第1214話。希望を持たせてから叩き落として行くスタイル。
【イスプリカ】軍……改め【ピオニエーリ】キャンプの司令部テント。
「【ピオニエーリ】旗揚げよ」
リントが号令を掛けます。
「「「「「おーーっ!」」」」」
【ピオニエーリ】のメンバーが拳を突き上げました。
「やれそうだな」
「ああ」
「どうやら飢え死にしなくて済みそうだ」
「一時は如何なるかと思ったが、何とかなりそうで良かった」
「来年には家族を呼び寄せて一緒に暮らせるぞ」
【ピオニエーリ】のメンバーは、表情も明るく皆で口々に希望や期待を口にしています。
だが、甘いですね。
もう一度、私が開拓・入植を【世界の理】違反の刑罰に科した理由を、しっかり理解させておいた方が良いでしょう。
人は、一旦希望を持たせられてから、再び絶望の淵に叩き落とされると余計に効いてしまうモノ。
そういう乱高下の落差も刑罰の内です。
一罰百戒。
骨身に染みて反省させないと、見せしめになりません。
「エルナンド。計算機はありますか?」
私は訊ねました。
「計算機ですか?誰か、すまんが、計算機を頼む……」
エルナンド・エルナンデスは、デスクの近くにいた将官に計算機を持って来させます。
「さて、人種が1日に必要なカロリーは2千Kcal程ですが、開拓・入植事業で重労働を行う【ピオニエーリ】の場合には、1日3千Kcal程は必要です。3千Kcalを計算機に打ち込み係数として立てて下さい」
私は指示しました。
「はい。打ち込みました」
司令部テントの一同は、私が何かを始めたので注目・傾聴します。
「【ピオニエーリ】は約47万人ですが、計算し易く50万人とします。人種が1日に必要な3千Kcalが50万人分なので、【ピオニエーリ】は毎日15億Kcalが必要です」
「はい」
「1年365日なら、何Kcal必要になりますか?」
「え〜と……5475億Kcalです」
「人種は生きて行く為に様々な食材からバランス良く必須栄養素を摂取しなければならない訳ですが、今回はわかり易さを優先して、熱量だけで考えます。【ピオニエーリ】が1年間に必要とする熱量は先程計算した5475億Kcalです。これを穀物だけで摂取するとします。代表的な穀物である小麦や米の単位含有熱量は、ほぼ同じで1kg当たり3千〜3千500Kcalです。計算し易くする為に3千Kcalとします。では、1年間【ピオニエーリ】が生きて行くのに小麦や米は何t必要ですか?」
「え〜……1人1日3千Kcal必要で、小麦や米の1kg当たり熱量も同じ3千Kcalだから……なるほど計算し易い。50万人なら50万kg。つまり、500tで、それを365倍すると……18万2500tです」
「はい。【ピオニエーリ】は年間18万2500tの小麦や米が必要です。現在【ピオニエーリ】が入植を考えている候補地4か所の内【バジリスク・スタッド】と【ドリーム・フォールズ】には豊富な地下水脈があり、【スポーン・オブジェクト】の【下水道】も農業用水には事欠かない。その上で【イスプリカ】は気候的に比較的温暖ですから、その3か所の入植候補地では単位収量が高い水田稲作が行えます。1haの水田で1期作で収穫出来る米は約6tです。おそらく、入植候補地の気候的に4〜5期作の作付けが可能だと思いますが、便宜上5期作として計算しましょう。1haの水田から1年間に収穫出来る米は6tかける5期作で30tです。これが小麦なら1ha当たり15t〜20t程と米より少ないのですが、小麦は水稲より農作業の労力が掛からないので、単純な収量比較は意味がありません。ただし今は、取り敢えず米だけで考えましょう」
「はい」
「1年間【ピオニエーリ】の約50万人が生きて行くのに必要な米は、先程計算してもらった18万2500tですが、この収量を得るには何haの水田が必要ですか?」
「ちょっと待って下さいね……え〜っと、18万2500割る30は、6083.3333……haって事ですね?」
因みに、6083haは東京23区最大の大田区と同じくらいの面積でした。
「つまり、大体6千haの水田があれば、【ピオニエーリ】は生きて行けますね?」
「はい」
「さあ、先程リントが示した農業に不利な環境フィールドの影響を無視する農地造成は、地下10mを掘り抜く方法論です。実際には入植候補地の環境フィールドには比較的農業に適した土壌も含まれている筈なので、全ての農地を地下10m掘り抜いて造成する必要はありません。仮に5千ha分の土地を10m掘り抜いて造成するとなると、果たして掘り抜く土砂の量はどの位になると思いますか?」
「土砂?それは想像を絶しますね……」
