1204話。獣人コミュニティ【ログレス】。
【ドラキュラ城】の広間。
【シエーロ】の【巨人】自治領域である【ゴライアス帝国】の皇帝ユルドルム・ゴライアスは、娘バーガンディアがミネルヴァからの通達を破って、私に対してアポなしの仕官をしようとした顛末で謝罪に来ました。
私としては、二度と同じ違反を繰り返さない事を条件に今回だけは取り立てて問題にはしないと伝えています。
「ほお、【調停者】ノヒト様の家来になれるオーディションならば、【巨人】の力自慢は皆挑みたいと考えるでしょうな」
ユルドルム帝は言いました。
「で、そのオーディションで不合格になったら、諦められる?」
グレモリー・グリモワールは訊ねます。
「諦められるか如何かはわかりませんが、チャンスが与えられれば、力及ばず不合格となっても結果を受け止め納得する事は出来るでしょう。それで納得しない未練がましい者は、そもそも最高神【創造主】様の御使で在らせられるノヒト様の家来を志す資格自体がございません」
「一応言っておきますが、ユルドルム帝のように【知の回廊の人工知能】とルシフェルに従って、【世界の理】違反を犯し現在刑罰に服している者達は、参加資格はありませんよ」
私は釘を刺しました。
同じ理屈で言えば、ガブリエルもゲームマスター本部に加わる資格がない事になりますが、彼女は仕官して来た訳ではなく、トリニティの要望で強制転属させられています。
基本的に、私やミネルヴァがスカウトする人材に上記の原則は適用されません。
「それは、もちろん理解しております。我らは【調停者】ノヒト様から、数々の【世界の理】違反を贖う刑罰を仰せつかっている身でございます。自らの立場と責任は十分に弁えております」
ユルドルム帝は平伏して言います。
ならば良し。
「私は、天帝にもルシフェル様にも仕えていなかったから刑罰を受けている身ではない。だから武道大会に参加出来る。絶対に優勝してみせるよ」
バーガンディアは拳を握って言いました。
「うむ。刑罰に服していない【巨人】族の若い世代の中では、バーガンディアは最強の一角。優勝する可能性は大いにあるな」
ユルドルム帝は頷きます。
確かにバーガンディアの戦闘ステータスは相当に高いので、武道大会ルールなら戦い方によっては勝ち筋はあるでしょうね。
【巨人】族は、強大な近接戦闘力を誇りますが、魔法が使えないので遠隔戦闘は、やや苦手にしています。
それから、概して【巨人】族は、種族的性質により、戦略・戦術、あるいは罠などへの対応が得意ではない傾向がありました。
また、真正面から正々堂々戦う事を美徳とする【巨人】族は戦略・戦術を駆使したりする事を卑怯と考える風潮があり、相手を騙したり【罠】を使うなどという事は以ての外と嫌悪・忌避します。
そういう【巨人】の良くも悪くも潔さを重んじる性質を逆手に取れば、呆気なく倒せてしまう場合もありました。
しかし、武道大会ルールでは、事前に魔法の発動を保留しておいたり、予め【闘技場】に【罠】を仕掛けておいたり、心理戦や駆け引き以上の何らかの準備を要する戦略や戦術は取れません。
そして、武道大会では対戦相手と10m程度の近距離で向き合った状態から試合が始まります。
そういう準近接から始まる平場の試合なら、【巨人】は強さを存分に発揮出来ました。
もしかしたら本当にバーガンディアが決勝に勝ち残る可能性もない訳ではありません。
もちろん、試合には対戦相手が居るので、組み合わせ運や相性などによっては、バーガンディアが予選1回戦で長所を封殺されコロッと負ける可能性もあります。
こればかりは、やってみなければわかりません。
「ところで、ユルドルム帝。【ゴライアス帝国】の現状は如何ですか?」
私は質問しました。
【ゴライアス帝国】については、ミネルヴァのサーベイランスや、自治領域【ゴライアス帝国】の事実上の宗主である【シエーロ】の【天使】コミュニティのリーダーである天使長ミカエルからの報告によって、ある程度内情を掴んでいますが、当事者の意見を直接聞く事で、また違った視点が加わり新しい発見が得られるかもしれません。
「問題ありません。我ら【巨人】にとっての普遍的課題である食糧問題が、ノヒト様とミネルヴァ様のお力添えで完全に解決した事で、現状【巨人】族は900年前と同程度の安定した状況にあります。これにより、我ら【巨人】族は日々の糧を確保する事に汲々としなくて良くなり、10年、100年という中長期的な計画を立てる事が可能になっております。産児制限も撤廃され、来年には多くの子供達が生まれるでしょう。これは喜ばしい事です」
ユルドルム帝は言います。
「それは、何よりです」
【シエーロ】の【巨人】は、【天使】と仲が悪い……という設定がありました。
