第1213話。開拓団、旗揚げ。
【イスプリカ】軍キャンプの司令部テント。
開拓団の戦略会議は続いていました。
私とリントには色々と言いたい事もありますが、質問をされたり裁可を求められたりしなければ、取り敢えず黙って開拓団の会議の行方を見守っています。
既に、私とリントから開拓団の目的や基本方針などグランド・デザインは示してありました。
今は具体的方針を詰めて行く段階。
話し合われているのは、自分達の生死に関する事柄なのですから、先ずは自分達で決めるべきしょう。
「有望な入植候補地は4か所……とはいえ、槍食い【バジリスク】の巣と【スポーン・オブジェクト】が3か所。いずれにしても簡単ではない。ノヒト様の御指示に従うなら、あと最低6か所の入植候補地を探さなければならない」
エルナンド・エルナンデスは難しい顔で考え込みました。
「別に10か所が確定ではありませんよ。10個軍団に分けたのは、乾燥して土地が痩せている【イスプリカ】では1か所の入植地で47万人を全員食べさせるだけの生産力がある土地が見付からないだろうと考えたからです。また、あなた達は急造開拓団で、本来は軍隊です。軍隊は1個師団で各兵科、工兵、偵察、通信、補給、憲兵、軍医・衛生……と、一応は独立した作戦遂行能力を有していますが、開拓団として定住してコミュニティを維持・発展させるにはギリギリの師団では心許ないだろうと考えて、軍団単位にしました。なので、開拓団の編成は個別の状況を勘案して増減しても、もちろん構いませんよ」
「私もノヒト様の見解に同意します。【イスプリカ】で大きな人口を支えられる生産力を持つ土地は、既存の都市があります。それ以外の未開地に開拓村や入植地を築くなら、47万人規模の食料自給が可能な土地は中々見付からないでしょう。必然的に、小・中規模の開拓団に分かれて入植せざるを得ません」
地質学博士号を持つイノセンシオが言います。
「ならば、やはり10か所程度は入植候補地を探さなければならない訳か……。となれば、先程イノセンシオが言ったように、ある程度平らで耕作可能な環境フィールドを1つ1つ調べてみるしかないな。しかし、そんな効率が悪い一か八かのようなやり方では、どのくらいの期間が掛かるか……。既に我々は【イスプリカ】から独立した開拓団だ。今後【イスプリカ】の皇帝や各選帝侯から補給が受けられないとすると、兵糧は半年しか保たない。来年の春先までに47万人を食わせる分の作付けを行わないと、来年には開拓団は飢えるぞ」
エルナンド・エルナンデスは、眉間にシワを寄せて言いました。
「この開拓団の戦力なら魔物を狩って十分な肉を得られるだろう?飢える程ではあるまい?」
【アマゾネス】の女王ヒッポリュテーが疑問を呈します。
「47万人が全員【アマゾネス】のような遊牧民になるなら、確かに短期的には飢えません。しかし、このキャンプには【アマゾネス】と違って遊牧生活には向かない連中もいます。そういう者達は開拓村を築き定住して農耕をする必要があります。また、確かに私達は、現状それなりに魔物への対抗力は持っていますが、武器・弾薬・燃料の補給がなければ、いずれ継戦能力を喪失します。【イスプリカ】から独立した私達を、【イスプリカ】は裏切者の敵だと考えるでしょうから、今後【イスプリカ】からの補給は期待出来ない。とするなら、継戦能力を維持するには武器・弾薬・燃料を他国から買って調達する必要があります。それを買う原資が必要です。魔物の狩をすれば魔物の素材を売れますが、先程言ったように、それをするなら私達は獲物を追って遊牧生活をしなければならない。しかし、それは難しい。なので、兵糧・武器・弾薬・燃料が保つ間に、入植を完了して農業や畜産を始めて、農作物や畜産物を売って兵糧・武器・弾薬・燃料を買う原資としなければ開拓団は滅びます」
「なるほど、そうか」