「1立方メートルの土砂は約2tあります。1立方メートルを地下10mまで掘り抜くと、排出される土砂は20t。1haは1万平方メートルなので、【ピオニエーリ】の入植候補地で造成しなければならない農地は5千万平方メートルで、地下10mまで掘り抜くので排出される土砂は5億立方メートル。その重量は実に100億tです」
「は、はい……」
エルナンド・エルナンデスの表情が段々と曇って来ます。
「【ピオニエーリ】は、来シーズン始めの期作までに農地造成を完了しなければいけません。シーズン最初の作付けが仮に3月1日だとするなら、期間は凡そ4か月で、120日です。20日を土作りや田植えなどの農作業に充てるとするなら、100億tの土砂を掘り抜いて農地造成作業が行える期間は100日余り。1日当たり1億tの土砂を掘り抜かなければならない。【ピオニエーリ】は約50万人なので、1人当たり毎日200tの土砂を掘り抜く必要があります。毎日4時間しか眠らずに20時間ぶっ通しで作業をすると仮定するなら、1時間10t、1分1t、6秒で100kgの土砂を掘り抜かなければいけませんね?そして、この計算では1秒も休憩出来ません。その作業をしなければ、【ピオニエーリ】の47万人が生きる為に必要な最低限の食糧さえ得られません。はたして、来年の今頃【ピオニエーリ】は何人生き延びていられるのでしょうか?」
「む、無理です……詰みです」
エルナンド・エルナンデスの顔から生気が失われて行きました。
司令部テントの一同も、毎日20時間1秒も休まずに毎分1tの土砂を掘り続けるなどという作業が到底不可能な事に気付きます。
「これは、あくまでも生きるのに必要な熱量から算出した結果に過ぎません。実際には人種は熱量だけでなくタンパク質やビタミンやミネラルなど必須栄養素を摂取しなければ死にます。ビタミンやミネラルの補給源として野菜の造成農地を増やすなら、さらに作業量は増えます。また、タンパク質の補給源として家畜を飼育する事を考えると、鶏肉1kgを生産するには4kgの穀物飼料が必要になりますし、豚肉1kgなら7kg、牛肉1kgなら11kgの穀物飼料が必要になります。穀物の必要量が増えれば、それだけ【ピオニエーリ】の作業量も増えます」
一同は、凍り付いたように動かなくなりました。
「先程あなた達は……家族を呼び寄せられる……などと余裕をかましていましたが、家族が増えれば当然作業も増えます。人数が2倍に増えるなら必要な農地も2倍、掘り抜かなければならない土砂の量も2倍です」
「……」
「まあ、取り敢えず全力でやってみて下さい。死ぬ気でやれば、もしかしたら奇跡的に何とかなるかもしれませんので……」
【ピオニエーリ】の指導部は、全員絶望的な表情に変わります。
「やるしかないわよ。工兵隊の重機や、輜重隊の輸送車両や、地盤発破用の爆薬……など、軍隊のリソースをフル稼働して全力でやれば、もしかしたら何とかなるかもしれないじゃない。ほら、行動あるのみよ。早速、47万人に方針を伝えて入植候補地に移動して作業を始めないと【ピオニエーリ】は全滅するわよ」
リントが発破を掛けました。
「中隊長格以上の士官を全員広い場所に集合させて、今のノヒト様の御説明を伝えろっ!危機感を共有して意思統一しなけりゃならない。急げっ!参謀本部は、早速作業スケジュールとシフトの策定を始める」
エルナンド・エルナンデスが血相を変えて命令します。
司令部テントの一同は、ガタガタッと立ち上がって、テントの外に駆け出して行きました。
「エルナンド。私は【世界の理】に反した【ピオニエーリ】を助けるつもりはありませんが、本当に死ぬ気で働いて努力している姿を見せれば、ウエスト大陸の守護竜で、あなた達の主祭神のリントは助けてくれるかもしれません。【リントヴルム】は慈愛を司る女神ですからね」
私は言います。
「本当に死ぬ気でやっている姿を見れば、助けるかもしれないわ。取り敢えず、【バジリスク・スタッド】と【ドリーム・フォールズ】の攻略は、今夜の内に妾がやっておいてあげる」
リントは言いました。
「ぜ、全力を尽くします……」
エルナンド・エルナンデスは顔面蒼白になって言います。
「さてと、リント。まだ夕食には早いので、私は【ログレス】から去ってしまった【フルドラ】の捜索をしようかと思います」
「なら、妾も付き合うわ」
「では、行きましょう。エルナンド、私もリントも【ピオニエーリ】の必死の働きぶりを、いつも見ていますからね」
「はっ!」
エルナンド・エルナンデスは敬礼しました。
「宜しい。この【自動人形】・シグニチャー・エディション達は、あなたの秘書として置いて行きます。活用しなさい」
「ありがとうございます」
私はリントとティファニーと一緒に【転移】します。
