第1216話。【ログレス】演説。
【ログレス】公会議場。
大議場の演壇。
リントが【ログレス】民の変わらぬ信仰に感謝を述べて【サンタ・グレモリア】との同盟を促す演説を行なった流れで、何故か私まで演説をしなければならなくなりました。
こういうのは苦手です。
まあ、私は現在【ログレス】との利害関係が全くないので、当たり障りのない事を適当に喋ってお茶を濁せば、何となく格好は付くと思いますが……。
しかし、利害関係がないという事は、逆に何を話せば良いのでしょうか?
う〜む……。
あ、そうだ。
地球の有名なスピーチをパクって……あ、いや、リスペクトして、何か良さ気な事を喋れば良いのでは?
その手の地球の過去のデータを、ミネルヴァは完璧に記憶しています。
ミネルヴァのアーカイブにある、そういう過去の偉人達の言葉を拝借して、それを適当に切り貼りして、それらしく話せば良いですね。
その前に、私は【ログレス】の事を良く知りません。
【ログレス】の事を知らずして、【ログレス】の人達に向かって話す事は不可能です。
ミネルヴァ……【ログレス】について、知り得る限りの情報を教えて下さい。
私は【念話】で指示しました。
了解です。
ミネルヴァは【念話】で答え、大量のデータを私の脳に送って来ます。
ふむふむ……なるほど。
【ログレス】は、かつて【ブリリア王国】を建国したキャメロット王家の軍師であり、また後には国家宰相として補佐した……ブーツを履いた【猫人】……の末裔を自称しているのだとか。
【ブリリア王国】歴代の王は、建国の最大の功労者である……ブーツを履いた【猫人】……の殊勲に報いる為、その末裔である【ログレス】の民に完全な自治を認めている訳です。
とはいえ、遺伝的多様性が失われて近交弱勢の悪影響が起こるので、【ログレス】の人達全員が……ブーツを履いた【猫人】……の血脈に連なるという事はありません。
大半は移住して来た人達の子孫だとは思いますが、少なくとも……ブーツを履いた【猫人】……が【ログレス】のコミュニティとしてのルーツであり、シンボルである事は確かなのでしょうね。
【ログレス】は、近郊に住む【フルドラ】達の【祝福】の効能によって農業生産性が高く、余剰の農作物を家畜の飼料に回す事で、畜産も盛んでした。
ミネルヴァの概算で、【ログレス】の食料自給率は300%以上を誇り、余剰生産品を対外的に売却する事で収益を上げて、その財貨で様々な物資を買い生活が豊かになり、また設備投資を行い発展が加速するという好循環が起きています。
なので、【ログレス】は人口が多く文化水準や教育水準も高く、経済的に豊かで人々の生活にもゆとりがありました。
【ログレス】は主要都市から遠く離れた辺境のコミュニティでありながら、様々なギルドが支部を開設している程に発展しているのです。
【ログレス】は先進都市と呼んで差し支えありません。
それから【ログレス】は、政治・行政なども洗練されていて、自由で民主的な議会によって都市が運営されています。
また、【ログレス】は経済力に裏打ちされた産業力や軍事力も保有していました。
率直に言って、【ログレス】は繁栄を謳歌しています。
現時点では、グレモリー・グリモワールが庇護する【サンタ・グレモリア】よりも発展していますね。
まあ、【サンタ・グレモリア】は、グレモリー・グリモワールの指導によって興隆が目覚ましいので、いずれ【ログレス】に追い付き追い越す可能性が高いとは思いますが……。
特筆すべきは、【ログレス】は、そのように発展した豊かなコミュニティでありながら、ユーザー消失以後衰退して、現在では自分達より遅れ貧しくなった宗主【ブリリア王国】に対して……攻め込んで下克上を成して支配してやろう……などという野心を抱かなかった事でした。
これは、【ログレス】の紛れもない美点として評価に値するでしょう。
まあ、【ログレス】の繁栄の源泉は【フルドラ】達の【祝福】であり、【フルドラ】を含む【妖精】族は概して争い事を嫌う性質があるので、【ログレス】の人達は【フルドラ】達が逃げ出してしまわないように攻撃的な対外拡張主義を選択しなかっただけかもしれません。
それも含めて、【ログレス】の民は賢かったという事でしょう。
なるほど。
リントが押し進めようとした【サンタ・グレモリア】との同盟に、【ログレス】の民が抵抗感を示した理由が理解出来ました。
【ログレス】の側からすると……確かに軍事力は高いかもしれないが、新興都市である【サンタ・グレモリア】と……対等な同盟……とやらを結ぶ事に多少引っ掛かる部分があったのも納得です。
何故なら、【ログレス】の人達は……自分達はブーツを履いた【猫人】の末裔で、由緒と伝統があり、ぽっと出の【サンタ・グレモリア】なんかより進んだ都市だ……と思っている筈ですからね。
そういう優越感を持っている相手から……対等な同盟……を持ち掛けられたら、多少プライドが傷付く気持ちは理解出来ます。
なので、今回ウエスト大陸の守護竜で【ログレス】の民が主祭神として信仰する【リントヴルム】が自ら【ログレス】を訪問して、頭を下げてまで……【サンタ・グレモリア】との同盟……を、お願いした事で、【ログレス】の人達は面子が立って同盟に前向きになったのかもしれません。
だとするなら、私も多少【ログレス】の人達のプライドをくすぐるような方向性でスピーチをした方が良いでしょうか?
