第1211話。リントは喜ぶ。
【イスプリカ】軍キャンプの司令部テント。
「ところで、エルナンド。あなたの目の傷は強力な【呪詛】によるモノですね?」
私は訊ねました。
私は、このキャンプ全体に【完全治癒】と【完全回復】を掛けています。
しかし、エルナンド・エルナンデスの目と顔の傷は残ったままでした。
つまり、エルナンド・エルナンデスの傷は、私が行使した【超位超絶級】の【完全治癒】を上回る【呪詛】によって負った傷という事です。
そもそも【呪詛】は【治癒】が効き難いので、【解呪】系の魔法や【能力】やアイテムでなければ、位階で上回るか莫大な魔力を注ぎ込む力技に頼るかしないと治療が出来ません。
そんな強力な【呪詛】を行使出来るのは、ユーザーがいない現在の世界では、グレモリー・グリモワールとノート・エインヘリヤル、【神格者】、トリニティ、トリニティの種族である【エキドナ】と【モルモー】と【エンプーサ】と【デルピュネー】の4大【徘徊者】くらいでしょう。
私は単純な好奇心から訊ねずにはいられませんでした。
【神位】の【完全治癒】なら【神位】未満の【呪詛】を治せますし、【超神位】の【完全治癒】なら【創造主の魔法】未満の【呪詛】を治せる仕様ですが、【神位】や【超神位】の【完全治癒】を行使すると、少しだけ寿命が伸びたりなど余計な効果も付いてしまいます。
私は【世界の理】違反者である、このキャンプに居る47万人に、そのようなインセンティブを与えたくなかったので、【超位超絶級】の【完全治癒】に留めていました。
「仰る通りです。これは、身の程も弁えず意気がっていた冒険者時代に、【冒険者ギルド】の注意喚起を無視して【ア・ズライグ・ゴッホ遺跡】の61階に足を踏み入れてしまい、突然【遭遇】した【魔人】から受けた【呪詛】です」
「ほう、つまり【エキドナ】、【モルモー】、【エンプーサ】、【デルピュネー】の誰かですね。誰でしたか?」
「その【魔人】の種族までは、寡聞にして存じません」
「この中だと、どれですか?」
私は魔法で空中に4大【徘徊者】の立体映像を投影して訊ねます。
「この【魔人】だったかと……」
エルナンド・エルナンデスは指を差しました。
あ〜……。
エルナンド・エルナンデスが示したのは【エキドナ】。
つまり、昔のヤンチャだった頃のトリニティです。
「しかし、【エキドナ】と【遭遇】して良く生き残れましたね?」
エルナンド・エルナンデスのスペックでは、【エキドナ】から逃げ果せるとは思えません。
「私のクランのメンバーは一瞬にして全滅。1人だけ辛うじて即死を免れた私は……嫁の腹に赤ん坊がいるから、何とか生命ばかりは助けて欲しい……と平伏して泣いて命乞いをしました。しばらくして頭を上げると、もう【魔人】は居ませんでした。私は、あの【魔人】に情けを掛けられたので、以後冒険者稼業からは足を洗ってフリーランスの傭兵に転職した訳です」
【遺跡】の【徘徊者】と【遭遇】しても、命乞いをすれば見逃してもらえる可能性があるのですね。
そんな設定は初めて知りました。
【神の遺物】の【自動人形】は経験によって個体差が生まれるので、当然【遺跡】の【徘徊者】にも個体差生じるのでしょうが……。
この場の様子は、私が遮断していないので【共有アクセス権】を通じてトリニティも見られます。
トリニティ……エルナンドは、こう言っていますが?
