第1212話。入植地の選定。
【イスプリカ】軍キャンプの司令部テント。
このキャンプに居る開拓事業に役立ちそうな知識と技術を持つ者達が司令部のテントに呼集されました。
参謀士官のイノセンシオは地質学博士号持ち、輜重隊の士官フアンは農学博士号持ち、その他数名が集合します。
私は、その場で彼らを原隊から引き抜いて、開拓団のリーダーに就任したエルナンド・エルナンデス付きの幕僚に任命しました。
「……未だ未開地で、地質学的に農業に適した場所という事なら、候補地は幾つかあります。地図はありますでしょうか?」
イノセンシオは言います。
水源や地形などが詳しく書き込まれた軍用の地図がテーブルに広げられました。
「この【バジリスク・スタッド】と【ドリーム・フォールズ】には、【ルピナス山脈】を水源とする地下水脈があり、水が豊富です。ここに井戸を掘れば大規模な灌漑農業が行えます。土壌改良を行う必要はありますが、幸い両地から程近い【ルピナス山脈】の麓に広がる森の土壌は比較的肥沃なので、土を運んで移植する方法で、ある程度の土壌改良が行えます。足りない分は化学肥料を使います」
イノセンシオは説明します。
「単純な疑問だが、そのような有用な土地が何故未開地のままなのだ?」
エルナンド・エルナンデスは訊ねました。
「【バジリスク・スタッド】は【バジリスク】の巣で、【ドリーム・フォールズ】は【サキュバス】の住処になっていますので、手が出せません」
「ああ、【バジリスク・スタッド】の主は、あの……槍食い……か?」
エルナンド・エルナンデスが呟きます。
「はい」
「槍食いとは?」
私は質問しました。
「あ、はい。【シエラ】の辺境には太古の昔から有名な【バジリスク】が住み着き、繁殖して数を増やしています。その群のボスが……槍食い……という異名を取る化け物で、相当知恵が回る厄介な奴なんです。その昔【イスプリカ】では最強と謳われた名うての冒険者クランが、その【バジリスク】の討伐を試みて返り討ちに遭い全滅しました。その際に【神の遺物】の投げ槍で一矢報いたのですが、急所を外して【バジリスク】は致命を免れました。その【神の遺物】の槍が【バジリスク】の口の中から上顎を貫通して突き刺さったままになっています。その様子が槍を食っているように見えるので……槍食いの【バジリスク】……と呼ばれています」
「なるほど。話の腰を折ってすみません。続けて下さい」
「はい。……つまり、この開拓団の総力を挙げれば制圧は可能という訳か……」
エルナンド・エルナンデスは難しい顔で呟きます。
「はい」
イノセンシオが同意しました。
「キアヌ。このキャンプの全軍で、槍食いの巣を制圧する場合の損耗予想はどの位だ?」
エルナンド・エルナンデスはキアヌに訊ねました。
キアヌは、後から呼集された参謀士官で、彼の【職種】は【戦術家】です。
「榴弾砲による飽和攻撃から、戦車を前面に押し出して連中のヘイトを集めておき、トドメは【アマゾネス】騎兵による後背からの突撃……。全体の損耗は3割。【アマゾネス】の半壊を覚悟すれば、何とか制圧は可能です。【砲艦】隊の近接航空支援があれば、もう少し損耗を抑えられますが、あれは東部戦線の防衛に張り付いていて動かせません」
東部戦線とは、ノート・エインヘリヤルが庇護する【クレオール王国】方面でしょうね。
「いや、このキャンプは、もはや【イスプリカ】からは独立した開拓団だ。皇帝直属の【砲艦】隊は元よりアテには出来ない。私達だけのリソースで戦う事が大前提だ。3割……15万は損耗が大き過ぎるな……」
エルナンド・エルナンデスは考え込みました。
「飛空船なら、このキャンプにも数十隻はあるだろう。航空支援が必要ならば、あれを使えば良いではないか?」
エスピリディオン・ルシタニアが言います。
「あれは、弾着観測艇なんで、高威力の武装が積めないんですよ。【バジリスク】を爆撃で殺すなら地中貫通爆弾が必要ですが、あれは重量オーバーです。弾着観測艇に積める無誘導対戦車ロケットくらいじゃ【超位級】の【バジリスク】は死にませんし、誘導ミサイルじゃなきゃ、よっぽど近接から撃たなけりゃ簡単に避けられます。でも、近接すれば【バジリスク】の【石化】や【毒ブレス】の射程に入って、強力な【防御】や【魔法障壁】や気密装甲や空気浄化ギミックがない弾着観測艇なんか瞬殺ですよ」
「そうなのか……」
「【バジリスク】を1頭ずつ釣り出して叩けないのか?」
【アマゾネス】のヒッポリュテー女王が訊ねました。
「槍食いは、数百年生きて相当知恵が回ります。少々【挑発】したくらいじゃ、群の統制が小揺るぎもしませんね」