「なので、入植候補地を早く見付けなければいけません」
「今まで入植候補地として挙がった場所は、入植出来ないと言われた【クレオール王国】の勢力圏を除けば、【シエラ】と【ルシタニア】ばかりだが、他の選帝侯領にも未開地はあるだろう。【アラゴニア】と【アストリア】と【イスポリス】皇帝領から、2か所ずつ候補地を見付ければ、一応10か所の数は揃うが?」
「それは地政学的リスクがあって難しいですね。まず今【アラゴニア】は【クレオール王国】とバチバチに殴り合っていて、とてもじゃないが危なくて入植なんか出来ませんよ」
「スライマーナ公……いや、スライマーナ女王は存外に話が通じるぞ。我ら【アマゾネス】は、スライマーナ女王から、【クレオール王国】内での通行と狩猟の許可を貰っている。開拓団も【クレオール王国】とは敵対する意図はないと意思表示して同盟を結ぶか、それが無理なら不可侵の約定を取り交わしては如何か?」
「時々遊牧して来て、国内の魔物を適宜狩って間引いてくれて、魔物の素材を対価に物資補給の為に【クレオール王国】の商品を買ってくれる【アマゾネス】は、言わば良い旅行客ですから歓迎されます。【アラゴニア】は、先頃謀反が起きて選帝侯が討たれました。亡くなった選帝侯の正妃と侯子は、【クレオール王国】に亡命して保護されています。【クレオール王国】は、その前選帝侯の侯子を……錦の御旗……として押し立てて【アラゴニア】と戦う大義名分を得ています。【クレオール王国】は【アラゴニア】を攻め取って、前選帝侯の侯子を選帝侯に即位させ傀儡にして、【アラゴニア】全域の完全な支配を確立するつもりなのでしょう。そんな【アラゴニア】領内に私達開拓団がノコノコ入って行って入植地を築けば、【クレオール王国】から如何思われるでしょうか?もちろん歓迎されないでしょうね」
「では【アストリア】は如何なのだ?」
「あそこは、【オペッハ・ペルディーダ】という裏社会の組織が実質的に支配している選帝侯領です。選帝侯自身も【オペッハ・ペルディーダ】の傀儡に過ぎません。【アストリア】は【イスプリカ】で一番経済的に潤っている選帝侯領ですから、雇われるなら金払いが良くて悪くありませんが、侵入して入植地を築くのは止めた方が良い。【オペッハ・ペルディーダ】を敵に回すのは利口じゃありませんよ」
「残るは、皇帝領の【イスポリス】か?」
「巷では……【イスポリス】に居る皇帝は馬鹿だ……という噂ですが、問題は皇帝の後盾に居る連中です。竜神と呼ばれる【古代竜】達と、竜神教会の聖職者達とは敵対するべきじゃないと思いますね。【古代竜】が強大な戦闘力を持つのは自明ですが、竜神教会の聖職者にもファティマ・フエンテス司祭様のような方々が複数いらっしゃるんですから」
「必然的に、【シエラ】と【ルシタニア】から入植候補地を選ばざるを得ない訳か?」
「そういう事です」
「では、行き詰まってしまったな?」
「そうですね……」
会議は停滞します。
そして、テントに居る一同が一斉に私の方を見ました。
これは助け舟を欲しがっている視線でしょうね。
ただし、ここに居るメンバーは【世界の理】違反で私から刑罰を与えられている者達でした。
例えば、北米サーバー(【魔界】)の問題ならば、ルシフェル以下【世界の理】違反者の刑罰であると同時に北米サーバー(【魔界】)の復興と、無辜の民である現地NPCは庇護も行わなくてはならないので、私やミネルヴァからアドバイスもしますが、この開拓団47万人は全員【世界の理】違反者なので、ゲームマスターの立場として甘やかす理由はありません。
とはいえ、開拓団のメンバーの【世界の理】違反にも、重大なモノと軽微なモノとグラデーションがある事も事実。
軽微な【世界の理】違反者を、飢餓に遭わせる程に苛めるのは、程度問題として厳し過ぎるという考え方もあるでしょう。
さて、如何しましょうかね?