私は【念話】で訊ねました。
覚えています。
トリニティは【念話】で答えます。
妊娠中の奥さんの為に平伏して命乞いしたエルナンドを見逃してあげるだなんて、トリニティは情け深いですね。
私は【念話】で評しました。
特に意味はありません……単なる気紛れです。
トリニティは【念話】で言います。
とはいえ、私はエルナンド・エルナンデスの評価を1段上げました。
絶望的な状況でも諦めず、何とか局面を打開しようとして、下らないプライドを捨てて平伏して懇願してみせたのは、今後開拓団を率いて行くリーダーの姿勢として悪くありません。
「……余談はさて置き。あなた達に開拓団として【イスプリカ】の未開地に入植してもらう事は決定事項です。そして、大前提として、【世界の理】、国際法、【イスプリカ】の法律、公序良俗、倫理、公衆衛生、社会通念、その他一般常識を遵守して下さい。今言った順番で優先順位が高いと考えて貰って差し支えありません。つまり、あなた達は【世界の理】や国際法に反する【イスプリカ】の国内法に従う義務は全くありません」
一同は頷きます。
「ノヒト様。議事を記録しなくても宜しいのでしょうか?」
エルナンド・エルナンデスが訊ねました。
「世界の管理【神格】であるミネルヴァがリアル・タイムでサーベイランスして完全に記憶していますので必要ありません」
「了解しました」
「ノヒト様。私も質問して宜しいでしょうか?」
【ルシタニア】選帝侯の長男であるエスピリディオンが挙手して言います。
「何ですか?」
「私は【ルシタニア】の選帝侯の後継者に指名されています。このまま私が帰らないと、父や領国の臣民に混乱が起きます」
「あ、そう。だから何ですか?」
「あの、一旦領国に帰って事情を説明してから、再呼集して頂く訳には参りませんか?」
「却下します。【ルシタニア】の問題は【ルシタニア】に残っている者達に任せなさい。それに、いずれ【世界の理】に反して奴隷性を採用している【イスプリカ】は、私が滅ぼして国体を変更します。その際に【ルシタニア】が現状維持されるかもわかりません。【イスプリカ】は、選帝侯の後継者など無意味になる共和制に国体が変わる可能性もあります。なので、時期が早いか遅いかの問題で、どちらにしろ将来【イスプリカ】に混乱は起きますので、あなたが【ルシタニア】に帰っても帰らなくても大勢に影響はありません」
「……わかりました」
「それから今エスピリディオンが言ったような、愚にも付かない個人的な要望は、私が開拓団の代表に任命したエルナンドに書面で提出して下さい。エルナンドは、それがゲームマスターである私が対応すべき問題か如何か考えて、私が対応する必要がないなら、エルナンドが対応しなさい。開拓団の運営に関係する意見・質問はしても構いません」
一同は頷きました。
「さてと、ある程度開拓団の方針を決めておきたいと思います。取り敢えず、47万人の総力を挙げて【イスプリカ】の未開地に10か所程度の開拓村や入植地を順番に建築してもらいますが、最終的には各5万人規模の軍団単位に分かれて、別々の開拓村に入植してもらう予定です。男性が圧倒的に多いので、開拓村や入植地の運営が始まった後に、女性入植希望者を募集して受け入れる方向性で考えています。開拓師団の編成は、成人して独立する前の子供を含む家族が同居する事、それから様々な職能を持つ者が偏りなく分かれる事が望ましい事は当然として、細かな編成は、エルナンドに一任します。エルナンドは様々な意見を汲み上げて方針案を決定し、ミネルヴァに裁可を仰ぎなさい」
「わかりました」
エルナンド・エルナンデスは頷きます。
「編成に限らず、開拓村と入植地の運営について、私が全ては決めません。あなた達で方針案を出して、ミネルヴァの裁可を仰ぎなさい。ただし、私は将来的には開拓村や入植地は、それぞれ民主的な地方議会を開設する方向性を望みます。その地方議会の上に開拓団全てをカバーする連邦議会のようなモノがあっても良いでしょう」
一同は頷きました。
「ここまでで何か意見や質問はありますか?」
「私が統治する【フォルテア】辺境伯領も開拓団に参加して構いませんか?」
近郊にある【フォルテア】の領主フォンシエ・フォルテア辺境伯が挙手して訊ねます。
「私も同じ事を質問しようと思っていました」
同じく【ガリンド】の領主ガスパル・ガリンド辺境伯も言いました。
「それは既存の領地と領民が挙って開拓団に加わるという意味ですか?」
「「はい」」
フォンシエ・フォルテアとガスパル・ガリンドが頷きます。
「却下します。このキャンプに従軍している者の家族を呼び寄せるのは構いませんが、既存の人種生存圏はそのまま維持した上で、更に未開地を切り拓く事に意味と意義がある開拓事業だと考えて下さい。それは辺境伯領に限らず、選帝侯領でも皇帝直轄領でも同じ事です」
「「わかりました」」
「他には?」
「私からも1つある」
【アマゾネス】の女王ヒッポリュテーが挙手しました。
「何ですか?」
「我々【アマゾネス】は種族的に定住には向かない。なので、私と配下の【アマゾネス】5千騎は、平時においては10か所の開拓村や入植地に分かれて駐屯・巡回して魔物の狩や、周辺の哨戒任務や、開拓村や入植地の治安維持活動に当り、戦時においては攻撃を受けた開拓村や入植地に援軍として駆け付けて戦うという方式にしてもらいたい。その任務の対価として、開拓村や入植地から食料や物資、それから種などをもらいたい」
