。
「ノヒト様。先程……【ルピナス山脈】の【獣人】集落が焼かれた……と、仰いましたが?」
コーデリア長老会代表は訊ねました。
【ログレス】は人口の殆どが【獣人】のコミュニティですから、やはり同じ【獣人】達が受けた戦災の話が気になっていたのかもしれません。
「はい。【ルピナス山脈】の南斜面は、【イスプリカ】の【シエラ】領です。【シエラ】は、【ブリリア王国】侵攻軍に領軍の主力を派兵していますので、自領の防衛戦力が手薄なところを敵対勢力に突かれない為に、機先を制して攻撃したのでしょう。まあ、【ルピナス山脈】の【獣人】集落が【シエラ】の敵対勢力になった理由は、【シエラ】の連中が、【ルピナス山脈】の【獣人】を襲って誘拐し奴隷として売るという非道を行っていたからなので完全な自業自得なのですけれどね」
「その【ルピナス山脈】の集落の者達は、おそらく【ログレス】からの移民です」
コーデリア長老会代表は言いました。
「ご同胞でしたか?」
「大昔に分かれたので、今も同胞と呼べるかはわかりませんが……。記録によると、昔の【ログレス】には農耕派と狩猟派という派閥があり、農耕派は【ログレス】を開拓し定住しましたが、狩猟派は定住を良しとせず出奔して【ルピナス山脈】に集落を築いたのです」
「なるほど」
「【ルピナス山脈】の【獣人】は、【クレオール王国】にて保護されたようですが、もしも【ログレス】に戻りたいのであれば、私達は家族同様に歓迎すると伝えて下さいませんか?」
「わかりました。明日【クレオール王国】に行きますので、その時に必ず伝えます」
「ありがとうございます」
コーデリア長老会代表は、深く頭を下げて謝意を示します。
【ログレス】の代表者達も頭を下げました。
すると、メインの料理が運ばれて来ます。
巨大な豚の丸焼きですね。
「わ〜、美味しそう」
カルネディアが言いました。
野生児だったカルネディアは、一見しただけでは原材料が良くわからない手の込んだ料理より、こういう……丸ごとバーン……みたいな、わかり易いワイルドな調理法が好みのようです。
「メインは【ヒュージ・ピッグ】の丸焼きです。魔物の【パイア】を手懐けて飼育し、その子供が産まれると子供世代以降は家畜化して【ヒュージ・ピッグ】になります。【ログレス】では野菜とキノコと樫のドングリを餌に与えて肥育します。味は【パイア】より脂肪が多く、脂身の甘みが強くなります。皮がパリパリで美味しいですよ。付け合わせは、その【ヒュージ・ピッグ】の脂身に衣を付けて、【ヒュージ・ピッグ】のラードで揚げた……脂揚げ……です。【ヒュージ・ピッグ】の丸焼きと脂揚げは、【ログレス】では晴れの日に食べる特別な料理で最高の御馳走ですが、脂揚げは食べ過ぎると高カロリーでコレステロール値も大変な事になるので、お気を付け下さい。脂っこくなった口直しに、ガスパチョもございますので、こちらを飲みながら食べて頂くと、胸焼けなどを防ぎサッパリとして、また脂揚げが食べたくなるという魔性のコンビネーションとなっております」
コーデリア長老会代表が説明しました。
私は【竜城】で30m級の【氷竜】の丸焼きも見て食べた事があるので、【ヒュージ・ピッグ】の丸焼き位では、もう驚きませんよ。
とはいえ、皮が飴色にこんがり焼かれて美味しそうです。
それから、脂身をラードで揚げた、脂揚げ?
決して油揚げではありません。
もはや、ハイ・カロリーとか、そういうレベルの食べ物ではないような……。
聞いているだけで危険そうです。
しかし、体に悪そうな食べ物程、美味しいモノなのですよね。
そして、ガスパチョ。
地球のガスパチョは、スペイン・アンダルシア地方の料理で、トマト、胡瓜、ニンニク、オリーブ・オイル、塩、酢、パンなどを小さく刻むかペースト状にした冷たいスープの事です。
レシピを聞くとスペインのガスパチョに加えて、玉ねぎ、ラディッシュ、松の実などが入っているようですね。
ハイ・カロリーな脂身の揚げ物と、サッパリした冷製スープ……これは確かに危ないコンボです。
私は、【ヒュージ・ピッグ】の丸焼きが切り分けられるのを待っている間に、脂揚げなる危険な食べ物を味見してみました。
あ〜、これはダメなヤツだ。
薄い衣がサックサクで、中の脂身が甘くて超美味しい。
体に悪いのを承知で、ついつい食べてしまいます。
脂でクドくなった口直しにガスパチョを飲むと、サッパリ。
そして、脂揚げが、また食べたくなる無限ループ。
・・・
食後。
デザートを食べています。
食べ過ぎました。
そして、結論としては、あの脂揚げはヤバい。
美味しくて癖になる味で食べ過ぎてしまいました。
翌日が健康診断なら確実に異常値が出るでしょうね。
まあ、私は定常不変で無敵のゲームマスターなので血糖値もコレステロール値も尿酸値もプリン体も全く影響がないのですが……。
プリン体と言えば……プリンに含まれるプリン体は0mg……なのだそうです。
益体もない話ですね。
「グレモリー様。【ログレス】の皆様にお土産をお渡しするのを忘れておられますよ」
アリス・アップルツリー侯爵が言いました。
「あ、そだ。コーデリアさん、これ【サンタ・グレモリア】の名産品の詰め合わせなんだけれど、この晩餐会のお礼代わりに納めて下さい。あ、この【宝物庫】は、ノヒトからの借り物であげられないから、後で返してね」
グレモリー・グリモワールは【宝物庫】を差し出します。
「ありがとうございます。喜んで頂戴致します。こちらの【収納】アイテムは中身を移し換えて、お帰りまでに返却致します。それで、【サンタ・グレモリア】の名産品とは食品ですか?」
コーデリア長老会代表は訊ねました。
「うん。【竜の湖】の湖魚の各種加工食品と、【地竜】の各種加工食品と、後は飲料……ってか医薬品かな?」
「医薬品とは?」
「コーデリアさんは、【エリクサー】を知ってる?」
「はい。魔力を完全に回復し、かなり重篤な傷病も治せるという伝説の飲み物でございますよね?」
「そう。で、その【エリクサー】の即効性を高めて副作用をなくした上位版が【ハイ・エリクサー】。ノヒトとセントラル大陸の守護竜である【神竜】ちゃんが共同経営する企業傘下の製薬会社が製造・販売している【ハイ・エリクサー】を、【サンタ・グレモリア】でもライセンス生産しているんだ。【ハイ・エリクサー】をお土産として、取り敢えず100回使用分持って来た。もっと欲しかったら次回からは販売になるけれど、同盟関係の【ログレス】には特別に原価と諸経費分だけの儲けなしで売ってあげるよ」
「【ハイ・エリクサー】……そのようなモノが……」
コーデリア長老会代表は驚きます。
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