第1215話。リントの同盟提案。
【ログレス】近郊【キララウス山】中腹【妖精の泉】。
【フルドラ】達が戻って来た事で、【妖精の泉】は再び清涼な水で満たされました。
これで来期【ログレス】の農業は、豊作が約束されるでしょう。
「あなたは狐に似ているからヴォルペにしましょう」
リントは【名付け】を行いました。
「はい」
ヴォルペと名付けられた【フルドラ】は返事をします。
すると幼女の姿だったヴォルペは、受肉して美しい女性の姿に変わります。
「あなたは犬似だからカーネね」
「はいっ」
カーネと名付けられた【フルドラ】は返事をしました。
同様に、カーネも受肉して幼女から女性の姿に変わります。
「あなたは猫だからガット」
「は〜い」
ガット……以下略。
「あなたは兎だからコニッリョよ」
「はい」
「あなたは狼だからルーポ」
「はい」
狐、犬、猫、兎、狼……そのままの意味ですね。
「あなたはアライグマかしら?」
「狸です」
目の周りが黒い【フルドラ】が答えます。
「あら?【フルドラ】は基本的に【獣人】に似た姿をしているのよね?」
「はい。生まれた時に、この姿を【創造主】様から与えられました」
「狸の【獣人】なんて居たかしら?」
「それは、わかりません」
狸型の【フルドラ】は首を捻りました。
「リント。絶滅していなければですが、イースト大陸には【狢猯】という人種がいます。男性は【狢】、女性は【猯】と呼び分けますので、この【フルドラ】は【猯】の姿を模しているのでしょう」
「【猯】?なら、あなたの名前はマミにしましょうか?でも種族名を、そのまま個体名にすると紛らわしいわね……」
「【タカマガハラ皇国】では、女性名には……子……という語尾を付ける習慣がありますよ」
「佐藤花子みたいな事かしら?」
「はい。グレモリーから聞いたのですか?」
「ええ。900年前、グレモリーは【タカマガハラ皇国】で佐藤花子と名乗って活動していたのでしょう?」
「ええ。佐藤花子はグレモリーのアンダー・カバーです」
アンダー・カバーとは原義では麻薬捜査などに従事する囮り捜査官が装う偽りのプロフィールの事ですが、転じて広義では素性を隠す際の偽名などの意味にもなりました。
グレモリー・グリモワールには、彼女が偽名として自称していたマジョリーナ・ストレガや、ノース大陸を中心にNPC達が勝手に呼び始めた【青衣の大魔導師】グレイ=マリー・クレイモアなど複数の異名があります。
グレモリー・グリモワールは、ダーク・サイドのロール・プレイを実践していたので、個人や社会に貢献するような善行を行う場合、それが……グレモリー・グリモワールの事績……として記録されないように、身分詐称や緘口令を敷いていました。
佐藤花子も、グレモリー・グリモワールが自称していた偽名の1つです。
「なら、あなたは……マミ子……ね」
「はい」
狸に似た姿の【フルドラ】のマミ子は返事をして、美しい大人の女性の姿に変わりました。
リントは、この【キララウス山】中腹に住み着いた【フルドラ】達と【盟約】を結んで【名付け】を行ったのです。
此処の【フルドラ】達は、麓の【獣人】コミュニティである【ログレス】の人達からローカルな信仰対象として敬われ、祈りと供物を捧げられており、反対に【フルドラ】達は【祝福】により【ログレス】の農地や牧草地の土壌を肥沃にして相利共生の関係になっていました。
事実上、当地の【フルドラ】達は、【ログレス】の【領域守護者】の役割を担っています。
【ログレス】の【獣人】達は、【リントヴルム】が【サントゥアリーオ】に引き篭もって外部との交流を閉ざしてしまった後も変わらず【リントヴルム】信仰を持ち続けていた、【リントヴルム】に対する信仰心が殊更厚い者達でした。
なので、リントは……自分の敬虔な信徒にインセンティブを与えてあげたい……と考えて、【ログレス】の守護【妖精】としての能力を高める目的で【フルドラ】達に魔力を分け与え【名付け】を行い強化しようという判断をした訳です。
【妖精】など【知性体】は、【盟約】を行い魔力を与えて【名付け】を行うとステータスがデフォルトの限界値より20%向上する設定がありました。
これは【魔人】や魔物を【調伏】した場合も同じです。
また、【知性体】の位階やレベルやステータスは、【盟約の主人】の位階やレベルやステータスに応じて向上する仕様もありました。