「リント。私は【世界の理】違反を取り締まるゲームマスターの立場として、この開拓団を簡単に助けてしまうのは、癪に触ります。しかし、あなたの立場はウエスト大陸の民を庇護する守護竜ですから、私とは異なる考え方を持っている筈です。なので、私は、リントが開拓団に助ける事を邪魔しません」
「ノヒト。ありがとう」
リントは頭を下げてお礼を言いました。
リントは、開拓団に助言したくても、【世界の理】違反の処断モードになっている私に気を使って黙っていたのでしょう。
「【リントヴルム】様。我々が直面する問題の解決策があるのですか?」
エルナンド・エルナンデスは訊ねました。
「もちろん、あるわよ。あなた達が直面している問題は……【イスプリカ】の環境フィールドが農業に適さない赤土の土壌である【荒野】や【不毛の地】が多くて有望な入植候補地を見付けるのが困難な事……に帰結するのよね?」
リントが訊ねます。
「はい」
エルナンド・エルナンデスが頷きました。
「なら、環境フィールドの影響が及ばない場所で農業を行えば良いのではなくて?」
どうやらリントは解決策に気が付いているようです。
まあ、【リントヴルム】はウエスト大陸の【領域守護者】なのですから当然ですが……。
「環境フィールドの影響が及ばない場所とは?」
エルナンド・エルナンデスは身を乗り出して訊ねました。
「地下あるいは、空中よ。環境フィールドの影響は、堆積物の厚みによって例外はあるけれども、概ね表土層から地下10m程の地層で顕著に現れる。つまり、【イスプリカ】に多い赤土の【荒野】や【不毛の地】の地下を10m掘れば、農業に不適な環境フィールドの影響は無視してしまえる。もちろん、地下は農業に有利ではない。堆積物がない地下の地質は基本的に植物の培地になる土壌はないのだから、土を移植して肥料を打って農業に向いた土作りを0から始めなければならないから莫大な労力を要する。それに、掘り下げた面積が狭ければ日照が悪いし、掘り下げた深さが浅くて土層が薄ければ水捌けが悪いという問題もあるわ。でも、土作りが上手く行けば、【荒野】や【不毛の地】より農業に適した畑が出来るわよ」
「地下……なるほど。しかし、そんな巨大なプロジェクトが我々に出来るでしょうか?我々は軍隊で、農業は素人です」
エルナンド・エルナンデスは不安気に訊ねます。
「出来るか出来ないかではなく、やるのよ。それが出来なければ、あなた達は飢え死ぬだけなのだから。国土の大半を植物が全く育たない【大砂漠】が占める【イスタール帝国】は、現在【イスプリカ】より農業収量が多いわ。【イスタール帝国】は、砂漠の地下深くを岩盤層まで掘り抜いて、国家事業として地下に巨大な【水耕栽培工場】を建造し大量の農作物を生産しているからよ。太陽光が届かない地下深くで、固い岩盤層を掘って、大規模で高度な生産インフラである【水耕栽培工場】を建造した【イスタール帝国】の労力と比べて、あなた達開拓団は、【イスタール帝国】のように完全な地下空間で農業をする訳ではなく、高々地下10m程度を掘り下げれば良いだけ。海抜が低いから染み出す地下水の排水などは大変かもしれないけれど、露地農業が出来て太陽光は普通に畑に照るのよ。この程度の工事が出来ないなら、【イスタール帝国】の民に馬鹿にされるわ」
リントは、私が想定した入植事業と同じ計画を話しました。
例として【イスタール帝国】を持ち出した事も、私の考えと全く同じだったので、もしかしたらミネルヴァがスピーチ・ライターとして、リントが話す内容をプロデュースしていたのかもしれません。
「「「「「……」」」」」
司令部のテントの中は静まり返ります。
彼らは、私が与えた【世界の理】違反に対する刑罰の意味を、今漸く理解したのでしょうね。
単に入植候補地を見付けて、開拓村を築いて終わりではありません。
彼らに科された刑罰は、余りにも危険で途方もない労力を要する大事業なのです。