まあ、煽てられて気分を悪くする人は居ないでしょうからね。
そういうニュアンスのスピーチにしましょう。
「オホンッ。こんにちは、ゲームマスターのノヒト・ナカです。私が見る限り【ログレス】は【世界の理】違反が見受けられませんし、比較的穏当に統治が行われているようなので、現時点ではゲームマスターとして是正勧告や執行を行う必要はありません。また、私と【ログレス】には直接的な利害関係もありません。なので、ゲームマスターとして私が日頃考えている事について【ログレス】の現状を踏まえて少し話したいと思います。【ログレス】は、ここに居る【フルドラ】達の【祝福】の恩恵もあり、とても豊かです。私は、豊かでありながら野心を抱かず平和で穏やかに暮らして来た誠実で賢明な皆さんの来賓として、この場に居られる事を大変光栄に思っています。そして、900年もの長きに渡ってゲームマスターの私が不在であったにも拘らず、自由主義と民主主義を育んで来た皆さんの強い信念と賢明な判断に敬意を払わずにはいられません。自由主義と民主主義は、残念ながら未だ完全ではありません。もしかしたら他の政治システムより幾分かマシという程度でしかないかもしれません。自由主義と民主主義の最大の弊害である衆愚政治によって、かつて、このウエスト大陸ではウルリーカ・プルミエールという独裁者が生まれてしまいました。独裁者ウルリーカの末路が如何なったのかは、皆さんは歴史をご存知でしょう。そういう誤った煽動政治家を生み出し易いのも、自由主義と民主主義の特徴なのです。しかし、私は不完全な政治システムであっても、自由主義と民主主義を捨てる事は出来ません。何故なら、自由主義と民主主義は、この世界を創った【創造主】ケイン・フジサカが信じ、そして愛した理念だからです。先日、私と【リントヴルム】が滅ぼした【ウトピーア法皇国】や、同様に先程私に無力化された侵攻軍を派遣した【イスプリカ】などが採用する人種差別政策や奴隷制は、正に全体主義や権威主義の失敗の証明であり、彼らの対外覇権主義は愚かさの典型だと思います。英雄消失以来、過去900年間の混乱の中で、【ログレス】が平和と繁栄を謳歌していた歴史的事実は、決して偶然ではありません。私は【ログレス】の平和と繁栄は、皆さんの不断の努力の賜物だと信じます。そして【ログレス】の平和と繁栄は、皆さんが自由主義と民主主義を守り抜いて来たからこそ享受されたモノだと確信しています。皆さん、どうかお願いします。皆さんが良心に基づいた平和を維持して来た力の源泉である自由主義と民主主義の萌芽を、全世界に広める為に力を貸して下さい。自由主義や民主主義は美しい理念ですが、無垢な子供のように未だ成熟しておらず不完全で壊れ易いモノです。なので、一続きの同じ【マップ】に奴隷制や人種差別が存在する現状と、自由主義と民主主義は相入れません。全ての人々の基本的人権が守られ、自由で民主的な暮らしが実現された時、初めて世界は恒久的な平和と繁栄が約束されるのです。そして全世界に自由で民主的な本物の平和と繁栄が訪れた時こそ、【ログレス】の人達が900年間、自由主義と民主主義を守り抜いて来た崇高な信念が、文明の金字塔として永久に記憶される事でしょう」
まあ、こんな所でしょうか……。
え〜、【ログレス】の人達は……キョトン……とした顔をしていますね。
瞬きもせず、固まってしまっています。
ダメか……。
あ〜、こういうイデオロギー系の話題は、好みが分かれますからね。
それに、天下国家を語るような大袈裟な話は、多少堅苦しくて、個人としては余り実感が湧かなかったのかもしれません。
もっと個人にとって身近で、素朴な取っ付き易いテーマの方が良かったのでしょうか?