「基本的には、そういう方向で構いません。詳細はエルナンドと相談して下さい」
「ありがとう」
ヒッポリュテーは頭を下げます。
「種は何に使うので?【アマゾネス】は農耕はしないのでは?」
フォンシエ・フォルテアが、ヒッポリュテーに訊ねました。
「オホンッ。フォンシエ伯……ヒッポリュテー女王陛下が仰る種とは、つまり繁殖相手という意味だ。【アマゾネス】は女しか産まんから、繁殖する為には別種族の男が必要だ」
エルナンド・エルナンデスが説明します。
「なるほど……」
フォンシエ・フォルテアは罰が悪そうに頷きました。
「我々【アマゾネス】には婚姻や特定の相手と番になるという習慣がない。だから、【アマゾネス】に種をくれるのは、別に妻帯者の男でも構わん。もちろん、その男の妻が許せばだが……。しかし、妻帯者の男でも娼館に行く者はいるのだから如何という事はないだろう。減るモノではあるまい?」
ヒッポリュテーは言います。
「まあ、我々開拓団の安全保障と治安維持を担って貰える【アマゾネス】の戦力維持に必要な措置ですので、何とか都合を付けましょう」
エルナンド・エルナンデスは言いました。
「余り贅沢を言うつもりはないが、希望を言うなら若く壮健で屈強な男であれば良い。【アマゾネス】の子供は、皆【アマゾネス】として生まれるから種族は問わぬ」
「善処しましょう」
エルナンド・エルナンデスは苦笑します。
その後も、質疑応答が続きました。
私だけではなく、ウエスト大陸の守護竜【リントヴルム】も公式見解や私見を交えて解答します。
・・・
やがて議論は煮詰まりました。
「では、具体的な方針に移りましょう。基本的には、エルナンドが皆の意見を汲み取って方針案を決め、ミネルヴァに裁可を仰ぐという事に尽きるのですが、開拓の核心部分だけは、この場で決めておきたいと考えます。つまり、農業や畜産など開拓の根幹を支える産業について、現場レベルでの具体的な方針という事です。え〜っと、このキャンプに居る者で、農業・畜産業の専門家や、【イスプリカ】特有の農業・畜産の事情について詳しい者は居ませんか?」
私は質問しました。
「確か参謀士官のイノセンシオは、地質学の博士号持ちの筈です」
後ろの方でベンチに座っていた将官の1人が挙手して言います。
「それなら、輜重隊の士官フアンは農学博士ですよ」
また別の将官が言いました。
「なら、ここに呼んで下さい」
「ファティマ様が居れば……」
誰かが呟きます。
「ファティマとは?」
「あ、はい。ファティマ・フエンテス様は、竜神教会から従軍司祭として派遣された方で、【地の精霊女王】の【マグナ・マーテル】様の御加護をお持ちです。あの御方が居れば、農業には役立つ筈です」
竜神教会とは、【イスプリカ】が国教に定めている名持ちの【古代竜】を信仰する教団でした。
竜神と言っても、【古代竜】は【神格者】ではありませんし、もちろん【神竜】のソフィアとも無関係です。
「なるほど。確かに【地の精霊女王】の【マグナ・マーテル】と【盟約】を結んでいるなら農業には役立ちますね。呼んで下さい」
「今はいらっしゃいません。【調停者】ノヒト様がファティマ様を【天界】に昇天させてしまわれましたので……」
「つまり、私が【シエーロ】に輸送した3万人の内の1人ですか?」
「はい」
「あ、そう。それなら致し方ありませんね。この【イスプリカ】開拓団の事業は、【世界の理】違反に対する刑罰です。【シエーロ】に送った3万人は【世界の理】に違反していなかったので、【リントヴルム】の庇護下に置かれ【サントゥアリーオ】国民になります。あなた達は、あの3万人の事をアテにしないで下さい」
一同は頷きました。
「ノヒト。そんな凄い人材が居るの?」
リントが目を輝かせて言います。
「ファティマ・フエンテスは、私が【シエーロ】に連れて行きました。【イスプリカ】が国教として信仰している竜神信仰教会は、実在する【古代竜】に祈っているので、【世界の理】的にローカル信仰という判定をされています。【ガレリア共和国】の精霊信仰教会や【ブリリア王国】の妖精信仰教会のように偽教や邪教とは判定されていません。なので、【世界の理】的にペナルティが掛からず、結果的に竜神信仰教会には相応に優秀な人材が居る事が、ミネルヴァのサーベイランスで判明しています」
「そのファティマ・フエンテスは、妾の聖堂の聖職者として引き抜いても構わないかしら?」
「もちろん。彼女はウエスト大陸の民なのですからリントの好きにして構いません。あと、件の3万人の中で私から見て目ぼしい人材は、エビータ・エスパルテロという、このキャンプの軍医・衛生部門の責任者だった将官がいますよ」
「そっちも貰うわ」
「ご自由にどうぞ」
「やった〜っ!」
リントは両手で拳を握りました。
そんなに喜ぶ事ですか?
まあ、【リントヴルム聖堂】は再建の途上ですので人材不足なのかもしれませんが……。
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