守護竜である【リントヴルム】は最高位の【神位】の位階を持ち、既にレベルもステータスもカンストしているので、リントの【盟約の妖精】になった【妖精】達は、モブNPCとしては最上位の【上位妖精】になっています。
【上位】を上回る位階を持つ【妖精】族は、ウルスラの【妖精女王】などの固有NPCか、カルネディアの従者となったフェリシテの【古代妖精】などが居ました。
しかし、フェリシテは私の【超神位……祝福】によって種族限界を突き抜けて位階が上がってしまった不規則存在なので、自然界には【古代妖精】などという【妖精】は生まれません。
「あなた達は人数が多いから、妾の側近として連れて行きたいのだけれど?」
リントは【上位妖精】達に言います。
「わ〜い。守護竜【リントヴルム】様の側近になれる」
「やった〜」
「凄い」
「嬉しい〜」
【上位妖精】達は姦しく喜びました。
「全員連れて行きたいのだけれど、そうすると【ログレス】に恩恵を与える個体が居なくなってしまう。今後【ログレス】は妾への信仰を担う中核都市の1つとして発展して欲しいから、あなた達にも【ログレス】で力を尽くしてもらいたいのよ。いずれ、ここの【フルドラ】の数が増えたら、また【サントゥアリーオ大聖堂】に異動して妾の側近になってもらう個体を選抜するわ」
リントは言います。
「なら、私が……」
「いや、私が……」
「私の方が……」
「いいえ、私です」
【上位妖精】達は、ティファニーの従者に立候補しました。
「公平にジャンケンで決めましょう」
「よ〜し。せ〜のっ……」
「「「「「岩、紙、鋏!」」」」」
ジャンケンの掛け声は……ジャンケン・ポン……ではないのですね。
「あ、勝った」
マミ子が勝ちます。
「なら、連れて行くのはマミ子ね」
リントは言いました。
「わ〜い」
マミ子は喜びます。
こうして、【上位妖精】のマミ子がリントの側近として仕える事になりました。
「ところで、【イスプリカ】軍のキャンプで拷問に遭っていた【ニンフ】の苦痛を【妖精通信】でキャッチした後、あなた達は如何に逃げていたのですか?」
私は素朴な好奇心で質問します。
「最近……【竜の湖】の畔が住み易そうだ……という噂を耳にしたので引っ越そうと思いましたが、彼方は既に【上位妖精】一行が移住したようでしたので、致し方なく【マグメール】の【妖精王】様を頼ろうと思い皆で南西に出発しました。すると、急に呼び戻された次第です」
狐の耳と尻尾を生やした【上位妖精】のヴォルペが答えました。
どうやら、ヴォルペがこの【妖精の泉】のリーダー格みたいです。
ヴォルペは、先程までは無邪気な子供のような喋り方でしたが、リントから【名付け】を受けて【上位妖精】に位階が上がった事で知性も上がり、理路整然とした口調で説明しました。
【竜の湖】の畔とは【サンタ・グレモリア】の事です。
私は、ミネルヴァから……最近【サンタ・グレモリア】にウルスラの配下の【妖精】が移住した……という報告を受けていました。
「なるほど。では、枯れた泉の中心にあった【転移魔法陣】は?」
「年月が過ぎて、この地が再び安全になったら戻るつもりでございました」
「【転移魔法陣】を設置出来るという事は、あなた達の中に【転移能力者】が居るのですか?」
「【転移能力者】は居ません。本拠地に設定された場所に戻る場合だけ【転移】が可能な一方通行の仕様です」
「なるほど。【チュートリアル】を受ける以前の守護竜が、神域にだけは戻れた仕様と同じ事ですね」
「そうだと思います」
「わかりました」
「【リントヴルム】様。受肉したので、出来れば雨風が凌げる家が欲しいのですが?」
ヴォルペが言います。
「なら、【ログレス】の民に社を建立させましょう。彼らは、あなた達を信仰しているから、立派な社を建ててくれる筈よ」
リントが言いました。
「ありがとうございます」
「直ぐには出来ないでしょうから、それまでは【ログレス】の聖堂で寝起きしたら如何かしら?」
「【ログレス】の聖堂とは、【リントヴルム】様の聖堂でございますよね?宜しいのですか?」
「あなた達は妾と【盟約】を結んだ従者なのだから遠慮は無用よ。妾の聖堂は自分の家だと思ってくれて差し支えないわ」
「重ね重ねの御高配、ありがとうございます」
ヴォルペは深々と頭を下げます。
【上位妖精】達も丁寧に礼を執りました。
私は、リントとティファニーと【上位妖精】達を連れて、【ログレス】に【転移】します。