・・・
【ログレス】近郊【キララウス山】中腹。
私達は【妖精の泉】の場所に降り立ちました。
「完全に泉が枯れてしまっているわね?」
リントは訊ねます。
「はい。ただ、微かに【フルドラ】達の魔力の残渣を感じます」
「妾には全く感じないわ」
「まあ、私の【魔力探知】はゲームマスター権限ですので、感度が違いますからね」
「ところで、ノヒト。さっきのあれは脅しよね?」
「あれとは?」
「あれよ、絶対に不可能なミッションを与えて……出来なければ生き残れない……って脅かし付けて、【ピオニエーリ】を絶望させたけれど、本当は助けてあげるつもりなんでしょう?」
「ええ、致し方ありません。私から刑罰を科された【ピオニエーリ】47万人の中には……人種差別……などという軽微な【世界の理】違反者もいます。もちろん、人種差別は絶対にあってはならない事ですが、だからといって……人種差別思想を持つ者は全員死刑……というのは余りにも厳し過ぎます。そういう比較の問題で【世界の理】違反が軽微な者達を一律で飢え死させるのは、さすがに過剰な刑罰です。なので、彼らが死に物狂いで懸命に働いて、それでも作業が間に合わないなら、その時は手を貸します。しかし……どうせ間に合わないんだから……と不貞腐れたり、不真面目で投げやりな態度を見せるようなら見捨てますよ。間に合うか如何かは関係ありません。仮にスケジュール的に、あるいは労力的に余裕を持って納期に間に合う作業量だとするなら、そんなモノは単なる日常の仕事です。また、間に合わなくても死にはしないような代償が軽いモノであっても刑罰としては緩過ぎます。彼らは神が裁定した刑罰を受けているのです。必死で働いても間に合いそうもない無茶苦茶な労苦を強制せられ、納期に間に合わなければ死ぬ。だから刑罰として成立するのです」
「天は自ら助る者を助く……の精神ね?」
「はい」
「妾が庇護するウエスト大陸の民の為に色々と考えてくれて、どうもありがとう」
「これも仕事ですよ」
「……おや?あれは何かしら?」
リントが枯れた泉の中心を指差しました。
「【魔法陣】のようですね?高度な隠蔽が施されているので、【神格者】でなければ見付けられないでしょう」
「【転移魔法陣】かしら?」
「そのようですね……起動してみますか」
「危険はないかしら?ソフィアお姉様みたいに、異界に飛ばされて閉じ込められたりしたら……」
「これは出力側ですから、私達が何処かに飛ばされる心配はありませんよ」
私は【転移魔法陣】に魔力を流します。
おっと、結構な量の魔力がゴッソリ持って行かれました。
5千万単位……実に守護竜の魔力量の半分に相当します。
まあ、私は魔力が無限なので、幾ら消費しても全く魔力量が減らないのですけれどね。
すると……。
「……ひゃっ!何?」
誰かが……ポンッ……と【強制転移】して来ました。
【強制転移】して来たのは、狐耳と狐の尻尾を生やした【妖精】……【フルドラ】です。
「【フルドラ】ね」
リントが言いました。
「わっ!?誰?」
狐型の【フルドラ】は、警戒感を露にします。
「ウエスト大陸の守護竜【リントヴルム】よ」
リントは名乗りました。
「【リントヴルム】様?えっ、本物だ」
「で、彼が【調停者の首座】のノヒト・ナカ。こっちが妾の首席使徒のティファニーよ。【ログレス】の民から……あなた達【フルドラ】が消えてしまった……と聞いて、泉を調べに来たの」
「そうでございましたか。私共は【妖精通信】で近くに居る同族の悲痛な叫びが聞こえたので、この地を捨てて逃げる事にしたのですが……」
「もう心配はありません。この近くで酷い拷問を受けていた【ニンフ】は、傷と心をすっかり癒し【ワールド・コア・ルーム】に保護しました」
「【調停者】様の御神域で保護されたなら安心ですね。なら、もう危険は去ったのですね?」
「はい。あなた達が害される危険は当面ありません。なので以前この泉で暮らしていた【フルドラ】達に戻って来てもらう訳にはいかないでしょうか?」
「わかりました。【リントヴルム】様と【調停者の首座】様が揃って私共の為に足をお運び下さり、危険の源を取り去って下さったのですから、喜んで戻らせて頂きます。みんな〜、もう大丈夫だよ〜」
狐の【フルドラ】は言います。
すると……。
「「「「「わ〜いっ!」」」」」
犬、猫、兎、狸……などなど様々な【獣人】に似た【フルドラ】達が……ポンッポンッ……と【転移】で出現しました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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