【天使】と【巨人】の対立の経緯は、(ゲーム会社が創作した公式設定としての)歴史では色々と背景情報が語られていますが、決定的な理由はありません。
端的に言うなら……そういう世界観をゲーム会社が創ったから……です。
【巨人】族は農耕や牧畜の能力に大きな【下方補正】が掛かりました。
従って、【巨人】族が食糧を自給する為の唯一と言って良い方法論は、無限に湧く魔物を狩って糧とする事です。
実際、日本サーバー(【地上界】)の【巨人】の国【ヨトゥンヘイム】では、その方法で食糧を自給していました。
ただし、【シエーロ】では特定の領域以外に魔物が【スポーン】しません。
それらの魔物が【スポーン】する【シエーロ】の【スポーン・エリア】の大半は、【天使】が統治管理する領域にありました。
ゲーム時代の【巨人】族は、ユーザーが高額で雇える最高の傭兵として期間契約を結び、言わば出稼ぎをして、その契約金で食糧を買っていたのです。
しかし、ユーザー消失と、その後の【知の回廊の人工知能】の暴走によって、【巨人】族が生業とした傭兵業のビジネス・スキームは破綻しました。
なので、ユーザー消失以後の【巨人】 族は、度々飢餓に見舞われています。
飢餓対策として【巨人】族が行ったのが、口減らし。
つまり、老人や病人などが【天使】領域に攻め込んで討伐される事による計画的集団自殺によって食糧需要を強制的に下げる悲壮な施策でした。
そんな事をしなくても、【巨人】が【天使】と和睦して【天使】コミュニティから食糧を輸入する政策を採れば良かったのでしょうが、それは、ゲーム会社が設定した……【天使】と【巨人】の対立構図の世界観……があった為に中々難しい事だったようです。
「大戦以来、我らは【天使】と同盟関係にあります。我らは兵力と肉体労働力を【天使】側に提供する見返りで、【天使】から食糧を得る協力関係で相利共生を図って来ました。ただし、【天使】側の食糧生産にも限度があった為に彼らから供給される食糧は、毎年総量が厳格に定められていて増やす事が出来ず、我らは計画的産児制限を行う事で人口増加を抑制しなければなりませんでした。産児制限は、それ以前から【天使】側も行っていたので、致し方ない事でした。しかし、ノヒト様が【ドゥーム】から大量の食糧や物資を提供して下さる事になり産児制限を撤廃出来ました。ノヒト様は正に我ら【巨人】族の救世神。感謝してもしきれません」
【巨人】が大戦と呼ぶ、【シエーロ】で行われた【巨人】と【天使】による最終戦争は、【天使】側からは巨人戦争と呼ばれていました。
巨人戦争は、【巨人】と【天使】のシンプルな種族間戦争ではなく、【巨人】族が【天使】側と反【天使】側に分かれて戦った複雑な構図の戦争だったのだとか。
巨人戦争が、【天使】と、【天使】に味方した【巨人】連合軍側の完全勝利で終わって以来、【天使】と【巨人】は同盟を結んでいます。
同盟締結以後【ゴライアス帝国】では、【天使】コミュニティの農業・畜産事業組織が大規模で集約的な農業と畜産を行い、その生産物の一部が【ゴライアス帝国】に税や地代という形で納められていました。
【シエーロ】は基本的に豊かな土壌なので、農業に【下方修正】が掛かる【巨人】でなければ、普通に農業を行えば大きな収穫が期待出来るのです。
しかし、【天使】コミュニティは、北米サーバー(【魔界】)への大規模な派兵と対魔物戦争での兵站を維持する為に、大量の補給物資を必要としたので、【天使】と【巨人】が産児制限を行い人口増加をコントロールしなければならない程、食糧を始めとする、あらゆる物資の生産が払底していたのだとか。
「今後も【ドゥーム】からの食糧支援は必要な量を供給しますが、【ゴライアス帝国】としても産業振興を行って将来的には自活する道を目指して下さい。基本的には、【魔界】平定戦が終了した後、【巨人】は北米サーバー(【魔界】)で魔物の狩猟や、対魔物防衛、土木工事などに尽力してもらう事になるでしょう」
「はっ!」
「さてと、ユルドルム帝、バーガンディア。もう帰って結構です。私もグレモリーも忙しいので、あなた達にばかり時間を使っていられないのですよ」
「ははっ!この度は、娘の不始末を寛大にお許し下さり感謝致します。また、ノヒト様に御目見が叶う機会を賜れますれば幸いでございます」
ユルドルム帝は平伏して言いました。
バーガンディアとゼノールとアロゴも平伏します。
【巨人】達は【ドラキュラ城】から辞去して行きました。
「ノヒト。こっちは、もう大丈夫だよ。私らは【ドラキュラ城】の中を少し見て回って、適当に帰るからさ」
グレモリー・グリモワールは言います。