しかし、かつて【イスタール帝国】の民が成し遂げた驚嘆すべき巨大国家プロジェクトに比べたら、この開拓団の入植事業なんか臍で茶を沸かすくらい楽勝ですよ。
実は、【神格者】であるリントならば、47万人の開拓団を助けられる具体的な方法論を提示出来ました。
【リントヴルム】を始めとする【神格者】は環境フィールドの改変が可能。
開拓団が入植する場所の環境フィールドを、リントが【神格者】の能力で農業に適したフィールドに改変してしまえば良いのです。
しかし、リントは開拓団に環境フィールドを変えられる事を黙っていました。
環境フィールドの改変を行わない理由は、第一義的に、この47万人が【世界の理】に違反した刑罰として私から開拓事業を命じられているからです。
リントが農業に適した環境フィールドを彼らに与えてしまっては、刑罰になりませんからね。
しかし、守護竜は、刑罰などには関係なく余程の事情がなければ自分が管轄する大陸の環境フィールドを変えませんし、変えたいとも考えません。
何故なら、原則として【創造主】が……そう在れ……として創った環境フィールドは、当該地の【領域守護者】である守護竜と言えども、簡単に変えてはならないという不文律……つまり、ゲームの世界観があるからです。
例外は【創造主】の許可あるいは運営のプログラムとして……環境フィールドを変えろ……という指示を受けた時には、その限りではありません。
【神竜】が、耕作不可能の森林フィールドを肥沃な農地に変えたソフィア農場は?
あれは、私の【名付け】によってソフィアとなる以前の【神竜】が【創造主】から特別に許可されてフィールド改変を行い農地に造成したのです。
厳密には……そういう史実として世界の公式設定に記されている……香り付け情報ですが……。
基本的に、【神格者】が持つ環境フィールドの改変能力は、【神格者】が自由に環境フィールドを変えて良い力ではなく、何らかの理由で破壊されてしまった環境を元の状態に戻す目的で付与されている権能でした。
サウス大陸奪還作戦の後、サウス大陸の守護竜たる【ファヴニール】が、私の【粒子崩壊】によって完全に破壊された環境フィールドに大地の祝福を行って原状回復したようにです。
「死ぬ気でやりなさい。あなた達が必死さを見せてくれるなら、【バジリスク・スタッド】の【バジリスク】の巣と、【ドリーム・フォールズ】の【サキュバス】は妾が何とかしておくわ」
リントは言いました。
あ〜、そっちも助けてあげるのですか?
リントは優しいですね。
私は【世界の理】違反者を、そこまで甘やかしてあげませんよ。
「誠ですか!?」
エルナンド・エルナンデスは言います。
「ええ。妾なら【バジリスク】の群の殲滅も【サキュバス】の討伐も簡単に終わるわ」
「エルナンド。これは、入植事業を何とかやれるのではないか?」
ヒッポリュテーが言いました。
「やれる……やれますよっ!」
エルナンド・エルナンデスは力強く同意します。
「「「「「お〜……」」」」」
司令部テントに期待の声が広がりました。
「……で、あなた達の呼称は如何するのかしら?」
リントが訊ねます。
「呼称ですか?特に何も考えておりませんが……」
エルナンド・エルナンデスが訊ね返しました。
「そうね……ノヒト、何か適当な名称を考えてくれないかしら?」
リントが無茶振りをします。
「私が考えるのですか?」
私はネーミング・センスが死亡しているのですが?
「だって、こういう時ソフィアお姉様なら、ノヒトに決めてもらうじゃない?験担ぎよ」
「じゃあ、【ピオニエーリ】で」
「【開拓団】って、そのままね……」
「そうですが、何か?」
「まあ、良いわ。【ピオニエーリ】旗揚げよ」
「「「「「おーーっ!」」」」」
【ピオニエーリ】のメンバーが拳を突き上げました。
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