第1205話。【フルドラ】。
【ログレス公会議場】。
公会議場には長老会なる【ログレス】の指導者達が集まっていました。
当初の予定でミネルヴァがアポイントを取った2時間前から、ずっと待っていたそうです。
長老会のメンバーには老齢個体の【獣人】だけではなく、若い【獣人】もいました。
長老会というのは年老いているという意味ではなく、元来は公職や聖職に就いている者への敬称というニュアンスを含む……老……の語用なのでしょう。
【ドラゴニーア】の元老院、【ユグドラシル連邦】の大老君、【タカマガハラ皇国】の老中なども同様の意味の名称でした。
「お待たせして申し訳ありません」
私は謝罪します。
【ログレス】の長老会には、ミネルヴァから……不測の事態(【ゴライアス帝国】の姫バーガンディアによるアポなし仕官と、その父皇帝ユルドルムによる謝罪)が起きた為、予定が押しているので遅れる……との連絡が伝わっていたようですが、こちらの都合で相手を待たせたら当然謝らなければいけません。
「いいえ。とんでもない事でございます。私共は、【リントヴルム】様の敬虔な信徒。主祭神たる【リントヴルム】様より……【ログレス】の問題を【創造主】様の御使たる【調停者の首座】のノヒト・ナカ様が解決する為、直々に動いて下さる……との御神託を賜りました。神をお待ち申し上げる為に、2時間掛かろうと2か月掛かろうと不服など毛頭ございません。喜んでお待ち申し上げます」
【ログレス】長老会のコーデリア代表は、恐縮して言いました。
こちらの世界では、そういう常識なのですよね……。
ウエスト大陸は、守護竜の【リントヴルム】が長らく引き篭もっていた所為で、【リントヴルム】に対する信仰が薄れ、各国で【リントヴルム】以外の偽神やカルトが幅を利かせ権勢を振るっていましたが、この【ログレス】では【リントヴルム】信仰が受け継がれていたのだとか。
とはいえ、【ログレス】の【リントヴルム聖堂】には【リントヴルム】の神託を直接受けられるような高位の聖職者がいなかったので、コーデリア長老会代表が言う……神託……とは【スマホ】でリントと話したという意味でした。
【スマホ】は、先んじて【ログレス】を訪問したグレモリー・グリモワールが連絡の為にコーデリア長老会代表に渡したモノだそうです。
今後【ログレス】の【リントヴルム聖堂】は正式に【サントゥアリーオ】の【リントヴルム大聖堂】の支部扱いになるのだとか。
そうなれば、【ログレス】の【リントヴルム聖堂】にも高位の聖職者が生まれて、【リントヴルム】からの本物の神託を受けられるようになるでしょう。
「リントからは……【ログレス】の問題は、隣国【イスプリカ】が攻め込んで来るかもしれない事と、【イスプリカ】との国境地帯に住み着いていた【妖精】が姿を消した事……だと訊いていますが?」
「はい。【イスプリカ】が侵攻を企図している問題は、【リントヴルム】様や、湖畔の聖女グレモリー・グリモワール様が守って下さるそうですので特段心配はしておりません。また、我らも個体戦闘力では【イスプリカ】の弱兵如きに遅れを取らないだけの武力を有しておりますし、いざとなれば我らと友好的な【キララウス山】山頂に住む【領域守護者】である【サンダー・バード】様の元に逃げ込む伝もございます。問題なのは【フルドラ】様達が居なくなってしまわれた事です。【ログレス】近郊の【キララウス山】の中腹には太古の昔から【フルドラ】様達が住み着き、その【祝福】により【ログレス】は農作物の実り豊かな土地でございました。しかし、今年の収穫祭の折、【フルドラ】様達が住む泉に供物を届けに向かった所、【フルドラ】様達が居なくなっておりました。これは、我らにとって死活問題。しばらくは食糧の備蓄がございますが、このまま【フルドラ】様達がお戻りにならないと、来年以降【フルドラ】様の【祝福】が受けられず、農産物の実りが減り【ログレス】の将来が危ぶまれます」