「ふむ。厄介だな……」
「取り敢えず、槍食いは保留だ。もう1か所の【ドリーム・フォールズ】の【サキュバス】ってのは【スポーン・オブジェクト】か?」
「はい」
イノセンシオは頷きます。
「戦闘力という意味の強度は、槍食いの巣より下がるが、【スポーン・オブジェクト】の攻略では味方の打撃力も封殺されるから、結局は厳しい戦いになる事には変わりないな。むしろ、強力な【魅了】を持つ【サキュバス】が守る【スポーン・オブジェクト】に入ると、私の配下の幹部クラスや【アマゾネス】でなければ【抵抗】出来ずにカモになるのがオチだ」
「如何いう事だ?」
エスピリディオン・ルシタニアが訊ねました。
「【スポーン・オブジェクト】の建物や地下構造物は、外部からは破壊出来ません。狭くて入り組んだ【スポーン・オブジェクト】の内部には大砲や戦車は持ち込めないんで、歩兵戦力だけで戦う事になります。【スポーン・オブジェクト】は基本的に冒険者パーティのような個体戦闘力に優れた少数精鋭で攻略する事を前提とした造りで、軍隊が大軍で戦うのに向いていないんです」
「なるほど……」
チーフ……【ドリーム・フォールズ】の【スポーン・オブジェクト】とは【古代遺構】です。
ミネルヴァが【念話】で補足情報を伝えます。
【古代遺構】とは【超位級】の【スポーン・オブジェクト】でした。
「イノセンシオ。他の入植候補地はないか?」
エルナンド・エルナンデスが訊ねます。
「もちろん【イスプリカ】全土を調べれば、地理的・地質的に農業に向いた未開地はあるでしょうが、私が知る限りは、今の2か所だけです。ローラー作戦で、ある程度の広さがある平らな土地の地質を1つ1つ調べるしかありません」
イノセンシオは答えました。
「わかった。フアンは如何だ?入植候補地に思い当たる場所はないか?」
「私が修めた学問は農法の研究なので、入植適地などは存じません」
フアンは首を振ります。
「そうか……」
「お役に立てず申し訳ありません」
「いや。フアンの知識は入植した後に生きる。期待しているぞ」
「微力を尽くします」
「エルナンド将軍。露地農業に拘らなければ、食料あるいは開拓団の収入源になりそうな茸を確保出来るかもしれないアテがありますよ。それから別に農業用水に使えそうな水源のアテもあります」
リオネルが挙手して発言しました。
リオネルは、先程呼集された士官で、入植候補地捜索に役立ちそうな【マッパー】です。
「それは何処だ?」
エルナンド・エルナンデスが訊ねました。
「さっきの【スポーン・オブジェクト】の話で思い出しました。1つは【ルピナス山脈】の麓の、この辺りに【スポーン・オブジェクト】の【廃坑】があります。この【廃坑】の坑道には大量の茸の魔物が【スポーン】し群生しているそうです」
リオネルは説明します。
「食用か?」
「はい。【歩き茸】です。【歩き茸】は大変に美味らしく珍重され、貴族連中が大金を叩いて買うそうです。それから薬の材料や錬金素材にもなるので、売れば良い稼ぎになります」
「それは是非とも開拓団で確保したいな」
「問題は【廃坑】には【不死者】が湧きます」
「【不死者】か……」
「はい。この【廃坑】の【守護者】は、さっきの【サキャバス】よりは弱いので、攻略自体は比較的簡単ですが、【守護者】を討伐してしまうと【スポーン・オブジェクト】自体も消滅してしまいます。我々の目的は【スポーン・オブジェクト】の攻略ではなく、【歩き茸】を継続的に狩って食料や収入源を確保する事ですので、【廃坑】の【守護者】を倒さずに【スポーン・オブジェクト】を保全・管理しなければいけません。【不死者】の攻撃を防ぎながら、【歩き茸】を継続的に狩るのが果たして費用対効果的に如何かという問題があります」
「確かに……。だが、有益な情報だ。開拓にも金が掛かるからな。一応、その【廃坑】は開拓団で管理する方向で考えよう。もう1つの水源確保が可能な場所とやらも【スポーン・オブジェクト】か?」
「はい。【スポーン・オブジェクト】の【下水道】があります。場所は、この辺りです。この【下水道】は自然の地下水脈とは無関係に絶えず水が流れています。つまり、この水は無限に汲み上げられます。取水量は莫大なので、給水の【魔法装置】より遥かに有用です」
「それは利水には持って来いだな?」
【スポーン・オブジェクト】に水が流れていたり溜まっている場合、周辺環境からは独立して無限に湧き出していました。
なので、そういう【スポーン・オブジェクト】の水は、水源として利用される場合があります。