・・・
【ログレス】公会議場。
私達が【ログレス】の公会議場に到着すると、長老会代表のコーデリアと長老達、【ログレス】の【リントヴルム聖堂】の聖堂長ドミティーレと聖職者達、そして公会議場の大議場に入れるだけの【ログレス】の民が跪いて迎えてくれました。
おそらく、ミネルヴァから【ログレス】の民が信仰する主祭神である【リントヴルム】が来訪する事が伝えられていたのでしょう。
私達は、コーデリア長老会代表に促されて演壇に上がりました。
「【ログレス】の民よ。妾に皆の顔を見せて下さい」
リントは言います。
公会議場に集まった聴衆は起立しました。
「【ログレス】の民よ、妾の子らよ。妾が長き憂悶の眠りにあった時も変わらず信仰を続けてくれた事に心から感謝します。今日こうして【ログレス】に足を運べた事を嬉しく思います」
リントは挨拶をします。
「「「「「うわーーっ!」」」」」
公会議場に集まった聴衆は万雷の拍手と共に熱狂しました。
ティファニーが両手を伸ばして手の平を下向きにして2度3度動かします。
すると、公会議は再び静寂に包まれました。
「先日、妾の名代として【ログレス】を訪れた湖畔の聖女グレモリー・グリモワールについては知っていると思います。グレモリーが伝えた通り、妾は【ログレス】を主権国家に準ずる自由都市として承認し、その後盾となります」
「「「「「うわーーっ!」」」」」
再び、公会議場に集まった聴衆から歓声が上がります。
また、ティファニーが……静粛に……のジェスチャーをして聴衆は静まりました。
「これは、妾からのお願いなのだけれど、【ログレス】は、グレモリーが庇護する【サンタ・グレモリア】の主導する安全保障体制に加わってもらえないかしら?これも、グレモリーから提案があったと思います。しかし、一部では……【サンタ・グレモリア】の安全保障上の庇護下に入ると【ログレス】は主権を失い【サンタ・グレモリア】の属領になってしまうのではないか?……と懸念する者も居ると聴いています。ですが、そのような事には絶対にならないと、妾が約束します。【ログレス】と【サンタ・グレモリア】の安全保障上の協力関係は完全に対等なモノで、グレモリーも【サンタ・グレモリア】も、【ログレス】に対して一方的で不当な要求を押し付けるような事は決してしませんし、妾が絶対にやらせません。妾の願いは、【ログレス】と【サンタ・グレモリア】が手を取り合い同盟都市として恒久的な友好関係を築いてくれる事です」
なるほど。
そういう経緯があったのですね。
確かに、圧倒的な軍事力を持つ【サンタ・グレモリア】から同盟に加わる事を打診されたら、【ログレス】からすると警戒するでしょう。
もしかしたら、安全保障上の措置として【サンタ・グレモリア】の艦隊や軍隊が【ログレス】に駐留して、そのまま実行支配されてしまうのではないかと危惧するかもしれません。
グレモリー・グリモワールは面倒を抱え込みたくはないでしょうから、そんな事はしないでしょうが……。
パチ……パチ……パチパチ……パチパチパチパチ……。
公会議場から拍手が起こりました。
段々と拍手は大きくなり、やがて……。
「「「「「うわーーっ!」」」」」
三度、公会議場に集まった聴衆から歓声が上がります。
ティファニーの……静粛に……のジェスチャーも3度目。
「ありがとう。もちろん、これは【ログレス】の民が話し合って決めれば良い事で、妾から強制する事はありません。また、既に妾は【ログレス】を自由都市として承認したのだから、【サンタ・グレモリア】からの同盟の提案を断っても、【サンタ・グレモリア】が【ログレス】に無体な事をする心配はないし、妾がそんな事はさせません。ただ、【ログレス】と【サンタ・グレモリア】が同盟関係になってくれたら、妾は、とても嬉しいわ」
リントは、そう言って演壇の中央を譲りました。
えっ?
次は、私?
参ったな……。
スピーチは苦手なのです。
お読み頂き、ありがとうございます。
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活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
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