コーデリア長老会代表は言いました。
【サンダー・バード】は【フェニックス】と近似する鳥類の魔物です。
【サンダー・バード】も【フェニックス】も魔物ではありますが、【スポーン】して一定期間を過ぎた個体は中立化し人種を餌とは認識しません。
また、【サンダー・バード】も【フェニックス】も広い縄張りを持ち、縄張りに侵入する魔物を狩るので、結果的に近郊の人種コミュニティを魔物から守っているかのように振る舞います。
更には、長い年月を生きた【サンダー・バード】や【フェニックス】は人語を解して人種と意思疎通をしたり、場合によっては何らかの取引で人種コミュニティを守る事すらありました。
なので、【サンダー・バード】や【フェニックス】は、人種から【聖鳥】などと呼ばれます。
【フルドラ】とは【妖精】の一種で、受肉すると人種の【獣人】に似た背格好や姿をしています。
大概は美しい女性や、愛くるしい幼女の姿をしていて、犬や猫や兎や狐のような耳と尻尾を持っていました。
受肉した【フルドラ】は、一見すると【獣人】と区別が付きませんが、【鑑定】すると【フルドラ】と表示され識別可能です。
【ログレス】は【獣人】ばかりのコミュニティだったので、【フルドラ】とは相性が良かったのでしょうね。
「【フルドラ】などの【妖精】が住処を去る原因は、何者かに直接的な危害を加えられたとか、生息地が汚染されたとか、あるいは生息地周辺の魔力が人のネガティブな思念などによって性質変化を来たし瘴気が満ちてしまった可能性が考えられます。何か心当たりは?」
「特段ございません。我ら【ログレス】の者は、幼い子供の頃から【フルドラ】様達の恩恵に浴している事を言い聴かされて育ちますので、決して【フルドラ】様達を粗略に扱うような真似は致しません。今年の農作物の収量も作柄も例年通りの豊作で、収穫祭の折にも【フルドラ】様達は姿を見せませんでしたが、泉は枯れておりませんでしたので、【フルドラ】様達が去って間もないと思われます。また、泉に瘴気が滞留しているような兆候もありませんでした」
「【ログレス】の収穫祭はいつですか?」
「去る10月1日の事でございます」
「だとするなら、その直前までは【フルドラ】が居たと考えて差し支えありませんね……」
「はい」
「わかりました。取り敢えず【妖精の泉】の様子を見に行ってみましょう」
チーフ……【妖精の泉】に【キー・ホール】を待機させています。
ミネルヴァが【念話】で報告します。
ありがとう。
私は【念話】で礼を言いました。
「では、私達もお供致します。ドミティーレ聖堂長も御同行願います」
コーデリア長老会代表は言います。
「わかりました」
【ログレス】にある【リントヴルム聖堂】の聖職者達の責任者だというドミティーレ聖堂長が頷きました。
「【妖精の泉】には【転移】で向かいますので、亜空間適応を調べます」
「畏まりました」
コーデリア長老会代表は了解します。
私は、コーデリア長老会代表と、ドミティーレ聖堂長の亜空間適応を調べました。
問題なし。
「あ〜、先に農地と牧草地の土壌を調べた方が良いですね」
「土壌ですか?」
「はい。元来の環境フィールドによって、【フルドラ】など【妖精】の【祝福】の影響の大きさが変わって来ますので」
「なるほど。では、ご案内致します」
【妖精】の【祝福】がなくなっても、直ぐに土壌の性質が悪くなる訳ではありません。