何かしら話を繋げて、体裁を取り繕わなければ……。
「え〜と……私は、自分の望みに忠実に生きたいと思っています。それは、きっと皆さんも同じだろうと思います。なので、私は相互主義の原則に従い、皆さんが私と同じように自分の望みに忠実に生きる事も認めます。もしも、その結果、皆さんが私に反感や嫌悪や敵意を持つ事になったとしても、それは致し方ありません。私は自分の望みに忠実に生きる為に、皆さんが自分の望みに忠実に生きる事も相互主義に基づき認めたのですから。これは多元的多様性、あるいは寛容の考え方です。しかし、誤解をしないで下さい。多元的多様性や寛容というモノは、個人が何をしても許されるという事では決してありません。多元的多様性や寛容を破壊しようとする者の存在を許せば、多元的多様性や寛容を大切にする世界は非常に容易く破壊されてしまいます。従って【創造主】は、この世界に【世界の理】というシンプルな概念を創りました。【世界の理】は差別を禁止します。【世界の理】は奴隷制を禁止します。【世界の理】は無差別大量破壊兵器を禁止します。【世界の理】は無辜の民を傷付けたり殺戮する事を禁止します。この【世界の理】を私も含めて全ての知的生命体が守る事で、私とあなた達、そして全ての知的生命体の誰もが自分の望みに忠実に生きるという多元的多様性と寛容の恩恵を享受する事が可能になります。ですから、ゲームマスターである私は【世界の理】を守る為に、この世界存在しています」
【ログレス】の人達は、相変わらずノー・リアクション。
これは、拙いですね。
何とか挽回しなければ……。
「私には夢があります。いつか全ての知的生命体が差別や偏見を受ける事なく公正・公平に扱われる世界が訪れるという夢が。私には夢があります。いつか奴隷制がなくなる世界が訪れるという夢が。私には夢があります。いつか戦争がなくなる世界が訪れるという夢が。私には夢があります。いつか全ての知的生命体の誠実さと努力が報われる世界が訪れるという夢が。私には夢があります。全ての知的生命体が……自分は今日1日誠実に精一杯生きたのだから、後は神が守ってくれる……と安心して眠り、明日の、そして未来の希望を素朴に信じられる世界が訪れるという夢が。私は、皆さんから、そのように信じてもらえるようなゲームマスターで在りたいと思います……。ご清聴ありがとうございました」
【ログレス】の人達は……ポカ〜ン……という顔をしていますね。
彼らは、口を開けたまま、私をジッと見つめています。
これは、演説内容が理解出来なかったというリアクションでしょうか?
それとも呆れられた?
もしかしたら……【世界の理】を守れ……というような内容が、多少説教臭く受け取られたのかもしれません。
あちゃ〜、やらかした。
私は、居た堪れなくなって、そそくさと演壇から退がりました。
まあ、致し方ありません。
スピーチの内容は地球の偉人達の言葉をチャンポンして引用しましたが、基本的には私の嘘偽りない考え方を率直に話したつもりです。
それが伝わらないとするなら、将来的なゲームマスターの職務の大変さを暗示しているというだけの事。
ゲームマスターとして私がやるべき事は、今後も何一つ変わりません。
「ノヒト。感動的なスピーチだったわ」
リントが言いました。
「ありがとう。でも【ログレス】の人達には刺さらなかったようですけれどね」
「そんな事はないわ。良く、ご覧なさいよ」
リントは大議場の聴衆の方に視線を誘導します。
……えっ?
何これ?
私が見ると、大議場の聴衆の大半は何故か涙を流しています。
そして、突如晴天に霹靂が轟いたように大議場に拍手が鳴り響きました。
「「「「「うぉーーっ!偉大なる【創造主】様、我らを御照覧あれーーっ!耀かしき御使様、我らを御照覧あれーーっ!」」」」」
立錐の余地もなく大議場を埋め尽くした聴衆から、歓呼の大合唱が挙がります
えっ?
そんな感じになるような話でしたか?
「【ログレス】の人達は、妾が人種に絶望して門戸を閉ざしていた間も、変わらず信仰を持ち続けた特に敬虔な者達だから……神は自分達の慎ましく正直な暮らしぶりを見ていてくれる……という事を示したノヒトの言葉が何よりの報労となり……ノヒトが夢見る世界は、自分達が夢見る世界と同じである……という事を認識させてくれたノヒトの言葉が明確な解答になったのよ。自分達の生き方は間違っていなかったと、神たるノヒトから認めてもらえたに等しいのだから。きっと嬉しいでしょうね。私も、ノヒトの言葉を守護竜の在り方として参考にさせてもらうわ」
リントは言いました。
「あ、そう……。何だか良くわかりませんが、喜んでもらえたなら幸いです」
私は、尚も如何して適当なスピーチが、【ログレス】の人達にこんなにハマったのか理解出来ませんでしたが、1つ思い出した事があります。
私は、【神意】という【常時発動能力】を持っていました。
プロビデンスの原義は……全ては神の思召によって起きる……という概念です。
この世界の世界観的には、【神意】は交渉における最上位の【能力】でした。
【神意】を持つ私が喋った言葉は、明らかな誤謬や欺瞞でない限り、如何なる時も最大限の説得力を発揮するのです。
そして、多少なりとも聴く者達の共感を得られる内容であれば、正しく……神の啓示……として圧倒的に心に響きました。
つまりは、チート能力。
何この緩ゲー。
その後、【リントヴルム】の首席使徒で【リントヴルム大聖堂】のトップである法皇ティファニーと、長年【ログレス】に恩恵を与えて来た【フルドラ】達の代表としてヴォルペがスピーチを行い、大盛況の内に演説会は終了したのです。
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