実際に広大な砂漠地帯で年間降水量が極めて少ない【イスタール帝国】では、【スポーン・オブジェクト】の【地下水路】などを攻略せず【守護者】を封印するなどの方法で保全・維持して水源に利用していました。
また、【イスタール帝国】にある【地下都市】の【モ・グーラ】では、巨大な水源【地底湖】という【スポーン・オブジェクト】に隣接して建造されているので、数百万人が生活可能なのです。
「ちょっと待て。下水などを農業用水に使って平気なのか?」
エスピリディオン・ルシタニアが訊ねました。
「【下水道】というのは【スポーン・オブジェクト】の名称であって、本当に下水や汚水が流れている訳じゃありません。そのまま飲料水に出来るような清浄な水ではありませんが、とはいえ汚染の度合いは自然の池などと変わりませんので農業用水としては全く問題ない水です」
リオネルは答えます。
「そうか」
「あのう、エスピリディオン様。申し訳ないんですが、あんたは暫く黙ってて貰えませんかね?私は【調停者】ノヒト様から開拓団の代表に任命されて、このキャンプの47万人の生命と生活に責任があります。無礼を承知で申し上げますが、これは、お貴族様の坊ちゃんの遊びじゃないんですよ」
エルナンド・エルナンデスは、先程から無知を披瀝して会議の進行を妨げているエスピリディオン・ルシタニアに苦言を呈しました。
「なっ!無礼なっ!私は【ルシタニア】選帝侯の後継者であるぞっ!」
エスピリディオン・ルシタニアは色を作して言います。
「それが何か?このキャンプの47万人は、【調停者】ノヒト様の裁定により【世界の理】違反の刑罰で開拓団に変わっています。つまり、あんたも、もう【ルシタニア】選帝侯の世継ぎでも貴族でも何でもありませんよ。そして、私はノヒト様から開拓団の代表に任命された。今の私は、あんたより上席の筈ですがね?」
「貴様っ!」
エスピリディオン・ルシタニアは剣の柄に手を掛けました。
ゴンッ!
「喧しい」
【アマゾネス】の女王ヒッポリュテーが、エスピリディオン・ルシタニアの延髄に手刀を打ち込みます。
「ぐへっ!」
エスピリディオン・ルシタニアは気絶して倒れました。
「ヒッポリュテー陛下。ありがとうございます」
エルナンド・エルナンデスは礼を言います。
「気にするな。このバカな貴族は、以前から気に入らなかったのだ。この私に……妾にならないか?……などと誘って来おってな。以前は一応同盟関係の【イスプリカ】の選帝侯の子倅だという事で我慢していたが、もう我慢は必要あるまい」
ヒッポリュテーは言いました。
「ええ。この馬鹿は、開拓団の指導部からは外して無役の一般労働者にしてしまいましょう。ノヒト様、それで宜しいですか?」
「開拓団の編成はエルナンドに任せます」
「わかりました。誰か、このボンボンの武装を解除して営倉にブチ込んでおけ」
エスピリディオン・ルシタニアは意識がないまま、司令部のテントから連れ出されます。
「で、リオネル。【下水道】の【敵性個体】は何だかわかるか?」
エルナンド・エルナンデスは訊ねました。
「ボス個体はわかりませんが、【眷属】は【蟲】系ですね」
リオネルは答えます。
「【蟲】なら【不死者】よりは与し易いか……。いずれにしても、農業用水の確保の方が優先度は高い。【下水道】を【廃坑】より先に管理下に置くべきだな」
一同は頷きました。
「エルナンド将軍。私も入植候補地に心当たりがある」
ヒッポリュテーが言います。
「そうですか。場所は何処でしょう?」
エルナンド・エルナンデスは訊ねました。
「少し遠いが【ガスコーニア】北西の肥沃な土地が広がる丘陵で手付かずの未開地だ。【神話の時代】に英雄達が切り開いた大農場があった場所らしい。英雄大消失後、暫くして魔物の【襲撃】に遭って滅びたが、今も農場の建物や井戸などは残っている。あれを改修すれば、直ぐにでも入植が出来ると思うぞ」
「【ガスコーニア】ですか?」
「そうだ」
「そこへの入植は無理です。国境の向こう側で【ガレリア共和国】……いや、新しく出来た【クレオール王国】の勢力圏ですからね」
「我ら【アマゾネス】は国家に帰属せぬから、国境には拘らないのだが、ダメか?」
「ダメですね。この辺りは、その内【クレオール王国】が農地として開発するでしょう。【クレオール王国】には、とんでもない戦闘力の【蜘蛛人】が味方しているそうですから、敵対と取られかねない行動は止めておいた方が得策です」
「そうか」
【クレオール王国】の【蜘蛛人】とは、ノート・エインヘリヤルの筆頭従者のルナ・ピエーナの事ですね。
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