【妖精】の【祝福】は、土地の肥沃度を上げるギミックなので、それが失われてもマイナスになる訳ではなく、プラスされていた分が0になるというだけの事。
また、【妖精】の【祝福】の影響は、しばらくは継続します。
そもそも、日本サーバー(【地上界】)は余程土壌が悪くない限り、基本的には農業がイージー・モードですしね。
しかし、【フルドラ】の【祝福】による恩恵がなければ、【ログレス】の農産物収量は、次回の作付け分から減る事は確実でした。
【ログレス】の農業計画は、【フルドラ】の【祝福】によるプラス分を含めて皮算用されている筈です。
だとするなら、農産物収量が減る事を見積るならば、当然商品作物や家畜に与える飼料作物などの作付けを減らし、食糧作物の作付けを増やすなど農業計画を見直さなければ食糧不足が起きるかもしれません。
【ログレス】の生活水準は低下しますし、作付け変更を失敗すれば【ログレス】は将来的に10万人の人口を維持出来なくなる事も考えられました。
問題なのは、ウエスト大陸の南部は比較的赤土の肥沃度が低い環境フィールドが多い事です。
【ログレス】の農地や牧草地が、肥沃度が低い赤土層の影響を受けていて、それを【フルドラ】の【祝福】でバランスしていたとするなら、【フルドラ】の【祝福】の効果がなくなれば、【ログレス】の農地や牧草地が、【荒野】や【不毛の地】などに変わる可能性もない訳ではありません。
【荒野】は土地が痩せているので、適宜肥料などを打って土壌改良しなければ農業には向きませんし、【不毛の地】は更に大規模な灌漑なども行う必要があります。
そうなると【ログレス】の農業は大変な事になるでしょうね。
ウエスト大陸南方国家【イスプリカ】が、ゲーム時代に海洋国家だったのも、内陸部に【荒野】や【不毛の地】が多く広がり農業国ではなかったからなのです。
調べた所、やはり【ログレス】の農地の一部は、本来の環境フィールドが【荒野】でした。
【フルドラ】の【祝福】がなければ、先々【荒野】での農業は難しくなるでしょう。
肥料を打てば農業は可能ですが、今までよりリソースもコストも余計に掛かる事になりますからね。
・・・
【ログレス】南東。
【ブリリア王国】と【イスプリカ】の国境地帯。
【妖精の泉】。
私達は、【ログレス】郊外の山林にある【フルドラ】達の住処である【妖精の泉】にやって来ました。
【妖精の泉】が人里離れた場所ではなく【ログレス】が一望出来る【キララウス山】の中腹に開けた高台にある事から、【ログレス】の住民が【フルドラ】を大切に扱い、【フルドラ】達も【ログレス】の住民達を信用していた事が伺えます。
「枯れてしまっていますね……」
【妖精の泉】は、すっかり干上がっていました。
「な、何と……」
コーデリア長老会代表は絶句します。
個体差はありますが、【妖精】族は、概して無邪気で好奇心旺盛で享楽的で気紛れな種族なので、短期的に住処を離れて他所に遊びに行ってしまう例が割と良くありました。
しかし、遊びに飽きれば住処に戻って来る筈です。
なので、一時的な留守であれば、【妖精の泉】が完全に枯れてしまうような事にはなりません。
しかし、この【フルドラ】の【妖精の泉】は完全に干枯らびてしまっていました。
これは、一時的な留守ではなく、【フルドラ】達が生息地を捨てたという事を意味しています。
「何が起きているのでしょうか?」
ドミティーレ聖堂長は慄然として訊ねました。
チーフ……ユグドラによると、【ログレス】から【妖精】が姿を消した原因は、【イスプリカ】軍による策略のようです。
ミネルヴァが【念話】で報告します。
如何いう事ですか?