「そうですか?予定が大分押しているので、お言葉に甘えます。気を付けて帰って下さいね?」
「OK。今日は、あんがと。また明日、【サンタ・グレモリア】に【ブリリア王国】・【アヴァロン】標準時の午前10時ね」
「わかりました。【アヴァロン】標準時の午前10時に【サンタ・グレモリア神殿】に向かいます」
私達は挨拶を交わしました。
さてと、昼食の時間まで、あと40分……。
【ログレス】の様子を上空からザッと見て来るだけなら可能でしょうか。
私は【転移】します。
・・・
ウエスト大陸西方国家【ブリリア王国】領土内【キララウス山】の麓。
【獣人】自由自治領域【ログレス】。
上空から見下ろすと、【ログレス】は集落と呼ぶには、かなり大規模なコミュニティでした。
【マップ】に映る光点によると、人口が10万人を超えているので、都市国家と呼んで差し支えありません。
市街地の周囲には広大な農地や牧場があり、農地部分も含めて全域が長大な城壁で囲まれています。
【ログレス】には市場や商業地区らしき場所や、工場らしき施設が建ち並ぶ工場地区らしき場所もあり、私が考えていたより遥かに文明的な都市というイメージでした。
グレモリー・グリモワールが庇護する【サンタ・グレモリア】を除けば、【ブリリア王国】は世界最貧国です。
その【ブリリア王国】から【ログレス】は自治を認められているという話だったので、私は勝手に……【ログレス】は【ブリリア王国】よりも遅れた発展途上の地域……という先入観を持っていました。
しかし、私が見るところ、【ログレス】の文明水準は【ブリリア王国】の平均よりも遥かに高いように思えます。
先進国とまでは言えませんが、少なくとも【ログレス】は平和で清潔で秩序立っているように見えました。
ミネルヴァは、私と【ログレス】の住民代表者達との会談をセッティングしてくれていますが、昼食に戻ると時間的に会談をする余裕がありません。
ミネルヴァ……私は昼食には戻らず、午後は直接【サントゥアリーオ】に向かいますので、それを関係各所に伝えておいて下さい。
私は【念話】で指示しました。
了解です。
ミネルヴァが【念話】で言います。
さてと、これで2時間の時間的猶予を作れました。
簡単な話くらいは出来るでしょう。
私は【ログレス】の中心部の広場に降り立ちました。
突然空から舞い降りた私に周囲の人々が驚きますが、彼らは直ぐに跪き拝礼の姿勢になります。
私が来る事が広報されていたのでしょうね。
【ログレス】は【獣人】のコミュニティという報告なので、もちろん辺りに居るのは【獣人】ばかりですが、中には【人】か、その混血と思われる人達も散見されます。
私が降りた都市中央の広場外周は環状交差点になっていて、多くの馬車が整然と行き交い、そこから放射状に道が伸びていました。
道は石畳で舗装され、馬車道両側の一段高くなった場所に歩道があり、街灯や交通標識なども整備されています。
交通規則は、馬車や【乗り物】など車両側だけが守れば良いというモノではありません。
幼い子供達も含めた歩行者も皆、交通規則を守るという前提がなければ、全体の安全や秩序を保てないのです。
つまり、【ログレス】は交通規則を幼い子供達を含めた住民全員に周知徹底出来る程度には教育が行われているという事。
もしかしたら【ログレス】住民の教育水準は、【ブリリア王国】の平均を上回るかもしれません。
正面に見える建物が一番立派なので、あれが【ログレス】の自治政府の庁舎ではないかと思います。
チーフ……正面の建物は【リントヴルム聖堂】で、後背にある建物が公会議場です……【ログレス】の為政者である長老達も公会議場にいます。
ミネルヴァが【念話】で報告しました。
あ、そう。
間違えました。
私は振り返ります。
こっちでしたか……なるほど。
私は、公会議場なる建物を目指して歩いて行きました。
すると、公会議場から大勢の【獣人】が出て来て、私の前に跪きます。
「【創造主】様の御使【調停者】ノヒト様。ようこそ【ログレス】にお越し下さいました。私は、【ログレス】の長老会の代表を務めております、コーデリアと申します」
老齢な【猫人】の女性コーデリアが恭しく礼を執って挨拶をしました。
「ノヒト・ナカです。どうぞ宜しく」
私は他の【獣人】達とも挨拶を交わします。
長老コーデリアに案内されて、公会議場の中に移動しました。
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活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
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