私は【念話】で訊ねました。
私も、たった今【キー・ホール】で確認しました……国境地帯に展開する【イスプリカ】軍は、【ブリリア王国】に侵攻する為、国境の警備が手薄な【ログレス渓谷】を通り抜けようと考えました……しかし、【ログレス渓谷】には【フルドラ】達による【幻影】があり、害意ある者は道に迷って通り抜けられません……従って、【イスプリカ】軍は【幻影】の源を絶つ為に【ログレス】の【フルドラ】達を排除しようと考え、非道な策略を用いました……【イスプリカ】軍は【ニンフ】を捕らえ拘束し、日夜激しい拷問を続けています……【ニンフ】の激しい苦痛が、思念によって近くに生息していた同族の【フルドラ】達にも伝わり、結果【フルドラ】達は逃げてしまったのだと思われます。
ミネルヴァが【念話】で報告します。
一口に【妖精】と云っても、種類は沢山ありました。
カルネディアの【盟約の妖精】であるフェリシテや、ソフィアの【盟約の妖精】ウルスラ、ウルスラの従者であるキアラのような手の平に乗る程の大きさで背中に蜻蛉や蝶の翅を生やした【妖精】や【妖精】が一般的で数が最も多いです。
【妖精】や【妖精】は基本的に発光する【霊体】の状態で暮らしていますが、位階が高くなると自ら魔力コストを支払い自力受肉したり、【盟約の妖精】となる際に主人から魔力を貰って受肉する事が出来ました。
【ニンフ】や【ファータ】は【人】や【エルフ】に似た背格好や姿をしていますし、【フルドラ】は【獣人】に似た背格好や姿をしています。
珍しい種類では、【樹人】族に似た姿形をした【妖精】の【スプリガン】なども居ました。
【ニンフ】や【ファータ】や【フルドラ】や【スプリガン】は、【妖精】や【妖精】よりも受肉し易くなっています。
受肉して【物質的肉体】を持った【妖精】は、傷付けられれば血を流し、痛みも感じました。
しかし、【妖精】などの【知性体】は、自分の意思で任意に受肉状態の【物質的肉体】と、【霊体】の状態を切り替える事が可能です。
【イスプリカ】軍に拘束され拷問を受けている【ニンフ】は、何故【霊体】の状態になって逃げ出さないのでしょうか?
逃げ出せないとするなら?
【ニンフ】を【盟約の妖精】にしている主人が……逃げるな……という【命令強要】を行使している可能性は、理屈の上ではあり得ますが……。
その場合、【パス】を通じて主人も【盟約の妖精】である【ニンフ】と思念や感覚を共有していますので、【盟約の妖精】である【ニンフ】を拷問すれば、主人も拷問の苦痛を共有する事になります。
そんな狂気の沙汰を主人が自ら実行するとは到底思えません。
蓋然性が高いのは、【イスプリカ】軍が主人も一緒に拘束して……言う事を聞かないと殺す……などと脅迫し、主人に【盟約の妖精】である【ニンフ】に……逃げるな……という【命令強要】を行使させている方法です。
人倫に悖る非道な行為ですね。
本来【世界の理】に反して奴隷制を敷く【イスプリカ】への対処は、【魔界】平定戦後という予定でしたが、現在私の近くで非道な拷問により苦痛を受けている人種と【ニンフ】が居るとするなら、私は、それを……優先順位が低い……などと言って見て見ぬふりは出来ません。
それを合理主義に従って放置するくらいなら、始めからゲームマスターは私のような人間ではなく、人工知能にやらせておけば良いのですから。
「如何やら、元凶は国境地帯にいる【イスプリカ】軍の仕業のようですね。彼らは、捕らえた【ニンフ】を痛め付けて、その思念を【妖精通信】で周囲一帯の【妖精】達に受信させる策によって、此処の【フルドラ】達を追い払ったようです」
「古来より【妖精】族は、神々の忠実な召使いでございます。【妖精】は人種にとって敬うべき対象であり、また大いなる恩恵を与えて下さる有難い存在です。その高貴なる【妖精】族を戦争の道具に使い、剰え故意に痛め付けるなど……何と愚かなっ!」
ドミティーレ聖堂長が憤激します。
「【イスプリカ】の奴らめ……」
コーデリア長老会代表も怒り心頭という様子。
「これは喫緊に対応を要する案件ですので、私が対処します。皆さんは一旦【ログレス】に送ります」
「あっ……ノヒト様……」
コーデリア長老会代表が、私を見て青褪めました。
たぶん私は恐ろしい顔をしているのでしょうね。
もちろん私は怒っていますよ。
戦争に大義などを求めると負ける……と言った戦略家が居ましたが、それは神が居ない地球の常識。
神が実在する世界では、例外なく陰惨で背理的な戦争においても、超えてはならない一線というモノがあるのではないでしょうか?
少なくとも、私はゲームマスターとして、そう考えています。
私は、コーデリア長老会代表とドミティーレ聖堂長を【ログレス】に送った後、改めてミネルヴァが【イスプリカ】軍の陣営の中に送り込んでいる【スパイ・ドローン】の【キー・ホール】に向かって【転移】しました。
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